7 / 17
イルカ
log-7
しおりを挟む
「いつまで泣くんだろうか」青年のイルカが、呆れた様子で呟いた。幼い容姿に並ぶと、まるで兄のように見えた。一つめは彼を見上げ「だって長生きが居ないのよ」と涙をぬぐう。霧雨で湿ったゆるいウェーブの髪が、心情を表すようにへたっていた。「とりあえず、調子が狂うから大人の姿に戻ってくれよ」
一つめは二十代後半の容姿に戻り、腫れた目を向けて苦笑する。「泣いている大人のほうが厄介ではないかしら」「見慣れないガキよりはマシ」つっけんどんに青年は返す。「ねえ。イルカは何回目なの」一つめはふと尋ねて、心配そうに眉を下げた。「数えてないよ。だいたい二十から四十のどこかだろうね」
不思議そうに彼を見た娘に言う。「何だよ。僕が普通だ。あんな律儀に数えてたのは長生きだけと思うね。消えるときいつも、僕は何回目だ、次生まれたとき忘れていたら教えてくれって残りの連中に頼んでた。周りのやつらの回数までも覚えてたな。イルカは何回目って、たぶん長生きに聞いたほうがわかる」
一つめはうつむき、水中の原始生物たちを憂いを帯びた目で追った。「そう、なのね。私、ずっと長生きと一緒にいたから、数えることが当たり前だと思っていたわ」「だとしても周りの様子で気づけよ。数えてるのが他にも居たか」「言われてみれば居なかった」娘は口元に指を当て、鈴が転がるように笑う。
「でも長生きに、自分はいま何回目って尋ねに来る個体はたまにいたわ。深刻な感じではなくて、軽口みたいに」そう続けて一つめは遠くを見た。イルカが呟く。「僕があいつの立場だったら、五十一回目って言って驚かせるね」「心が聞こえるから嘘は通用しないの」聞こえてないやつがよく言う、と思った。
青年イルカは水平線を眺める。「本当に五十一回目はないんだろうか。あの律儀なやつを疑ってるわけじゃあない。五十回で消えるのは事実なんだろうよ。僕が疑問なのは、本当に消えてんのかって部分だ。五十一回目からは、誰にも見えない姿の可能性は? もしくは、こことは別の場所に生まれ直している」
一つめが、目を真ん丸にしてイルカを見た。満天を閉じ込めたような、明るい青の凝視。「いま、私たちの近くに、透明の長生きがいる?」「知らないよ。例え話」「それか、別の時空で生まれ直している?」「聞くな。だから例え話」彼女は長い息をつく。「どちらにしても素敵ね」「どっちでもないかもよ」
そうして一日が更けていった。ネコジャラシの群生が、秋風で眠気を誘う揺れかたをする。少し肌寒い。じきに冬を飛ばして春が来る。一つめは上着だけ器用に化け、半纏を作り出した。「何その服」イルカの苦笑。彼女は水面を指して微笑む。「さっき映っていたわ。真似をしてみたの。暖かい」「だろうね」
イルカは思案してから、服の形の毛布をまとって見せた。自慢気に告げる。「半纏なんかより何倍もひねりが効いてるだろ」「暑そう」事実その日イルカは寝苦しかった。なので翌日は一つめに八つ当たりした。暗黙の了解で、二個は思ったことをばか正直にズケズケ言い合う。それで案外に上手く続いていく。
しかし。「あなた、長生きと違ってちっとも優しい言葉をかけてくれないのね。気まぐれで強情で悪うございました。でも長生きは、そこがいいと思ってくれていたわ」「また始まったよ。お前は長生き長生きって言うばかりだな。いちいち比べられるこっちの身にもなってみろ。何かい? 僕は代わりかい?」
いつも途中からは、こんな具合になってしまう。腹が立つのは本当。発した言葉も確かに思っている。でも心は多層なので以上ではない。聞こえない代わりに嘘のない関係でいたいと思う。冗談みたいな笑える口論ならしたい。そして終いに一つめが泣き出してしまうのだ。「どうして私たち言い争っているの」
そう言われると分が悪くて、毎度イルカのほうから折れた。「悪かった。何事だよ最近の一つめは。前から泣き虫だったかい」娘はうつむく。「いいえ、彼が消えてから。私、不安なの。長生きの本音は聞こえなくても大体わかった。ずっと一緒にいたせいかしら。イルカの本音は通訳で知れた。でも今は……」
あまりにも嘘偽りなく告げるので、イルカは一つめを愛おしく思った。今のが心の声だとしても同じ内容なのだろう。─なんて相手に聞こえたら、こっ恥ずかしいな。初めから聞こえる同士なら、どうってことないんだろうけど。長生きの気持ちが今になってわかる感じだ。心が聞こえないってのは不便で便利だ─
「気にしすぎだろ。僕はあいつがいようといまいと同じだよ。器用に嘘つくように見えるかい」娘は品定めをするみたいに青年を眺め、片眉を下げて笑う。「案外見える」「心外だ」両頬を膨らますのはイルカの拗ねたときの癖。大きなヘラジカに化けた個体が、アワダチソウの草原を踏みしめて歩いていった。
一つめは二十代後半の容姿に戻り、腫れた目を向けて苦笑する。「泣いている大人のほうが厄介ではないかしら」「見慣れないガキよりはマシ」つっけんどんに青年は返す。「ねえ。イルカは何回目なの」一つめはふと尋ねて、心配そうに眉を下げた。「数えてないよ。だいたい二十から四十のどこかだろうね」
不思議そうに彼を見た娘に言う。「何だよ。僕が普通だ。あんな律儀に数えてたのは長生きだけと思うね。消えるときいつも、僕は何回目だ、次生まれたとき忘れていたら教えてくれって残りの連中に頼んでた。周りのやつらの回数までも覚えてたな。イルカは何回目って、たぶん長生きに聞いたほうがわかる」
一つめはうつむき、水中の原始生物たちを憂いを帯びた目で追った。「そう、なのね。私、ずっと長生きと一緒にいたから、数えることが当たり前だと思っていたわ」「だとしても周りの様子で気づけよ。数えてるのが他にも居たか」「言われてみれば居なかった」娘は口元に指を当て、鈴が転がるように笑う。
「でも長生きに、自分はいま何回目って尋ねに来る個体はたまにいたわ。深刻な感じではなくて、軽口みたいに」そう続けて一つめは遠くを見た。イルカが呟く。「僕があいつの立場だったら、五十一回目って言って驚かせるね」「心が聞こえるから嘘は通用しないの」聞こえてないやつがよく言う、と思った。
青年イルカは水平線を眺める。「本当に五十一回目はないんだろうか。あの律儀なやつを疑ってるわけじゃあない。五十回で消えるのは事実なんだろうよ。僕が疑問なのは、本当に消えてんのかって部分だ。五十一回目からは、誰にも見えない姿の可能性は? もしくは、こことは別の場所に生まれ直している」
一つめが、目を真ん丸にしてイルカを見た。満天を閉じ込めたような、明るい青の凝視。「いま、私たちの近くに、透明の長生きがいる?」「知らないよ。例え話」「それか、別の時空で生まれ直している?」「聞くな。だから例え話」彼女は長い息をつく。「どちらにしても素敵ね」「どっちでもないかもよ」
そうして一日が更けていった。ネコジャラシの群生が、秋風で眠気を誘う揺れかたをする。少し肌寒い。じきに冬を飛ばして春が来る。一つめは上着だけ器用に化け、半纏を作り出した。「何その服」イルカの苦笑。彼女は水面を指して微笑む。「さっき映っていたわ。真似をしてみたの。暖かい」「だろうね」
イルカは思案してから、服の形の毛布をまとって見せた。自慢気に告げる。「半纏なんかより何倍もひねりが効いてるだろ」「暑そう」事実その日イルカは寝苦しかった。なので翌日は一つめに八つ当たりした。暗黙の了解で、二個は思ったことをばか正直にズケズケ言い合う。それで案外に上手く続いていく。
しかし。「あなた、長生きと違ってちっとも優しい言葉をかけてくれないのね。気まぐれで強情で悪うございました。でも長生きは、そこがいいと思ってくれていたわ」「また始まったよ。お前は長生き長生きって言うばかりだな。いちいち比べられるこっちの身にもなってみろ。何かい? 僕は代わりかい?」
いつも途中からは、こんな具合になってしまう。腹が立つのは本当。発した言葉も確かに思っている。でも心は多層なので以上ではない。聞こえない代わりに嘘のない関係でいたいと思う。冗談みたいな笑える口論ならしたい。そして終いに一つめが泣き出してしまうのだ。「どうして私たち言い争っているの」
そう言われると分が悪くて、毎度イルカのほうから折れた。「悪かった。何事だよ最近の一つめは。前から泣き虫だったかい」娘はうつむく。「いいえ、彼が消えてから。私、不安なの。長生きの本音は聞こえなくても大体わかった。ずっと一緒にいたせいかしら。イルカの本音は通訳で知れた。でも今は……」
あまりにも嘘偽りなく告げるので、イルカは一つめを愛おしく思った。今のが心の声だとしても同じ内容なのだろう。─なんて相手に聞こえたら、こっ恥ずかしいな。初めから聞こえる同士なら、どうってことないんだろうけど。長生きの気持ちが今になってわかる感じだ。心が聞こえないってのは不便で便利だ─
「気にしすぎだろ。僕はあいつがいようといまいと同じだよ。器用に嘘つくように見えるかい」娘は品定めをするみたいに青年を眺め、片眉を下げて笑う。「案外見える」「心外だ」両頬を膨らますのはイルカの拗ねたときの癖。大きなヘラジカに化けた個体が、アワダチソウの草原を踏みしめて歩いていった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
No One's Glory -もうひとりの物語-
はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `)
よろしくお願い申し上げます
男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。
医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。
男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく……
手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。
採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。
各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した……
申し訳ございませんm(_ _)m
不定期投稿になります。
本業多忙のため、しばらく連載休止します。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
Wild in Blood~episode dawning~
まりの
SF
受けた依頼は必ず完遂するのがモットーの何でも屋アイザック・シモンズはメンフクロウのA・H。G・A・N・P発足までの黎明期、アジアを舞台に自称「紳士」が自慢のスピードと特殊聴力で難題に挑む
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ブルースカイ
ハコニワ
SF
※この作品はフィクションです。
「ねぇ、もし、この瞬間わたしが消えたら、どうする?」
全ては、この言葉から始まった――。
言葉通り消えた幼馴染、現れた謎の生命体。生命体を躊躇なく刺す未来人。
事の発端はどこへやら。未来人に勧誘され、地球を救うために秘密結社に入った僕。
次第に、事態は宇宙戦争へと発展したのだ。
全てが一つになったとき、種族を超えた絆が生まれる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる