文バレ!②

宇野片み緒

文字の大きさ
上 下
21 / 23
第七章 ココペリにて

Scene4 就寝

しおりを挟む
 全員ベッドに入り、照明を落とした。それぞれの枕元に笠つきの電灯があり、それが三つ灯っている。点けているのはジョージと速見と俺。
「なんか修学旅行みたいっすね。好きな人の話とかしちゃう?」
 ジョージがはしゃいだ声色で開口し、かぶせるように「しねーよ」と内田の冷たい声。
「好きな人と言えばなんすけど」
「しねーって言ったじゃん僕しねーって言ったじゃん」
「たまにはいいじゃん。あんね、ここだけの話、寝ちゃってるから言うんすけど、ヒイロさんって、もしかしなくてもミミさんのこと好きっすよね」
 ひそひそ声でそう続いた。二期生が揃って、ああーと神妙に唸った。
「皆があえて触れてこなかったことを。ジョージそうゆうとこあるよなあ」
 言いつつ、ソウルはきょろきょろした。
「ごめん、すぐ寝ると思ってメガネ片付けちゃった。俺いま視線間違ってない? シルエットと声の方向が頼りなんだけど君はジョージ?」
「あ、はい。ジョージです」
「よかった」
「ソウルさん本当にめちゃくちゃ目悪いんすね」
「昼間はそうでもないんだけどね。鳥目なんだ」
 短く会話してから二人は「いや何の話」「ヒイロさん」「メガネは一旦置いといて」「メガネだけに?」「ん? うん」と本題に戻した。
「で、ぶっちゃけどうなんすか」
 それについては、俺が小声で答えた。
「本人からは何も聞いてないけど、たぶんその通りなんじゃね」
 これに対して、ジョージがこう重ねたのでまさに鳩に豆鉄砲。
「で、マトペさんもぶっちゃけミミさんのこと好きっすよね」
 はあっ? と素っ頓狂な声が出た。
「そりゃ好きっていうか、格好いいとか可愛いとかは思うけど、今話してる好きって恋愛感情の話だろ、そうゆうことなら俺の好きは全然違うジャンルのやつだから。つかその観点で言いだしたら俺ら二期生全員美々実さん大好きだわバカかお前はッ」
 饒舌に言いすぎて、逆に必死にごまかした人みたいになったじゃねえかよ。ぽかん、と目と口を丸くしてからジョージは声をあげて笑い出した。
「おい。何がおかしい」
「いやだってマトペさん必死」
「あーもー! じゃあお前も好きな人暴露しろや」
「いっぱい居るんすよねえ」
「おいチャラ男」
 速見が「うおお、慣れない話題でむずがゆいんだぜ」と腕をかいた。すぐに「でっすよねえ、好きな人とか、ねえ」と同意したのは内田。矛先にしてやれ!
「そうゆうふうに言うやつに限って恋愛中と何かで読んだぜッ。おいおいおいおーい!」
 何で読んだかは忘れたがな。たぶん、母さんの蔵書のうちのどれか。
「ふ、ふえええっ、小野キャプテンずるいです、自分がいじられたくないからって」
「ああそうだ俺はいじられたくないッ! 内田お前好きな人いねえの!」
「え、ええーっ? 僕の好きな人は、先輩方みーんなですようっ」
 ごまかす感じの、きゅるん。久々にされた気がする。
「おいおいどうした、そうゆうふうに話を逸らすやつに限ってぇーッ」
「本当にいないんですよね」「何でいる雰囲気出してきたんだよ」「ノリで……」
 気まぐれが過ぎる。表情が一変する瞬間、正直怖いんだが。
「速見は?」
 話を振ると、やつは驚いて自分の顔を指差した。
「オイラ? オイラはそんな話、無縁なんだぜ。クラスの女子とか普通に話すけどよ、友達としてしか見られてないと思うんだぜ。良い人止まりってやつよ」
 遠い目で、ふっと鼻で笑った。それなー、とソウルが同意する。
「俺もそう。バレンタイン、チョコいっぱいもらえたけど、全部義理だったし」
「たっはは、俺もっすわ。友チョコの交換いっぱいした」
 ジョージがそう言ったことで、例の酒入りガナッシュを思い出した。俺以外、誰も思い出してくれるな。号泣してたとか言い出すなよ。黒歴史、黒歴史。
「あー、あのガナッシュだろ。本当においしかった。小野が号泣したやつ」
「ソウルてめえッ!」
 ふかふかの枕を投げつけた。失言にいま気づいたらしく、ソウルは目を丸くしてから、ごめぇん、と大らかに微笑んだ。許す。こいつの、怒る気が失せる笑顔はずるいと思う。
 賑やかにしすぎたか、ヒイロがむくりと起き上がった。
「悪い。うるさかったか」
「いや、数分前に目が覚めていたんだが、起き上がるタイミングじゃなかった」
 冷静な声色で返され、全員ヒヤリとした。ジョージが苦笑いで言う。
「ちなみに、どのあたりから起きてたんすか?」
「遠道が、俺が寝てるからどうとか言い出したあたり」
「ウッワーッそりゃ起き上がるタイミングじゃねえ、まじすんません気ィつかわせて」
 布団から飛び出し、赤毛の後輩はベッドの上で大げさに平謝りした。短い舌打ちをし、ヒイロは疲労の見える表情で額に手を当てた。
「寝たふりを続けるべきとは分かっていたんだが、知らないふりは性に合わねえ」
 ヒイロが気を使うなんてかなり珍しいと思ったが、その気づかいが最後まで持たなかったあたり、ヒイロらしい。俺らが話していた間、葛藤していたと思うとちょっと面白いな。
「で、聞こえちゃってたならこの際もう聞くんすけど、ぶっちゃけどうなんすか」
 赤毛は楽し気にニヤリとした。こっちもこっちで、非常にジョージらしい。我らのヒーローはため息をつき、別に、と眉間にしわを寄せた。速見が諭すように、
「池原、このタイミングで起き上がったら、自らいじられに来たようなもんなんだぜ。そのまま寝たふりを続けていればよかったのによ」
 と声のトーンを落とした。ヒイロは悔し気にうつむく。
「分かっていたんだが」
「嘘つけねえのなあ」
「隠し事があると試合に支障が出る」
「まじか。そいつは起きるしかないんだぜ」
「だろ」「おうよ」「だが、いじるな」「無茶があるんだぜ」
 いつの間にか時間がかなり経っていて、時計は十一時半を指していた。
「ま、どっちにしろそろそろ切り上げないとまずいな。詮索し始めたら長いぞ、この話」
 俺は枕元の電気を切った。速見も続けて切る。
「キャプテンの言う通りなんだぜ。修学旅行のノリはここまで」
「えっ、寝ちゃうんすか、待って今めっちゃいいとこー!」
 唯一まだ電気が点いている場所でジョージが声を張り、「素直に寝ろや」と内田の叱咤が飛んだ。うぃーす、と不満げな声と共に、明かりが消える。暗闇の中で、小声が響く。
「ねえ、まじでぶっちゃけどうなんすか。え、寝たふり? 今? 今する? ちょいと、気になりすぎて俺だって明日の試合に支障が出ちまいやすけど! いいんすか!」
 静寂。のち、それよりもさらに小さい声で、ヒイロが返した。好きだった、と。過去形なことに、ほっとしたような悲しいような、複雑な思いがした。深刻な空気に、ちゃかした本人が黙り込んでしまった。気まずい沈黙を、ヒイロの声が破る。
「遠道なんか言え」
「言いにくいこと聞いてすんません」
「そういうのやめろ」
 そのやり取りに、笑いをかみ殺している吐息が聞こえ出した。
「山ノ内は笑うな」
「ごめん池原。バレた」
 もう寝ようぜえ、と速見が、暗い中でも笑顔と分かる声で言った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

坊主女子:女子野球短編集【短編集】

S.H.L
青春
野球をやっている女の子が坊主になるストーリーを集めた短編集ですり

さよならまでの六ヶ月

おてんば松尾
恋愛
余命半年の妻は、不倫をしている夫と最後まで添い遂げるつもりだった……【小春】 小春は人の寿命が分かる能力を持っている。 ある日突然自分に残された寿命があと半年だということを知る。 自分の家が社家で、神主として跡を継がなければならない小春。 そんな小春のことを好きになってくれた夫は浮気をしている。 残された半年を穏やかに生きたいと思う小春…… 他サイトでも公開中

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

青春残酷物語~鬼コーチと秘密の「****」~

志賀武之真
青春
バレーボールに打ち込む女子高生の森真由美。 しかし怪我で状況は一変して退学の危機に。 そこで手を差し伸べたのが鬼コーチの斎藤俊だった。 しかし彼にはある秘めた魂胆があった… 真由美の清純な身体に斎藤の魔の手が?…

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

巡る季節に育つ葦 ー夏の高鳴りー

瀬戸口 大河
青春
季節に彩られたそれぞれの恋。同じ女性に恋した者たちの成長と純真の話。 五部作の第一弾 高校最後の夏、夏木海斗の青春が向かう先は… 季節を巡りながら変わりゆく主人公 桜庭春斗、夏木海斗、月島秋平、雪井冬華 四人が恋心を抱く由依 過ぎゆく季節の中で由依を中心に4人は自分の殻を破り大人へと変わってゆく 連載物に挑戦しようと考えています。更新頻度は最低でも一週間に一回です。四人の主人公が同一の女性に恋をして、成長していく話しようと考えています。主人公の四人はそれぞれ季節ごとに一人。今回は夏ということで夏木海斗です。章立ては二十四節気にしようと思っていますが、なかなか多く文章を書かないためpart で分けようと思っています。 暇つぶしに読んでいただけると幸いです。

処理中です...