ヒト

宇野片み緒

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長生き

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そんな調子で、長生きは五十回目を無事に迎えた。この星の原始生物は、見た目での年を取らない。でも自らの意思で、容姿を変えることなら出来た。ヒトに化けたものだけは、ヒトの姿の範囲のみで。一つめと長生きは、地球上の大元たちの真似をして、まるで、まともに成長しているかのように化け続けた。



また、春と秋だけを繰り返す。変化のない幸福が続く。そして四十年経った秋の夜長に、一つめの蒸発が始まった。年月を重ねた二つは、まるで似た者夫婦のよう。「どうして、君は若くして消えてしまうんだ。先代もそうだった。僕ら水まんじゅうたちは、だいたい七十年生きられるのに」「たぶん、ヒトに」



一つめは輪郭を失いながら微笑んだ。「ヒトモドキに、なったせいだわ。きっと、負担が大きすぎて。私たちは、気づかないうちにたくさん命を削っちゃった」長生きが泣きそうに、彼女の頬に指先を伸ばした。「そんな。僕ら、ヒトに成りきれない上に、そんな」触れられないまま、一つめが二度目を終えた。



ひどく、寒い夜に感じられた。隣に彼女がいない。ニット帽の男は、一つめだった虚空を見つめ、無性に泣きだしたくなった。足下に水が一滴。膨らんでいく。待ち続ける間の、ほろ苦い窒息感。待ち望む命があるという喜び。感情の多様性に、押し潰されそうになる。以前は、彼女が待つ側でいてくれたのだ。



本来心の声が多いと、混ざりあってノイズになる。でも個体ごとの性格に気づいていれば聞き分けられた。一つめと長生きは、心を見分けるのが上手かった。他の個体は少し幼稚で、複雑な会話は苦手だ。星の原始生物たちには、不都合も不幸もない。数十年泳いでは消え、また現れる。気まぐれに化けながら。



ひとつぽっちの十日間は、二乗したように長かった。ようやく形が定まった一つめに、青い核がともる。原始生物が思い思いにはしゃぐ。イルカに化けている個体が跳ねた。長生きは顔を綻ばせ、やあと思った。なのにおかしい。心の声が返らない。一つめ、君にだよ。そう続けて思ったのに、反応がなかった。



「一つめ、聞こえるかい」声に出した。生まれ変わったそれが、見上げるような動きをする。だが応じる音がない。長生きは、まさかと思う。心が読めるのは不便だと、先代はいつも考えていた。今回の一つめには、わからないのかもしれない。また、自身の思いもぶちまけない。地球上の生命体たちのように。



それだと、話せない。思うと同時に声に出した。数多の水まんじゅうのうちの一つが、彼女がヒトモドキになれば話せると提案した。─それだと寿命が縮むんだ──話せないのは、生きていないのと同じだと思う─長生きは、静かな一つめを見下ろした。「君が、選んでくれるかい」彼はこの星の仕組みを話す。



「君が、どこまで覚えているか分からないから、全て話すよ」長生きは、水面にぷかと浮いている球体の前にしゃがんだ。理解できないかもよ、と先程と同じ個体が、また心を挟んだ。できるよ。強い想いを返す。前世もその前もヒトモドキだったから賢いんだ。君こそ、その姿のままで知恵が回って珍しいな。



よくイルカに化けるから、とそれは思った。─イルカかい──そう。頭のいい動物に化けることを重ねると、僕ら賢くなってくようだ。ヒト様になったことがある君らは、とうの昔に気づいていただろうけどさ。僕は単純にイルカが好きで選んでいたんだ。そしたら近ごろ、いろいろ理解できるようになってきてね─



ふうん、と長生きは思った。「やい、素っ気ないよ」「一つめに話をするのが優先だ」心の声に対して、あえて肉声で返した。せめて片方の声が聞こえれば、三個の会話みたいになるかと思って。水まんじゅうのイルカは、拗ねたように膨らんだ。一つめが、真似をして膨らんだので、長生きは少しほっとした。



一つめは、聞こえているのだ。いちばんの年長は今、四十歳くらいの容姿。もし一つめが、再び幼いヒトモドキに化けたならば、今回は父娘みたいに見えるだろうか。それは、いい最期だと思った。「君のことだから、もう感づいているかもしれないけれど」語り始めた途端だ。当の水まんじゅうが形を変えた。



二十代後半ほどに見える娘が、長生きの前に立った。白みがかった薄茶の巻き髪が、冷たい風に揺れる。それは神秘的にまぶたを上げた。「この姿になると私、長くは生きられないのでしょう」そう声に出して、ヒトモドキになる方を選んだ一つめは、笑った。「分かっていてどうして」「話したかっただけよ」
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