ヒト

宇野片み緒

文字の大きさ
上 下
2 / 17
長生き

log-2

しおりを挟む
長生きは、四十九回目を生きていた。記憶を引き継げなかったときは、周囲の心の声で知った。一つめは今回が初の生まれ変わり。老人は少女に、たくさんの事実を語った。自分たちの星は、地球のかけらにすぎないこと。水まんじゅうたちは、だいたい七十年で蒸発すること。それから、永遠の死もあること。



一つめは目を見開いて、すぐに悲しそうに笑った。「ええ。知ってるわ。あなたが四十九回くり返し生きてきたことも、知ってるわ」湖の中で急に、大勢の心がざわついた。長生きは肩を落とす。「やっぱり不便だ。何でも聞こえてしまうってのは」この星の水まんじゅうたちは、五十回しか生まれ変われない。



「次が、最後の誕生、なのね」一つめの声は空気が多く、高く丸く研ぎ澄まされていた。長生きは、豊かな口髭ごとうなずいた。「うん。それで、次の次が最後の死になるよ」老いた容姿には一致しない、青少年のようなさみしい声がわずかに笑った。「私、ずっと傍にいるわ。あなたの永遠の死まで、ずっと」



星の水まんじゅうたちは、ヒトモドキの思考があまり理解できない。ヒトの形になったことで、長生きと一つめだけが複雑な感情を手に入れた。大量の原始生物は幼子のように、「よくわからないけれど、二つが嬉しそうだから嬉しい」と素直に思った。一つめが眉尻を下げて笑い、ありがとう、と頬を染める。



祖父と孫娘のように見えた。二つの周囲には、様々な動物に化けた水まんじゅうたちがいる。しかしその情景は、半年で終わった。春が過ぎ、秋が過ぎ、ヒトモドキの星にはまた春が来た。「あと数年って、多く見積もりすぎたかな」寂しそうにはにかんで、老人は気化してゆく。消え行く体を少女の声が追う。



「生まれ変わったあなたが、もしも全てを忘れていたら」続きは、言わなくても伝わった。不安と期待の空気。老人は「頼むよ」と最後に思い微笑んだ。液体窒素が散らばるときみたいに、ざあっと消える。みずみずしい透明な一粒が、着床する。それが風船のように、十日もかけて手のひら大に膨らんでいく。



一つめは、昏々と湖を眺めていた。長生きの生まれ変わりは、少しずつ育ち、丁寧に丸まってゆく。今のところ色は白濁。やがて青いインキを垂らしたような核が生まれる。その核だけは青いまま、全体が透明になれば生き始め。「ねえ」呼びかけるたび、水まんじゅうたちが気をきかせて「なあに」と思った。



水だけで生きられる少女は、湖の畔りで眠っては起きる日々を続けた。目の前の特別な水まんじゅうが、いつ生まれてもいいように。十日目の朝、やっと白濁が透けだした。「ねえ、長生き」小声で呼びかける。なあに、とは返らない。「やあ、一つめ。待たせたね」と、先代と同じ、若々しい心の声が返った。



一つめは急に困り顔になる。心中が彼に届く。「どうしよう。私、思い出してもらうための言葉ばかり用意していたわ。覚えていてくれるなんて──」僕も嬉しい、と音のある応答。十歳頃に見える少女と同年代の男子が現れた。先代の翁をうんと若くしたような面影がある。誠実そうな雰囲気の、刈り揃えた頭。



生まれ変わった長生きは、ケーブル編みの白いニット帽をかぶっていた。よく似合う。繊維は元々生命なので、水まんじゅうたちは服ごとヒトに化けられる。ヒトモドキとは衣類も合わせて一個なのだ。少年と少女になった二つは顔を見合わせて、互いにからかうように笑った。 「ずいぶん若くなっちゃって」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `) よろしくお願い申し上げます 男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。 医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。 男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく…… 手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。 採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。 各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した…… 申し訳ございませんm(_ _)m 不定期投稿になります。 本業多忙のため、しばらく連載休止します。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

Wild in Blood~episode dawning~

まりの
SF
受けた依頼は必ず完遂するのがモットーの何でも屋アイザック・シモンズはメンフクロウのA・H。G・A・N・P発足までの黎明期、アジアを舞台に自称「紳士」が自慢のスピードと特殊聴力で難題に挑む

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ブルースカイ

ハコニワ
SF
※この作品はフィクションです。 「ねぇ、もし、この瞬間わたしが消えたら、どうする?」 全ては、この言葉から始まった――。 言葉通り消えた幼馴染、現れた謎の生命体。生命体を躊躇なく刺す未来人。 事の発端はどこへやら。未来人に勧誘され、地球を救うために秘密結社に入った僕。 次第に、事態は宇宙戦争へと発展したのだ。 全てが一つになったとき、種族を超えた絆が生まれる。

処理中です...