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8巻

8-2

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 大公の館のあかりは、さっきまでとは打って変わって、リキオーたちを歓迎するように煌々こうこうと輝いている。
 屋根の上で待機していたハヤテたちにリキオーが目配せすると、彼らは静かに降りてくる。リキオーは二匹に、ひとまずこの辺りで待っているように告げた。
 玄関をノックしておとないを告げる。ドアが開いて現れたのは、先ほどリキオーに気配を示してみせた執事、ボーリスである。

「リキオー様、お供の皆様も以前と同様にご歓待いたします。主は今、王宮に詰めております。じきにお帰りになりますので、それまでどうかおくつろぎになってお待ちくださいませ」

 そう言って執事は、メイドのノンナマクジールにバトンタッチして去っていく。彼女に案内されて、リキオーたちは二階の客間に通された。
 アネッテがノンナマクジールに微笑ほほえみかける。

「またお世話になるわ」
「はい。何かありましたら、何なりとおっしゃってください」

 アネッテが、彼女がれてくれたお茶の美味しさを思い出してニッコリと笑うと、ノンナマクジールも嬉しそうに微笑み返した。
 リキオーはフカフカのソファに腰を下ろす。そうしてやっと人心地ひとごこちが付いた彼は、安堵あんどのため息を漏らした。そうして思い出したように言う。

「あ、そうだ、ハヤテたちも入れてやらないとな」

 リキオーはソファから立ち上がると、二階のバルコニーに面したドアを開けた。
 そこでは、すでにハヤテとカエデが座って待っていた。二匹はリキオーを目にすると、すぐに体を擦りつけてくる。

「待ってろ。今、小さくしてやる。シェイプシフター」

 リキオーは両腕を開いて、様々なもののサイズを変えられる生活魔法「シェイプシフター」を二匹に掛けやった。
 みるみるうちに小さくなったハヤテたちは、中で待っていたアネッテとマリアの腕の中に飛び込んでいく。
 続いてリキオーは、ノンナマクジールに気になっていたことを尋ねてみる。
 自分たちが王宮に出掛けてから何日経ったのか、今この国はどうなっているのか、そういった彼らがいなかった間のことである。
 ノンナマクジールの返答を要約すると、リキオーたちが過去に飛ばされて戻ってくるまでに、こちらでは一ヶ月ほど経過したとのことだった。しかし、この国が置かれている状況については、あまり言えないらしい。

「詳しいことは大公がいらっしゃってから、直接お聞きください」
「ああ、そうさせてもらうよ」

 ノンナマクジールが頭を下げて、茶器を載せた盆を持って去っていく。
 すると、銀狼団の面々がリキオーを中心にして集まってきた。アネッテは右から、マリアは左から、主であるリキオーに肩を寄せてくる。
 両手に二人の美女を抱きながら、リキオーはこの大陸で起きている戦況について思考を巡らしてみる。

「きっと、アルタイラの軍勢がスタローシェを越えて雪崩なだれ込んできたんだろう。そしてそのまま戦争になったんじゃないかな」
「ご主人、それにしては静かじゃなかったか」

 マリアの言うように、城下町の雰囲気は戦時のそれではなかった。他の町の状況は不明だが、おそらくこのルフィカールまでは攻めてきていないというのは間違いないのだろう。

「ああ。連中がルフィカールにやってこないのは、秘密があるんじゃないか。奴らの侵攻を止めるほどの突拍子とっぴょうしもない何かが。それが何かは知らんが」

 エルマァアドの田舎町アンバール、穀倉地帯でありエルマァアドの胃袋を支えるトゥグラは、すでにアルタイラの手中に下っていた。リキオーははっきりと知らないことだったが、そのことは何となく感じ取っていた。
 それにも拘らず、アルタイラは侵攻を止めている。エルマァアドの国土はアルタイラの十分の一程度しかない。圧倒的戦力を誇るアルタイラが、首都ルフィカールを前に手をこまねいている理由は何なのか。そう考えて、リキオーは妙な違和感を覚えていた。
 また、リキオーの心をざわつかせるまた別の要因もある。
 リキオーたちの旅の最終地もここなのだ。今までの流れで言えば、最後の竜である金竜公に会ったとて、また何か厄介事を押しつけられるのは目に見えている。それでも一方的に不利が押しつけられるわけではないだろう。実際、リキオーはこれまで竜から与えられた試練を経て、鎧を完全体にすることができ、さらに新たな力も得てきたのだ。
 そんなわけでリキオーは、これから彼を待つであろう何かに対し、不安とともに興奮を覚えていた。

「さて、今夜はここで泊まることになるのかな。寝室はどこだろう」

 リキオーはソファから立ち上がると、彼らにてがわれた部屋の奥にある寝室を確かめに行った。するとその背後で、アネッテとマリアがなぜかにらみ合い、静かに激しい火花を散らしだす。
 部屋はとても広く、今彼らがいるラウンジには、四人掛けのソファ、テーブルがあり、他にクローゼットだけの部屋がなぜか複数あった。これまた複数あるベッドルームには、それぞれ大きなベッドが置いてある。
 特大のキングサイズとも言えそうなそのベッドは、三人で寝ても大丈夫そうであった。どんなに寝相が悪くても、朝になったら床で寝てました、なんてことは起きそうにない。ベッドルームの奥には、これまた大きなトイレとバスルームがあった。
 これほど大きく広い部屋ならば、元のサイズのハヤテたちでも問題なさそうだ。いや、さすがにシェイプシフターを解いたら、重さで床が抜けそうなのでやめておくが。
 血走った目で睨み合う二人の美女を見ながら、素知らぬ振りをしてリキオーは呟く。

「ふわぁぁ。俺はこっちを使うから、お前たちは好きにしろよ」

 鈍感なリキオーといえど、さすがにそう何度もこんな場面に遭遇していると、彼女たちが自分と一緒にいる権利とやらを事あるごとに競っているのを知っていた。しかし、リキオーにとっては、アネッテもマリアも大事な家族。二人とも同様に愛している。どちらが上とか下とか考えたこともない。
 アネッテとマリアにとって、リキオーと共にいる時間はとても大事なものだった。それはリキオーも同じことで、二人といるときを大切に思っていた。リキオーは二人の愛情の深さを知っているので、彼女たちからの想いを疑いもしない。
 リキオーは、この世界に来て、本当に生きている実感というものを噛み締めた。それは元の世界、現代日本では感じられなかったものだ。
 彼女たちはリキオーがいずれ元の世界に戻ってしまうことを危惧きぐしているが、彼には地球に戻るつもりはない。この世界でこそ、彼の力を存分に振るうことができ、彼女たちのような美女と想い合うことができたのだから。
 リキオーは明かりを消した寝室に一人でいた。そうして広いベッドに横になっていると、やってきたのはマリアだった。
 狸寝入たぬきねいりをしつつ様子を窺っていると、マリアが甘えん坊の猫のようにリキオーの肩に寄り添ってきた。戦闘中のキリッとした顔が、二人きりになると途端にだらしなくなる。しかしどちらの顔も彼女の本質なのだ。
 リキオーはそっとマリアの肩に手を回して抱き寄せる。一瞬、マリアの体に緊張が走ると、次の瞬間には弛緩しかんした。暗闇の中でもマリアが心底嬉しそうに表情を緩ませているのがリキオーには分かった。
 ヤレヤレと思いながら、リキオーはぐっと力を込めて抱きしめてやった。そして、この時間だけはマリアのことだけを考える。
 翌朝、気力を充実させたマリアは、フンフンと鼻歌交じりで上機嫌だった。対してアネッテは、何でもない風を装いながら、唇の端を引くつかせている。
 リキオーを取り合う二人の美女との時間、そんなほのぼのとしたひと時もこれまでだ。
 ようやくヴァルデマル大公が王城から戻ってきた。



 4 大公との取引


 執事を伴ってリキオーたちの部屋に入ってきた大公は、彼らの姿を見て笑みを浮かべた。ヴァルデマルが口を開く。

「やあ、どこにバカンスに出掛けていたんだい? こっちはだいぶ忙しくなっているんだがね」
「それはおいおい説明しますよ。それで今、戦争は?」

 ヴァルデマルがソファに腰掛けると、傍らに静かに寄り添うように佇んでいたメイドが紅茶のカップを差し出した。
 ヴァルデマルはリキオーの問いにはすぐに答えず、お茶の香りを嗅ぎ、最初の一口を楽しんでからゆっくりと告げた。

「なぜか敵の侵攻は止まっていてね。私たちにも何も説明はないんだが、どうやら王族が何かをしてくれたらしい」
「あの……名前を忘れましたが、渡界者を研究しているというあいつも?」
「ダヴィットか、彼の研究とは今回は関係ないらしい。私は王に謁見し、詳しく聞こうとしたんだが、はぐらかされてね」

 それからリキオーは、自分たちが王宮の謁見の間から消えてからのことを話した。過去のシャポネに飛ばされ、そこでしてきた諸々についてである。
 大公は面白そうにリキオーの話を聞いていたが、疑っている様子はなかった。

荒唐無稽こうとうむけいな話だが、君がその身にまとう雰囲気がいなくなる前と今とでは全く違うからな。にわかには信じがたい話とはいえ、そうそう嘘と決めつけることもできないだろう」
「まあ、信じてくれなくてもいっこうに構わないんですがね」

 リキオーは両手を持ち上げて、冗談っぽく肩をすくめてみせた。
 実際、逆の立場だったら、過去の世界に飛ばされてそこで化け物と戦ってきました、なんて話を信じるほうがどうかしているのだ。それに大公は、リキオーたちが戦っている姿を見たことがない。彼らの強さも知らないのだから、口からでまかせを言っていると思われても仕方がない。
 だが、どういうわけか、大公はリキオーと彼の仲間たちを高く買っている節があるようだった。リキオーは自嘲気味に尋ねてみた。

「大公、どうしてこんな胡散臭うさんくさい奴をかくまってくれるんです?」
「フフ、どうしてだろうな。君の仲間であるハヤテ殿の活躍も聞いている。それに君の見せた魔法の技、そういうものを見ているとな……リキオー、君が何かとんでもないことを成し遂げてくれる、そんな期待を抱かせるんだよ。もちろん、私の勘違いかもしれないがね」

 身を乗り出してきて、たかが獲物を見つけたときのような獰猛どうもうな目つきをする大公。まるでリキオーの内面まで見通すような眼差しである。これが大公の本性なのだろう。値踏みされるような鋭い眼差しに、リキオーは背筋を震わせる。

「だから私の酔狂すいきょうだと思って、君たちは何も遠慮はいらんよ」

 大公の妙な物言いに、やや警戒をしつつもリキオーは言う。

「今は助かります。この状況では他国から入ってきた冒険者など身動きもできませんからね。では早速さっそくですが、お願いがあります。私たちはある情報をほっしています」
「うむ。言ってみたまえ」
「私たちはこの海を渡り、リュウグウへ行かなければなりません。金竜公にお目通りを願うために。故に、そこに至る方法を……」

 リキオーの願いを聞き、大公は淡々と厳しい事実を告げる。

「君たちも見ただろうが、船は使えない」

 見ただろうと言われて一瞬分からなかったが、すぐに思い至った。彼らが現代に戻ってきて立っていた地、ルフィカールの浜の廃墟跡……
 リキオーは、息を呑んで尋ねる。

「あれは……あそこには漁村か何かがあったのですか?」
「そうだ。元々、あそこにはアガピトという村があり、渡し船が出ていた。この国、海人国家エルマァアド、その名前の元となっている金竜公、エルマァイ様をまつる祭殿がリュウグウにはあるんだ。そこを詣でることは、この国の国民なら誰もが望むありがたい行いだったのだが……」

 そう語りながら大公の声は、徐々に悲しみを帯びていった。
 確かに、今までリキオーが出会ってきた竜たちも、たびたびそうした信仰の対象であった。
 リキオーたちに一番馴染なじみ深い水竜イェニーもそうだ。彼女のむモンド大陸のフェル湖にはイェニーをまつる水竜神殿があった。先の獣人連合で出会った緑竜ヘストゥエルには神殿はなかったが、信仰に近い敬意が払われていたように思う。
 大公がさらに続ける。

「戦争の前は、我らのうちから海へ帰った者はこの海を渡り、リュウグウで金竜公に仕えるのが定めだったのだ」

 アネッテとマリアは首を傾げていたので、リキオーが解説する。

「ここエルマァアドが海人国家と呼ばれているのは伊達だてじゃないんだ。この国の人々のうち、より先祖の血を濃く受け継ぐ者たちは、弟月の新月の日に先祖返りして体の構造を変える」
「ああ! そういえば、前にそんな話を聞かせてくれましたね」

 アネッテは、この国に入るときにリキオーがしてくれた説明を思い出したようだ。
 この星の月は二つある。兄弟に例えられ、兄月をアレス、弟月をユウリテと呼んでいる。いつも赤い兄月アレスを追うように上ってくるのが、巨大な弟月ユウリテである。この夜の壮大な天体ショーを見て、リキオーはここが異世界なのだと実感させられたものだ。
 弟月の新月の日の特別な風習として、彼らは外に出ないのが習わしとなっている。その日、部族の中で先祖帰りした者が海に入っていくからだ。
 先祖返りを起こした者は、足がイルカのようになり、町に走る水路から海を目指す。そして彼らは皆、金竜公のおわすリュウグウへと至るのだ。
 リキオーが少し口調を改めて、アネッテたちに言う。

「あのときは話してなかったことが一つある。魚鱗族のことだ」

 金竜公の祝福を受けた民は海人族だけではない。もう一つの種族、魚鱗族がいる。
 魚鱗族は二頭身で、頭は完全に魚。背びれと水かきを持っている。そうした見かけ上でも海人族やヒトと異なるが、その生態もかなり特殊である。
 魚鱗族は、母体となる女王から無数に産み落とされ、常に集団行動するのだ。そして彼らの体の一部から作られる三叉さんさの槍を携帯している。海人族はヒトのように個々に思考を持つが、魚鱗族にはそうしたものはない。あるのは集団としての意思だけだ。
 大公がリキオーから話を引き継ぐ。

「うむ。そして、その魚鱗族が金竜公に反旗をひるがえし、我らの同胞を襲ったのだ。アガピトは魚鱗族の襲来を受けて壊滅した。そこに住んでいた民もろともな。それ以来、リュウグウへ至る手段は失われている」
「その間、海人族の先祖返りはなかったのか?」
「当然、あった。だが、海に帰った者はことごとく魚鱗族の餌食になったと思われる。リュウグウへ渡る手段が失われた今、魚鱗族から逃れた海人族が今どれだけいるのか、それすらも分かっていないのだ」

 少なくとも今までは、海人族と魚鱗族が反目はんもくし合うという事態は起こらなかった。それ故、共に金竜公を信奉する仲間だった魚鱗族の裏切りを大公は理解できず、戸惑っているらしかった。

「貴公たちがリュウグウへ渡るというのなら、我ら海人族の無事を確認してほしい。そのためなら我らも協力を惜しまない。城下町の古老ならば、何か知っているやも知れぬ」

 大公の期待を受けて、リキオーは頷く。

「頼みます」
「うむ。他の者にこのことは任せられぬ。こちらこそ頼む」

 こうした微妙な立ち位置での働き方を期待されるのは、傭兵稼業ようへいかぎょうが主体の冒険者としては本望だ。どちらにせよ、リキオーたちがこの国の兵と一緒にアルタイラ軍に対抗することはないのだから。
 リキオーたちはリュウグウ島へ渡りたい、大公は同胞の海人族の安否を確かめたい。戦争は進んでいるが、それとは関係なく両者の利害が一致したといえるのだった。



 5 リュウグウへ至る道


 リキオーたちは大公の屋敷から出て、城下町の古老を回った。
 古老たちからはいろいろな話が聞けたが、ボケてしまっていて確かな情報というのは聞けなかった。
 いわく、下水道の奥に人知れず封印された地下道があるとか、今はれた井戸の底から秘められた洞窟どうくつに通じているとか、引き潮で現れる洞窟が地下世界へ続くとか。どれを聞いても怪しさ満点だった。
 まず下水道についてだが、この都市は歴史が浅く、そんな地下空間が存在するとは考えられない。やっと最近になって王城近くの区画で下水道が完備されたばかりなのだ。
 続いて、涸れた井戸について。確かにこの地にも涸れた井戸くらいはあるが、取り壊して更地にしてしまったものが多く、そこを調べるというのは困難だ。
 引き潮で現れるという洞窟も眉唾まゆつばだ。そんなものがあればとっくに観光名所にでもなっているだろう。そもそも地元の人々が知らないわけもない。
 どれも頼りない情報ばかりだったが、他に頼りになるものもない。それに暇なのだ。何もしないよりはまだ体を動かしていたほうが精神的に楽だということで、リキオーたちは虱潰しらみつぶしに情報の裏付けを取ることにした。


 そして今、リキオーたちはとある古井戸にいた。

「ダメだ、ご主人」

 井戸の縁からロープを垂らした先、古井戸の底からマリアの声が聞こえる。
 リキオーたちは、リストにした不確かな情報を元に、廃棄されたり潰されたりした井戸の調査をし続けていた。

「ここもか。まあ地道にやるしかないな。お疲れ」

 リキオーは、ロープを伝って上ってきたマリアをいたわるようにタオルを差し出す。
 すでにリストの半分までが消化されたが、本命にはぶつかっていない。ちなみに井戸には、マリアと交代で入っていた。リキオーがぼやくように言う。

「アネッテのほうはうまくやってるかな……」

 一方アネッテは、ハヤテたちを伴って別口の捜索をしていた。
 ちなみに彼女がやっているのは史跡の調査だ。どちらかと言えば、足で件数を稼ぐタイプの調査の仕方なので、適材適所というべきか。
 城下町には、王や英雄の偉業をたたえるモニュメントや噴水といったものが点在している。そうしたところはちょっとした広場になっていて、住民たちの憩いの場となっているのだが、古くから存在するものが多いため、調査しているというわけである。
 ハヤテの超感覚やカエデの影に入る能力で遺跡の中を調べ、それらしき空洞があれば当たりというわけだ。ハヤテはでかい図体のまま動くわけには行かないので、シェイプシフターで小さくなってもらい、アネッテに抱かれている。幸い、ハヤテの能力である超感覚は体の大小とは関係なく発揮できるし、カエデは影の中から人に見られずに調査することが可能だ。

「ワウッ」
「ハヤテさん?」

 急に、アネッテに抱かれたハヤテが可愛い声で吠えた。またアネッテの足元から、カエデが細長い尻尾を絡ませてくる。
 どうやら何かがあったらしい。

「マスター、こっち当たりだったみたいです~」

 アネッテがパーティ会話で囁き、リキオーを呼び寄せる。
 早速、アネッテに付いてきていた大公の部下が、ハヤテの示す噴水を調べると、地下に続く通路を発見した。見つけた彼らも、そこにそんな通路があったことにひどく驚いている。
 中は、石造りの細く複雑な通路となっていた。風の音だろうか、ゴゴゴと太く響く音がする、どこか荒削りな感じの深い穴になっていた。
 穴自体は底が見えないほどの深さだった。そこから時折、低く伸びる獣の吠え声が聞こえてきていた。もしかしたら中に、何かがいるのかもしれない。見張りのため入り口に立った歩哨ほしょうの兵士はすぐにでも逃げ出しそうになっていた。


 アネッテのパーティ会話を聞いたリキオーがため息とともに呟く。

「ヤレヤレだな」
「まあ、やっと仕事ができると思えば報われるというものだろう」

 マリアは、リキオーが肩の荷を降ろすように首を振っている傍らで、そう言って顔をほころばせた。徒労に終わったとはいえ、主と二人で仕事をするのは楽しい時間だったのでマリアは満足だ。
 順調そうに進んでいたものの、リュウグウ島へ通じるという深い穴。そう簡単に通してくれるものではないだろう。リキオーはそんな予感を覚えていた。


 ***


 一度大公の館に戻り、休息を取ってから翌日。
 リキオーたちは穴の奥へ向かうことにした。大公も馬車の中からだが、見送りに来てくれた。立場上、表立って外を歩き回るわけにも行かないという配慮らしいが、豪奢ごうしゃな馬車を見ればそこに高貴な人物が乗っていることはバレバレである。

「同胞のこと、よしなに頼む」

 そう仰々ぎょうぎょうしく言って馬車の中から頭を下げた大公に、リキオーは軽薄そうにひらひらと手を振って、噴水地下の通路に入っていく。
 しばらく、リキオーたちが入った通路を見つめていた大公が馬車を出すと、噴水がせわしない水音を立て始めた。すると、もうそこに通路があった痕跡は残されてはいなかった。
 リキオーがパーティメンバーに言う。

「よし、もういいな。装備を整えろ。アネッテ、灯りを頼む」
「はい」

 アネッテが魔法を唱えると、ウィルオウィスプが浮かび上がる。丸い形をした灯りの精霊が、フワフワと彼らの周囲を飛び回りながら地下通路を照らす。
 リキオーたちはローブを脱ぎ、戦闘準備を整える。リキオーはかぶとを被り、面頬めんぼうを付けると、二刀の柄に手を置いて穴の底を睨んだ。
 ハヤテも元の大きさに戻り、カエデと並び立つ。
 マリアはアヴァロンアーマーを身に着け、鎧の脇腹に付いた傷をなぞる。が、そんな感傷を振り払ってアークセイバーを抜き放つ。

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