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4巻
4-3
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3 銃魔士・その3
雄の守護者の対処に向かったマリアとハヤテ、そして彼らを助けるべく駆けつけたアネッテ。
一方リキオーは、未だに決定的な解決手段を得られずにいたが、ようやくその糸口を掴もうとしていた。
「それで、レスター。お前さんの生活魔法の爆破だが、銃なしでも使えるのか?」
「無理だ。というより銃なしで使えるって何だよ? やったことないからわかんねえ」
「じゃあ、銃はいい。返してやる。弾なしでも使えるのか?」
「は? 弾を入れないなら何を飛ばすんだ」
まったく話が噛み合わないので、リキオーはイライラしてきた。
リキオーには、守護者に対処するためにやってみたい作戦があったのだが、それが勘の悪いレスターにどうも伝わってくれない。
「お前さんにこれ以上、守護者を刺激させるわけにはいかない。だから弾は使わない。でも、ものは試しだ。その爆破を、弾なしで使ってみたい」
「だからッ、無理だ!」
「やってみろと言ってるのに、どうしてそう頑ななんだ。お前、自覚あんのか? このまま森津波が起きたら、お前の住むところはなくなるし、お前は森津波を起こした張本人ってことで、エルフに殺されるだけなんだぞ」
「うう……」
リキオーが想定している、とある解決策。
その実現には、衝撃波を撃ち出せる特大のエネルギー、スピードが必要だ。
それを実現できるのは、レスターの生活魔法派生スキルである爆破だけ。
レスターはリキオーに責められ、頭がグルグルしてきて混乱のさなかにあった。
彼は抱え込んだ愛用の銃をしっかりとホールドすると、自棄っぱちになって、スキルを叫んだ。
「うう……うがぁぁっ! 爆破ッ爆破ァ! 爆破ァァ!!」
最初の一発は、何かが発生しかけたものの、ヒュウとわずかな音を立てただけで消えた。
が、二発目は弾けたエネルギーが撃ち出された。
リキオーのすぐ隣りを強力な風が突き抜けていく。
リキオーが後ろを振り返ると、立っていた木のど真ん中を撃ち抜いて大きな穴が空いていた。たらりと冷や汗を掻くリキオー。
そして三発目は、レスターもろとも後ろに吹き飛んだ。
撃ち出されたエネルギーは、彼が立っていた地面に大きな裂け目を作って、そこだけ局所的な台風が通り抜けたように大きな溝を生み出していた。
(ヤレヤレだぜ)
リキオーは大きく嘆息した。そうして目を回してぶっ倒れているレスターに近寄ると、彼を引き起こしてやる。
「できたじゃねえか。しかも結構な威力だぜ。これなら使い物になりそうだな」
「へはは……できた。こんなの初めてだぜ。ところで、使い物になるってなんだ?」
レスターはフラフラとする頭を振りながら、リキオーの腕に掴まって立ち上がった。彼の最後の言葉を疑問に感じながら。
「お、俺をどうするんだ?」
「ああ、お前が雄の守護者を止めるんだよ」
リキオーのその言葉に蒼白になるレスターだった。
***
他の銀狼団のメンバーたちは、タングニョーストを相手に激しい攻防を続けていた。
アネッテの参戦により、対処能力を上げ防御力を増したマリアたち。そのおかげで、守護者とほとんど対等に渡り合っていた。
守護者が、真理の目を開いて【ヒューマンエラー】を放とうとしても、もうすでに予備動作を完全に把握した彼らには通じない。
ハヤテの【咆哮】かマリアの【シールドストライク】、アネッテの初級麻痺呪文【バスター】。そのどれかを放てば、防ぐことができるのだ。
そもそも、アネッテが守護者に弱体呪文をかけたため、発動率自体が落ちていた。
獅子の前足を振るう強力な大技【メイルストラム】も同様に発動率が落ちている。
守護者の巨大な体躯を使った体当たり攻撃【アブソリュートダート】でさえ、マリアの【ストロングホールド】が決まればノーダメージになる。とはいえ、【ストロングホールド】には永続効果はなく、インターバル必須の技で、そもそも二十秒しか効果がない。
だが、それが決まらなくても、アネッテのレベルの上がった防御呪文【プロテクトヴェール】があれば、ダメージは軽減されるし、受けたダメージも【レジェネイター】で、すぐに回復してしまうことができた。
こうした状況ではあったが、戦闘が停滞しており、膠着状態が続いているともいえた。しかも、守護者は少しずつ前進し、エルフたちの住む森に近づいている。タイムリミットは迫る。
そしてとうとう、そのときが到来してしまったらしい。
絶望のセカンドステージの幕が開く。
「コォォォォォォォ」
突如、守護者の全身が震え出し、禍々しい二対の翼を広げ、背に生えた竜の首が甲高い叫び声を上げる。
そしてタングニョーストの体が、金色の光を放ち、大きく膨らみ始めた。
四神の専用スキル【オーバーブースト】の発動だ。
これは、最終形態である。
今まではノーマルステージ、ここからはハードステージの始まりだ。
ここまでの戦いは、四神戦のプロローグにすぎない。
唖然とする一同。
そこへ、やっとリキオーが到着する。
「よう、みんな。なんとか無事だったか?」
「マスター、あ、あれ、何です? 守護者、どうなっちゃうんですか」
アネッテは、目の前で展開される守護者の変貌に驚いている。
マリアとハヤテもリキオーを振り返り、彼の到着に喜びの色を見せたが、すぐに目の前で起きている変事に呑まれて言葉を失った。
急に、リキオーが妙なことを尋ねる。
「アネッテ、小麦粉持ってる?」
「えっ、と……マスター?」
「いや、真面目に言ってるから。あるなら全部出して」
リキオーの眼差しに、ふざけているわけではないと感じたアネッテは、インベントリから小麦粉の袋をいくつも取り出して手渡した。
ここでアネッテは、リキオーの背後にいる人物に気づき尋ねる。先ほど木に縛られていた男性のようだ。
「あと、その人、大丈夫なんですか? その……自由にしちゃって」
「彼はレスター。彼に今回のヤマを締めてもらうから」
「ええ~!」
驚くアネッテを放置して、リキオーは小麦粉の袋を確かめた。
リキオーが想定している作戦を実現するには、閉鎖空間が必要だ。
だが、目の前にはだだっ広い場所しかない。
ここに、それを作り出せるのは魔法しかない。
アネッテの持つ魔法なら。
リキオーは、驚いたままボーッとしているアネッテに告げる。
「アネッテ、契約魔法【ウィンドストーム】準備」
「えっ、は、はいっ」
指示されたアネッテは集中し始める。
精霊語の詠唱が始まると、アネッテの足元から魔力の光が漏れ出す。今までの魔法とは行使する魔力の桁が違う。
さらにリキオーは、他の銀狼団メンバーにも指示を飛ばす。
「マリア、盾を構えて、ハヤテはマリアの後ろで」
「う、うむ」
「がうぅ」
マリアもハヤテも、リキオーのいつにない真剣な表情に何が始まるのかと戦々恐々だ。マリアは言われるままにシールドを構え、ハヤテもマリアの後ろに四つん這いになった。
最後に、今回の主役、レスターに声をかける。
「レスター、用意はいいな? すべてはタイミングが勝負だ。彼女が魔法を解き放ったら、俺がこの袋を投げ入れる。そして俺がやれと言ったら、爆破を発動しろ」
「ええいっ、ここまで来たら、とことんやってやるさ」
レスターは顔を引き攣らせながら、リキオーに答えた。
「アネッテ、用意はどうだい?」
「……いつでも行けます」
すでにアネッテの周りは地面から噴き出す魔力によって緑色に輝いている。
その目の前では、眩いばかりの金色に輝く守護者が、一歩ずつ前進して、彼らを蹂躙しようと迫っていた。
リキオーがアネッテに発動を指示する。
「よし、いいぞ。放てっ」
アネッテは発動の最後のピースを嵌めて、静かに瞼を上げる。
そして目の前の空間に、強力な魔力を投射した。
「風の精霊の巫女よ、我、契約により汝の力の代行者となりし者。今、汝の力を現世に示せ! 荒れ狂う風よ、彼の者を滅す刃とならん、【ウィンドストーム】!」
さすがに契約魔法は格が違う。
アネッテが呪文を放つと彼女の上に光が凝縮していき、全身が緑色の美女が姿を現した。おそらく風の精霊の巫女、シルフィーヌなのだろう。
そして、高まる魔力が彼女の指差すほうに向けられると、緑色の風の渦が大きく膨らんで、大気をビリビリと震わせる。
それを見届けたリキオーは、いくつもの小麦粉の袋を放り投げた。
風の渦に触れた小麦粉の袋はズバッと切り裂かれ、たちまち粉が拡散していく。
リキオーは、レスターを振り返った。
「やれっ、レスター! ぶちかませッ」
「おおおお! 爆破、爆破っ、爆破ァァ!!」
抱え込んだ銃砲の先を守護者に向けたレスターが、純粋な魔力エネルギーを放出する。
暴風の中で舞う小麦粉の嵐に、エネルギーが直撃すると、その刹那、一気に拡散して大爆発が起きた。
光が、激しい衝撃波となって森全体を貫く。
雌の守護者のところにいたヨラナたちも、閃光と衝撃に驚愕し、思わず地面に手をついてしまう。
馬車の中で震えていた姉妹とユスティーナはその光景を目にしてこの世の終わりかと震え、彼女たちを守るべく立っていたアクセリも呆然とするほかなかった。
そして、その場に居合わせた者たちは――
マリアはハヤテと一緒に後方へと吹っ飛ばされていた。
アネッテは風の精霊の加護を得て無事だったものの、目をいっぱいに開いて唖然としている。
爆破スキルを放った張本人のレスターはゴロゴロと地面を転がって、藪の中に頭から突っ込んで伸びていた。
リキオーはというと――
「ふう、酷い目に会ったな。ふえー、こりゃすごい」
彼は、分身体を生み出すスキル【心眼】によって衝撃波のダメージから逃れていた。それでもだいぶ吹き飛ばされてしまったが。
もっとも、彼にはまだ仕事が残っている。
リキオーは、爆発の衝撃波の過ぎ去った爆心地に近づく。
そこには、彼ら同様に放心状態になっている守護者がいた。背中に生えた竜の首は口をだらしなく広げ、尾の蛇はくるくると丸まってしまっている。
その体に纏っていた炎獄の炎はない。ただ、獅子の顔だけは正常な意識を有しているように見えた。
リキオーが試したのは、粉塵爆発である。
守護者を正気に戻すために、大きな爆発を使ったのだ。
いわゆる、ショック療法というやつである。
リキオーは元いた世界で、炭鉱で石炭の塵が爆発したという事故を、小麦粉で再現する動画を見たことがあった。それを今回マネてみたのである。
守護者の【オーバーブースト】は、爆発の影響で効果を吹き飛ばされていた。
HPをだいぶ減らしてはいるものの、アネッテが戦闘中に回復し続けていたのが効いていたのか、まだ生きている。
リキオーは彼の前に跪いた。
「守護者、タングニョーストさま。お怒りはわかります。ですが、どうか鎮めてはいただけませんか。あなたのつがいの片割れであるタングリスニルさまは私どもが介抱して、今はあちらの泉にてお待ちになっておられます」
タングニョーストは、獅子の冷たく射るような眼差しで、リキオーをしばらく見下ろしていた。やがて念話を発する。
──ヒトよ……お前たちのしでかしたこと、ゆめゆめ忘れるでないぞ。今は、お主の気概に免じて引き下がろう。タングリスニルのことは礼を言わねばなるまいな──
その場にいた者たちの心の中に守護者の言葉が響く。
そして、守護者は白い光となって消えた。
泉のほうで驚きの声が上がった。向こうでもきっと雌の守護者が光となって消えたのだろう。
「ふう、なんとか乗り切ったな。さて、みんな無事かなあ」
リキオーが呑気に振り返り、銀狼団や他のエルフの様子を確かめようとすると、何者かが彼の目の前に立ち塞がった。
「ま、ますたーぁぁ! 何をしたんですかぁぁ」
アネッテである。
いつもの彼女でなく、半分壊れた感じだ。
まあ、目の前であんな大爆発を見てしまって、平常でいられるほうがおかしい気もするが。
「どう、どう、お、落ち着いて、アネッテ。無事だったんだね。やっぱり風の契約魔法のお陰だね、凄かったね! 【ウィンドストーム】。やっぱし契約魔法は強いね」
リキオーは止まらない冷や汗をダラダラと掻きながら、すごい形相で詰め寄ってくるアネッテを宥めすかす。
「それよりもさ、みんな無事だったか確かめないと! ほら、あの、ね?」
ガシッと首根っこを押さえられ、リキオーは冷や汗が止まらない。
しかし次の瞬間、アネッテは怒りを鎮めると、肩を震わせて泣き崩れた。
「マスターのバカァ。怖かったんですよ。私の起こした魔法であんなことになるなんて……」
リキオーはようやくアネッテの嵐が去ったのを知ると、彼女を抱き寄せた。そして、優しくその背中を撫でてやる。
「いや、アネッテ。アレは君の起こした魔法が原因じゃないから安心して。詳しいことはあとで説明するからね。ほら、マリアとハヤテが心配だろ」
「うう……はい」
アネッテは少し気分が晴れたのか、徐々に落ち着きを取り戻した。が、リキオーを見る目はまだジト目のままだった。
マリアとハヤテはすぐ近くの藪の中で目を回して倒れていた。
こちらも怪我はないようで何よりだ。近づいてくる主にすぐに気がついて、マリアは尻餅をついたままリキオーを見上げていた。
「マリア、無事だったな。驚いたろう」
「ご主人、あれは何なんだ。姉さまの魔法もすごかったが、あれはご主人の起こしたものなのだろう?」
「そうだな。あれは俺とレスターが起こした。いちいち説明するのが面倒だからその件はまたあとでな」
リキオーはマリアの腕を掴んで引き上げてやる。
マリアは彼の腕に掴まって起き上がると、耳元で「よくやったな」と囁かれ、満足そうに微笑んだ。
マリアはヘルメットを脱いで、汗で張り付いた前髪を掻き上げる。そして、フウッとため息を吐き、アネッテの元へ歩いて行った。
ハヤテは放恣に腹を見せて、目を回していた。バンザイをするみたいなユーモラスな格好に、リキオーはプッと笑ってしまう。
鼻をギュッと摘まんでやると、ハヤテは「ばうっ?」と吠えて目を覚ました。リキオーは笑いながらハヤテを抱き締めて、よしよしと頭を撫でてやった。
ついで、リキオーは今回の立役者であるレスターの元へ歩いて行った。
レスターは最初、目を回していたのだが、自力で気づいたようだ。
リキオーが彼に話しかける。
「よう、レスター、無事か」
「ああ、お陰様でな。俺はこれからどうなるのかな。やっぱりエルフに殺されるのか?」
「さあな、殺されないとは思うが、わからんな」
レスターは呆然としてリキオーを見ていた。
やがてリキオーたちはヨラナたちと合流し、馬車のところまで戻ってきた。
当然のようにエルフ側から、レスターを責める意見が出る。
「おい、そのヒト族が守護者を!」
「だが、彼がいなければ今回のことは解決できなかったのも事実だぜ」
リキオーが弁護するも、エルフたちは彼を許すつもりはないようだった。だが、意外な人物から助け舟が出る。
「今回のことは、単に偶発的な事件ではないと考えられる」
シュルヴェステルだった。
彼はリキオーの行動の一部始終を見ていた。リキオーから指示され、雌の守護者のところに狩人たちを誘導すると、リキオーのあとを追っていたのだ。
「そうなのだろう? リキオー」
「ああ、そうだ。誰かが森の破滅を計画した。その者がレスターに、守護者の肝を取れば彼の父親の病気を治せるという出鱈目を吹き込んだ。そして、そいつはエルフの人攫いと関係がある人物だろうな」
ザワッと場が騒然とする。
「何だと、それは確かなのか、リキオーとやら」
ヨラナがリキオーに詰め寄る。だが、リキオーは肩を竦めただけだ。
「まだ確証はないがね。大森林に隠れ住み、お前さんたちエルフの狩人に見つからずにいた者たちを自由に動かすほどの連中だ。関係がないはずがないだろう」
ヨラナはフッとため息をつくと、怯えるレスターの顔を横目に告げた。
「ふむ。いいだろう。そいつのことは見逃してやる。ただし条件付きだがな。それは別にして、リキオー、そなたには感謝を」
そうして頭を下げると、さらに言葉を続けた。
「守護者を無事救ってくれた、その手腕は尊敬に値する。そなたは我らエルフの恩人だ」
このヨラナの行動に、周りのエルフたちがアワアワし出した。
ヨラナほどの身分の者が、ヒト族に頭を下げたことに困惑しているのである。
「マスター」
アネッテは自分の主人が里の重鎮に認められたことを、我が事のように喜んだ。いろいろ驚かされることは多いが、やはり信じて付いてきてよかったと思うアネッテであった。
***
それからリキオーはレスターの家に向かうことにした。
彼の父親の病を治すという約束を果たすためである。
彼らの住まいがあるところは、大森林の中にあって珍しく岩肌が露出した場所だった。とてつもなく大きな樹の根が転がっており、レスター親子はそこに家を作っていた。
一緒にやって来たのは、アネッテ、そしてシュルヴェステルだ。
彼の隠れ家を目にしたシュルヴェステルが、感心したように告げる。
「なるほど、『星の落とし子』か。ここならば、我らエルフは近寄らぬからな」
そこは太古に星が落ちたと言われており、エルフたちは良くない場所と信じ、近寄らなかった。それゆえ、エルフたちの目を盗んで彼らが隠れ住むにはうってつけの場所なのだ。
「こっちだ。この下で俺たちは岩肌から鉱石を掘り出し、弾を作っていたんだ」
レスターが手招きした場所は、鍛冶施設が整っていた。
またいくつかの坑道の跡があったが、生きている坑道は少ししかないようだ。きっと昔は多くの人がいたのだろうが、今はこの親子しかいないのだろう。
「お前の親父は?」
「いいのか、本当に、その……治してくれるのか……」
レスターは自分の命を助けてもらったばかりか、父親の病気のことまで面倒を見てもらうことに、心苦しい気持ちがあるようだ。
「そういう約束だったろう? ほら」
「ああ、すまない。こっちだ。親父、いるか」
狭い通路を進んでいくと、そんなに歳を取っておらず、まだ中年の域に達したぐらいの男が横になっていた。
その男は、レスターの背後にいるエルフに気づくと、必死に立ち上がり逃げ出そうとする。
「レ、レスター! そ、そいつらはクソッ、見つかったのか」
しかし、足がもつれて倒れこんでしまう。
ハァハァと荒い息を吐いて、動けない自分の体を呪うように悪態をついた。
リキオーが告げる。
「勘違いするな。別に俺たちはあんたたち親子をどうこうする気はないし、エルフも大丈夫だ」
「くっ、見つかっちまった以上、どうなっても覚悟はできている」
「いい心がけだ。一応聞いておくが、あんたじゃないよな? 病気に守護者の肝が効くとか言ったやつは。誰かに吹き込まれたらしく、あんたの息子は守護者を狩ろうとしていたわけなんだが」
レスターの父親は、リキオーの言葉から事の経緯を察したらしい。
そうして息子を睨みつける。
「まさかお前、守護者を?」
「だ、だってよう、親父が死んだら俺、もう森にいられねえ」
レスターは父親の前にいると、途端に幼くなるようだ。さっきまでは虚勢を張っていたようだが、こちらが地なのかもしれない。
「親子喧嘩はあとでやってくれ。こっちも暇じゃないんでな。じゃ、さっそく治療してしまおう。アネッテ、わかる?」
そう言ってリキオーは、アネッテに目配せする。
雄の守護者の対処に向かったマリアとハヤテ、そして彼らを助けるべく駆けつけたアネッテ。
一方リキオーは、未だに決定的な解決手段を得られずにいたが、ようやくその糸口を掴もうとしていた。
「それで、レスター。お前さんの生活魔法の爆破だが、銃なしでも使えるのか?」
「無理だ。というより銃なしで使えるって何だよ? やったことないからわかんねえ」
「じゃあ、銃はいい。返してやる。弾なしでも使えるのか?」
「は? 弾を入れないなら何を飛ばすんだ」
まったく話が噛み合わないので、リキオーはイライラしてきた。
リキオーには、守護者に対処するためにやってみたい作戦があったのだが、それが勘の悪いレスターにどうも伝わってくれない。
「お前さんにこれ以上、守護者を刺激させるわけにはいかない。だから弾は使わない。でも、ものは試しだ。その爆破を、弾なしで使ってみたい」
「だからッ、無理だ!」
「やってみろと言ってるのに、どうしてそう頑ななんだ。お前、自覚あんのか? このまま森津波が起きたら、お前の住むところはなくなるし、お前は森津波を起こした張本人ってことで、エルフに殺されるだけなんだぞ」
「うう……」
リキオーが想定している、とある解決策。
その実現には、衝撃波を撃ち出せる特大のエネルギー、スピードが必要だ。
それを実現できるのは、レスターの生活魔法派生スキルである爆破だけ。
レスターはリキオーに責められ、頭がグルグルしてきて混乱のさなかにあった。
彼は抱え込んだ愛用の銃をしっかりとホールドすると、自棄っぱちになって、スキルを叫んだ。
「うう……うがぁぁっ! 爆破ッ爆破ァ! 爆破ァァ!!」
最初の一発は、何かが発生しかけたものの、ヒュウとわずかな音を立てただけで消えた。
が、二発目は弾けたエネルギーが撃ち出された。
リキオーのすぐ隣りを強力な風が突き抜けていく。
リキオーが後ろを振り返ると、立っていた木のど真ん中を撃ち抜いて大きな穴が空いていた。たらりと冷や汗を掻くリキオー。
そして三発目は、レスターもろとも後ろに吹き飛んだ。
撃ち出されたエネルギーは、彼が立っていた地面に大きな裂け目を作って、そこだけ局所的な台風が通り抜けたように大きな溝を生み出していた。
(ヤレヤレだぜ)
リキオーは大きく嘆息した。そうして目を回してぶっ倒れているレスターに近寄ると、彼を引き起こしてやる。
「できたじゃねえか。しかも結構な威力だぜ。これなら使い物になりそうだな」
「へはは……できた。こんなの初めてだぜ。ところで、使い物になるってなんだ?」
レスターはフラフラとする頭を振りながら、リキオーの腕に掴まって立ち上がった。彼の最後の言葉を疑問に感じながら。
「お、俺をどうするんだ?」
「ああ、お前が雄の守護者を止めるんだよ」
リキオーのその言葉に蒼白になるレスターだった。
***
他の銀狼団のメンバーたちは、タングニョーストを相手に激しい攻防を続けていた。
アネッテの参戦により、対処能力を上げ防御力を増したマリアたち。そのおかげで、守護者とほとんど対等に渡り合っていた。
守護者が、真理の目を開いて【ヒューマンエラー】を放とうとしても、もうすでに予備動作を完全に把握した彼らには通じない。
ハヤテの【咆哮】かマリアの【シールドストライク】、アネッテの初級麻痺呪文【バスター】。そのどれかを放てば、防ぐことができるのだ。
そもそも、アネッテが守護者に弱体呪文をかけたため、発動率自体が落ちていた。
獅子の前足を振るう強力な大技【メイルストラム】も同様に発動率が落ちている。
守護者の巨大な体躯を使った体当たり攻撃【アブソリュートダート】でさえ、マリアの【ストロングホールド】が決まればノーダメージになる。とはいえ、【ストロングホールド】には永続効果はなく、インターバル必須の技で、そもそも二十秒しか効果がない。
だが、それが決まらなくても、アネッテのレベルの上がった防御呪文【プロテクトヴェール】があれば、ダメージは軽減されるし、受けたダメージも【レジェネイター】で、すぐに回復してしまうことができた。
こうした状況ではあったが、戦闘が停滞しており、膠着状態が続いているともいえた。しかも、守護者は少しずつ前進し、エルフたちの住む森に近づいている。タイムリミットは迫る。
そしてとうとう、そのときが到来してしまったらしい。
絶望のセカンドステージの幕が開く。
「コォォォォォォォ」
突如、守護者の全身が震え出し、禍々しい二対の翼を広げ、背に生えた竜の首が甲高い叫び声を上げる。
そしてタングニョーストの体が、金色の光を放ち、大きく膨らみ始めた。
四神の専用スキル【オーバーブースト】の発動だ。
これは、最終形態である。
今まではノーマルステージ、ここからはハードステージの始まりだ。
ここまでの戦いは、四神戦のプロローグにすぎない。
唖然とする一同。
そこへ、やっとリキオーが到着する。
「よう、みんな。なんとか無事だったか?」
「マスター、あ、あれ、何です? 守護者、どうなっちゃうんですか」
アネッテは、目の前で展開される守護者の変貌に驚いている。
マリアとハヤテもリキオーを振り返り、彼の到着に喜びの色を見せたが、すぐに目の前で起きている変事に呑まれて言葉を失った。
急に、リキオーが妙なことを尋ねる。
「アネッテ、小麦粉持ってる?」
「えっ、と……マスター?」
「いや、真面目に言ってるから。あるなら全部出して」
リキオーの眼差しに、ふざけているわけではないと感じたアネッテは、インベントリから小麦粉の袋をいくつも取り出して手渡した。
ここでアネッテは、リキオーの背後にいる人物に気づき尋ねる。先ほど木に縛られていた男性のようだ。
「あと、その人、大丈夫なんですか? その……自由にしちゃって」
「彼はレスター。彼に今回のヤマを締めてもらうから」
「ええ~!」
驚くアネッテを放置して、リキオーは小麦粉の袋を確かめた。
リキオーが想定している作戦を実現するには、閉鎖空間が必要だ。
だが、目の前にはだだっ広い場所しかない。
ここに、それを作り出せるのは魔法しかない。
アネッテの持つ魔法なら。
リキオーは、驚いたままボーッとしているアネッテに告げる。
「アネッテ、契約魔法【ウィンドストーム】準備」
「えっ、は、はいっ」
指示されたアネッテは集中し始める。
精霊語の詠唱が始まると、アネッテの足元から魔力の光が漏れ出す。今までの魔法とは行使する魔力の桁が違う。
さらにリキオーは、他の銀狼団メンバーにも指示を飛ばす。
「マリア、盾を構えて、ハヤテはマリアの後ろで」
「う、うむ」
「がうぅ」
マリアもハヤテも、リキオーのいつにない真剣な表情に何が始まるのかと戦々恐々だ。マリアは言われるままにシールドを構え、ハヤテもマリアの後ろに四つん這いになった。
最後に、今回の主役、レスターに声をかける。
「レスター、用意はいいな? すべてはタイミングが勝負だ。彼女が魔法を解き放ったら、俺がこの袋を投げ入れる。そして俺がやれと言ったら、爆破を発動しろ」
「ええいっ、ここまで来たら、とことんやってやるさ」
レスターは顔を引き攣らせながら、リキオーに答えた。
「アネッテ、用意はどうだい?」
「……いつでも行けます」
すでにアネッテの周りは地面から噴き出す魔力によって緑色に輝いている。
その目の前では、眩いばかりの金色に輝く守護者が、一歩ずつ前進して、彼らを蹂躙しようと迫っていた。
リキオーがアネッテに発動を指示する。
「よし、いいぞ。放てっ」
アネッテは発動の最後のピースを嵌めて、静かに瞼を上げる。
そして目の前の空間に、強力な魔力を投射した。
「風の精霊の巫女よ、我、契約により汝の力の代行者となりし者。今、汝の力を現世に示せ! 荒れ狂う風よ、彼の者を滅す刃とならん、【ウィンドストーム】!」
さすがに契約魔法は格が違う。
アネッテが呪文を放つと彼女の上に光が凝縮していき、全身が緑色の美女が姿を現した。おそらく風の精霊の巫女、シルフィーヌなのだろう。
そして、高まる魔力が彼女の指差すほうに向けられると、緑色の風の渦が大きく膨らんで、大気をビリビリと震わせる。
それを見届けたリキオーは、いくつもの小麦粉の袋を放り投げた。
風の渦に触れた小麦粉の袋はズバッと切り裂かれ、たちまち粉が拡散していく。
リキオーは、レスターを振り返った。
「やれっ、レスター! ぶちかませッ」
「おおおお! 爆破、爆破っ、爆破ァァ!!」
抱え込んだ銃砲の先を守護者に向けたレスターが、純粋な魔力エネルギーを放出する。
暴風の中で舞う小麦粉の嵐に、エネルギーが直撃すると、その刹那、一気に拡散して大爆発が起きた。
光が、激しい衝撃波となって森全体を貫く。
雌の守護者のところにいたヨラナたちも、閃光と衝撃に驚愕し、思わず地面に手をついてしまう。
馬車の中で震えていた姉妹とユスティーナはその光景を目にしてこの世の終わりかと震え、彼女たちを守るべく立っていたアクセリも呆然とするほかなかった。
そして、その場に居合わせた者たちは――
マリアはハヤテと一緒に後方へと吹っ飛ばされていた。
アネッテは風の精霊の加護を得て無事だったものの、目をいっぱいに開いて唖然としている。
爆破スキルを放った張本人のレスターはゴロゴロと地面を転がって、藪の中に頭から突っ込んで伸びていた。
リキオーはというと――
「ふう、酷い目に会ったな。ふえー、こりゃすごい」
彼は、分身体を生み出すスキル【心眼】によって衝撃波のダメージから逃れていた。それでもだいぶ吹き飛ばされてしまったが。
もっとも、彼にはまだ仕事が残っている。
リキオーは、爆発の衝撃波の過ぎ去った爆心地に近づく。
そこには、彼ら同様に放心状態になっている守護者がいた。背中に生えた竜の首は口をだらしなく広げ、尾の蛇はくるくると丸まってしまっている。
その体に纏っていた炎獄の炎はない。ただ、獅子の顔だけは正常な意識を有しているように見えた。
リキオーが試したのは、粉塵爆発である。
守護者を正気に戻すために、大きな爆発を使ったのだ。
いわゆる、ショック療法というやつである。
リキオーは元いた世界で、炭鉱で石炭の塵が爆発したという事故を、小麦粉で再現する動画を見たことがあった。それを今回マネてみたのである。
守護者の【オーバーブースト】は、爆発の影響で効果を吹き飛ばされていた。
HPをだいぶ減らしてはいるものの、アネッテが戦闘中に回復し続けていたのが効いていたのか、まだ生きている。
リキオーは彼の前に跪いた。
「守護者、タングニョーストさま。お怒りはわかります。ですが、どうか鎮めてはいただけませんか。あなたのつがいの片割れであるタングリスニルさまは私どもが介抱して、今はあちらの泉にてお待ちになっておられます」
タングニョーストは、獅子の冷たく射るような眼差しで、リキオーをしばらく見下ろしていた。やがて念話を発する。
──ヒトよ……お前たちのしでかしたこと、ゆめゆめ忘れるでないぞ。今は、お主の気概に免じて引き下がろう。タングリスニルのことは礼を言わねばなるまいな──
その場にいた者たちの心の中に守護者の言葉が響く。
そして、守護者は白い光となって消えた。
泉のほうで驚きの声が上がった。向こうでもきっと雌の守護者が光となって消えたのだろう。
「ふう、なんとか乗り切ったな。さて、みんな無事かなあ」
リキオーが呑気に振り返り、銀狼団や他のエルフの様子を確かめようとすると、何者かが彼の目の前に立ち塞がった。
「ま、ますたーぁぁ! 何をしたんですかぁぁ」
アネッテである。
いつもの彼女でなく、半分壊れた感じだ。
まあ、目の前であんな大爆発を見てしまって、平常でいられるほうがおかしい気もするが。
「どう、どう、お、落ち着いて、アネッテ。無事だったんだね。やっぱり風の契約魔法のお陰だね、凄かったね! 【ウィンドストーム】。やっぱし契約魔法は強いね」
リキオーは止まらない冷や汗をダラダラと掻きながら、すごい形相で詰め寄ってくるアネッテを宥めすかす。
「それよりもさ、みんな無事だったか確かめないと! ほら、あの、ね?」
ガシッと首根っこを押さえられ、リキオーは冷や汗が止まらない。
しかし次の瞬間、アネッテは怒りを鎮めると、肩を震わせて泣き崩れた。
「マスターのバカァ。怖かったんですよ。私の起こした魔法であんなことになるなんて……」
リキオーはようやくアネッテの嵐が去ったのを知ると、彼女を抱き寄せた。そして、優しくその背中を撫でてやる。
「いや、アネッテ。アレは君の起こした魔法が原因じゃないから安心して。詳しいことはあとで説明するからね。ほら、マリアとハヤテが心配だろ」
「うう……はい」
アネッテは少し気分が晴れたのか、徐々に落ち着きを取り戻した。が、リキオーを見る目はまだジト目のままだった。
マリアとハヤテはすぐ近くの藪の中で目を回して倒れていた。
こちらも怪我はないようで何よりだ。近づいてくる主にすぐに気がついて、マリアは尻餅をついたままリキオーを見上げていた。
「マリア、無事だったな。驚いたろう」
「ご主人、あれは何なんだ。姉さまの魔法もすごかったが、あれはご主人の起こしたものなのだろう?」
「そうだな。あれは俺とレスターが起こした。いちいち説明するのが面倒だからその件はまたあとでな」
リキオーはマリアの腕を掴んで引き上げてやる。
マリアは彼の腕に掴まって起き上がると、耳元で「よくやったな」と囁かれ、満足そうに微笑んだ。
マリアはヘルメットを脱いで、汗で張り付いた前髪を掻き上げる。そして、フウッとため息を吐き、アネッテの元へ歩いて行った。
ハヤテは放恣に腹を見せて、目を回していた。バンザイをするみたいなユーモラスな格好に、リキオーはプッと笑ってしまう。
鼻をギュッと摘まんでやると、ハヤテは「ばうっ?」と吠えて目を覚ました。リキオーは笑いながらハヤテを抱き締めて、よしよしと頭を撫でてやった。
ついで、リキオーは今回の立役者であるレスターの元へ歩いて行った。
レスターは最初、目を回していたのだが、自力で気づいたようだ。
リキオーが彼に話しかける。
「よう、レスター、無事か」
「ああ、お陰様でな。俺はこれからどうなるのかな。やっぱりエルフに殺されるのか?」
「さあな、殺されないとは思うが、わからんな」
レスターは呆然としてリキオーを見ていた。
やがてリキオーたちはヨラナたちと合流し、馬車のところまで戻ってきた。
当然のようにエルフ側から、レスターを責める意見が出る。
「おい、そのヒト族が守護者を!」
「だが、彼がいなければ今回のことは解決できなかったのも事実だぜ」
リキオーが弁護するも、エルフたちは彼を許すつもりはないようだった。だが、意外な人物から助け舟が出る。
「今回のことは、単に偶発的な事件ではないと考えられる」
シュルヴェステルだった。
彼はリキオーの行動の一部始終を見ていた。リキオーから指示され、雌の守護者のところに狩人たちを誘導すると、リキオーのあとを追っていたのだ。
「そうなのだろう? リキオー」
「ああ、そうだ。誰かが森の破滅を計画した。その者がレスターに、守護者の肝を取れば彼の父親の病気を治せるという出鱈目を吹き込んだ。そして、そいつはエルフの人攫いと関係がある人物だろうな」
ザワッと場が騒然とする。
「何だと、それは確かなのか、リキオーとやら」
ヨラナがリキオーに詰め寄る。だが、リキオーは肩を竦めただけだ。
「まだ確証はないがね。大森林に隠れ住み、お前さんたちエルフの狩人に見つからずにいた者たちを自由に動かすほどの連中だ。関係がないはずがないだろう」
ヨラナはフッとため息をつくと、怯えるレスターの顔を横目に告げた。
「ふむ。いいだろう。そいつのことは見逃してやる。ただし条件付きだがな。それは別にして、リキオー、そなたには感謝を」
そうして頭を下げると、さらに言葉を続けた。
「守護者を無事救ってくれた、その手腕は尊敬に値する。そなたは我らエルフの恩人だ」
このヨラナの行動に、周りのエルフたちがアワアワし出した。
ヨラナほどの身分の者が、ヒト族に頭を下げたことに困惑しているのである。
「マスター」
アネッテは自分の主人が里の重鎮に認められたことを、我が事のように喜んだ。いろいろ驚かされることは多いが、やはり信じて付いてきてよかったと思うアネッテであった。
***
それからリキオーはレスターの家に向かうことにした。
彼の父親の病を治すという約束を果たすためである。
彼らの住まいがあるところは、大森林の中にあって珍しく岩肌が露出した場所だった。とてつもなく大きな樹の根が転がっており、レスター親子はそこに家を作っていた。
一緒にやって来たのは、アネッテ、そしてシュルヴェステルだ。
彼の隠れ家を目にしたシュルヴェステルが、感心したように告げる。
「なるほど、『星の落とし子』か。ここならば、我らエルフは近寄らぬからな」
そこは太古に星が落ちたと言われており、エルフたちは良くない場所と信じ、近寄らなかった。それゆえ、エルフたちの目を盗んで彼らが隠れ住むにはうってつけの場所なのだ。
「こっちだ。この下で俺たちは岩肌から鉱石を掘り出し、弾を作っていたんだ」
レスターが手招きした場所は、鍛冶施設が整っていた。
またいくつかの坑道の跡があったが、生きている坑道は少ししかないようだ。きっと昔は多くの人がいたのだろうが、今はこの親子しかいないのだろう。
「お前の親父は?」
「いいのか、本当に、その……治してくれるのか……」
レスターは自分の命を助けてもらったばかりか、父親の病気のことまで面倒を見てもらうことに、心苦しい気持ちがあるようだ。
「そういう約束だったろう? ほら」
「ああ、すまない。こっちだ。親父、いるか」
狭い通路を進んでいくと、そんなに歳を取っておらず、まだ中年の域に達したぐらいの男が横になっていた。
その男は、レスターの背後にいるエルフに気づくと、必死に立ち上がり逃げ出そうとする。
「レ、レスター! そ、そいつらはクソッ、見つかったのか」
しかし、足がもつれて倒れこんでしまう。
ハァハァと荒い息を吐いて、動けない自分の体を呪うように悪態をついた。
リキオーが告げる。
「勘違いするな。別に俺たちはあんたたち親子をどうこうする気はないし、エルフも大丈夫だ」
「くっ、見つかっちまった以上、どうなっても覚悟はできている」
「いい心がけだ。一応聞いておくが、あんたじゃないよな? 病気に守護者の肝が効くとか言ったやつは。誰かに吹き込まれたらしく、あんたの息子は守護者を狩ろうとしていたわけなんだが」
レスターの父親は、リキオーの言葉から事の経緯を察したらしい。
そうして息子を睨みつける。
「まさかお前、守護者を?」
「だ、だってよう、親父が死んだら俺、もう森にいられねえ」
レスターは父親の前にいると、途端に幼くなるようだ。さっきまでは虚勢を張っていたようだが、こちらが地なのかもしれない。
「親子喧嘩はあとでやってくれ。こっちも暇じゃないんでな。じゃ、さっそく治療してしまおう。アネッテ、わかる?」
そう言ってリキオーは、アネッテに目配せする。
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