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3巻
3-3
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フェルガロンが消えた瞬間、アネッテたちの拘束も解けた。彼女たちは硬直から解き放たれ、赤い絨毯の上に崩れ落ちた。
「みんな平気か? イェニー様のときはこんなじゃなかったんだけど、やっぱりひと口に竜といってもいろいろな方がいるんだね」
「わ、私たち生きているんですね。マスターと火竜公が話してるとき、会話は聞こえるのに心臓だけ動かされている感じで息をするのも辛かったんですよ」
「うん、生きた心地がしなかった」
リキオーが近づいて手をとって助けてやると、アネッテはそれにしがみつくようにして身を起こした。マリアも同様に起こしてやる。
ハヤテは足をすべて投げ出すよう腹ばいになって目を回していた。アネッテとマリアは互いに頷き合い、手をつないで無事を確かめ合った。
「キューン」
ハヤテも珍しく憔悴しきった様子だ。リキオーの足元にペタンと座りこんでいる。ハヤテだけでなく、リキオー以外は全員汗びっしょりだった。
「まあ、フェルガロン様はどうやら退席されたようだし、せっかく来たんだ。なにかもらって帰ろう」
「本当にマスターは呑気ですねぇ」
アネッテは心底呆れたようにため息を吐く。マリアもそれに苦笑いで倣った。
「ああ、ここに来るまでの戦いでも驚かされたが、豪胆な方だ」
リキオーはテーブルに置かれた朱色の光沢を放つ宝石を手のひらにおいて一瞬瞑目した。そして、そのままインベントリへと仕舞った。
5 叡智の図書館
リキオーは、与えられたチャンスを最大限に活かすには何が一番効果的だろうか、と考えていた。普段なら、叡智の図書館は訪れることができない場所なのだ。
さしあたって、リキオー、マリア、ハヤテは知識については困っていない。あるとすればやはりアネッテだろう。つい最近も、リキオーは彼女に関して悩んでいたことがある。
「せっかくだし、アネッテの精霊魔法を充実させるスクロールでももらっていくか。俺もマリアも特段、欲しい知識なんてないしな」
「そうだな。しいて言うなら、お茶でももらっておくか。喉がカラカラだ」
マリアはリキオーの隣に座ると、用意されたティーポットからセルフでカップに注いだ。そして、馥郁たる香りを楽しみ、音もなく啜る。さすがに元貴族だけあって、その所作は優雅で気品にあふれていた。
一方アネッテは、困惑した様子であった。
「マ、マスター、私、どうすればいいんですか……」
「テキトーに何かしてみろよ。絶対者の領域なんだから、叡智のほうで答えてくれるよ」
しかしながらアネッテはモジモジとしている。
自分だけ得をするのに抵抗があるのか、アネッテはリキオーをじっと見つめてきた。リキオーはため息を吐いて立ち上がると、アネッテの手を引いて図書館の本棚へと近づく。
そして、目の前に並ぶ書棚から無造作に一冊の本を取り出した。
すると、頭の中に声が聞こえてくる。
【叡智を望む者よ。本に手を置いて欲するものを告げよ。しかれば、その知識、書に宿ろう】
「なるほどそういう仕組みなわけね。んーと、精霊魔法の弱体二系、弱体三系、契約魔法」
リキオーは「こんな願い叶っちゃったらチートじゃん? ご都合主義過ぎるだろ」と思いながらも、本に手を置いて希望を告げてみた。
弱体系は、アネッテがスキルレベル2になった時点でどうしようか悩んでいた魔法だ。新たな魔法を欲する者たちが集う王都の魔法スクロールを扱う店でも、精霊術士の弱体魔法はレベル1で使用できるものしか扱っていない。そもそもエルフ用のスクロールを売る店は少なく、これからも入手のチャンスがあると思えなかった。
ちなみに弱体系には強力な魔法が揃っている。
レベル2で解禁される弱体二系には、行動遅延の【スローサイズ】、睡眠を誘う霧を発生させる【スリープミスト】。
レベル3で使えるようになる弱体三系には、敵の呪文詠唱を阻害する【サイレントノイズ】、移動阻害の【インブロイダー】、そして強制的にHPを1にして仮死状態にさせる【フォールダウン】。どれも使いどころを選ぶが、強い呪文ばかりだ。
たぶん隠れじの森の長老衆でも、これらすべての弱体魔法を唱えられるエルフは限られるだろう。
最後に、契約魔法について。
契約魔法は、本来なら専用のクエストを完了して精霊と契約することで得られる。
しかし、ゲームのときの知識が生かせないほど地形に差異があるので、リキオーもどこに精霊がいるかまったくわからない。
ワラドが住んでいるホキバルには精霊ノームの神殿があるものの、ノームはエルフが信仰していない精霊である。そのため、契約が成立できると思えず、契約魔法の入手は諦めていた。
ちなみに契約可能な精霊と、その代表的な契約魔法に関しては、次のようなものがある。
風の精霊と契約し荒れ狂う嵐を呼ぶ【ウィンドストーム】、水の精霊契約により津波を引き起こす【ウォーターブロウ】、地面を液状化させ吹き飛ばす土の精霊契約による【アースダスト】。どれもそれ一つで一気に戦局を左右しかねないほど強力な全体魔法だ。
言ってしまえば、これらはリキオーたちにとってほぼ取得不可能な魔法なのだ。それが可能なのは上位竜種が管理するこの叡智の図書館くらいしかあり得ないのだが……。
【求めは叶えられた。書を開け】
リキオーの望んだ魔法の結果は、あっさりと出されたようである。
「マジかよ……」
「えっ、マスター。どうしたんですか」
アネッテは、リキオーと手をつないでいるのを楽しそうにしていた。内心で汗を流して引いているリキオーの葛藤とは無縁そうに微笑んでいる。
「アネッテ。この本に書いてあるスペルを全部習得できるか、確かめてみて」
「はい?」
リキオーに差し出された本を受け取ると、アネッテはページをめくった。
彼女が開いたページには、たしかにリキオーが願った魔法のスペルがあった。精霊魔法の弱体二系と弱体三系、そして契約魔法と並んでいる。
アネッテは弱体系の魔法については知識として知っていたし、また書かれているスペルにはすでに持っている弱体一系と似たようなものがあるため、その使用方法や効果についてもなんとなく理解できた。
が、契約魔法のスペルを見つけると、自分の見ているものが信じられず、思わず「ええっ!」と叫んでしまった。
「マスター、私、夢見ているんでしょうか」
「いや、本物だからそれ」
アネッテはリキオーの冷静なツッコミにガーンと衝撃を受けて目眩を感じた。そして契約魔法を精霊契約なしに覚えられるということに幸福を感じ、リキオーに付いてきたことに感謝する。
隠れじの森では、長老以外で契約魔法を一つでも持っているのは稀な存在であった。しかし、今彼女が見ている本には、三つも載っているのだ。
はやる気持ちを抑えつつ、アネッテは静かにスペルを読み進めた。本の文字から浮き上がった金色のイメージが、自分の中に確かな刻印を残していくのを感じる。
契約魔法のスペルも、弱体の魔法と同様に読み進めたが、そうしながら感じられたのは、精霊のかすかな力ではなく、絶対者の威厳のようなものであった。
読み終えたアネッテが、ゆっくりと口を開く。
「マスター、全部覚えましたよ」
「どうだった?」
「すごかったです」
アネッテは、頬に手を当ててポウッと頬を赤らめている。そんな彼女を見据えながら、リキオーは目的を達したことを実感していた。
とはいえ、いつまでもここにいるわけにはいかない。戻ろう。そしてやるべきことをやるのだ。気合いを入れ直し、リキオーがメンバーたちに声をかける。
「よし、それじゃあ戻るか」
「はいっ」
「うむ」
「わぅん」
「にゃあぁ」
それぞれ絶対者の存在を感じ取ったことで何かを心に得たようだ。それだけでリキオーとしては満足だった。とくにアネッテの魔法が充実したのは僥倖である。
そういえば、さっき耳慣れない声が聞こえたが……。
「猫さん、君も付いてくるのかい?」
「みゃおぅ」
「そ、そう。ま、いっか」
鳴き声が「よろしく」と言ったような気がした。
リキオーはパーティメンバーに頷き、入ってきたドアを開けて、叡智の図書館をあとにした。
日差しの角度から見て、さほど時間が過ぎていないようにも思える。しかし、実際にどれほどの時間が経ったのかは、人に聞かない限りはわからないだろう。
「ああ、もう面倒だな。小屋まで飛ぶぞ」
リキオーは少し興奮していた。
気がかりだったアネッテの弱体魔法のスクロール問題が解決したばかりか、もしやと思っていた契約魔法まで手に入れることができたためである。気がはやっていたので、魔物に絡まれるのを面倒くさく感じていた。そこで、生活魔法の無属性空間魔法であるワープを発動させる。
すると、リキオーたちの前に、銀色の輝きを放つ鏡のようなものがシュワシュワ~と音を立てて現れた。卵型で人の背ほどの大きさがある。
それを見て目を丸くしたアネッテが声を上げる。
「マ、マスター、それ何ですか。これ、マスターがやってるんですか」
「ああ、空間魔法だ。一度行った場所なら飛んでいける。今はアルノーリトさんがいる鉱山労働者の小屋につながっているぞ」
ハヤテの頭の上に乗っかっていた黒猫は「みゃう」と一声鳴くと、他のメンバーの戸惑いをよそに真っ先に空間魔法の鏡面へと飛びこんだ。鏡は水面のように波打ち、元に戻っていく。
その光景を見たリキオーが呟く。
「猫さん、お先にって言ってたよな……」
「マスター、いつから【精霊語翻訳】ができるように」
「いや、何となくだから」
「でもたしかに、そう言ってましたよ」
「とりあえず、さっさと行け!」
「きゃあッ、酷い――」
リキオーは及び腰だったアネッテを強引に突き飛ばし、空間魔法の鏡面に押しこんだ。発言の後半は聞こえなかった。
「ほうら、ハヤテ、お前も行け」
「わうン」
ハヤテは押しこまなくても素直に入っていった。
かと思うと、しばらくして頭だけ戻ってきた。するとアネッテも一緒に戻ってきて、ともに上半身だけのシュールな格好になっている。
リキオーの隣で彼の腕にしがみついているマリアは、恐ろしい光景を目にし、言葉を失っている。
一回入るともう慣れたのか、はたまたハヤテの無邪気さに釣られたのか、アネッテは何度も顔を覗かせたり消したりしている。半身のアネッテが戸惑いながら言う。
「あれっ、これどうなっているんですか。ハヤテさんが向こうの窓から出てきて、あれ……」
アネッテは、自分の胸から下がその場にないことにやっと気づき、サアッと表情を青くした。
そんな光景を見て、リキオーも不気味さを感じていたのだが、ハヤテもアネッテもいつまでも半身のままでいるのでさすがに苛立ってきた。
「お前たち、遊んでないで向こうで待ってろ。でないと俺が移動できないんだよ」
「きゃあ~酷いで――」
リキオーは、面倒くさそうにハヤテの鼻先を押し戻して、アネッテもろとも突き飛ばした。その勢いで、マリアにも入るように促す。
「マリアも早く行け」
「ご主人と一緒がいい」
二人きりになると少女スイッチが入ったのか、マリアが甘えかかってきた。邪険にもできないので、リキオーは手をつないでやった。
「しょうがないな。ほら手をつないでやるから行くぞ」
「うんっ」
マリアが嬉しそうに微笑んで腕にしがみついてくる。
リキオーはそんなマリアを連れて鏡面に飛びこんだ。二人が入ると鏡面は次第に小さくなって消え去った。
二人が現れた先は、昼近くに出発した鉱山労働者の小屋に続く山道だった。そこには、アネッテとハヤテ、黒猫が待っていた。
黒猫は「みゃああ」と鳴くと、再びハヤテの頭の上に飛び乗る。自分の居場所としてそこがしっくり来るらしい。ハヤテも嫌がっていないようだ。
リキオーが来たことに気づいたアネッテが声を上げる。
「もう、酷いですぅ、マスターの馬鹿ぁ」
「いや、だって、半分だけ体を出されたら怖くないか? 俺だってそういうのは苦手なんだよ。中途半端なのが一番やばいだろ。次からはさっさと入れよ?」
リキオーはさっきのアネッテたちを見て、SFコミックで読んだ空間断裂による攻撃を想像したのである。自分で作り出した魔法だが、肝が冷えるような眺めだった。
「ぶぅぅ」
アネッテは自分の扱いが酷いことに憤慨しているらしく、可愛く頬を膨らませている。
普段の彼女が見せない幼さを感じさせるその様子に、マリアはおかしそうにクスクスと笑い声を立てた。
そんなふうに会話しながら、山道を戻って小屋の近くまで来る。
小屋のドアをノックすると、「あれ?」という声とともにアルノーリトが顔を見せた。
「何か忘れ物ですか? 火口に行ってきたにしては、お帰りが早いようですが」
そう言ってアルノーリトは不思議そうな顔を見せる。リキオーが淡々と告げる。
「いや、私たちは本当に火口まで行ってきましたよ」
「でも、リキオーさんたちが出たのはついさっきですぞ。不思議なこともあるもんですな」
「で、火竜公に会ってきました。証拠がこれです」
アルノーリトは頻りに首を傾げていたが、難しいことはわからんと開き直ったのか、リキオーが持ち帰ってきた朱い石に見入った。
「どうやら信じないといかんようです。あなた方が火竜公に本当に会われたということを。その朱い石はドラゴンズアイと呼ばれるもので、天然の鉱石ではありません。生きたドラゴンが自ら与えねば得られぬもので、死んだドラゴンや倒したドラゴンからは取ることができないアイテムです。しかし、隠していたほうがよろしいですな。奪われても厄介ですから。私もいま見たことを忘れます」
そう言って、アルノーリトはリキオーに朱い石を返した。彼に似合わぬ真面目な表情を見せるので、リキオーは笑うところなのか判断に困った。
「ああ、もうなんか疲れたな。今日はここに泊まるぞ」
「はぁい」
リキオーがぼやくように提案すると、アネッテも賛成してくれた。しかし、泊まるのは事前に決めていた段取りであった。
6 露天風呂
火山に行ってきたのに、日帰りで帰ってくるというのも不自然だろう。急な宿泊になってしまったが違和感はないはずだ。
そんなふうに策略を巡らせていると、アルノーリトがリキオーに告げた。
「むう、しかし困りましたな。急な宿泊ということで食材の用意がありませんぞ」
「宿を提供してくださるだけでありがたいです。食材の調達や調理は自分たちでできます。幸い、オーク討伐行の際に用意していた物資が残っておりますので」
「そうですか。でしたら助かります」
その後、アルノーリトに宿泊部屋を案内されたが、さすがにホテルの客室とは比べ物にならないほど狭くベッドも一つしかなかった。
夕食時には全員で集まってテーブルを囲む。こういうイベントのときの食事は刺激的だ。樽に乗っかっているのは、今夜の宿を提供してくれたアルノーリトである。
調理を担当したアネッテは、リキオーの出す生活魔法で作る水の虜になっていた。リキオーが生活魔法で作る水が軟水なのに対し、この世界で一般的に使われている水はやや硬めだ。そのため、料理に使ってもあまり美味しくない。それがリキオーの作った水で調理すると、味がまろやかになり断然美味しくなるのだ。
アルノーリトはアネッテの作ったパスタに舌鼓を打っていた。たしかに美味い。なお、今回はちゃんとしたキッチン設備があるところで作ったが、リキオーは土の生活魔法でカマドも作れるので、屋外で料理をしても味は変わらない。
「急ごしらえとはいえ、こんなに十分な、それでいて美味い食事をとってらっしゃるとは、さすがに一流の冒険者は違いますな。いや、アネッテどのの料理の腕は素晴らしい。こんな美しいのに、料理の腕まである。素敵なパートナーをお連れで本当に羨ましい」
アネッテは料理の腕を褒められて、満更でもない様子である。
リキオーも食事のときはいつも褒めている。自分にはない技能を持つ者には賞賛は惜しみなく贈るのがモットーである。リキオーとて料理ができないわけではないが、アネッテほどの繊細さは望めない。
「まあ休憩のときはしっかり疲れを取りませんと、討伐の成功も覚束ないですからね」
リキオーもアネッテが褒められて嬉しいので、笑顔で返答した。
ちなみにハヤテは黒猫のために、自分のインベントリから豚肉を取り出して分けてやっていた。そうして二匹並んで食事をとっている。仲の良いことである。
リキオーは元は猫派だったのだが、それは彼の家が兎小屋のように狭かったので、犬を飼うようなゆとりがなかったせいである。
ハヤテをテイムしたことで犬派ともいえるようになったが、ハヤテを育てていて感じるのは、犬を飼っているというより駄々っ子を扱っているようなイメージである。旅をしていれば、ハヤテが自分で狩りをしてくれるので餌代がかからないのは素晴らしいのだが。
火竜公の叡智の図書館から付いてきた黒猫は、すっかりパーティに馴染んでいた。とはいえ、アネッテもマリアも小動物に萌えを感じるタイプではないらしい。それにペットなら、もうでっかいペットがいるから間に合っているし。
食後、小屋の裏にあるという露天風呂に入るために外に出ようとして、マリアに引き留められた。食事のあとは普段ならマリアを相手にリバーシなどを楽しむのが日課になっていたが、ここでは露天風呂という素晴らしい物がある。
「ご主人、どこへ行くんだ? もう夜更けだぞ」
「風呂」
「風呂? 外なのにか」
「ああ。ここの風呂はな、外にあって開放的でいいんだよ。マリアも来るか?」
「行くっ」
マリアはイベント事があれば何でもいいらしい。
まだリキオーが手をつけていないのに、彼にこうして甘えかかってくるのが可愛い。タマラン肉体をしているにもかかわらず、少女のように愛くるしいところがあるのが、ギャップ萌えなのかもしれない。
「来てもいいけど一緒に入ることになるぞ? 外だからな」
「平気」
リキオーの腕に絡みついているマリアを、チラッと眺めていたアネッテにも一声をかける。
「アネッテも来るか?」
「タオルを巻いててもいいんですよね」
アネッテは一瞬、考える素振りを見せたものの、マリアとリキオーを二人きりにするのはよくないと状況を読んだのかもしれない。
「ああ、問題ない」
リキオーの希望はすっぽんぽんである。そうでないと露天風呂は百パーセント楽しめないと思っているが、本人が希望しないものを無理やり押しつける趣味はない。
ハヤテは黒猫と月見デートらしい。食後に二匹連れ立って小屋の周りを散歩しているのを見かけた。種族が違うので、カップルとして成立するのかという疑問はある。しかし、ハヤテはやんちゃ盛りで恋愛とかそういう生々しい話はまだ先だ。そもそも成体にもなっていないらしいし。
露天風呂を目にし、リキオーが声を上げる。
「おお、割と本格的だな」
露天風呂はその周りだけ異様に綺麗に整備されていて、脱衣場も母屋とは別に建てられていた。ここを使うのが鉱山関係者だけということで、女性が使うことを想定していないため、仕切りのようなものはない。小屋の壁を延長した垣根が、表から小屋に入ってくる客の目線から風呂場を巧妙に隠していた。
「女性用と男性用で分かれていないんですよね」
「ああ。見ないから脱ぎ終わったら教えてくれ」
「はい」
リキオーは後ろを向くと、服を脱いですっぽんぽんになってタオルを肩にかけて、二人の女性たちが脱ぎ終わるのを待っていた。
が、あまりに長かったので声をかける。
「おい、もういいか。早く風呂に入りたい」
「し、仕方がないですね」
「ご主人と同じじゃないか。アネッテが気にしすぎだと思う」
何やら二人で意見が食い違うような問題があったらしい。面倒になったので、もう待っているのはやめることにする。
「振り向くぞ」
「あ、マスター、ちょっとまだ……」
アネッテの静止する声が聞こえたが、構わず振り向いてしまう。何をそんなに騒ぐことがあるのかと思っていたが、一目見てリキオーは噴いてしまった。
マリアがすっぽんぽんで何も隠していないので、胸元で揺れる凶悪なソレがばいんばいんと弾んでいたのである。
「ちょっ、マリア、お前、恥ずかしくないのか」
「だって、ご主人だって隠してないじゃないか。私はいいんだ。ご主人と同じだから」
そこで少女モードを発動しても何か違うとは思ったが、それ以上にグッドな光景にリキオーはマリアに心から賞賛を贈った。
マリアはすっぽんぽんで、まったく隠そうとしないばかりか、どうだとばかりに胸を張って立っている。
一応、アネッテの意見も聞いてみる。
「……いいのか。アネッテ?」
「だって本人がいいって言うんだもの。でも、私はしませんよ」
そう言いながらアネッテは顔を赤らめていた。
リキオーは本人が納得してるならいいかと思い、二人の肩を抱いて露天風呂へと歩いて行った。
露天風呂の浅めの縁に近いところに、アルノーリトがすっぽんぽんで半身浴をしていた。そして甘い香りのする酒を傾けている。
「やあ、リキオーどのもいらっしゃ――」
リキオーたちが近づいてくるのに気づいて、アルノーリトが顔を上げた瞬間、マリアの凶悪なソレを目にして、鼻から血を噴いてぶっ倒れてしまった。
「意外にウブなんだな、アルノーリトさん」
「あれじゃ、溺れちゃいますよ」
「仕方ないなあ。二人とも先に入ってて」
「みんな平気か? イェニー様のときはこんなじゃなかったんだけど、やっぱりひと口に竜といってもいろいろな方がいるんだね」
「わ、私たち生きているんですね。マスターと火竜公が話してるとき、会話は聞こえるのに心臓だけ動かされている感じで息をするのも辛かったんですよ」
「うん、生きた心地がしなかった」
リキオーが近づいて手をとって助けてやると、アネッテはそれにしがみつくようにして身を起こした。マリアも同様に起こしてやる。
ハヤテは足をすべて投げ出すよう腹ばいになって目を回していた。アネッテとマリアは互いに頷き合い、手をつないで無事を確かめ合った。
「キューン」
ハヤテも珍しく憔悴しきった様子だ。リキオーの足元にペタンと座りこんでいる。ハヤテだけでなく、リキオー以外は全員汗びっしょりだった。
「まあ、フェルガロン様はどうやら退席されたようだし、せっかく来たんだ。なにかもらって帰ろう」
「本当にマスターは呑気ですねぇ」
アネッテは心底呆れたようにため息を吐く。マリアもそれに苦笑いで倣った。
「ああ、ここに来るまでの戦いでも驚かされたが、豪胆な方だ」
リキオーはテーブルに置かれた朱色の光沢を放つ宝石を手のひらにおいて一瞬瞑目した。そして、そのままインベントリへと仕舞った。
5 叡智の図書館
リキオーは、与えられたチャンスを最大限に活かすには何が一番効果的だろうか、と考えていた。普段なら、叡智の図書館は訪れることができない場所なのだ。
さしあたって、リキオー、マリア、ハヤテは知識については困っていない。あるとすればやはりアネッテだろう。つい最近も、リキオーは彼女に関して悩んでいたことがある。
「せっかくだし、アネッテの精霊魔法を充実させるスクロールでももらっていくか。俺もマリアも特段、欲しい知識なんてないしな」
「そうだな。しいて言うなら、お茶でももらっておくか。喉がカラカラだ」
マリアはリキオーの隣に座ると、用意されたティーポットからセルフでカップに注いだ。そして、馥郁たる香りを楽しみ、音もなく啜る。さすがに元貴族だけあって、その所作は優雅で気品にあふれていた。
一方アネッテは、困惑した様子であった。
「マ、マスター、私、どうすればいいんですか……」
「テキトーに何かしてみろよ。絶対者の領域なんだから、叡智のほうで答えてくれるよ」
しかしながらアネッテはモジモジとしている。
自分だけ得をするのに抵抗があるのか、アネッテはリキオーをじっと見つめてきた。リキオーはため息を吐いて立ち上がると、アネッテの手を引いて図書館の本棚へと近づく。
そして、目の前に並ぶ書棚から無造作に一冊の本を取り出した。
すると、頭の中に声が聞こえてくる。
【叡智を望む者よ。本に手を置いて欲するものを告げよ。しかれば、その知識、書に宿ろう】
「なるほどそういう仕組みなわけね。んーと、精霊魔法の弱体二系、弱体三系、契約魔法」
リキオーは「こんな願い叶っちゃったらチートじゃん? ご都合主義過ぎるだろ」と思いながらも、本に手を置いて希望を告げてみた。
弱体系は、アネッテがスキルレベル2になった時点でどうしようか悩んでいた魔法だ。新たな魔法を欲する者たちが集う王都の魔法スクロールを扱う店でも、精霊術士の弱体魔法はレベル1で使用できるものしか扱っていない。そもそもエルフ用のスクロールを売る店は少なく、これからも入手のチャンスがあると思えなかった。
ちなみに弱体系には強力な魔法が揃っている。
レベル2で解禁される弱体二系には、行動遅延の【スローサイズ】、睡眠を誘う霧を発生させる【スリープミスト】。
レベル3で使えるようになる弱体三系には、敵の呪文詠唱を阻害する【サイレントノイズ】、移動阻害の【インブロイダー】、そして強制的にHPを1にして仮死状態にさせる【フォールダウン】。どれも使いどころを選ぶが、強い呪文ばかりだ。
たぶん隠れじの森の長老衆でも、これらすべての弱体魔法を唱えられるエルフは限られるだろう。
最後に、契約魔法について。
契約魔法は、本来なら専用のクエストを完了して精霊と契約することで得られる。
しかし、ゲームのときの知識が生かせないほど地形に差異があるので、リキオーもどこに精霊がいるかまったくわからない。
ワラドが住んでいるホキバルには精霊ノームの神殿があるものの、ノームはエルフが信仰していない精霊である。そのため、契約が成立できると思えず、契約魔法の入手は諦めていた。
ちなみに契約可能な精霊と、その代表的な契約魔法に関しては、次のようなものがある。
風の精霊と契約し荒れ狂う嵐を呼ぶ【ウィンドストーム】、水の精霊契約により津波を引き起こす【ウォーターブロウ】、地面を液状化させ吹き飛ばす土の精霊契約による【アースダスト】。どれもそれ一つで一気に戦局を左右しかねないほど強力な全体魔法だ。
言ってしまえば、これらはリキオーたちにとってほぼ取得不可能な魔法なのだ。それが可能なのは上位竜種が管理するこの叡智の図書館くらいしかあり得ないのだが……。
【求めは叶えられた。書を開け】
リキオーの望んだ魔法の結果は、あっさりと出されたようである。
「マジかよ……」
「えっ、マスター。どうしたんですか」
アネッテは、リキオーと手をつないでいるのを楽しそうにしていた。内心で汗を流して引いているリキオーの葛藤とは無縁そうに微笑んでいる。
「アネッテ。この本に書いてあるスペルを全部習得できるか、確かめてみて」
「はい?」
リキオーに差し出された本を受け取ると、アネッテはページをめくった。
彼女が開いたページには、たしかにリキオーが願った魔法のスペルがあった。精霊魔法の弱体二系と弱体三系、そして契約魔法と並んでいる。
アネッテは弱体系の魔法については知識として知っていたし、また書かれているスペルにはすでに持っている弱体一系と似たようなものがあるため、その使用方法や効果についてもなんとなく理解できた。
が、契約魔法のスペルを見つけると、自分の見ているものが信じられず、思わず「ええっ!」と叫んでしまった。
「マスター、私、夢見ているんでしょうか」
「いや、本物だからそれ」
アネッテはリキオーの冷静なツッコミにガーンと衝撃を受けて目眩を感じた。そして契約魔法を精霊契約なしに覚えられるということに幸福を感じ、リキオーに付いてきたことに感謝する。
隠れじの森では、長老以外で契約魔法を一つでも持っているのは稀な存在であった。しかし、今彼女が見ている本には、三つも載っているのだ。
はやる気持ちを抑えつつ、アネッテは静かにスペルを読み進めた。本の文字から浮き上がった金色のイメージが、自分の中に確かな刻印を残していくのを感じる。
契約魔法のスペルも、弱体の魔法と同様に読み進めたが、そうしながら感じられたのは、精霊のかすかな力ではなく、絶対者の威厳のようなものであった。
読み終えたアネッテが、ゆっくりと口を開く。
「マスター、全部覚えましたよ」
「どうだった?」
「すごかったです」
アネッテは、頬に手を当ててポウッと頬を赤らめている。そんな彼女を見据えながら、リキオーは目的を達したことを実感していた。
とはいえ、いつまでもここにいるわけにはいかない。戻ろう。そしてやるべきことをやるのだ。気合いを入れ直し、リキオーがメンバーたちに声をかける。
「よし、それじゃあ戻るか」
「はいっ」
「うむ」
「わぅん」
「にゃあぁ」
それぞれ絶対者の存在を感じ取ったことで何かを心に得たようだ。それだけでリキオーとしては満足だった。とくにアネッテの魔法が充実したのは僥倖である。
そういえば、さっき耳慣れない声が聞こえたが……。
「猫さん、君も付いてくるのかい?」
「みゃおぅ」
「そ、そう。ま、いっか」
鳴き声が「よろしく」と言ったような気がした。
リキオーはパーティメンバーに頷き、入ってきたドアを開けて、叡智の図書館をあとにした。
日差しの角度から見て、さほど時間が過ぎていないようにも思える。しかし、実際にどれほどの時間が経ったのかは、人に聞かない限りはわからないだろう。
「ああ、もう面倒だな。小屋まで飛ぶぞ」
リキオーは少し興奮していた。
気がかりだったアネッテの弱体魔法のスクロール問題が解決したばかりか、もしやと思っていた契約魔法まで手に入れることができたためである。気がはやっていたので、魔物に絡まれるのを面倒くさく感じていた。そこで、生活魔法の無属性空間魔法であるワープを発動させる。
すると、リキオーたちの前に、銀色の輝きを放つ鏡のようなものがシュワシュワ~と音を立てて現れた。卵型で人の背ほどの大きさがある。
それを見て目を丸くしたアネッテが声を上げる。
「マ、マスター、それ何ですか。これ、マスターがやってるんですか」
「ああ、空間魔法だ。一度行った場所なら飛んでいける。今はアルノーリトさんがいる鉱山労働者の小屋につながっているぞ」
ハヤテの頭の上に乗っかっていた黒猫は「みゃう」と一声鳴くと、他のメンバーの戸惑いをよそに真っ先に空間魔法の鏡面へと飛びこんだ。鏡は水面のように波打ち、元に戻っていく。
その光景を見たリキオーが呟く。
「猫さん、お先にって言ってたよな……」
「マスター、いつから【精霊語翻訳】ができるように」
「いや、何となくだから」
「でもたしかに、そう言ってましたよ」
「とりあえず、さっさと行け!」
「きゃあッ、酷い――」
リキオーは及び腰だったアネッテを強引に突き飛ばし、空間魔法の鏡面に押しこんだ。発言の後半は聞こえなかった。
「ほうら、ハヤテ、お前も行け」
「わうン」
ハヤテは押しこまなくても素直に入っていった。
かと思うと、しばらくして頭だけ戻ってきた。するとアネッテも一緒に戻ってきて、ともに上半身だけのシュールな格好になっている。
リキオーの隣で彼の腕にしがみついているマリアは、恐ろしい光景を目にし、言葉を失っている。
一回入るともう慣れたのか、はたまたハヤテの無邪気さに釣られたのか、アネッテは何度も顔を覗かせたり消したりしている。半身のアネッテが戸惑いながら言う。
「あれっ、これどうなっているんですか。ハヤテさんが向こうの窓から出てきて、あれ……」
アネッテは、自分の胸から下がその場にないことにやっと気づき、サアッと表情を青くした。
そんな光景を見て、リキオーも不気味さを感じていたのだが、ハヤテもアネッテもいつまでも半身のままでいるのでさすがに苛立ってきた。
「お前たち、遊んでないで向こうで待ってろ。でないと俺が移動できないんだよ」
「きゃあ~酷いで――」
リキオーは、面倒くさそうにハヤテの鼻先を押し戻して、アネッテもろとも突き飛ばした。その勢いで、マリアにも入るように促す。
「マリアも早く行け」
「ご主人と一緒がいい」
二人きりになると少女スイッチが入ったのか、マリアが甘えかかってきた。邪険にもできないので、リキオーは手をつないでやった。
「しょうがないな。ほら手をつないでやるから行くぞ」
「うんっ」
マリアが嬉しそうに微笑んで腕にしがみついてくる。
リキオーはそんなマリアを連れて鏡面に飛びこんだ。二人が入ると鏡面は次第に小さくなって消え去った。
二人が現れた先は、昼近くに出発した鉱山労働者の小屋に続く山道だった。そこには、アネッテとハヤテ、黒猫が待っていた。
黒猫は「みゃああ」と鳴くと、再びハヤテの頭の上に飛び乗る。自分の居場所としてそこがしっくり来るらしい。ハヤテも嫌がっていないようだ。
リキオーが来たことに気づいたアネッテが声を上げる。
「もう、酷いですぅ、マスターの馬鹿ぁ」
「いや、だって、半分だけ体を出されたら怖くないか? 俺だってそういうのは苦手なんだよ。中途半端なのが一番やばいだろ。次からはさっさと入れよ?」
リキオーはさっきのアネッテたちを見て、SFコミックで読んだ空間断裂による攻撃を想像したのである。自分で作り出した魔法だが、肝が冷えるような眺めだった。
「ぶぅぅ」
アネッテは自分の扱いが酷いことに憤慨しているらしく、可愛く頬を膨らませている。
普段の彼女が見せない幼さを感じさせるその様子に、マリアはおかしそうにクスクスと笑い声を立てた。
そんなふうに会話しながら、山道を戻って小屋の近くまで来る。
小屋のドアをノックすると、「あれ?」という声とともにアルノーリトが顔を見せた。
「何か忘れ物ですか? 火口に行ってきたにしては、お帰りが早いようですが」
そう言ってアルノーリトは不思議そうな顔を見せる。リキオーが淡々と告げる。
「いや、私たちは本当に火口まで行ってきましたよ」
「でも、リキオーさんたちが出たのはついさっきですぞ。不思議なこともあるもんですな」
「で、火竜公に会ってきました。証拠がこれです」
アルノーリトは頻りに首を傾げていたが、難しいことはわからんと開き直ったのか、リキオーが持ち帰ってきた朱い石に見入った。
「どうやら信じないといかんようです。あなた方が火竜公に本当に会われたということを。その朱い石はドラゴンズアイと呼ばれるもので、天然の鉱石ではありません。生きたドラゴンが自ら与えねば得られぬもので、死んだドラゴンや倒したドラゴンからは取ることができないアイテムです。しかし、隠していたほうがよろしいですな。奪われても厄介ですから。私もいま見たことを忘れます」
そう言って、アルノーリトはリキオーに朱い石を返した。彼に似合わぬ真面目な表情を見せるので、リキオーは笑うところなのか判断に困った。
「ああ、もうなんか疲れたな。今日はここに泊まるぞ」
「はぁい」
リキオーがぼやくように提案すると、アネッテも賛成してくれた。しかし、泊まるのは事前に決めていた段取りであった。
6 露天風呂
火山に行ってきたのに、日帰りで帰ってくるというのも不自然だろう。急な宿泊になってしまったが違和感はないはずだ。
そんなふうに策略を巡らせていると、アルノーリトがリキオーに告げた。
「むう、しかし困りましたな。急な宿泊ということで食材の用意がありませんぞ」
「宿を提供してくださるだけでありがたいです。食材の調達や調理は自分たちでできます。幸い、オーク討伐行の際に用意していた物資が残っておりますので」
「そうですか。でしたら助かります」
その後、アルノーリトに宿泊部屋を案内されたが、さすがにホテルの客室とは比べ物にならないほど狭くベッドも一つしかなかった。
夕食時には全員で集まってテーブルを囲む。こういうイベントのときの食事は刺激的だ。樽に乗っかっているのは、今夜の宿を提供してくれたアルノーリトである。
調理を担当したアネッテは、リキオーの出す生活魔法で作る水の虜になっていた。リキオーが生活魔法で作る水が軟水なのに対し、この世界で一般的に使われている水はやや硬めだ。そのため、料理に使ってもあまり美味しくない。それがリキオーの作った水で調理すると、味がまろやかになり断然美味しくなるのだ。
アルノーリトはアネッテの作ったパスタに舌鼓を打っていた。たしかに美味い。なお、今回はちゃんとしたキッチン設備があるところで作ったが、リキオーは土の生活魔法でカマドも作れるので、屋外で料理をしても味は変わらない。
「急ごしらえとはいえ、こんなに十分な、それでいて美味い食事をとってらっしゃるとは、さすがに一流の冒険者は違いますな。いや、アネッテどのの料理の腕は素晴らしい。こんな美しいのに、料理の腕まである。素敵なパートナーをお連れで本当に羨ましい」
アネッテは料理の腕を褒められて、満更でもない様子である。
リキオーも食事のときはいつも褒めている。自分にはない技能を持つ者には賞賛は惜しみなく贈るのがモットーである。リキオーとて料理ができないわけではないが、アネッテほどの繊細さは望めない。
「まあ休憩のときはしっかり疲れを取りませんと、討伐の成功も覚束ないですからね」
リキオーもアネッテが褒められて嬉しいので、笑顔で返答した。
ちなみにハヤテは黒猫のために、自分のインベントリから豚肉を取り出して分けてやっていた。そうして二匹並んで食事をとっている。仲の良いことである。
リキオーは元は猫派だったのだが、それは彼の家が兎小屋のように狭かったので、犬を飼うようなゆとりがなかったせいである。
ハヤテをテイムしたことで犬派ともいえるようになったが、ハヤテを育てていて感じるのは、犬を飼っているというより駄々っ子を扱っているようなイメージである。旅をしていれば、ハヤテが自分で狩りをしてくれるので餌代がかからないのは素晴らしいのだが。
火竜公の叡智の図書館から付いてきた黒猫は、すっかりパーティに馴染んでいた。とはいえ、アネッテもマリアも小動物に萌えを感じるタイプではないらしい。それにペットなら、もうでっかいペットがいるから間に合っているし。
食後、小屋の裏にあるという露天風呂に入るために外に出ようとして、マリアに引き留められた。食事のあとは普段ならマリアを相手にリバーシなどを楽しむのが日課になっていたが、ここでは露天風呂という素晴らしい物がある。
「ご主人、どこへ行くんだ? もう夜更けだぞ」
「風呂」
「風呂? 外なのにか」
「ああ。ここの風呂はな、外にあって開放的でいいんだよ。マリアも来るか?」
「行くっ」
マリアはイベント事があれば何でもいいらしい。
まだリキオーが手をつけていないのに、彼にこうして甘えかかってくるのが可愛い。タマラン肉体をしているにもかかわらず、少女のように愛くるしいところがあるのが、ギャップ萌えなのかもしれない。
「来てもいいけど一緒に入ることになるぞ? 外だからな」
「平気」
リキオーの腕に絡みついているマリアを、チラッと眺めていたアネッテにも一声をかける。
「アネッテも来るか?」
「タオルを巻いててもいいんですよね」
アネッテは一瞬、考える素振りを見せたものの、マリアとリキオーを二人きりにするのはよくないと状況を読んだのかもしれない。
「ああ、問題ない」
リキオーの希望はすっぽんぽんである。そうでないと露天風呂は百パーセント楽しめないと思っているが、本人が希望しないものを無理やり押しつける趣味はない。
ハヤテは黒猫と月見デートらしい。食後に二匹連れ立って小屋の周りを散歩しているのを見かけた。種族が違うので、カップルとして成立するのかという疑問はある。しかし、ハヤテはやんちゃ盛りで恋愛とかそういう生々しい話はまだ先だ。そもそも成体にもなっていないらしいし。
露天風呂を目にし、リキオーが声を上げる。
「おお、割と本格的だな」
露天風呂はその周りだけ異様に綺麗に整備されていて、脱衣場も母屋とは別に建てられていた。ここを使うのが鉱山関係者だけということで、女性が使うことを想定していないため、仕切りのようなものはない。小屋の壁を延長した垣根が、表から小屋に入ってくる客の目線から風呂場を巧妙に隠していた。
「女性用と男性用で分かれていないんですよね」
「ああ。見ないから脱ぎ終わったら教えてくれ」
「はい」
リキオーは後ろを向くと、服を脱いですっぽんぽんになってタオルを肩にかけて、二人の女性たちが脱ぎ終わるのを待っていた。
が、あまりに長かったので声をかける。
「おい、もういいか。早く風呂に入りたい」
「し、仕方がないですね」
「ご主人と同じじゃないか。アネッテが気にしすぎだと思う」
何やら二人で意見が食い違うような問題があったらしい。面倒になったので、もう待っているのはやめることにする。
「振り向くぞ」
「あ、マスター、ちょっとまだ……」
アネッテの静止する声が聞こえたが、構わず振り向いてしまう。何をそんなに騒ぐことがあるのかと思っていたが、一目見てリキオーは噴いてしまった。
マリアがすっぽんぽんで何も隠していないので、胸元で揺れる凶悪なソレがばいんばいんと弾んでいたのである。
「ちょっ、マリア、お前、恥ずかしくないのか」
「だって、ご主人だって隠してないじゃないか。私はいいんだ。ご主人と同じだから」
そこで少女モードを発動しても何か違うとは思ったが、それ以上にグッドな光景にリキオーはマリアに心から賞賛を贈った。
マリアはすっぽんぽんで、まったく隠そうとしないばかりか、どうだとばかりに胸を張って立っている。
一応、アネッテの意見も聞いてみる。
「……いいのか。アネッテ?」
「だって本人がいいって言うんだもの。でも、私はしませんよ」
そう言いながらアネッテは顔を赤らめていた。
リキオーは本人が納得してるならいいかと思い、二人の肩を抱いて露天風呂へと歩いて行った。
露天風呂の浅めの縁に近いところに、アルノーリトがすっぽんぽんで半身浴をしていた。そして甘い香りのする酒を傾けている。
「やあ、リキオーどのもいらっしゃ――」
リキオーたちが近づいてくるのに気づいて、アルノーリトが顔を上げた瞬間、マリアの凶悪なソレを目にして、鼻から血を噴いてぶっ倒れてしまった。
「意外にウブなんだな、アルノーリトさん」
「あれじゃ、溺れちゃいますよ」
「仕方ないなあ。二人とも先に入ってて」
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