文バレ!③

宇野片み緒

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第八章 神々の戦

フルイの時間

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 三回戦、通称フルイ。古井先生がよぎるがそのフルイじゃない。運が良かっただけの弱小チームがふるい落とされる回と言うこと。昨年俺たちはここで落ちた。今年は絶対に越す。
 午前十時、二日目の大会は始まった。昨日で試合が終わってしまった歌仙の六人は、客席で俺たちの応援をすることにしたらしい。ホビットたちはカジュアルな私服で集まっている。三回戦ともなると、敵はもう十六校に絞られていた。フルイの時間は光のように速く過ぎる。
 第一アリーナの試合を見ている。万葉高校が、相手を簡単に瞬殺した。ほぼ同時に第二アリーナでは、詩吟高校―去年俺たちを倒して四回戦に進んだ強豪―が、どこぞかの弱小チームに勝ったことをアナウンスが告げた。思い出してしまい、胸が痛む。
「え? はっや。開始五分経ってねえ。この先こんなハイレベルなんすか」
 ジョージが身震いして呟いた。速見が力こぶを作って、緊張を拭うように笑う。
「でもよ、オイラたちは去年、詩吟相手に三十分はねばったんだぜ。渡り合える実力よお」
「三対一で負けたけどな」ヒイロが冷淡に告げて舌打ちした。
「いや、あれは一点取れただけでも凄い試合だったよ。詩吟って去年の三位だぞ」
 微笑むソウル。内田が「零点を阻止できたなんてっ」と拍手。俺も頷く。
 それから、ソウルがふと真顔になって、全員うっすら思っていたことを述べてしまった。
「この会話内容が弱小チームっぽいよな」
 しん、となった空白を埋めるようにアナウンスが流れた。
「新古今高等学校と方丈高等学校は、五分後に第二アリーナへ集合してください」
 方丈! 唄唄いと互角に張り合い引き分けになった、あの。俺は強気に笑ってみせる。
「三回戦は方丈が相手か。余裕だな」
 美々実さん譲りのハッタリ。そうだな、と副キャプテンが無表情で答えた。
 コートに集まる。時刻は十時八分。地味なメンツが向かい側に並んだ。白シャツに紺のズボンという、俺たちより若干濃い色なだけのスタンダードな体操服。客席にはなんと、歌仙、ニチセイ、聖コトバが集団になって来てくれていた。美々実さんと李さんが声を揃えて言う、
「新古今ファイトー!」
 が女子の声なので華やかだ。ニチセイの和風モノトーンが圧巻である。さらに聖コトバの純白がずらりと並んでいる。その長身たちの横で歌仙が、ぴょこぴょこ背伸びをしながらコートを見下ろしている、カラフルな子供服を着たホビットたちが、いつも以上に小さく思えた。
 厳正なるジャンケンの結果、方丈が先攻で打つ。平凡代表みたいな顔のバックレフトが排球を高く上げる。そしてなんと、初っ端の出題で大失敗をしてくれた。
「梶井基次郎」
 ソウルがメガネを光らせる。言わずもがな、やつが一番好きな作家である。そんな始まりだったので、あっけなく一点目は取れた。そこから銀河鉄道の夜に話題が移ったので内田がずいぶんはしゃぎ、敵をすぐさま窮地に追いやった。
「わかった。あいつらの得意分野は近代小説だ!」
 方丈の連中は間違った解釈をして、そこから数回のラリーで上手に漢文へと話題を転換した。唄唄いとの試合を見た時にも思ったが、こいつら、実に上手く話を変える。しかし今回は空回り続きだ。つい笑みが零れた。やってくれたな、漢文に変えてくれたな。孔子でも孟子でもなんでも来やがれ。そうゆう古典の分野はな、この小野マトペが大得意なんだよ!
 無為自然、という言葉を乗せたスパイクが、見事に決まった。尺八が鳴る。
「二対零」
 ロマンチストな両親の影響で、名言だとか歴史だとかは詳しいのだ。試合が再開し、数回のラリーで敵はまた慌てて方向性を変えた。
「おとぎ話」
 相手のフロントレフトがそう打った瞬間、
「出番あざーす。イソップ童話」
 ジョージが嬉しそうに打ち返した。
「なんでっ、なんでだっ」
 地味な文系男子たちが疲れた様子で地団駄を踏む。明らかにこちらが有利なラリーが続いてから、流れは戯曲に変わった。その瞬間、ヒイロの目が狩人のものになる。やつは基本的に何を振られても返せる優秀な選手だが、演劇に関しては「専門」である。磨きぬかれた高い技術もついてくるので、方丈はあっという間に大ピンチに陥った。
「背に腹はかえられない」
 という必死な返しで、流れはことわざになった。平凡顔が、
「ふう。流石にもう、得意なやつはいないだろ?」
 安堵した様子で額の汗を拭いた。しかし、
「残念でした。やっちゃってくださーいっ」
 内田が満面の笑みで、落ちてくる球を避けた。
「漁夫の利!」
 速見が相手コートへ打ち、眩しい笑顔でサムアップをした。やつは四字熟語に興味を持ってからというもの、ことわざや慣用句なども進んで学んでいたのだ。「ためになるんだぜ」と言って国語便覧の巻末にある基礎知識ばかり読み返している。ずっと注意してきたのだが、学ぶ範囲の偏りは直らなかった。「たしかに基礎は大事だが、いつまでも基礎に留まってんじゃねえよ、応用もやれ」そう言い続けてきた日々も、今日で終わりだ。もう引退じゃねえか。結局お前、好きな範囲しかやらなかっただろ。可笑しくてつい口元が緩んだ。
 とは言ってもその狭いが深い知識は相手をかなり追い詰めて、なんと俺たちは開始十五分で、あの方丈高校に圧勝したのである。運に味方されすぎた感じで、唖然としてしまった。
「三対零。勝者、新古今高校」
 相手の平凡顔は、チームキャプテンだったらしい。最後の挨拶の折にそいつは深いため息をつき、苦笑いを浮かべた。それからまっすぐに俺の目を見て、述べた。
「個性バラッバラで、弱点が読めなかった。強いな」
 身長のわりにコートの下から手を伸ばしてくれた。届くかなーなんて意地悪をやり始めない真っ当な人間は気分がいい。負けても優しさを保てるのは、いいやつの証拠だ。個性という言葉に、新古今の強みを見出せた気がした。弱点が読めなかった、か。その手を取り、
「姉妹校にいる一年がさ。弱点狙ってるうちは勝てないみたいなこと言ってたぜ」
 胸を張って返す。相手は手を強く握り返して、笑った。「一年が? 将来有望だな」
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