文バレ!③

宇野片み緒

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第九章 唄唄いのピエロ

「とても好きな本を語り合いたい」

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 五回戦、つまり準決勝が始まろうとしていた。客席の俺らのところに、ふうらりとピエロが来て、またロリポップを片手に歌い始めた。レモンソーダ、かな。黄色と水色の半透明。
「やあやあやあ。新古今さんのキャプテンである、確か名前はマトペくん。準決勝に進めたチームは万葉、ニチセイ、新古今、そして僕ら、唄唄い。よかったよかったおめでとう。もしも周りが昨年の、強豪校で揃ったならば、僕らだけが浮いてしまうと不安になっていたところ。君らも一緒に来てくれたから、親近感が沸いたよね。僕ら同じく一年間で、かなり進歩した同士だね。去年の一位と四位をさ、倒して歴史を塗り替えよう。僕ら唄唄いが一位になって、君ら新古今は二位になる」
「逆だろ」
 ヒイロが口をはさんだ。おやや、と少年は片足で跳ねた。
「一位が新古今で、お前らは次点だ」
 言い切った我らのヒーローの涼やかな声で、おっとっと、と唄唄いのピエロはいたずらっぽく目を丸くする。同じ客席にいたニチセイの十三人が、この会話をずっと面白くなさそうに聞いていたのだが、ついに李さんが声に出して怒った。
「逆も間違いタよ! 一位は仲花たちニチセイだもぬ。センパヒたちの引退試合で、負けるダメ絶対だもぬ。新古今が二位になるよろし。唄唄いは三位タよ」
「その順位には賛成だ。四位が万葉というところがいい!」
 ヨシュアが勢いよく立ち上がった。間発入れずに竹谷が続く。
「違いますから。ヨシュアさん、仲ちゃん、四位が万葉だってところには僕も賛成ですけど、一位はまとさんのチームですから。ねっキリちゃん」
「そうですよ、ユグちゃんの言うとおりですよ」
 他のホビットたちもわいわいと同意する。その横で柊守生少年も何か言っているが、やはり口パクだった。恍惚とした表情で熱く語っている様子だから、もしかして大切な内容かもしれない。懸命に延々と訴えているが誰にも聞こえていない。
「柊、なんて?」
 ソウルが優しく尋ねる。案外に背の高い守生は少し膝を折り、耳打ちした。
「……………………………………………」
「うん。うん、そうか。今それどうでもいい」
 きらっきらの瞳をした男と言い切れない男に、天然地雷が破裂した。薄い色の金髪がほわっと揺れ、また唇だけ動かして少年は聞こえない声を荒げる。
「…………………………!」
 どうでもいいだなんて! って言ったな。神妙な面持ちで俺の幼なじみは、聞き流しながら頷いている。尋ねて損したという感情が見受けられる。
「守生いったい何を言ってたんだよ」
 一応聞くと、ソウルはやつの真似で指を組み裏声で教えてくれた。
「ミカエルさまがいかに崇高かについて」
「本当だどうでもいい」
 放送の合図音として、琴の録音演奏が短く流れた。準決勝から付く演出だ。静けさが訪れる。
「日本再生大学付属高等学校と唄唄い高校は、五分後にコートへ集合してください」
 忍が、よし、と笑顔で頷く。色鮮やかな少年がロリポップをひと舐めして伸びをする。
 ということは消去法で、俺たちの準決勝の相手は。
「おっと不運だ新古今さん。万葉さんと当たってしまった。ご武運祈るよ」
 ピエロはリズムをつけて、けんけんぱっと歩んだ。そして振り向き、
「ニチセイの伊賀忍くん。ホンッマよろしくでんがな、だね?」
 わざとらしい口真似で微笑みかけた。
「おおっ。ワイの名前も口ぐせも知ってるやなんて、君ホンッマ情報通でんがな。それやのに自分の体操服は名無しって、あははは、なんでやねん!」
 関西のノリで返した忍に、少年は軽やかにタップダンスをしながら言った。
「僕の本名を当てるゲームを、昨日と今日でやっている。理由は簡単、楽しいからさ。それでも呼び名がないのは不便。僕を呼ぶときはこう言って」
 しなやかなバック転を一つして、やつは平均台に飛び乗るかのように、つま先立ちで着地した。鮮やかな体操服と、蛍光ピンクの髪が揺れる。しっ、と唇に指を当てて、彼はミステリアスに微笑み、囁くようにこう告げた。
「唄唄いのピエロ」
 本当に曲芸みたいだ。ピエロはかかとをタタンと鳴らしその場を後にした。
 ここの客席に万葉高校の姿は見えない。ロビーに出ているのだろうか。
「ほなお先に。これに勝ったら、次が最後の試合でんがな」
 忍が人懐こい笑みを向けてきた。深く頷き、強気に口の端をつりあげて返す。
「ああ。決勝戦のコートで会おうぜ。万葉は俺たちが止める」
 ニチセイの選手と、唄唄いの選手が同時に客席から立ち上がる。
「こっちも、ちょちょいのちょいっと倒してきまっせ」
 犬っぽく口角が上がっている唇で、忍は笑う。縁ったようなツリ目には闘志が宿っていた。ついに、四位までの順位が決まる。

 ニチセイと、唄唄い。じゃんけんでピエロが勝った。
「こんなところで運を使って、僕らは負けてしまうかも」
 弱音ともとれることを述べたが、リズムを付けているあたり余裕じゃないか。忍は、ニッと歯を見せて「せやな」と同意した。煽る感じでもない、本心から来たような表情と言葉に背筋が凍る。アリーナに、唄唄いのピエロによる指の音が二度響いた。ぱちん、ぱちん。演出っぽいが、他の試合ではしていなかったはずの行動。願掛けか、何か。蛍光ピンクの少年は、胸にボールを抱いてうつ向いたまま、深く息を吸った。それから、少し震える声で「あの」と切り出したので驚いた。五線譜に乗れなかった音符が鳴っているような、一生懸命な話し方。アクセントが揺らぐ小さい声。演じていない、本人が話しているのだと分かった。
「とても好きな本を言うので、語り合えたら嬉しいんだけど、準決勝だから難しい?」
 むしろ普通の話し方なのに、変な感じ。演技とのギャップで句読点だらけに感じた。「とても好きな本を語り合いたい」か。ピエロとかブリキとかコードじゃなくて、本名さんが言わなきゃいけない部分だったんだろうな。知らんけど。
 忍が縁どられたようなツリ目を丸くして、ちょっと困り顔をした。アテレコするなら「そんな頑張って言われたら、その作品のこと語らなワイら悪者になるやん? 話変えづらいわあ」かな。眉間にしわを寄せて、んーっと唸ってからニチセイのキャプテンは笑顔で告げた。
「本による!」
 ピエロはくすりと微笑んだ。しんとした声色でこう続けて、敵陣に打ち込む。
「ぶらんこ乗り いしいしんじ」
 タイトルと著者名。ピエロがお気に入りに挙げる作品として意外なようにも思えたが、確かに好きそうな要素があふれていると思った。サーカスや、動物が登場する、静かな話。指の音を二回鳴らすこと、それはこの作中に出てくる非常に重要な合図だ。ぶらんこ乗りに登場する全ての命を味方につけるような、大切な約束。「あの子」を呼びよせるおまじない。
 掘り下げようという提案をニチセイは受けるだろうか。初っ端のワードが狭い分野の時、話を変えようにもすぐには無理だ。数回のラリーで逸らしていくか、逆に、乗っかって語り合うか。ピエロは不安そうに対岸を見つめている。
「たいふう」
 ニチセイの李さんが打ち返した。「たいふう」は、「ぶらんこ乗り」の中に収録されている短い物語だ。主人公の弟が、三歳四歳の頃に書いたという設定で出てくる。弟はおはなし作りの天才。「たいふう」だけでなく、数多の短編が作中作で登場する。
 この弟を、姉の視点で振り返る物語が「ぶらんこ乗り」である。幼少期から天才と称されていた弟。ある日、ぶらんこをこいでいた時に雹が降っていた。どんどん勢いを増して高くなっていくぶらんこと、落ちてくる雹。天才だが、年相応にはしゃいでいる弟。不幸にも喉元に大きな雹が命中し、弟の声を奪ってしまうのだ。それから、筆談になる。
 その筆談のノートが、数年を経て出てきたところから話は始まる。数多のおはなしは、そのノートの中にあるのだ。高校生になった姉。弟はと言うと、そこに居ない。海外の街で消えて、未だ見つかっていないというようなことが、いしいしんじによる繊細で独特な文体で書き表されている。現実のようで、嘘のような、美しすぎる短い一冊。
「おーい、たいふうがくるぞー」
 唄唄いのバックレフトが打った。「たいふう」の始まり方だ。港の人が、海が荒れると警告し、皆が家に籠る。だが一人、聞かなかった者がいた。
「ひねくれ男」
 その登場人物を呼んで打ち返すニチセイ。だが少し自信のない表情で、つい漏れたような独り言が続く。「って名前で合ってた?」去年の全国四位が、開始早々劣勢になっている。
 弟のおはなしの続きは、こうだ。ひねくれ男は忠告を無視して、台風なんか怖くないと一人で船を出してしまう。その晩、台風は進路を変えて漁村を直撃。そうして、ひねくれ男だけが助かり、何もかもなくなった漁村に戻って、一人ぼっちで生きていくことになる。
 幼児が書いた小説と言う設定にしては、とても大人びている。弟の天才さが現れている。だがひらがなで書かれていて、言葉選びもちゃんと子供。その自然な子供っぽさの理由は、意外なところにある。唄唄いのエスニック風の女子が台詞をしっとり諳んじた。
「こんどたいふうがきたら、きっとおれも、ふきとばされてやろう」
 ひねくれ男は漁村で一人で生きながら、幾度となくそう思うのだ。唄唄い側のコートでトスが続く。そしてスマイルマークの帽子の男が、超興奮した様子でアタックした。
「これ、『たいふう』、作者が四歳の頃に書いたらしい!」
 そう、それ! それこそが、自然な子供らしさの真の理由!
「まじでっ?」
 ニチセイらしくない、あまりにもニチセイらしくない点の落とし方だった。球を受けながらの会話。しかも台詞は「まじでっ?」ときた。排球が、ゴムまりみたいに跳ねて転がる。
「一対零」
 尺八と、審判の声。
 著者のいしいしんじ自身、物語を創って遊ぶのが好きな子供だったという。作中作の「たいふう」こそが実際に幼少期に書いた作品らしいのだ。それを「弟」が書いたおはなしの一つに設定し、載せている。天才は弟であり、作者自身である。ニチセイの面々が苦笑した。
「一つ、聞いてよろしおまっか? ピエロくんの影響で、九人ともやけに詳しいん?」
 伊賀忍の質問に、唄唄いのコート内の六人と控えの三人、全員が爽やかに悪い笑みを見せた。にーんまり、と表現できる、可愛さ余って憎さ百倍って感じの顔。
「あかん、あかん、話変えなホンッマ危ういやつでんがな! 悪いけど変えさせてもらいます」
 笑いながら焦り、忍は唄唄いとニチセイの仲間に告げた。変えるで皆、という威勢の良い指揮に、ヨッシャコーイと再生の白字が背に踊る十三人が返す。それから円陣のように集まり、一瞬話し合ったようだった。勝算が見えたのか、笑顔で頷きあっている。
「作者が四歳の頃に書いた」
 中々に作品が絞られそうな言葉で、唄唄いが再び打つ。そんな本は、何だ?
「火山が噴火するように」
 そう言ってニチセイは排球を上げた。まだ敵陣に送らずに繋いだラリー。
「ぶらんこ乗りに収録されている、増田喜昭という方からの寄稿の題ですね」
 竹谷がスマートフォンで調べた文を読み上げた。四歳の頃に書いたという事実は、その中で書かれているのだ。唄唄い高校は、話題の飛躍を不安げに待っている。
「メリーゴーランド!」
 竜を見せる球が飛んだ。増田喜昭さんは、子どもの本専門店「メリーゴーランド」の店主だったのだ。急いで受ける唄唄いのバックセンター。
「天空の……じゃないッ!」
 ミスで点を落とした。会場中が、訳知り顔で肩をすぼめている。『人生のメリーゴーランド』という曲のことを思い浮かべたのだろう。それは映画『ハウルの動く城』の主題曲だ。『天空の城ラピュタ』じゃない。賑やか色の面々は、ドンマーイと言い笑い合っている。
「一対一」
 並んだ。去年は弱小だったくせに強豪と互角に争い、なお余裕を見せる唄唄い。ここまで引き分けばかりで上がってきた奇跡の体現のような高校。まさか準決勝までも?
 ニチセイが「メリーゴーランド」と再び打つ。唄唄いは、先の間違いを訂正して打ち直す。
「ハウルの動く城」
 コート内の仲間に向かって上げて、受けた者はこうトスとアタックを繋げた。
「帽子屋」「不思議の国のアリス」
 お前ら! ホームグラウンドに繋げるその技術の高さは何だ! さっき天空と言い間違えたばかりのくせに! 補足するが、ハウルの動く城のヒロイン、ソフィーは実家が帽子屋。こうして唄唄いの優勢に、即座に戻ったかに思えたが──。
「アリス症候群」
 ニチセイはそう述べて、敵陣に剛速球を送る。アリス症候群とは、目の前の人や物が急に大きく見えたり、小さく見えたり、ゆがんで見えたりするという病の名称である。原因は恐らく脳の炎症で、小児期に起こりやすい。基本的には一過性のものだ。
 病名に持っていかれたことが意外だったのだろう。速い球は思考を待たない。言い淀み、唄唄いは続けて点を落とした。彼らは次は笑い合わず、息を飲んでニチセイの面々を見た。
「一対二」
 再び、アリス症候群と述べられ排球が上がる。
「片頭痛」
 速い球を、唄唄いのスマイルニットの男がアンダーハンドで受けた。それから彼は苦い顔をして少し舌を噛んだ。審判が腕時計の秒針を見やる。病名を羅列させる行為は、文芸バレーボールとは見なされないか。しかし片頭痛持ちの作家は多いという逸話もある。ギリギリ文芸と言えなくもない。審判自身も判断がつかないような表情で、一応カウントダウンしている感じ。ニチセイが「芥川龍之介」と続けた。秒読みが止まる。芥川は片頭痛持ちで、アリス症候群でもあったのではないかと憶測されている小説家である。教科書にも載っている有名な作品が、
「羅生門!」
 ……あっくらしょのことは忘れてください。
 唄唄いが押されている。昨年の全国四位の剛速球は、言葉選びに割く時間を削りに削る。
「平安時代」「中古」
 羅生門の時代設定がそうである。文学史においての「中古」は平安時代を指す。ニチセイの陣地内で華麗に二度繋がれた排球。そのまま本領に持ち込む、キャプテン伊賀忍。
「中古三十六歌仙」
 平安時代の和歌の文献『後六々撰』に載っている歌人の総称を、中古三十六歌仙という。
「三十六人撰」
 後六々撰が作られるきっかけとなった文献の題を唄唄いが返す。後六々撰には、三十六人撰には載らなかった秀でた歌人の歌と、それ以降の時代の歌人の歌が収録されているのだ。
「歌仙」「連句」
 軽やかに打つニチセイ。試合の流れは、完全に和歌の世界になっている。すなわち、有利なのはニチセイ。局面は一対マッチポイント。
 歌仙と言う言葉には二つの意味がある。一つは、すぐれた歌人の歌をまとめた文献のこと。今でいうアンソロジーみたいなもの。すぐれた歌人そのものを歌仙と称する例もある。もう一つは、三十六人撰にちなんで、三十六句が連なる連句のことも歌仙と呼ばれている。
 連句は、古くからある言葉遊びの内の一つだ。一人が上の句(五・七・五)を考え、もう一人が下の句(七・七)を考える。複数人で取り組むのも無論あり。そうして三十六句が出来あがれば、それが一つの歌仙なのだ。このまま和歌の世界で、忍たちが押し通すか。
「言葉遊び」
 心底楽しそうな笑顔で述べて、ピエロが排球をトスした。なるほど、大ジャンルに戻してから、得意分野に変更する作戦だな。チーム内の者が続ける。優勢はどっちだ。言葉遊びなら同等か。したり顔の唄唄いが、嬉し気に飛ばす球。
「ハリネズミ、みィつけた」
 そうピエロが言った。「谷の底、声ひびく」と続いてニチセイ側へ送られる。客席で綻ぶ俺たちの顔。この詩は、あの詩じゃないか。こそあどの森シリーズ第四巻『ユメミザクラの木の下で』の作中作。しかしニチセイは咄嗟に思い当たらず、答えられずに点を落とした。恐らくだが、ニチセイは児童文学には若干疎い。審判が肩をすくめ、朗々と告げる。
「二対二」
 忍が、あちゃーと苦笑する。試合はすぐ再開された。
「谷の底、声ひびく」
 ククルクと、鳥が鳴き 木の下で、であいます すれちがい、いつのまに──。
 頭の中に続きがよぎる。
「しりとり遊び」
 大ジャンルを言ってニチセイが排球を上にあげる。一瞬、出題がループした気がしたが、先のは「言葉遊び」だったので問題ない。そしてアタックは、こう打たれた。
「いろはにこんぺいとう」
 こんぺいとうはあまい、あまいはさとう、と続いていく童謡だ。特殊なしりとりと言えなくもない。不意に、去年の夏の桐島書籍を思い出した。まーじーかーるーばーなーな。
「いろはにこんぺいとうは童謡」
 二対二で劣勢という局面でも、遊び心が見えるニチセイ。その様子に、打開策があることを期待させられる。唄唄いのピエロは、楽し気に歌い返した。
「童謡は北原白秋」
 北原白秋は、多くの童謡を残した詩人だ。「あめんぼ あかいな あいうえお」の歌い出しが有名な「あめんぼの歌」もこの方。瞬間、李さんがほくそ笑んで述べた。
「白秋は五行説」
 なんで!
 唄唄いのメンツが唐突にざわめいた。全く予想だになかった返しに、大パニック。五行説といえば、中国の哲学思想のことである。万物は木・火・土・金・水の元素からなるという思想をいう。だがしかし、なぜ白秋が五行説につながるのか。来るぞ、来るぞという感じで身構えている唄唄いの面々。昇った球を、忍が受けて、大声で放った。
「白秋はくじ引き」
 もう意味不明。客席も、唄唄い高校も、突然追いつけなかった。光が駆け抜けた感覚。
 歌仙の竹谷が検索し、解説を挟んでくれた。白秋という言葉は、五行説の中で人生の壮年時代を表す言葉だという。北原白秋の雅号の由来かと思いきや、実際は、仲間内の同人誌を刊行する際に「全員、白ナンタラにしようぜ」とくじ引きしたら秋が当たったとのこと。
 試合終了を告げる尺八が、長く鳴った。
「二対三。勝者、日本再生大学付属高等学校」
 戦いを追えた彼らの荒い息づかいだけが、シンとしたアリーナにこだまする。唄唄い高等学校は、強豪校によくぞここまで並走した。蛍光ピンクの眩い頭髪は、負けてなお眩い。
「ありがとうございました。最後にニチセイと戦えて良かった」
 ピエロが、泣くのを堪える笑みで言う。忍が固く手を握り、犬を思わせる目を見開く。可笑しそうに口角をあげ、暖色を感じるほどの明るい声で鼓舞した。
「最後て! まだ君らの戦いは終わってませんがな。三位決定戦、棄権する気でっか?」
 ピエロは目を真ん丸にする。本気で忘れていたらしく、恥ずかしそうに顔を覆った。
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