アルゲートオンライン~侍が参る異世界道中~

桐野 紡

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8巻

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 1 再びルフィカール


 広大な海原うなばら黄金おうごんに輝く日差しが注がれ、特異な形をした島――リュウグウの姿を浮き上がらせていく。
 夕刻のこの地の光景は一幅いっぷくの絵画と評され、ここを訪れる吟遊詩人ぎんゆうしじんたちによって、その美しさはシルバニア大陸にあまねく知られている。
 だが、それも今は昔。
 この海は今、狂気きょうきはらんでいた。


 海を、銀の輝きを見せる巨大な何かが、まるでスケッチブックを引き裂くように勢いよく進んでいく。
 その銀の輝きは、人工物にも見える。
 前方は包丁の腹のように平たい形なのに、後ろのある一部分からは竜のうろこのごとくとがったものが無数に浮き出ている。銀に輝く前方部分の上には船のマストが生え、いくつかある平たく長い窓からは無数の大砲が顔をのぞかせていた。
 それらを総合してみると、どうやら船のようでもあるのだが、では、後部のいかにも生物らしい造形は何なのか……
 それが進む海は穏やかであるにもかかわらず、その光景は悪夢のようであった。
 ちなみに船というものは、この世界、オルディアンにも一応存在している。しかし、その技術は発達していなかった。
 というのも、この世界の外洋は巨大な海の魔物である海竜かいりゅうや正体不明の生物たちが支配する領域で、そこにぎ出そうとすれば、たちどころに海の藻屑もくずと消える運命にあるのだ。なお、陸上にある湖にも外洋と同様の危険がひそんでいる。
 シルバニア大陸の覇権国家アルタイラは、他の大陸にその威光いこうを示そうとして船団を率いて海を渡ろうと試みたことがあった。しかし二十を超える船を従えていたにも拘らず、海を無事渡れたのは一せきもなかったという。それに似たより安全な試みのほとんどでさえ、その度ごとに失敗してきた。
 こうした経験を踏まえ、さすがの覇権国家といえども外洋を渡ることは徒労とろうに等しい行為と理解するに至る。それ故に、覇権国家でさえも造船技術はおろか海を渡る知識や経験が蓄積されてこなかったのだ。
 しかし、海人かいじん族の都市ルフィカールには、かつてリュウグウ島と陸地をつなぐルートが確立されていた。この世界でここにだけ、海を渡る技術が存在していたのである。それもあって、半島の切り立った崖下がいかには無数の漁村が栄え、海で獲れる魚や海藻、真珠によって大いににぎわったものだった。
 だが、その恩寵おんちょうも失われてしまった。崖下を埋め尽くすほどだった集落は廃墟はいきょと化し、その残骸ざんがいはあれど人影は全く見えない。
 今やルフィカールから見えるリュウグウ島を取り囲む穏やかな海域は、上半身が魚で下半身が人という禍々まがまがしい姿の魚鱗ぎょりん族が支配している。
 立ち入ろうものなら、たちまちに沈められて餌食えじきにされるのだ。かつて、人と変わらぬ容姿を持つ海人族と化け物めいた魚鱗族は、穏やかな関係を結び、共に生きていたというのに。


 一方その頃。
 ヒト至上主義を掲げる覇権国家アルタイラは、獣人国家カメリアを滅ぼし、さらに海人国家エルマァアドを落とすべく南下し続けていた。
 しかし、思わぬ苦戦を強いられる。そのまま侵攻を進めようとしたものの、古代戦争で使われた超兵器の影響でできた自然現象、ホールが彼らの行く手をはばんだのだ。
 そのため、アルタイラの軍勢はスタローシェと呼ばれるその一帯を通過できず、一時停滞していた。
 だが、凶悪な自然現象といえど御遣みつかいの力の前では児戯じぎに等しい。もはやアルタイラは、その背後に御遣いがいることを隠しもしなかった。
 御遣いの現実離れした力を使い、強引に難所を突破したアルタイラの軍勢は、あっという間に海人国家エルマァアドの北限に上陸してしまう。
 それからすぐに、長閑のどかな町であるアンバールを落とし、別の世界から来た渡界者とかいしゃが作ったと言われる都市トゥグラも制圧。その後、一気にルフィカールも落とす勢いだったのだが、不思議とそうはいかなかった。
 アルタイラの軍勢の前に、銀のいびつな船――龍船りゅうせんが現れたのである。
 先述の通り、アルタイラからは海を渡る技術や知見は失われていた。それだけに龍船の存在は驚きだった。彼らは思ったであろう。なぜ、かの船は魔物に襲われずに航行できるのかと。
 龍船に積まれた無数の砲台から放たれる砲撃を前に、アルタイラ軍は再び停滞を余儀なくされるのだった。
 また今回ばかりは、御遣いに頼ることはできなかった。
 リュウグウ島にあるという神殿が邪魔だったのだ。ここの神殿には、御遣いたち「干渉する者」に対抗する、「見守る者」の一つ、金竜きんりゅうまつられているのだ。
 アルタイラ陣営は、龍船に一方的に攻められ、辛酸しんさんめさせられていた。


 ***


 水竜すいりゅうイェニーによって過去へ送られ、シャポネという日本の江戸時代に似た文化を持つ不思議な国に飛ばされたリキオーたち銀狼団ぎんろうだん。激闘の果てに、強敵キュウビを倒した一行は、再び海人国家エルマァアドに戻されたはずだった。
 しかし周囲の様子は、飛ばされる前の雰囲気とは随分ずいぶんと違う。辺りをぐるりと見回しながらリキオーが呟く。

「……って、ここどこよ?」

 リキオーたちがいるのは広い浜辺はまべのような場所だった。
 遠浅とおあさの海にザパーンと波が押し寄せ、まったりとした光景が続いている。大陸全土を巻き込む戦争が行われていたはずだが、戦争の「せ」の字も感じられない。
 足元には、木で作られた遺構いこうのようなものが無数に続いていて、どこか空虚くうきょな雰囲気だ。魔物の気配はない。
 銀狼団のメンバーは全員、茫然自失ぼうぜんじしつといったところだ。
 マリアが目を白黒とさせながら口を開く。

「何が何やら。ご主人、我らは現代に戻ってきたんだろう?」
「そうよね。私たち、シヅさんたちに会う前は、王城で王様と謁見えっけんしていたはずだもの」

 アネッテが言うように、リキオーたちはシャポネに飛ばされる直前、ルフィカールの王城で王と会っていた。リキオーが別の世界から来た渡界者であることを勘づかれ、少し危険な状況だったのだが……
 剣狼けんろうのハヤテ、元神獣しんじゅうのカエデも状況がつかめていないのは同じようで、困ったようにリキオーの顔を見ている。

「俺だって分からんよ」

 リキオーはお手上げとばかりに両手を広げた。それからふと気がついて、マップ画面を表示させる。
 マップによると、彼らがいるのはルフィカールの断崖の真下だった。
 かつて栄えていたという集落の廃墟らしい。廃墟といっても、建築物があったという痕跡ばかりで壁さえまともに残っていなかったが。
 リキオーが崖下から見上げてみると、ルフィカールは違和感が半端ない町だと感じられた。
 城下町と崖の真上にある王城までが半島にしがみつくように連なっている。王城の後ろはまさに何もなく、背水はいすいの陣を地で行く構造なのだ。
 続いてリキオーは、マリアのほうを振り返る。
 彼女が身に着けている漆黒しっこくよろい、アヴァロンアーマーの脇腹に穴が空いている。彼女の奮戦のあかし、古代兵器シュライヒのレーザー痕だ。マリアの体のほうはすっかり治っているが、鎧や盾はそうもいかない。どこかで直す機会があればいいのだが。
 そんな風にマリアのことを心配しながら、リキオーは告げる。

「ともかく、俺たちがこれから向かうのはこの海の向こう、金竜公がいるというリュウグウだな。そこへ渡る手段が必要なんだが、船があればいいんだけど……」

 船と聞いた途端とたん、船が苦手なマリアがブルッと肩を震わせて顔を青くした。
 マリアは銀狼団と合流する前、王国の騎士を務めていた。そのとき訓練として乗り込んだ船でトラウマになるような酷い経験をしたらしいのだ。これまで銀狼団の旅の中で何度か船旅になりつつも回避してきたが、今回ばかりはさすがに彼女の幸運も続かないだろう。
 厳しい顔をしてリキオーは言う。

「船となれば船頭せんどうも必要だ。少々値は張っても頼める船乗りがいるといいんだが。その伝手つてを探すためにも、またルフィカールの城下町に戻らにゃならん」
「はい」

 アネッテが、これから起きるであろう困難を思い浮かべ、噛みしめるようにうなずいた。
 それを合図に、銀狼団の一行は歩き始める。
 ともかく、人のいるところに戻る必要がある。となればルフィカールしかないが、王城のある断崖は反り返っていて、とても登れそうにない。そういうわけで一行は、廃墟が続く砂浜を半島の付け根に向かっていった。
 歩きながらリキオーは、これまでの道程を振り返り、物思いにふける。
 水竜イェニーからリキオーにたくされた願いは、竜に会えというもの。リキオーが会うべき竜も、とうとうこれで最後となる。シルバニア大陸を北からずっと南下してきたが、この海を越えれば金竜公のいる島、リュウグウなのだ。
 だが、果たしてそうすんなりと行くことができるのだろうか。
 なにせ、アルタイラ軍が近づいており、海人国家に攻め入ろうとしている。この半島の構造上、ルフィカールをようする海人国家エルマァアドは防戦一方になるだろう。後ろに逃げる場所のないこの国が不利なのは明らかだ。
 さらに一行は、ゆっくりと歩き続けた。
 砂地はサクサクと小気味いい足音を立てている。右手にはエルマァアドの半島、左手は広くいだ海が見える。ほとんど波の立っていない、不気味なほど静かな海だ。
 時刻は太陽の位置からしておそらく昼前。この景色だけ切り取ってみれば、最高の観光ロケーションだろう。平和なときに来るのであれば、デートにうってつけの場所に違いない。
 ふとリキオーは立ち止まる。


 それにしても。あれは一体──


 リキオーは海原にチラチラと垣間かいま見える、何か人工の建造物のようなものが気になっていた。
 他の海と違い、海竜や大小様々な魔物のいないこの海は「静かの海」と呼ばれている。半島の切れ目の断崖からリュウグウ島に至るわずかなこの海域だけは、かつて漁も行われ、船の行き来もあった。金竜公の神殿がリュウグウにあり、そこにもうでる「リュウグウ参り」の渡し船が頻繁に往来していたのだ。
 一見静かに見える海の底で、何か良からぬことが起こっているに違いない。
 そんなことを思ってリキオーは、その視界に映る影に、不穏ふおんな何かを感じ取るのであった。



 2 深夜の来訪


 リキオーたちは断崖を避けてぐるりと遠回りしてきて、城下町の周囲を取り巻く防護壁にたどり着いた。
 どこかに身を隠せるような穴はないかと考え、反り返った坂を登り始める。しばらくして、一見すると行き止まりになっているところに、階段状の岩場を見つけた。そこをゆっくりと上がっていく。
 しかし、本当に戦争中なのだろうか。
 リキオーはそう疑問に思っていた。防護壁にも兵の姿が見えないのだ。壁の上から断崖の反対側、半島の付け根のほうを見る。おそらくアルタイラの軍勢はそちらの方向から兵を進めているはずだ。続いて町のほうを見ると、人々の往来はあるようでさびれている様子はない。もちろん盛況というわけでもないが、戒厳令が敷かれているというわけではないらしい。
 リキオーは、この国を訪れて初めて泊まった宿の女将おかみ、主人の気のいい対応、宿の食事などを思い出す。そうして、彼らの無事を願わずにはいられなかった。
 アネッテが心配そうにして尋ねてくる。

「マスター、これからどうするんです?」
「うん。俺たちが過去のシャポネに行っていた間、こっちでどのくらい経ったのか分からないし、今、戦況がどうなっているのかも知りたい。だから、少し暗くなったらヴァルデマル公のところへ行ってみよう」

 ヴァルデマルは、リキオーたちがエルマァアドに来てから、様々な都市を案内してくれた信頼できる人物だ。きっと助けになってくれるだろう。出掛ける時間帯を暗くなってからとしたのは、家路を急ぐ人たちに紛れるためである。明るい時分では目立ってしまうし、深夜ではやはり怪しい。まだ人の通りがある夜の始まりぐらいが一番怪しまれないものなのだ。

「それまでここで時間を潰そう」
「はい」

 この防護壁には、戦時には兵たちが詰めるためだろうか、たくさんの部屋があったので、身を隠すにはもってこいだ。部屋の広さは、ハヤテとカエデが入っても余裕のあるほど。防護壁の外側に開口した窓があり、内側にはドアのない出入り口があった。
 リキオーたちはその一つの部屋に入ると、簡単な野営の準備を始めた。
 リキオーが壁際に腰を下ろすと、アネッテはお湯を沸かすため、インベントリから鍋などを取り出し始めた。マリアはリキオーの隣に立ち、窓から夕闇の迫る景色を見入っていた。
 リキオーがマリアに話しかける。

「マリア、ちょっと鎧、見せてみろ」
「ん?」

 マリアはヴァロンアーマーを外し、下に着けている鎧下の胸元を緩めた。ちなみにその鎧下装備は魔道具である。彼女が重傷を負ったときは彼女自身の魔力を使って生命を保護してくれるのだ。
 リキオーは手渡された漆黒の鎧の表面を撫でていった。そうして、脇腹に当たる部分に、鋳溶いとけたようないびつな穴が空いているのを見つける。
 そこにリキオーが触れると、マリアもどこか痛みを感じたような苦みばしった目をした。盾にも同様に穴が空いている。
 恥じ入るような目つきをするマリアに、リキオーが告げる。

「この穴はお前がちゃんと仕事をした勲章だ。だからそんな目をするな。どこかで直せるといいな」
「うん」

 マリアはリキオーからアヴァロンアーマーを受け取ると、愛しそうにギュッと抱きしめる。そして、鎧下と一緒にインベントリに仕舞い込み、普段着に着替えた。
 ハヤテとカエデは壁際で横になっていた。そうしながら、鍋の下でチロチロと揺れる炎を眺めている。部屋を照らすのはその小さな炎だけで、やがてシュンシュンと湯気が立ち始めると、ほっこりとした雰囲気が漂い始めた。
 アネッテが花の匂いのする茶葉に熱湯を注ぐ。すると、華やかな香りが部屋中に漂った。
 まずリキオーにお茶を差し出し、次にマリア、そして自分の分を注ぐ。それからアネッテはマリアの反対側に腰を下ろした。
 しばらくそうしたまま、町に夕闇が降りていくのを待つのだった。


 暗くなり、一行は部屋をあとにする。
 三人ともローブで全身を隠し、目元だけ覗かせて足早に進んでいく。ハヤテとカエデはリキオーたちから距離を取って、屋根伝いに音も立てずに走っていた。
 目標のヴァルデマル大公のやかたは貴族区にある。なので、城下町よりもさらに警護が厳しいエリアだ。
 警備の者たちを発見したアネッテが言う。

「マスター、あの人たちをなんとかしないと入れないんじゃ……」
っちまうか?」
「まあ、待て。ここは俺がなんとかしてみよう」

 マリアが物騒なことを言い始めたのをジト目で非難しながら、リキオーは門の前のしげみに隠れた。そうして、目の前に手を持ってきて呪印じゅいんを唱える。
 忍者が使う魔法である幻術げんじゅつのうちの一つ、木遁術もくとんじゅつである。リキオーは印を切り終えると、驚く二人の目の前で姿を消した。
 ハヤテたちに指示をして、ちょっとした騒ぎを起こさせて警備の注意を引きつける。その隙にリキオーは警備に接近し、彼らを手早く昏倒こんとうさせていく。
 物陰に隠れていたマリアとアネッテは、自分たちのあるじが木の気配の中にフッと姿を隠したと思ったら、門を警護していた兵の後ろに出現、手刀で彼らの意識を奪っていくのを見て、唖然あぜんとしていた。
 マリアが感心したようにつぶやく。

「ご主人、随分と、技の手数が増えたものだな」
「まあな。暗殺者みたいだとでも言うんだろ? 忍者は情報戦と暗殺が身上しんじょうだからな」

 今のリキオーは、獣人連合との戦いから、さらにレベルアップし、メインジョブのさむらいはレベル55、サブジョブ忍者はレベル30に到達していた。ジョブは一般的にレベル20で独り立ち、30で完成、それからは熟成と言われているので、今のリキオーであれば、暗殺者のように気配を隠したまま昏倒させることなど造作ぞうさもない。
 このサブジョブという新たな能力は、リキオーもゲームで体験したことのない未知のシステムだった。もしかすると、実際のVRMMO『アルゲートオンライン』で、こうしたシステムが実装されたのかもしれない。リキオーがこの世界に転移してそろそろ一年近い。新たなアップデートがされて、ゲームが進化していてもおかしくないのだ。
 かくして一行は、無事に貴族区への侵入を果たした。
 ハヤテたちは一足お先に貴族区へ入っており、あとからリキオーたちがやってきたのを確認して大公の館へ進んでいく。
 貴族区は闇にとっぷりと暮れると、出歩いている者がいなくなるようで、ひっそりとしていた。闇を進む者など、リキオーたち以外には見当たらない。一般人や冒険者のたむろする城下町の商業区では見回りの兵が出ていたが、こちらでは見かけない。
 だんだんきつくなってきた坂を登っていると、見覚えのあるアーチの付いた大公の館が見えてきた。さらに見上げれば王城の明かりが見える。ここはもう海人国家エルマァアドの中枢ちゅうすうだ。
 リキオーがそうした光景を見ながら呟く。

「さて、どうやって大公と面会するかな」
「正面からじゃ駄目なんですか」
「ご主人のさっきのでパパッとできないのか」
「無茶言うな」

 アネッテ、マリアと会話を交わしながら、大公の館のバルコニーが見える繁みに身を隠す。
 すると、まるでリキオーたちを誘うかのように、二階のバルコニーに面した窓が開いて、灯りが漏れ出してきた。
 リキオーはそれに怪しさを感じた。マリアもアネッテも、バルコニーから漏れる明かりを見て不審がっている。

「マスター……」
「ああ。任せろ」

 ここでこうしてうだうだしていてもらちが明かない。いざとなれば如何いかようにも逃げられる、その自信あればこそだ。
 そう考えたリキオーは、腕を押さえて不安を訴えてくるアネッテの手をそっと取り、ニヤリと笑った。
 そして、アネッテ、マリアの二人にここで待っているように指示すると、忍術で一気にバルコニーまで駆け上がった。



 3 大公の館


 ヴァルデマル大公の屋敷のバルコニーに、忍者のスキル・遁甲術とんこうじゅつを使い降り立ったリキオーは、灯りが漏れ出ている窓から中をうかがった。
 そこでは、ヴァルデマル公の執事、ボーリスが瞑目めいもくしている。しかし、そうしながらも彼は、まるで奉仕すべき客が窓の外にいるのを分かっているかのようにたたずんでいた。
 リキオーが気配を消したまま中を覗き込んでいると、ボーリスの引き締まった唇の端がわずかにゆがみ、言葉を発する。

「お客様。どうぞ玄関よりおでくださいませ。私の主にとっても、あなた方は大切なお客様でございます」

 リキオーは気配を隠すのをやめて、ハーッとため息を吐いた。

「えっと、ボーリスさんって言ったっけ。いつから気づいてたの?」
「フフ、お客様。私どもも大公閣下かっか御側役おそばやくとして、それなりに経験を積んでおります」
「いやいや、もう玄人くろうと裸足はだしでしょ。そこまでスキルを育ててれば」
「皆様おそろいでの表口からのご来訪、お待ちしております」

 リキオーは再びハーッとため息を吐いた。そうして遁甲術でバルコニーから飛び降りると、アネッテとマリアが待つ繁みへ戻る。
 二人は、突然リキオーが自分たちの前に現れたのでビクッとして驚いていた。

「いや、すごいな、大公の執事は。俺たちのことなんてバレバレだったぞ」

 呑気そうにリキオーが言うと、マリアはややおびえながら尋ねる。

「だ、大丈夫なのか?」
「ああ、まだ大公にとって俺たちは賓客ひんきゃく扱いらしいぞ」
「私たちおたずね者じゃないんですね」

 アネッテは被っているローブの上から胸を押さえて、ホッとしたようだった。

「ああ、それじゃ玄関から堂々と入って、面会することにしよう」

 そう言ってリキオーが繁みから出ると、他の二人も付いて出てきた。そうしてヴァルデマル大公の屋敷の玄関に向けて歩きだす。

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