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5巻
5-2
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『アルゲートオンライン』では、一アカウントにつき一ジョブしか許されていない。だから魔法を持たないジョブは、魔法のような効果を得るために、システムの隙を突くことを考えるのである。ブレイク系剣技もそうした努力から生まれた「システム外スキル」だ。
システム外スキルには、例えば、ウェポンスキル発動中の無敵時間を利用した壁登りとか、システム上壊せないものを使ったスキル上げなどがある。
こうしたものは、アップデートによって潰されることが多いが、運営とのイタチごっこの末に、問題ないとして残されたものもある。ブレイク系剣技はあまり利便性がよくないということもあって残された技術だ。
実際に、リキオーがやった魔法のブレイクは限定的な状況でしか使えない。
第一に、魔法の軌道を読めること。第二に、魔法属性を瞬時に判断できること。そして第三に、対人戦のスキルが高いことだ。
リキオーがそれをできたのは、こうした状況に慣れていたためである。
魔法ジョブとの対人戦で、序盤に弱体魔法をかけられることが多かったため、自然と魔法詠唱のタイミングや、その効果距離などを覚えていた。だから、あの法術士がまずどんな魔法を撃ってくるか予測できたのである。
それで、効果が発動する前に剣技をぶつけたというわけだ。何度もやったことなので、半ば勝手に体が反応したというのが正直なところである。
しかしながら、難点もある。
暴走状態を招くのでファンブル、つまり失敗した場合、結果がどうなるのかは予測できない。たまたま魔法が消えただけで済んだが、大きな被害が出る恐れもあった。
とはいえあのときは、マリアは【ストロングホールド】で防御も鉄壁、リキオーも分身があったので、迷うことなく行ったのである。
「だからマリア。もしブレイク系を会得したいなら、暇なときにアネッテに弱体魔法をかけてもらって練習してみるといいぞ」
「え、それはさすがに嫌だな。姉さまの魔法は怖いし」
「あら、何が怖いのかしら」
そこに夕食の準備を終えたアネッテがやって来て、悪口を言われたと勘違いした様子で冷たい視線を向けてくる。
そんなアネッテを見て、吹き出してしまうリキオー。
「い、いや、姉さま、違うんだ。ご主人も笑ってないで誤解を解いてくれ」
自身が悪いわけでもないのに、言い訳をするマリアであった。
2 人攫いと魔人
翌日、朝靄が平原に漂う中、太陽の日差しが細い筋となって、山際の部屋の中に差し込んでいた。
寝床から起き出すと、彼の寝起きに反応したのか、アネッテも目を覚ました。
まだマリアは眠りの中だ。ハヤテを抱きしめて、彼のもふもふした毛並みに頬ずりしている。対してハヤテの方はすでに目覚めていて、リキオーに困ったような視線を向けてくる。
ハヤテに微笑みかけて「もう少し寝かせてやれ」と視線で言い、リキオーは山際の野営地から出た。そういえば、ラーナの姿がなかった。
岩戸の外は、朝靄の中を吹く風が清冽な空気を運んできていた。それを肺いっぱいに吸い込みながら、リキオーは徐々に覚醒してくるのを感じた。
「おはよぅございますぅ」
寝惚け眼でアネッテが声をかけてくる。
「おはよう、アネッテ。ラーナは?」
「いえ、私は知りません。マスターもご存じなかったのですか?」
「ああ」
どこへ行ったのやら。案外、その辺を飛び回っているのかもしれない。
アネッテが口の前に手を翳してアクビをする。そうしてリキオーの隣に立って、平原を流れる霧を眺めていた。旅をしていることを改めて実感しているようだ。
「私たち、隣の大陸にいるんですね」
「うん。今日は人のいる町に着くといいな」
「はい。頑張りましょうね」
そう言ってニッコリと微笑むアネッテの頭を撫でてやると、彼女は満足したように朝食をとりに戻っていこうとした。
そのときだ。ばっさばっさと翼を打つ音と、それに呼応して強い風が巻き起こる。
そばにいたアネッテも驚いたように振り返る。
そこには、雛竜スヴェトラーナの竜体が佇んでいた。
リキオーが腰の刀に手をかけて逡巡していると、紫色の風が雛竜の体を包み込み、人型の姿が現れた。
逆鱗核をリキオーに預けてしまっているため、服の制御まで魔力操作が追いつかないのか、全裸になっていた。
アネッテはしばらく硬直していたが、リキオーが隣で鼻の下を伸ばしているのに気づくと、慌ててラーナに歩み寄って、自分が着ていたローブを脱いで、彼女に頭から被せた。
そこへ、マリアとハヤテも起き出してきた。マリアが伸びをしながら、リキオーに朝の挨拶をしてくる。
「おはよう、ご主人、姉さま」
「わうっ」
朝から一騒動あったが、皆起きたことだし、気を取り直して朝食にする銀狼団であった。
夕食はアネッテが専任だが、朝は、リキオー、マリア、アネッテの三人が持ち回りで担当している。今日はマリアの担当だった。
毎日だいたい共通したメニューなのだが、それでも個性は出るものだ。
リキオーの場合、シンプルイズベストといった感じだが、マリアは何かいつも工夫、いや実験を加えてくる。
そんな懸念があったので、リキオーはマリアに尋ねる。
「今日は大丈夫だろうな?」
「むう、失礼だぞ、ご主人。食べてから言ってくれ」
いや食べたあとじゃ遅いだろう、と内心で突っ込みながら、リキオーは出された朝食をおそるおそる口に入れた。彼の前でマリアが「どうだ!」とばかりに顔を輝かせている。
今日は大丈夫らしい。
可もなく不可もなくといったところだろうか。
「ああ、今日は悪くなかった……ぞ?」
「なんか最後が引っかかるな」
「あら大丈夫よ。うん平気。問題ないわ、マリア。自信を持って」
アネッテがリキオーに肘鉄をして叱り、妹分のマリアをフォローする。
その隣でラーナは、我関せずとばかりに掻き込むように食べていた。彼女にはヒトの食事量では全く足りない。朝の散歩は、そのために狩りでもしていたのかもしれない。
アネッテに褒められて安心したマリアが告げる。
「姉さまが言うなら安心だな。ホッとした」
そんな、ほのぼのとした朝の時間を過してから、さっそく出立の準備だ。
全員フル装備で臨戦態勢である。
今日もアネッテはハヤテの背中に乗ったままだ。体が成長したハヤテはアネッテ一人乗せるぐらい全く余裕だ。
野営地を振り返り、マリアが告げる。
「ここはそのままでいいのか?」
「まあ一夜の宿で済ますには勿体ないからな。隠れ家をいくつか作っておくのもいいだろ」
岩を掘った穴倉だが、リキオーが趣味全開で作ったせいで、別荘と言ってもいいぐらいの快適さを発揮していた。
「ご主人はまた、腕を上げたのではないか」
「必要に迫られた方がいいものができるんだよ」
そんな他愛もない話をし、銀狼団は目的地の町に向かって街道を進んでいった。
しばらく行くと、前方からたくさんの騎馬が駆ける音が地響きとなって聞こえてきた。
リキオーが目配せをすると、全員近くの木々の間に身を潜ませる。
やがて地響きは、姿を伴って彼らの前に現れた。
金髪の女騎士を中心とした、フルプレートの騎士たちの集団である。
「ハアッ!」「テヤァ!」という掛け声とともに馬を走らせ、リキオーたちが隠れている木々の前を通り過ぎていく。
騎士たちに続いて、鉄格子を嵌めた野獣用の荷馬車が通過した。
中にいたのは奴隷たちだった。首と両手に大きな縛めをされた奴隷たちは皆、浅黒い肌と銀色の髪をしている。
エルフの亜種である魔人だ。
それを見たアネッテは、顔を歪ませて悲痛な表情を見せた。
「マスター、あれは」
「ああ、人攫いだな。しかも、率いているのはこの大陸で一番国力の高いヒト族の都市、アルタイラの騎士団だろう。って、あ、アネッテ。ラーナ?」
かつての自分の境遇と奴隷たちを重ね合わせたのか、アネッテが飛び出してしまう。ラーナもアネッテを守ろうとして、彼女を追いかけるように付いていく。
慌てて残りのメンバーに声をかけるリキオー。
「ちぃっ、こうなったら総力戦だ。行くぞ、マリア、ハヤテ!」
「うむ!」
「ばうっ」
アネッテはすでに、騎士たちの前に立っていた。そして怯むことなく告げる。
「止まりなさい! その人たちをどうするつもりですかッ」
アネッテが騎士たちの前に進み出る。
金髪の女騎士は獰猛な目つきでアネッテを見ると、周りの護衛騎士たちはヒュウッと下品な口笛を吹いた。そして口々に言う。
「ン? ほほう、こりゃ上玉のエルフだ、法皇様のいい土産になりそうですぜ、大将」
「フフッ、どこから湧いて出て来たのか知らんが、捕まえて放り込んでおけ」
「イエッフゥ!」
野蛮な荒くれ男たちが、アネッテと彼女を庇うラーナを捕らえようとした瞬間、甲高い笛の音とともに飛来した一本の矢が騎馬の先頭にいた男の首を真横から撃ち抜いた。
「なっ、ンだとぅ! アレス!」
騎士たちが、矢の飛んできた方向を振り向く。
その瞬間、弓を持つリキオーの背後から、マリアがローブを振り払って飛び出す。
そしてアヴァロンアーマーを陽光に美しく煌めかせると、巨大なタワーシールドを構えて、宣告する。
「喰らえッ、【インサイトタウント】!」
マリアの全身から迸る闘気が青い閃光を放つ。これは敵の意識を自分に向けさせる技で、騎士の全員が強制的にマリアに顔の向きを固定された。不自然な格好となり、落馬する者もいる。
「な、何を、面妖な……くぅッ」
その間にリキオーは正宗を抜刀すると、八艘飛びもかくやというジャンプ力で跳び上がり、刀の錆にせんと騎士たちを屠っていく。
「護衛はどうしたのじゃ! 何をやっておる。なッ」
騎士たちの中心で一番偉そうにしていた金髪の女騎士が叫ぶ。
そしてマリアのスキルのせいで自由にならない姿勢のままでいると、そちらでは白く巨大な獣が大暴れをしており、護衛たちはすでに虫の息だった。
「そ、んな馬鹿な……我らは精鋭の聖法騎士団ぞ。うっ、わあっ」
女騎士が絶句しているところに、護衛の騎士たちを処理し終えたリキオーが現れる。そして彼が思い切り蹴りをお見舞いすると、彼女は地に叩きつけられた。
ギラリと血に濡れた刀の切っ先を向けられ、ヒイッと悲鳴を上げて腰を抜かす女騎士。
ほんの一瞬の出来事だった。
魔人狩りを済ませ、意気揚々と凱旋するところだったが、そこに突然現れた「白い魔人」。彼らにしてみれば、魔人は抵抗もせずただ狩られる者のはずだった。
そして次々に現れたのは、異形の戦士、黒い鎧の剣士、そして白い野獣である。彼らによって瞬時に惨敗させられてしまった。
現在彼女は地に伏せ、情けない姿を晒している。
「こ、これはどんな悪夢なのだ……うッ」
そう呟くと金髪の女騎士は蒼白になりながら、リキオーの刀の背で意識を刈り取られるのであった。
リキオーのもとに駆けつけたマリアが尋ねる。
「ご主人、その女も殺したのか」
「いや、気絶させただけだ。一番偉そうだったし、人質になるし事情も聞きたいしな。とはいえ、アルタイラの騎士団の下っ端か何かなんだろ」
リキオーは他の騎士団の屍体を谷底へと蹴飛ばして落とし、おざなりではあるが隠蔽を施した。
ラーナがアネッテに駆け寄る。
「姉さま、無事か」
「あ、ありがとう。ラーナ」
すぐさまアネッテは、黒いエルフが囚われている荷馬車へと向かった。
魔人の容姿は、アネッテと同様に耳が長く、容姿も端麗であった。しかし何より彼らを印象づけているのは、その青ざめた肌である。
アネッテが鉄格子越しに尋ねる。
「大丈夫ですか? 今、縛めを解いて差し上げますから」
「あ、あんたらなんてことをしてくれたんだ」
「あたいらなら放っておいてくれてよかったんだよ」
「また奴らが襲ってくるんだ、ああ……」
助け出したというのに、皆一様に暗い表情をして礼の言葉すらない。むしろ彼女を非難する口ぶりである。
その中でただ一人、まだ若い女の魔人は毅然とした態度を見せた。
「何言ってんのさ! この人たちが助けに来てくれなかったら、私たちの手で同胞殺しをさせられるところだったんだよ。それを思えばこの方が良かったじゃないか」
その女の言葉から何かを嗅ぎとったリキオーが彼女に言う。
「おい、あんた。よかったら話を聞かせてくれないか」
しかしながら彼女は警戒を解かない。
「ン? あ、あんたヒト族……奴らの仲間かい」
「ヒト族には違いないが、どっちかといえば連中の敵だな」
「大丈夫よ、この人たちは私の仲間なの」
アネッテがフォローすると、訝しがりながらも納得したらしい。
その少女は縛めを解いてもらうと「ありがとう」と、彼らの中にあって初めて礼の言葉を口にした。続いてリキオーは、その他の魔人たちの縛めも解いてやり、荷馬車の牢には、代わりに捕らえた女騎士を放り込んでおく。
この荷馬車は使わせてもらうとして、エーリカと名乗った彼女に、事のいきさつを尋ねる。
エーリカは口ごもりながらも答えた。
「連中はアルタイラの騎士団で、一週間くらい前に突然、軍を率いてやって来たんだ。いきなり土足で私らの国に入ってきてアルタイラに下れって。そんなこと言われても、対応も何もできないだろ。そしたら連中、町に火を放って……畜生、神のお告げかなんか知らんけど、私たちを攫っていったんだ」
聞きながら頷くリキオー。彼女が仲間たちと言い合ってたときに耳にした気になる言葉があったので、そのことを聞いてみる。
「ところで、さっき言ってた同胞殺しって何だ?」
「そ、それは私からは言えない。そもそも本当のところはわからないんだ。町に着いたら、長から話を聞いて――」
そこまで一気に話すと、エーリカはアネッテにもたれかかり、気絶するように眠りに落ちてしまった。
3 竜の末裔が住む都
馬車で走ること、半日ほど。
リキオーたちは、魔人と呼ばれるエルフの亜種の都、エランケアに到着した。
しかし、そこは暗く絶望の色に染められた廃都と化していた。
かつての繁栄を物語るように二つの尖塔があり、天を衝くがごとく空へと延びている。
背の高さを競い合って立つ二つの尖塔は、明らかに周りの雑多な廃屋から浮いており、不気味さが漂っていた。まるでそれだけ人の手で作られたものではないような変わった造形だ。
そこかしこにやる気を失った魔人たちが屯している様子は、都というよりもスラム街に近い。
リキオーが助けた魔人の少女、エーリカに問う。
「おいおい、これが魔人の都かよ。なあ、おいアンタ」
「ん、ああ。ここが私らの唯一の町、エランケアさ」
エーリカは先ほどまでアネッテにもたれるようにして熟睡していたが、今は目を覚ましている。目の下の隈は凄いが。
「奴らに火を放たれたからね。まあ、前からゴミゴミとして陰気臭い町だったから、これで少しはせいせいしたよ」
そう言ってエーリカは自虐的に笑った。
そんなふうに話しているうちにも荷馬車は進んでいく。
しばらく進行し、尖塔の方から佩刀をした浅黒い肌の男たちがやって来て、荷馬車を停めた。
そして御者台を覗き込み、厳しく誰何する。
「お前たちは人攫いか?」
「ち、違うよ、ダイス! この人たちは私たちを助けてくれたんだ」
「エーリカ、無事だったのか?」
ダイスと呼ばれた男が、エーリカを見て目を丸くする。
エーリカのおかげで、リキオーたちが人攫いではないと信じてくれたようだ。御者台に座る、白い素肌のエルフであるアネッテを見てさらに驚いたダイスが言う。
「どうやら、お前たちは奴らとは違うようだな。ついて来い、我らの長に会わせてやる」
リキオーたちは、ここでエーリカと別れることになり、そのまま荷馬車から降ろされ、尖塔へと案内された。
尖塔の中は幅の広い螺旋階段になっていて、そこを昇っていくと、誰もいない一室に通された。
広い窓から、今見てきたばかりの寂れたエランケアの町を眺めて、リキオーは思わず眉を顰める。
背後から声がかかった。
「あんたたちかね、私らの同胞を助けてくださったのは」
長身で長い髭が印象的な老人が入ってきていた。
そのまま窓辺に立つリキオーの傍らまでやって来ると、彼同様に町の光景を目にし、溜め息を吐く。
「これが私たちの町だ。もはやかつての隆盛は見る影もない。このまま朽ちて滅びていくものだと思っていたよ……彼らが来るまではな」
老人はリキオーたちをテーブル席へと促して、彼も窓を背にするようにして腰掛けた。
「まずはありがとうと言っておこう。私はここで長をしている。それで、あなたたちは何の用で、ここに来なすったのかな」
リキオーが、しっかりとした口調で答える。
「俺たちは銀狼団というパーティだ。隣の大陸、モンドからやって来た」
「ほう? モンドからとな。この大陸から外への唯一開かれた港、ハリョクトウは凍結して開かれていないはず。どうやってここまで?」
「ゲートだ」
「何と……」
老人はリキオーから「ゲート」という言葉を聞き取ると、大げさに眉を上げた。そして、しばらくの沈黙したあと、ゆっくりと口を開く。
「あの遺跡を使いこなす者がまだいたとは。いや、疑っているわけではない……して、お前さんたちの目的とは?」
「この大陸にいるという竜に会いに……と言うと、法螺を吹いてるようにしか聞こえないだろうが」
「ほほ、確かにな。ゲートだけでも驚きだが、次は竜と来たら、もはや、笑うしかないのぉ」
リキオー自身、笑わずに真剣に聞いてくれるとは思えなかったので、自分で話しながらも苦笑気味だった。
しかし老人は楽しそうに眉根を下げて、朗らかに笑い声を立て始めた。
「さて、我らの話をせねばな。ここは都といえば聞こえはいいが、今はかつてのような繁栄はなく、私たちも数をだいぶ減らしてきた。実情、隠れ里に近い。自給自足で、ここ以外の世界も知らずに隔絶した中でただ生きている」
それから告げられた長の話は、次のような内容であった。
その昔、魔人と恐れられた彼らであるが、今は見る影もない。
古代戦争において、彼らは尖兵としてシルバニア大陸全土を蹂躙した。恐ろしい術と死をばらまく圧倒的な姿から魔人と恐れられたのだ。
しかし本来彼らは、自分たちのことを魔人ではなく「竜人」と呼んでいた。誇り高い竜の末裔であると。
だがそれも昔のことだ。少なくとも今の彼らの姿からはかつての力は全く感じられない。哀れな凋落ぶりだ。
この町の唯一の外との玄関である港ハリョクトウは、昔は不凍港と呼ばれていたが、管理する法術士もいなくなり、今は夏の一ヶ月の間しか使えない。
土地も痩せており、食糧事情の悪さもあってだんだんと人も減っている。そこに突然のアルタイラの侵攻である。対抗できる備えもなく蹂躙されるに任せていた。
長の話を聞き終えたリキオーは、エーリカに尋ねて濁されていた例の質問をぶつけてみることにした。
「それで聞きたいことがある。同胞殺しとはなんだ?」
老人は、ためらいながらも口開く。
「……もともと我ら、竜人は機械との融合能力が高い、そういうふうに生み出された種族じゃった。他の民と交流を絶ったのも、そこに理由があったのじゃ」
機械との融合と聞き、リキオーはイェニーから告げられた話を思い出していた。
竜人とエルフは見た目こそ違いはあるが、その根本において同じ起源を持っているらしい。
「その話はモンドにいたドラゴンから聞いています。自らをそのように作り替えた種族だと。しかしモンドにいたエルフはここにいる竜人とは違うようです。彼らは閉じこもることを止めようとしています」
老人が、アネッテに視線を向ける。
アネッテは力強い眼差しで老人へと頷いてみせた。その腕には、ちっこいハヤテが抱かれ、はふはふ言っている。
さらにリキオーは続ける。
「エルフたちは心の拠り所だった精霊樹を失ったあと、まだ歩き始めたばかりですが、彼らの村は確実に外へと開かれ始めています」
「そうですか。あなたたちは大事なものを失っても立ち上がる力があったのですね。それは素晴らしいことです。私たちも本来そうあるべきなのかもしれません。ただ、まだ私たちは道を失ってしまったままです。何か明日を信じるきっかけがあればいいのですが」
老人がそこまで話すと、その場に沈痛な雰囲気が漂った。
一つの種族が進むべき道を模索するのは、彼ら自身の問題である。助けようにも、リキオーたちは完全に部外者でしかない。
そのことをわかっているのか、長は厳しさを含んだ声で告げる。
「私たちのことは私たちで解決しなくてはなりません。話を戻しましょう。同胞殺しについてです。これは、私たちの出自と関わりのある話なのです」
長は、雰囲気を変えて話し始めた。
「私たちは持って生まれた感応性によって、古代遺跡と感応することができます。アルタイラは古代遺跡からの発掘品である機動兵器を動かすコアとして、私たち竜人を求めたのです」
「なっ」
操縦者は離れた場所から兵器をコントロールでき、その機動兵器を破壊されても傷つかない。その兵器のコアは竜人なので、倒されても傷つくのは彼ら竜人のみ。アルタイラは竜人を利用し、機動兵器を配備しようとしているらしかった。
システム外スキルには、例えば、ウェポンスキル発動中の無敵時間を利用した壁登りとか、システム上壊せないものを使ったスキル上げなどがある。
こうしたものは、アップデートによって潰されることが多いが、運営とのイタチごっこの末に、問題ないとして残されたものもある。ブレイク系剣技はあまり利便性がよくないということもあって残された技術だ。
実際に、リキオーがやった魔法のブレイクは限定的な状況でしか使えない。
第一に、魔法の軌道を読めること。第二に、魔法属性を瞬時に判断できること。そして第三に、対人戦のスキルが高いことだ。
リキオーがそれをできたのは、こうした状況に慣れていたためである。
魔法ジョブとの対人戦で、序盤に弱体魔法をかけられることが多かったため、自然と魔法詠唱のタイミングや、その効果距離などを覚えていた。だから、あの法術士がまずどんな魔法を撃ってくるか予測できたのである。
それで、効果が発動する前に剣技をぶつけたというわけだ。何度もやったことなので、半ば勝手に体が反応したというのが正直なところである。
しかしながら、難点もある。
暴走状態を招くのでファンブル、つまり失敗した場合、結果がどうなるのかは予測できない。たまたま魔法が消えただけで済んだが、大きな被害が出る恐れもあった。
とはいえあのときは、マリアは【ストロングホールド】で防御も鉄壁、リキオーも分身があったので、迷うことなく行ったのである。
「だからマリア。もしブレイク系を会得したいなら、暇なときにアネッテに弱体魔法をかけてもらって練習してみるといいぞ」
「え、それはさすがに嫌だな。姉さまの魔法は怖いし」
「あら、何が怖いのかしら」
そこに夕食の準備を終えたアネッテがやって来て、悪口を言われたと勘違いした様子で冷たい視線を向けてくる。
そんなアネッテを見て、吹き出してしまうリキオー。
「い、いや、姉さま、違うんだ。ご主人も笑ってないで誤解を解いてくれ」
自身が悪いわけでもないのに、言い訳をするマリアであった。
2 人攫いと魔人
翌日、朝靄が平原に漂う中、太陽の日差しが細い筋となって、山際の部屋の中に差し込んでいた。
寝床から起き出すと、彼の寝起きに反応したのか、アネッテも目を覚ました。
まだマリアは眠りの中だ。ハヤテを抱きしめて、彼のもふもふした毛並みに頬ずりしている。対してハヤテの方はすでに目覚めていて、リキオーに困ったような視線を向けてくる。
ハヤテに微笑みかけて「もう少し寝かせてやれ」と視線で言い、リキオーは山際の野営地から出た。そういえば、ラーナの姿がなかった。
岩戸の外は、朝靄の中を吹く風が清冽な空気を運んできていた。それを肺いっぱいに吸い込みながら、リキオーは徐々に覚醒してくるのを感じた。
「おはよぅございますぅ」
寝惚け眼でアネッテが声をかけてくる。
「おはよう、アネッテ。ラーナは?」
「いえ、私は知りません。マスターもご存じなかったのですか?」
「ああ」
どこへ行ったのやら。案外、その辺を飛び回っているのかもしれない。
アネッテが口の前に手を翳してアクビをする。そうしてリキオーの隣に立って、平原を流れる霧を眺めていた。旅をしていることを改めて実感しているようだ。
「私たち、隣の大陸にいるんですね」
「うん。今日は人のいる町に着くといいな」
「はい。頑張りましょうね」
そう言ってニッコリと微笑むアネッテの頭を撫でてやると、彼女は満足したように朝食をとりに戻っていこうとした。
そのときだ。ばっさばっさと翼を打つ音と、それに呼応して強い風が巻き起こる。
そばにいたアネッテも驚いたように振り返る。
そこには、雛竜スヴェトラーナの竜体が佇んでいた。
リキオーが腰の刀に手をかけて逡巡していると、紫色の風が雛竜の体を包み込み、人型の姿が現れた。
逆鱗核をリキオーに預けてしまっているため、服の制御まで魔力操作が追いつかないのか、全裸になっていた。
アネッテはしばらく硬直していたが、リキオーが隣で鼻の下を伸ばしているのに気づくと、慌ててラーナに歩み寄って、自分が着ていたローブを脱いで、彼女に頭から被せた。
そこへ、マリアとハヤテも起き出してきた。マリアが伸びをしながら、リキオーに朝の挨拶をしてくる。
「おはよう、ご主人、姉さま」
「わうっ」
朝から一騒動あったが、皆起きたことだし、気を取り直して朝食にする銀狼団であった。
夕食はアネッテが専任だが、朝は、リキオー、マリア、アネッテの三人が持ち回りで担当している。今日はマリアの担当だった。
毎日だいたい共通したメニューなのだが、それでも個性は出るものだ。
リキオーの場合、シンプルイズベストといった感じだが、マリアは何かいつも工夫、いや実験を加えてくる。
そんな懸念があったので、リキオーはマリアに尋ねる。
「今日は大丈夫だろうな?」
「むう、失礼だぞ、ご主人。食べてから言ってくれ」
いや食べたあとじゃ遅いだろう、と内心で突っ込みながら、リキオーは出された朝食をおそるおそる口に入れた。彼の前でマリアが「どうだ!」とばかりに顔を輝かせている。
今日は大丈夫らしい。
可もなく不可もなくといったところだろうか。
「ああ、今日は悪くなかった……ぞ?」
「なんか最後が引っかかるな」
「あら大丈夫よ。うん平気。問題ないわ、マリア。自信を持って」
アネッテがリキオーに肘鉄をして叱り、妹分のマリアをフォローする。
その隣でラーナは、我関せずとばかりに掻き込むように食べていた。彼女にはヒトの食事量では全く足りない。朝の散歩は、そのために狩りでもしていたのかもしれない。
アネッテに褒められて安心したマリアが告げる。
「姉さまが言うなら安心だな。ホッとした」
そんな、ほのぼのとした朝の時間を過してから、さっそく出立の準備だ。
全員フル装備で臨戦態勢である。
今日もアネッテはハヤテの背中に乗ったままだ。体が成長したハヤテはアネッテ一人乗せるぐらい全く余裕だ。
野営地を振り返り、マリアが告げる。
「ここはそのままでいいのか?」
「まあ一夜の宿で済ますには勿体ないからな。隠れ家をいくつか作っておくのもいいだろ」
岩を掘った穴倉だが、リキオーが趣味全開で作ったせいで、別荘と言ってもいいぐらいの快適さを発揮していた。
「ご主人はまた、腕を上げたのではないか」
「必要に迫られた方がいいものができるんだよ」
そんな他愛もない話をし、銀狼団は目的地の町に向かって街道を進んでいった。
しばらく行くと、前方からたくさんの騎馬が駆ける音が地響きとなって聞こえてきた。
リキオーが目配せをすると、全員近くの木々の間に身を潜ませる。
やがて地響きは、姿を伴って彼らの前に現れた。
金髪の女騎士を中心とした、フルプレートの騎士たちの集団である。
「ハアッ!」「テヤァ!」という掛け声とともに馬を走らせ、リキオーたちが隠れている木々の前を通り過ぎていく。
騎士たちに続いて、鉄格子を嵌めた野獣用の荷馬車が通過した。
中にいたのは奴隷たちだった。首と両手に大きな縛めをされた奴隷たちは皆、浅黒い肌と銀色の髪をしている。
エルフの亜種である魔人だ。
それを見たアネッテは、顔を歪ませて悲痛な表情を見せた。
「マスター、あれは」
「ああ、人攫いだな。しかも、率いているのはこの大陸で一番国力の高いヒト族の都市、アルタイラの騎士団だろう。って、あ、アネッテ。ラーナ?」
かつての自分の境遇と奴隷たちを重ね合わせたのか、アネッテが飛び出してしまう。ラーナもアネッテを守ろうとして、彼女を追いかけるように付いていく。
慌てて残りのメンバーに声をかけるリキオー。
「ちぃっ、こうなったら総力戦だ。行くぞ、マリア、ハヤテ!」
「うむ!」
「ばうっ」
アネッテはすでに、騎士たちの前に立っていた。そして怯むことなく告げる。
「止まりなさい! その人たちをどうするつもりですかッ」
アネッテが騎士たちの前に進み出る。
金髪の女騎士は獰猛な目つきでアネッテを見ると、周りの護衛騎士たちはヒュウッと下品な口笛を吹いた。そして口々に言う。
「ン? ほほう、こりゃ上玉のエルフだ、法皇様のいい土産になりそうですぜ、大将」
「フフッ、どこから湧いて出て来たのか知らんが、捕まえて放り込んでおけ」
「イエッフゥ!」
野蛮な荒くれ男たちが、アネッテと彼女を庇うラーナを捕らえようとした瞬間、甲高い笛の音とともに飛来した一本の矢が騎馬の先頭にいた男の首を真横から撃ち抜いた。
「なっ、ンだとぅ! アレス!」
騎士たちが、矢の飛んできた方向を振り向く。
その瞬間、弓を持つリキオーの背後から、マリアがローブを振り払って飛び出す。
そしてアヴァロンアーマーを陽光に美しく煌めかせると、巨大なタワーシールドを構えて、宣告する。
「喰らえッ、【インサイトタウント】!」
マリアの全身から迸る闘気が青い閃光を放つ。これは敵の意識を自分に向けさせる技で、騎士の全員が強制的にマリアに顔の向きを固定された。不自然な格好となり、落馬する者もいる。
「な、何を、面妖な……くぅッ」
その間にリキオーは正宗を抜刀すると、八艘飛びもかくやというジャンプ力で跳び上がり、刀の錆にせんと騎士たちを屠っていく。
「護衛はどうしたのじゃ! 何をやっておる。なッ」
騎士たちの中心で一番偉そうにしていた金髪の女騎士が叫ぶ。
そしてマリアのスキルのせいで自由にならない姿勢のままでいると、そちらでは白く巨大な獣が大暴れをしており、護衛たちはすでに虫の息だった。
「そ、んな馬鹿な……我らは精鋭の聖法騎士団ぞ。うっ、わあっ」
女騎士が絶句しているところに、護衛の騎士たちを処理し終えたリキオーが現れる。そして彼が思い切り蹴りをお見舞いすると、彼女は地に叩きつけられた。
ギラリと血に濡れた刀の切っ先を向けられ、ヒイッと悲鳴を上げて腰を抜かす女騎士。
ほんの一瞬の出来事だった。
魔人狩りを済ませ、意気揚々と凱旋するところだったが、そこに突然現れた「白い魔人」。彼らにしてみれば、魔人は抵抗もせずただ狩られる者のはずだった。
そして次々に現れたのは、異形の戦士、黒い鎧の剣士、そして白い野獣である。彼らによって瞬時に惨敗させられてしまった。
現在彼女は地に伏せ、情けない姿を晒している。
「こ、これはどんな悪夢なのだ……うッ」
そう呟くと金髪の女騎士は蒼白になりながら、リキオーの刀の背で意識を刈り取られるのであった。
リキオーのもとに駆けつけたマリアが尋ねる。
「ご主人、その女も殺したのか」
「いや、気絶させただけだ。一番偉そうだったし、人質になるし事情も聞きたいしな。とはいえ、アルタイラの騎士団の下っ端か何かなんだろ」
リキオーは他の騎士団の屍体を谷底へと蹴飛ばして落とし、おざなりではあるが隠蔽を施した。
ラーナがアネッテに駆け寄る。
「姉さま、無事か」
「あ、ありがとう。ラーナ」
すぐさまアネッテは、黒いエルフが囚われている荷馬車へと向かった。
魔人の容姿は、アネッテと同様に耳が長く、容姿も端麗であった。しかし何より彼らを印象づけているのは、その青ざめた肌である。
アネッテが鉄格子越しに尋ねる。
「大丈夫ですか? 今、縛めを解いて差し上げますから」
「あ、あんたらなんてことをしてくれたんだ」
「あたいらなら放っておいてくれてよかったんだよ」
「また奴らが襲ってくるんだ、ああ……」
助け出したというのに、皆一様に暗い表情をして礼の言葉すらない。むしろ彼女を非難する口ぶりである。
その中でただ一人、まだ若い女の魔人は毅然とした態度を見せた。
「何言ってんのさ! この人たちが助けに来てくれなかったら、私たちの手で同胞殺しをさせられるところだったんだよ。それを思えばこの方が良かったじゃないか」
その女の言葉から何かを嗅ぎとったリキオーが彼女に言う。
「おい、あんた。よかったら話を聞かせてくれないか」
しかしながら彼女は警戒を解かない。
「ン? あ、あんたヒト族……奴らの仲間かい」
「ヒト族には違いないが、どっちかといえば連中の敵だな」
「大丈夫よ、この人たちは私の仲間なの」
アネッテがフォローすると、訝しがりながらも納得したらしい。
その少女は縛めを解いてもらうと「ありがとう」と、彼らの中にあって初めて礼の言葉を口にした。続いてリキオーは、その他の魔人たちの縛めも解いてやり、荷馬車の牢には、代わりに捕らえた女騎士を放り込んでおく。
この荷馬車は使わせてもらうとして、エーリカと名乗った彼女に、事のいきさつを尋ねる。
エーリカは口ごもりながらも答えた。
「連中はアルタイラの騎士団で、一週間くらい前に突然、軍を率いてやって来たんだ。いきなり土足で私らの国に入ってきてアルタイラに下れって。そんなこと言われても、対応も何もできないだろ。そしたら連中、町に火を放って……畜生、神のお告げかなんか知らんけど、私たちを攫っていったんだ」
聞きながら頷くリキオー。彼女が仲間たちと言い合ってたときに耳にした気になる言葉があったので、そのことを聞いてみる。
「ところで、さっき言ってた同胞殺しって何だ?」
「そ、それは私からは言えない。そもそも本当のところはわからないんだ。町に着いたら、長から話を聞いて――」
そこまで一気に話すと、エーリカはアネッテにもたれかかり、気絶するように眠りに落ちてしまった。
3 竜の末裔が住む都
馬車で走ること、半日ほど。
リキオーたちは、魔人と呼ばれるエルフの亜種の都、エランケアに到着した。
しかし、そこは暗く絶望の色に染められた廃都と化していた。
かつての繁栄を物語るように二つの尖塔があり、天を衝くがごとく空へと延びている。
背の高さを競い合って立つ二つの尖塔は、明らかに周りの雑多な廃屋から浮いており、不気味さが漂っていた。まるでそれだけ人の手で作られたものではないような変わった造形だ。
そこかしこにやる気を失った魔人たちが屯している様子は、都というよりもスラム街に近い。
リキオーが助けた魔人の少女、エーリカに問う。
「おいおい、これが魔人の都かよ。なあ、おいアンタ」
「ん、ああ。ここが私らの唯一の町、エランケアさ」
エーリカは先ほどまでアネッテにもたれるようにして熟睡していたが、今は目を覚ましている。目の下の隈は凄いが。
「奴らに火を放たれたからね。まあ、前からゴミゴミとして陰気臭い町だったから、これで少しはせいせいしたよ」
そう言ってエーリカは自虐的に笑った。
そんなふうに話しているうちにも荷馬車は進んでいく。
しばらく進行し、尖塔の方から佩刀をした浅黒い肌の男たちがやって来て、荷馬車を停めた。
そして御者台を覗き込み、厳しく誰何する。
「お前たちは人攫いか?」
「ち、違うよ、ダイス! この人たちは私たちを助けてくれたんだ」
「エーリカ、無事だったのか?」
ダイスと呼ばれた男が、エーリカを見て目を丸くする。
エーリカのおかげで、リキオーたちが人攫いではないと信じてくれたようだ。御者台に座る、白い素肌のエルフであるアネッテを見てさらに驚いたダイスが言う。
「どうやら、お前たちは奴らとは違うようだな。ついて来い、我らの長に会わせてやる」
リキオーたちは、ここでエーリカと別れることになり、そのまま荷馬車から降ろされ、尖塔へと案内された。
尖塔の中は幅の広い螺旋階段になっていて、そこを昇っていくと、誰もいない一室に通された。
広い窓から、今見てきたばかりの寂れたエランケアの町を眺めて、リキオーは思わず眉を顰める。
背後から声がかかった。
「あんたたちかね、私らの同胞を助けてくださったのは」
長身で長い髭が印象的な老人が入ってきていた。
そのまま窓辺に立つリキオーの傍らまでやって来ると、彼同様に町の光景を目にし、溜め息を吐く。
「これが私たちの町だ。もはやかつての隆盛は見る影もない。このまま朽ちて滅びていくものだと思っていたよ……彼らが来るまではな」
老人はリキオーたちをテーブル席へと促して、彼も窓を背にするようにして腰掛けた。
「まずはありがとうと言っておこう。私はここで長をしている。それで、あなたたちは何の用で、ここに来なすったのかな」
リキオーが、しっかりとした口調で答える。
「俺たちは銀狼団というパーティだ。隣の大陸、モンドからやって来た」
「ほう? モンドからとな。この大陸から外への唯一開かれた港、ハリョクトウは凍結して開かれていないはず。どうやってここまで?」
「ゲートだ」
「何と……」
老人はリキオーから「ゲート」という言葉を聞き取ると、大げさに眉を上げた。そして、しばらくの沈黙したあと、ゆっくりと口を開く。
「あの遺跡を使いこなす者がまだいたとは。いや、疑っているわけではない……して、お前さんたちの目的とは?」
「この大陸にいるという竜に会いに……と言うと、法螺を吹いてるようにしか聞こえないだろうが」
「ほほ、確かにな。ゲートだけでも驚きだが、次は竜と来たら、もはや、笑うしかないのぉ」
リキオー自身、笑わずに真剣に聞いてくれるとは思えなかったので、自分で話しながらも苦笑気味だった。
しかし老人は楽しそうに眉根を下げて、朗らかに笑い声を立て始めた。
「さて、我らの話をせねばな。ここは都といえば聞こえはいいが、今はかつてのような繁栄はなく、私たちも数をだいぶ減らしてきた。実情、隠れ里に近い。自給自足で、ここ以外の世界も知らずに隔絶した中でただ生きている」
それから告げられた長の話は、次のような内容であった。
その昔、魔人と恐れられた彼らであるが、今は見る影もない。
古代戦争において、彼らは尖兵としてシルバニア大陸全土を蹂躙した。恐ろしい術と死をばらまく圧倒的な姿から魔人と恐れられたのだ。
しかし本来彼らは、自分たちのことを魔人ではなく「竜人」と呼んでいた。誇り高い竜の末裔であると。
だがそれも昔のことだ。少なくとも今の彼らの姿からはかつての力は全く感じられない。哀れな凋落ぶりだ。
この町の唯一の外との玄関である港ハリョクトウは、昔は不凍港と呼ばれていたが、管理する法術士もいなくなり、今は夏の一ヶ月の間しか使えない。
土地も痩せており、食糧事情の悪さもあってだんだんと人も減っている。そこに突然のアルタイラの侵攻である。対抗できる備えもなく蹂躙されるに任せていた。
長の話を聞き終えたリキオーは、エーリカに尋ねて濁されていた例の質問をぶつけてみることにした。
「それで聞きたいことがある。同胞殺しとはなんだ?」
老人は、ためらいながらも口開く。
「……もともと我ら、竜人は機械との融合能力が高い、そういうふうに生み出された種族じゃった。他の民と交流を絶ったのも、そこに理由があったのじゃ」
機械との融合と聞き、リキオーはイェニーから告げられた話を思い出していた。
竜人とエルフは見た目こそ違いはあるが、その根本において同じ起源を持っているらしい。
「その話はモンドにいたドラゴンから聞いています。自らをそのように作り替えた種族だと。しかしモンドにいたエルフはここにいる竜人とは違うようです。彼らは閉じこもることを止めようとしています」
老人が、アネッテに視線を向ける。
アネッテは力強い眼差しで老人へと頷いてみせた。その腕には、ちっこいハヤテが抱かれ、はふはふ言っている。
さらにリキオーは続ける。
「エルフたちは心の拠り所だった精霊樹を失ったあと、まだ歩き始めたばかりですが、彼らの村は確実に外へと開かれ始めています」
「そうですか。あなたたちは大事なものを失っても立ち上がる力があったのですね。それは素晴らしいことです。私たちも本来そうあるべきなのかもしれません。ただ、まだ私たちは道を失ってしまったままです。何か明日を信じるきっかけがあればいいのですが」
老人がそこまで話すと、その場に沈痛な雰囲気が漂った。
一つの種族が進むべき道を模索するのは、彼ら自身の問題である。助けようにも、リキオーたちは完全に部外者でしかない。
そのことをわかっているのか、長は厳しさを含んだ声で告げる。
「私たちのことは私たちで解決しなくてはなりません。話を戻しましょう。同胞殺しについてです。これは、私たちの出自と関わりのある話なのです」
長は、雰囲気を変えて話し始めた。
「私たちは持って生まれた感応性によって、古代遺跡と感応することができます。アルタイラは古代遺跡からの発掘品である機動兵器を動かすコアとして、私たち竜人を求めたのです」
「なっ」
操縦者は離れた場所から兵器をコントロールでき、その機動兵器を破壊されても傷つかない。その兵器のコアは竜人なので、倒されても傷つくのは彼ら竜人のみ。アルタイラは竜人を利用し、機動兵器を配備しようとしているらしかった。
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