アルゲートオンライン~侍が参る異世界道中~

桐野 紡

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6巻

6-3

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 仮に魔物が水路に棲み着かなくても、こうまで神殿への入り口が僻地へきちにあったのでは、参拝客は来ないのではないか。
 リキオーは老人の語りに不自然さを覚えた。
 しかしせっかく見つかった黒竜神殿への手がかりだ。そこを突いて事を荒立てる必要もないだろう。そう考えて、リキオーはうやうやしく頭を下げた。

「その魔物については私どもにお任せください。ご老人は舵の方をお願いいたします」
「わかった」

 リキオーたちが船の広い甲板に立つと、老人がフードのすそを引きずりながらゆっくりとした足取りで歩いていき、船のもやい網を解いた。
 すると、ゴトンゴトンという重機が動く音がして、船が水流に逆らって走り始める。

「お客人、水路を進んでしばらくして魔物が出る頃になったら舳先へさきの警告灯をともすのでな。それを合図に始めてくだされ」
「わかりました」

 リキオーは正宗まさむねを抜き放つと、水路の奥をにらんだ。メンバーのそれぞれが戦闘準備を整える。マリアはローブを解くと、ジャリンとアークセイバーを抜き払った。

「ご主人」
「ああ。アネッテが中央。俺とお前で左右を。ハヤテ、カエデは周囲を警戒。それぞれ動かずに迎え撃て。いいか? 気をつけろ、水路に落ちたら終わりだぞ」
「はい」
「わうっ」

 ハヤテが元気よく吠え、カエデは浅く頷く。
 アネッテは早くもアーツを展開させて、いつでも迎撃できる態勢を取った。
 こういう戦術が限られる場面での戦闘は、受け身にならざるを得ない。また動きが制限されるため、本来の力が発揮できない。狭所きょうしょでの戦闘を考えると、一番効果が高いのは魔法だろう。
 リキオーがそう思考を巡らせていたところ、舳先の警告灯が回り始めた。
 いよいよ戦闘開始だ。
 水中に明滅する黄色い明かりが映ったと思ったら、凄いスピードで船を追い抜いて行く。
 そして、船の前方でザバァッと魔物は海老反えびぞりに起き上がり、「キシャァァ」という耳障りな鳴き声を発しながら胴体ごと船の甲板にしかかってくる。
 船が大きく傾き、左右にグラグラと揺れ動く中、銀狼団はそれぞれ落ちないように甲板につかまりながら攻撃を試みる。

「せいやっ」

 幸いにも、と言っていいのかわからないが、その魔獣は腹を甲板に投げ出すようにしているので攻撃するのに支障はない。
 マリアが剣先を敵のぶっとい胴体に突き刺すと、その魔物は緑色の気持ち悪い体液を振り撒きながら「キシャアア」とさらに気持ち悪い鳴き声を発した。
 ビチビチと跳ねる動きが、リキオーたちの神経を逆撫でする。

「こりゃたまらんな」

 リキオーがうへぇという顔をしながら、ビチビチと跳ねまわる魔物の胴体に剣を突き刺していく。しかし、しばらく攻撃を与えても魔物は大した痛痒つうようを覚えた様子もない。そのまま胴体を引きずって水の中へと落ちていった。
 アネッテもアーツのポケットから弱体系魔法をひと通りかけているが、敵に効いている様子はなかった。
 今度は船の後方からザバアッと激しい音が響いて、現れた魔物はトンネルの天井に張り付く。そして前方へと伸びてきた。
 誰もがこの突飛とっぴな状況に唖然としている。

「!? 避けろッ」

 リキオーが警告すると同時に、水路の天井を這う胴体がビキビキと縦に割れて中からおびただしい量の触手が甲板めがけて降ってきた。

「おぅい、あんたら、後ろへ逃げてきんさい」

 老人がのんびりとした口調でリキオーたちに声をかけてくる。リキオーは他のメンバーに頷いて従うように指示すると、自分も後方へと逃げだす。
 甲板全体に届くかと思われた触手攻撃だったが、船の後部はちょうど安全地帯になっており、そこまでは触手は襲ってこないようだった。

「ご老人、助かりました。奴の攻撃パータンが読めているので?」
「うむ、最初に水路の中を泳いでた黄色い目玉があったじゃろ。実はアレが本体でな。他を攻撃してもどうやら効果がないらしいんじゃ。その目玉が姿を見せるまでは、さっきのように船のどっちかにおれば当たらんようじゃぞ」

 知っていたのなら先に言ってほしいと思ったが、とはいえ、この話を聞いたことでリキオーはふと思い出した。
 この手の攻防を経験したことがあったのだ。それはVRMMOではなく、昔流行はやったというシューティングゲームである。ちなみにそのゲームでは、魔物を倒せたかどうかは関係なく、限られた時間の中でどれだけダメージを与えられたかがポイントだった。
 ともかく、これで一つはっきりしたことがある。

(彼が、どんな結末を望んでいる?)

 リキオーは老人が黒竜公ではないかと疑っていた。いや、もはやそれは確信に変わった。これまでリキオーが出会ってきた竜たちは退屈を飽いていた。
 ならば、彼が望むものは……?

「アネッテ」
「はい」
「やっちゃいなさい」
「はぁい」

 アネッテはリキオーの言葉に猫撫で声で応えた。彼女も、この薄暗い地下水道でのちまちました戦いにストレスを抱えていたようだ。
 姉貴分のアネッテの妙な声のトーンを聞いて、マリアはぎょっとしてリキオーの後ろに隠れる。ハヤテも同様だ。カエデは逃げるスペースを確保するためハヤテの影に入った。
 アネッテは、現在の最大奥義おうぎ、契約魔法を多重詠唱で唱え始める。
 彼女の口から放たれる精霊語のつぶやきとともに、契約した風の上位精霊シルフィーヌが、緑色のうっすらとした女性の形で顕現けんげんする。魔力を持たない者にも見えるのは、強い魔力が集中しているためだ。
 契約魔法はそれだけで強力なものだ。
 それにもかかわらず、アネッテは多重詠唱を行った。通常魔法ならその効果は四倍になるが、契約魔法の場合、契約している精霊は一体だけなので多重にかけても意味はない。
 しかし精霊が術者と高い次元でリンクしている場合には、精霊が術者の意思を読み取ってその効果を実現しようとする。
 普段はそういうものに対してリミッターが付いているが、リキオーの意図を理解したアネッテは、それすらも解除したのである。
 つまり、意図的に魔力を暴走させるつもりなのだ。
 精霊が、その持てるポテンシャルを完全に解放する。
 まだアネッテの詠唱は終わっていないものの、船の周りには轟々ごうごうとした風のうずが発生している。続いて高く渦を巻いた水流が、バリバリと紫電を纏って互いにぶつかりながら荒れ狂い出した。
 その中で、とうとうシルフィーヌが細い腕を上げ、殲滅せんめつすべき敵を指差す。
 竜巻たつまきによって水路から水が吸い上げられ、露呈させられる魔物の姿。
 そして水路全体が一つの砲身となって、とてつもない魔力が撃ち出される。
「グェェェ」という断末魔だんまつまうめき声を上げた魔物は、存在の根幹を揺さぶられ、次の瞬間にはちりとなって消えていた。
 その結果、魔物が支配していた水路は完全に浄化され、シルフィーヌが姿を消すと静謐せいひつな空間として生まれ変わっていた。

(こわっ……姉さまには絶対に逆らわないようにしよう)

 マリアは「ヒェェ」という間の抜けた声を絞り出してリキオーの腕を痛いほど握りしめている。リキオーもその気持ちがよくわかった。
 アネッテはすべてをやりきると、リキオーを振り返って「ドヤッ」という顔をして満足げだ。
 いつも裏方の地味な仕事ばかり任せているせいで鬱憤うっぷんが溜まっていたのだろうか。そう心配になりながらも、ともかくリキオーは老人に顔を向けた。

「どうでしたか、黒竜さま」
「……いつから気づいておった」
「水路に入ってしばらくしてからですね。これ、私の世界にあったアレですよね」
「うむ。よく知っておったな」

 アネッテもマリアも、二人の会話に「えっ」と驚きの声を上げた。
 リキオーがアレと言ったのは、先ほど思いついたシューティングゲームである。ちょうど、このシチュエーションと同じステージがあったのだ。

「ご満足いただけましたか?」
「クク、やりおるわ。ハハッ、ヒトもここまでやれるとは思わなんだ」

 今まで老人に見えていたローブを被った男はフードを下げると、眩しいツルツルの頭をさらして「クックックッ」と腹を抱えて笑った。

「まあ合格にしといてやる。移動するぞ」

 黒竜と看破された老人は、パチッと指を鳴らす。
 するとその瞬間、リキオーたちは全員、黒竜神殿の最奥部に移動していた。その鮮やかな手並みから、彼が空間跳躍にけた力を持っていることは明らかだった。
 銀狼団の面々があれあれと周囲を見まわす。そこは和の空間だった。




 5 黒竜


 リキオーたちは、キョロキョロと挙動不審に周囲を見回していた。

「ご主人」
「ああ、驚いたな。さすが空間を操る真竜種しんりゅうしゅ。転移もお手のものだな。全く違和感を与えずに俺たち全員を移動させるとは流石さすがと言うしかあるまい」
「フフ、まあ、入るといい。せっかくこんな辺鄙へんぴなところまで来たんだ。面白いものも見せてもらったしの。茶でも振る舞おうぞ。付いてまいれ」

 リキオーたちを連れてきた黒竜公は、そう言って自ら屋敷の案内を買って出た。リキオーたちはどこかまだ興奮した面持ちで、黒竜公に付いていく。
 屋敷の造りは、リキオーにも珍しいものだった。
 昔ながらの京都の町家まちやを再現したかのような、木のかんばしい香りのする平屋。
 その左右には緑がしげり、モダンな意匠いしょうほどこされた石造りの通路の端々には、足元を照らす灯りが置かれていた。実にみやびな雰囲気を出している。
 そんな中を、ファンタジー世界よろしく甲冑かっちゅう姿で歩くマリア。魔術師のローブを着込んだエルフのアネッテ。どう見ても場違い感出まくりであった。
 黒龍公は、リキオーたちを坪庭つぼにわの見渡せる板敷きの一室へと通すと、わらで編んだ座布団に座るように勧めた。そして、囲炉裏いろりにかけられた、しゅんしゅんと静かな湯気ゆげの音を立てる鉄瓶てつびんを取ると、茶をててくれた。
 ハヤテもリキオーたちの傍らでゴロリと横になってリラックスしている。
 彼はどうやら木の感触が気に入ったようだ。カエデはハヤテのように寝転がるわけでもなく、緊張感の抜けきらないマリアをおもんぱかるように寄り添って、ピンと耳を立てて座っていた。
 アネッテもマリアも初めて味わう緑茶の味を楽しんでいる。リキオーはその渋みを利かせた味に故郷、日本を思い出した。

「唐突に和室ですけど、この数寄屋すきや造りの風情、なかなかいいものですね。何の前兆もなく、いきなり飛んだから焦りましたけど」
「じゃろう? ここは水路だからの。風通しがよくて助かるんじゃ」

 そう言って黒竜公は再びフードを取ると、光沢のある頭を晒した。見事に毛が一本も生えていない。思わず視線を誘われてしまうが、失礼だと思い視線を逸らすリキオーたち。
 改めてリキオーは、この屋敷を見渡してみた。
 日本の古式こしきゆかしい住居の造りは、その素材から自然との調和が考えられている。じめっと湿った日本独特の夏に合わせて風通しよく造られているものの、冬の寒さとも調和する。
 庭はこけで覆われ、ところどころに突き出した平石ひらいしがポイントになっている。その光景は、本当に京都の町家に来たかと錯覚するほどだ。
 緊張感を和らげてくれるのは、どこからか差し込んでくる柔らかい日差しのおかげだ。ここは地の底なので、外の光が届くとも思えないのだが。
 六角形の鉢前はちまえ石灯籠せきとうろう、ちょろちょろと静かな水音を立てる石造りの水受けやつくばい、そうしたすべてのものがバランスよく配置されているのを見ているだけで心が落ち着いていく。

「しかし、驚きました。事前に伺っていた人物像とかけ離れていたので……失礼、黒竜さまは気性のはげしい好戦的なお方と伺っておりましたので」
「さもあらん。この神殿も彼奴きゃつらには、暗黒あんこく神殿なんて呼ばれて恐れられておるからの」

 黒竜公はそう言うと、楽しそうにクックッと喉を鳴らして笑った。
 今までに会った真竜種は、雛竜ひなりゅうを除いてブルードラゴン、レッドドラゴンの二体。そのどちらも人間離れした強烈な個性を持っていたが、今リキオーたちの目の前にいる男からは、そんな変わった雰囲気は感じられない。どこにでもいそうな、好々爺こうこうやといった感じだ。
 リキオーは、何気なく尋ねてみる。

「それにしても、こんな穴蔵あなぐらの底にずっといるのは退屈でしょう?」
「うむ。しかし、御遣いどもにアレを渡すわけにはいかんからのう」
「それではまだ稼動状態にあるのですか? あんな物騒なもの壊してしまうわけにはいかないのですか?」
「勿論、壊してしまうのは簡単じゃ。だがの、アレがこの地にある限り、連中の目をここに釘付けにしておくことができるしのう」

 二人がアレと言ってるのは、「イスカレイネ」のことだ。そう、この深い縦穴は、それ自体が過去の神代遺構しんだいいこう、空間破砕砲なのである。
 かつてこの地に存在した古代国家ラムドアが他の大陸に対して使った兵器。
 そのためにモンド大陸の大半は失われ、東の国シャポネがあったアフラカヤ弧状列島はそのほとんどが海中に没したという。

「ここでそんなことが――」

 リキオーがそのことを説明すると、アネッテもマリアも言葉を失ってしまった。
 遠い過去に起こったこととはいえ、あまりにも恐ろしい事実だ。
 しかも、その原因ともなった兵器が命脈を保ったまま残されているとあっては何やら落ち着かないだろう。

「お主たちはこの後、次の竜に会うのじゃろう? 緑竜りょくりゅうは今、獣人連合の中枢におるぞ」
「となると、我々はアルタイラを出ないと話にならないわけですか」

 リキオーたちがこの大陸での拠点となる場所を、アルタイラで確保したのはつい先日のこと。緑竜に会うためとはいえ、アルタイラをあとにするのは負担が大きい。
 しかし、それは最初からわかっていたことである。あらかじめ期限付きの拠点だったのだ。

「何ならここに移ってきても構わんぞ。部屋はいくらでも余っているからの」

 黒竜公からありがたい申し出があったところだが、リキオーはここでふとあることに気づいた。

「うーん……そうだ。黒竜さま、ここは上とは隔絶しているのですか」
「ほう。面白いところに気づいたな。そうだ。アレを奴らから秘匿ひとくするためにの」
「ということは、ここからなら」
「うむ。行けるじゃろう」

 リキオーの移動用生活魔法ワープは、一度行った場所には飛ぶことができる。しかし、御遣いの勢力下であるこの大陸に来て以来、モンド大陸のフェル湖の湖畔の屋敷には戻れないでいた。
 だが、この黒竜神殿なら。
 ここだけは外部から隔絶した一種の異空間なのだ。そうでなければ、御遣いの攻勢をしのいでこられたはずがない。

「マスター」
「なんだ? 話が見えないが」
「まあ見てろって」

 心配するアネッテとマリアを他所よそに、リキオーはいつもやるふうに無造作にワープの鏡面を生み出した。
 そしてその縁に手をかけておもむろに頭を突っ込んでみる。マリアたちが首なしになったリキオーの姿にギョッとしていると、彼はすぐに頭を戻した。

「やっぱりな。アネッテ、フェル湖の屋敷に戻れるぞ」
「えっ」
「お前たち、先に行って確かめて来て」

 ハヤテが元気よく「わうっ」と吠えて、ワープの鏡面へと身を躍らせる。カエデもリキオーをチラッと振り返ってその表情を確認すると、ハヤテのあとを追うように鏡面に飛び込んだ。

「ほら、行くぞ」

 なぜか気後れした様子のアネッテとマリアの手を取ると、リキオーは強引に二人を連れて一緒にワープの鏡面に飛び込む。
 そこは確かにリキオーの言う通り、モンド大陸のフェル湖の湖畔に立つ屋敷だった。湖面を望むウッドデッキから、雄大な水と緑のシンフォニーが感じられる。

「あ、あれ? 黒竜さま」
「うむ。わしも、ちと野暮用やぼようでな」

 なぜか、黒竜公もリキオーたちの後ろにいた。一緒に飛んできたらしい。

「ああ、本当に戻れたんですね」
「うむ、懐かしいな」

 アネッテとマリアも感激しているようだ。
 フェル湖周辺の自然と静謐せいひつな湖面の美しさは、誰にとってもも言われぬ感動を呼び起こすのだ。ハヤテとカエデもわかるらしく、湖の匂いに鼻をクンクンとひくつかせ、桟橋さんばしの先で並んで座って、その光景に見とれていた。
 リキオーたちはしばらく、かつての拠点に戻れた感動に浸っていた。
 いつの間にか、桟橋の方から幼女姿のイェニーが歩いてきていた。その姿を目にしたリキオーが話しかける。

「あ、イェニーさま」
「よう、元気じゃったか……チッ、余計なおまけまで付いてきよって」
「会いたかったぞ! 妹よ」

 つるつる頭の老人がリキオーたちの後ろから走ってきて、イェニーにガバッと抱きつく。
 抵抗せず、されるがまま頭を撫でられているイェニー。リキオーたちの手前、恥ずかしいのか、頬を火照ほてらせている。

「い、妹!?」

(う、うそっ、あのイェニー様が。そ、それより何て、可愛いのかしら)

 妹と聞いて驚くリキオーを他所に、子供好きのアネッテはもじもじしていた。黒竜公と同じようにイェニーをハグしたいと思ったのである。
 黒竜公はしわだらけの手で幼女を抱きしめて好き放題にもてあそんでいた。そんな様子にその場にいる全員が唖然として見入っている。
 すると、いきなりイェニーに仕えている巫女のファンニが現れ、鬼気きき迫る形相ぎょうそうで黒竜と水竜の間に強引に割り込んだ。
 そして、バシッと激しく黒竜公の手を打ち据えると、イェニーを奪還。その豊満な胸に抱きかかえる。

「あるじ様に無礼ぶれいであろう!」

 リキオーたちは、どっちの味方をしていいのか戸惑ってしまい、視線を彷徨さまよわせた。当の黒竜公は、その手をファンニに叩かれたのが余程痛かったのか、手を押さえて涙目になっている。
 ファンニは、黒竜公のことを無礼と言っていたが、じゃあイェニーをその胸に抱くのは無礼ではないのだろうか。そもそも黒竜公を打ち据えたその仕儀しぎは? 仮にも相手は竜体を解いてヒトの姿をしていても真竜族である。それを容赦なく打ち据えるとは……
 そんなことをリキオーは思ったが、それを言い出そうものなら、黒竜公と同じ運命が待っていることを確信したので、事の成り行きを固唾かたずを呑んで見守る。
 黒竜公がいじけたように呟く。

「な、なんじゃ、この娘は。儂と妹の再会を邪魔しおって」
「フン、いつまでもたわむれておるからだ」

 ファンニに一喝され、黒竜公は叩かれた手にフーッフーッと息を吹きかけて撫でている。
 イェニーはいつもの尊大そんだいな態度に戻り、人間エアバッグよろしく柔らかな胸の膨らみに体を預けていた。そして、いい気味じゃとばかりに冷徹な視線で黒竜を見据えている。
 ファンニは、主に抱きつかれて至福といった緩んだ表情を見せていた。

(何、この茶番……)

 リキオーは軽い目眩めまいを覚えながら、竜たちの邂逅かいこうに冷たい視線を向けていた。
 リキオーの視線に気づいたイェニーと黒竜は、ともに「ンッンッ」と咳払いをして少し顔を赤らめながら、元の威厳を取り戻した。
 イェニーが、妙に仰々しく言う。

「な、何はともあれ、無事だったようじゃの。今までは奴らも手を出してこなかったであろうが、ここから先はそうもいかんぞ」
「だ、だの。アルタイラを出れば、そこはもう獣人連合とヒト族混成軍の戦場だからの」

 イェニーを補足するように、黒竜公も頷いた。
 その言葉を聞いたアネッテは、心配そうにリキオーに問いかける。

「マスター、私たち、アルタイラを出て行くんですか?」
「……そうだ。遅かれ早かれそうなることは決まっていたからな」

 アネッテもマリアも、アルタイラに何がしかの思い入れはある。リキオーのしようとしていることは、それを捨てろと言うに等しい。
 彼女たちに辛い選択を強いることになってしまい、リキオーは心苦しく思っていた。
 しかし、アネッテもマリアも意外にサッパリとした顔を彼に見せる。

「フゥ、仕方ありませんね」
「だな。ご主人、気に病むことはない。私たちは付いていくだけだ」
「すまんな」

 ハヤテとカエデもリキオーを優しく見上げていて、彼の決断を支持してくれている様子だった。
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