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1巻
1-3
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リキオーはイリヤたちにニッコリと頷いてみせた。
朝食を終えると、トールは斧を担いで製材所に出掛け、イリヤも村の奥にある畑へと向かってしまった。
残されたリキオーはすることもないので、文字通りブラブラと村の中を歩きまわった。
小さい村であるため、村人たちは家にカギをかけてないし、窓にもガラスなんて入っていない。あるのは木戸ぐらいだ。
虫はいるのだろうかと思ったが、この世界にはそもそも虫がいないことがわかった。
ファンタジー万歳である。それだけでリキオーはこの世界が一気に好きになった。ゴキブリに辟易としていた彼にとっては天国そのものだ。
虫がいない代わりに、植物の力はかなり強いらしい。
昨夜、イリヤとトールの家でトイレを借りたところ、驚いたことに臭いが全くしなかった。そのことを尋ねると、「森人様のお陰よ」と返され、全く理解不能だった。どうやら植物に関係するらしいのだが、このあたりはそのうち調べたほうがいいのかもしれない。
やることもないので、とりあえずレベル上げをすることにした。門衛のマイヤーに声をかけて、森に分け入ると、そこでワードッグを中心に狩りを行った。
ワードッグは、現在のリキオーとレベル差があるので、倒せば取得経験値にボーナスがつく。リキオーは、初心者レベルなのに装備品は高レベル者と同じものをつけている。それらを使いこなしているため、ワードッグ相手にもかなり楽だ。
初心に戻って刀の振り方を思いだすように居合の型、抜刀術の基本に沿って正宗を振りながら、魔物を倒していく。思いの外体に馴染んでいたのか、過去に使った技をなぞるように体が動いてくれた。
しばらくワードッグを倒していたが、少々物足りなくなってきたのでワーウルフにも手を出してみた。
それでも全く問題がなく、全て一刀のもとに斬り伏せていく。
そうしている内に経験値は蓄積されていき、リキオーはほとんど疲労を感じることもなくレベル上げを終えた。
『アルゲートオンライン』では、レベル20でそのジョブの成熟期に入り、レベル30になると完成と言われている。成長期であるレベル20までは、次のレベルまでの必要経験値の増加は1レベル毎に200程度と低いため、レベルが上がりやすい。
今回の狩りでレベル10まで簡単に上げることができた。
ステータスを確認すると、スキルポイントと、レベル10ごとに自動取得する侍専用のウェポンスキル【刀技必殺之壱・疾風(c)】を獲得していた。
さっそくスキルポイントを消費して【明鏡止水(c)】を手に入れる。
【明鏡止水】は精神が研ぎ澄まされる効果と、混乱無効の追加効果がある。戦闘時にあって余裕がないときでも積極的に使うべき、侍の基本スキルだ。
『アルゲートオンライン』をプレイしていたときも、鳥型のモンスターの一部や虎型のモンスターには、混乱のスキル持ちがいたから、このスキルに何度となく助けられた。混乱状態に陥ると武器が使えないばかりか、パーティにおいては味方を攻撃しはじめたりと、非常に危険なのである。
刀技は、侍のジョブ固有のウェポンスキル、いわゆる必殺技だ。必殺と言っても大きなダメージが出るだけで、一撃で相手を倒せはしない。
MPを消費して発動し、大技であるため必然的に隙ができる。そのため、もう少しレベルが上がってから入手するスキルである、分身を作り攻撃を回避する【心眼】を覚えてからでないと実用的ではない。
【刀技必殺之壱・疾風】は、侍が初めて覚える刀技である。基本、対空攻撃だが対地でも使える。
鞘走りから、刀を振り抜く。これがこの技の発動時の基本の形となり、左腰から発し、右上方へと刀を振り上げ、衝撃波を飛ばすのだ。
属性は風でMP消費も小さい。リーチもあるため、大技のあとの硬直時間を考慮しても、使う機会は多い。ただ、侍の全ての刀技は抜刀術のため一度鞘に納める必要がある。抜身のまま武器を発動できないのは侍だけだ。
ちなみに侍の刀技は全て二段構えとなる。まず刀によって直接ダメージを与え、ついで特殊効果で追加ダメージを与える。しかも刀技には全て、敵の防御力を落とす効果がある。
リキオーはレベル上げの成果に満足すると、村に戻った。
村は三十世帯程度で、村人の全員が顔見知りである。家屋は村長の家が少し大きい程度で他は同じくらい、木こりたちが通う製材所が一番大きな建物だ。
そんな辺境の村に娯楽なんてあるわけがない。それでも、村の子供たちはみな笑顔で楽しそうに走り回っていた。村の南側には周りを塀で囲われた畑が広がっている。リキオーがそこを通りがかると、彼に気づいたイリヤが手を振ってくれた。リキオーはそれに手を振り返して、いつのまにか彼の後をついて来る子供たちに苦笑しながら歩いていった。
「リキオーさん、子供たちに人気ですね」
夕食時に、イリヤにそんなふうにからかわれた。
パンと芋類の相変わらず質素な食事だが、イリヤのように可愛い女の子が作っているというだけで美味しく感じる。
「ああ、俺が珍しいんだろ。村に遊ぶところなんてないしな」
「リキオーさんの住んでいたところ……ジャポンでしたっけ? そこはどんなところなんですか?」
イリヤに尋ねられて、現代日本の故郷のことを思いだす。日本の薄汚れた空と、この世界の澄んだ青空では雲泥の差がある。
「島国でさ、周りが海に囲われた小さい国さ」
イリヤは見たことのない国の話に、目をキラキラと輝かせて聞き入っていた。リキオーがやや卑屈気味に言った語感には気づかずに。
イリヤが問いかける。
「ウミ? ウミってなんですか」
「海はでっかい水たまりかなあ。そんで塩水なんだよ」
二人の会話にトールが夕食を口にしながら口を挟む。
「へえ、美人は多いか?」
イリヤがトールを怖い目でにらんだが、気にせずリキオーは答えた。
「どうかな。寒いところには多いみたいだぞ。俺の国は季節がいろいろあるんだ。春は花が綺麗だし、夏は暑いが美味いものも多いし、秋は木の葉が赤く色づいたり、冬は雪が降ったりするんだ」
「雪! 雪って冷たいんですよね。神域の奥にある山のてっぺんにはあるって、神父様が仰っていましたよ」
楽しそうに大きな声を上げるイリヤ。
きっと、狭い村だけに広い世界や他の世界のことを聞かされるとワクワクしてしまうのだろう。リキオーも美少女が楽しそうに微笑んでいるだけで楽しくなってくる。
「楽しそうなところなんですね。いつか行ってみたいです」
「ああ、もし行くことがあったら俺が案内してやるよ」
「きっとですよ」
まあ、そんなことがあるとは思えないが――。リキオーはそう思い苦笑しながらも、会話を楽しんでいた。
翌日、イリヤの作ってくれた朝食を平らげて、リキオーが部屋でぼんやりしていると、通りから賑やかな声が聞こえてきた。
外へ出てみたら、ちょうど畑から戻ってきたイリヤと出会う。
「あ、リキオーさん、隊商が来たみたいですよ。私も集めていた薬草を持っていきますから、一緒に行きましょう」
現金化するために薬草を持っていくらしいイリヤと一緒に、村の広場に向かった。
そこには、三台の馬車が並んで停まっていた。大きな荷台には、細々としたものが載った上からネットがかけられ、荷台の真ん中では、護衛だろうか、背中に長剣を背負った若い男が寝転がっている。
先頭の馬車に目をやると、人集りがあった。
人集りの中心には腰をかがめた好々爺といった感じの身なりのよい老人がいて、村長と話していた。その老人にイリヤが話しかける。
「エイドラさん、こちらはリキオーさんです。とても強い剣士様です。よかったら一緒に連れてってもらえませんか」
イリヤの顔を認めたエイドラは、孫を見るような微笑みを浮かべた。
「おお、イリヤか。剣士とな、ほほ、たしかに強そうな面構えをしているの」
エイドラが、リキオーの顔をジロジロと見つめる。
「ええ、森でワードッグに襲われた私を一瞬で助けてくれたんですよ」
「ほう。それは素晴らしいの」
好々爺と思われた老人の細い目が一瞬見開かれた。
そして、リキオーを見据え、ウンウンと頷く。
「いいじゃろ。見ての通りウチは三両の隊商だ。先頭はウチの使い手が乗ってるから、真ん中の馬車を頼むぞ」
「わかりました。リキオーです。よろしくお願いします」
臨時の契約の代わりに、隊商のリーダーを務めるこの老人と握手する。
老齢にもかかわらず現役を張っているからだろうか。握る手が痛いぐらい力強い。
「リキオーさん、よかったですね」
「ありがとうイリヤ。君のお陰でいろいろ助かったよ」
イリヤはパアッと笑顔になって我がことのように喜んでいる。
リキオーは照れ笑いを浮かべて、イリヤとの別れを惜しんだ。
「近くに来たらまたウチに寄ってくださいね。いつでも歓迎しますから」
隊商が発車する頃には、トールもやってきてイリヤと手を振って見送ってくれた。
3 護衛クエスト
リキオーは、エイドラの指示通り、二番目の荷馬車へ向かった。そして御者台で手綱を握る初老の男に軽く会釈をして馬車に乗り込んだ。
男がリキオーに声をかける。
「わしは御者のメイゼルじゃ。よろしく剣士さん」
「リキオーです。よろしくお願いします」
リキオーが深々と頭を下げると、メイゼルは驚いた顔をする。
「ほう、めずらしいね」
「なんです?」
「冒険者って奴らは、たいてい私のような御者になんかにゃあ頭は下げないもんさ」
リキオーはクスッと笑い、淡々と答える。
「世話になる相手に頭を下げるのは当然ですよ」
「ありがとうよ。あんたがいてくれると、話し相手に事欠かなそうだ」
「俺、実は流されてきたんでこの辺がどこかわからないんですよ。よかったら、道中お話ししながら教えてもらえませんか」
リキオーがざっくばらんに自らの来し方を伝えると、メイゼルが興味深そうに身を乗りだしてくる。
「そりゃ難儀だったねえ。まあ知ってることなら教えてやるよ。こっちも剣士さんに護ってもらうんだし。退屈しのぎにはなるからね」
そう言いながら、メイゼルは馬車を走らせはじめた。
そして、エイドラの隊商のこと、これから向かう目的地のことなどを、リキオーに話した。
彼の話によれば、エイドラの隊商は、都市と都市の間にある村を通り、薬草や生活器具を販売したりしているようだ。目的地はユシュトという名前のかなり大きな村で、そこには支部があるらしい。ちなみに、ギルドの本部は北のリンドバル皇国にあり、その国は絶対王政が敷かれているということだった。
「ふむふむ。王様とかいるんですね。俺でも会ってもらえますかね」
「会ってどうするんじゃ」
「いや、なんとなく」
荷馬車が進む道は所々にぬかるみが残り、また深い水たまりの跡や轍の跡も見受けられ、整備されていないようであった。
メイゼルは器用に馬車を引く馬に指示を与えては、車輪の嵌まりそうな場所を避けていた。それを世間話をしながらするのだから大した腕だ。
メイゼルが会話を続ける。
「面白い男じゃな。まあ有名な冒険者ともなれば王様のほうから声をかけてくるじゃろ」
「どのくらい有名になればいいんでしょうか」
「まあ最低で冒険者ランクA級じゃろうな」
そんな会話をしている最中、先頭の馬車が砂埃を立てて急停止した。
何事かと思い、リキオーは前方を見ようと首を伸ばす。
砂塵が舞い、状況はよくわからないが、何やら悪い予感が伝わってくる。
「野盗だ!」
先頭の荷馬車から護衛が叫ぶ声が聞こえた。
その声を合図にしたように野盗たちが姿を現す。
護衛の弓使いリムラが野盗に狙いをつけ、同じく護衛の剣士フラムが長剣を構えて野盗たちに突っ込んでいく。その後ろでは、賢者ヘイズが闇魔法でフラムを援護している。
「統制が取れていますね。それぞれが役割を心得ていて動きに無駄がない」
リキオーはこの世界に来て初めて見るパーティでの対人戦闘に興味津々である。
そんなリキオーの様子を見てメイゼルは急かす。
「何を呑気なことを言っとるんじゃ、お主も剣士じゃろ。仕事せんか」
「いや、俺はパーティ戦闘は初めてなんで、勉強させてもらってるんですよ」
と、茶化すリキオー。
しかし何かを察知したのか、「出番みたいですね」と、呟くやいなや、御者台から飛び降り、なぜかフラムたちとは逆の方向に走っていった。
「なんじゃ逃げてしもうたわ。ダメ剣士様じゃのう」
メイゼルが呆れたように呟く。
逃げたと思われたリキオーだが、実はスキル【鷹の目】を使い、前方で戦う野盗たちとは別の集団が、後方の馬車に近づいて来ているのを見つけて行動を開始したのだ。
「ひゃっ、ひゃあッ、お、お助け……」
最後尾の馬車では、御者が悲鳴を上げている。
リキオーは、御者に向かって声をかけた。
「今、行きます。隠れていてください」
その言葉と同時に正宗を鞘から抜く。そして御者に掴みかかろうとしていた野盗を通りしなに切り上げた。
「ぐふっ」
脇腹から胸にかけてを切り裂かれる野盗。
リキオーは倒した相手を一瞥すると、さらに後ろから近づいてくる野盗三人の前に立った。
(人を殺したのに何も感じない。スキルのせいか? いや、今は生き残ることを優先しなきゃ)
対人戦闘はこの世界に来てから初めてだが、『アルゲートオンライン』でもプレイヤー同士での戦闘を経験していたおかげか躊躇いはなかった。
リキオーが最後尾の馬車の後ろに回りこむと、野盗たちが二手に分かれて近づいて来た。彼らは、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべている。
「兄さん、後ろの馬車が狙われたのによく気づいたな。だが、気づいたところで多勢に無勢だ。逃げてもいいんだぜ」
野盗たちの装備は、短いベストを羽織った程度の軽装だ。下にいたっては褌と、ブーツぐらいで装備はないに等しい。腹を露出しているあたり、防御は考えていないのであろう。
個々の防御は弱そうだが、人数は脅威だ。
リキオーは、まず武者震いを抑えるために、スキル【明鏡止水】を発動することにした。
眉間に意識を集中させてスキル発動を念じる。
(スキル発動【明鏡止水】!)
自分だけに聞こえるスキル発動時の効果音。鈴が鳴るような音に精神が研ぎ澄まされていく。
こうして集中力を高めると、懐に入れていた手をだらりと垂らし、アンダースローのモーションに身を任せ、隊商の荷物から拝借しておいた金属製の串を投げつけた。
彼の手から離れた二本の串はヒュッと笛のような音を立て、それぞれ二人の男の腹部に吸い込まれるように突き刺さる。
グワッと低い叫び声を上げる二人の野盗。
あっという間に二人の手下を屠られた様子を見て、残る野盗のボスらしき男は上ずった声を上げた。
「なッ、てめぇ! な、何をしたぁッ」
リキオーは涼しげに言葉を返す。
「そんな無防備な格好で、ボヤッと立ってるのが悪いんだよ」
そう言うと、リキオーは眉間に皺を寄せ【鑑定】のスキルを発動させた。
野盗のステータスが表示される。
名前 : ヒスライ(32)
クラス: 野盗
レベル: 15
LP 41 MP 0
力 :28 耐久:27
器用:17 敏捷:19
知力: 0 精神: 0
運 :19
今レベル10であるリキオーとステータスに大差はない。ややこちらに分がありそうといったところか。また、何もスキルを持っていないのも有利だと言える。
野盗は距離を取ると危ないと踏んだのか、腰だめに短刀を構え突進してくる。
それを攻撃ラインを読むようにして避けるリキオー。
しかし、戦闘経験に勝る野盗の連続攻撃に翻弄される。
「ぐっ」
リキオーはかわすだけで精一杯だ。
「こっちが押してるぜ? そろそろ終わりかな、兄さん」
「……それはどうかな」
これ以上、野盗と刀を合わせていては、経験が少ない自分の分が悪いと踏んで、リキオーは決意を固めた。刀技は振りが大きく、また使用後の硬直時間もあるため、集団の対人戦闘では使いにくいが、一対一なら問題にはならないはずだ。一撃で仕留めてしまえばいいのだから。
(この一撃で倒す!)
そう心に決めると、リキオーは、納刀し、俯き加減に構えた。
(スキル発動、【刀技必殺之壱・疾風】!)
「ハッ、馬鹿が! 諦めたか」
野盗は、リキオーが刀を鞘に戻したのを見て、諦めたと勘違いをした。
そして、とどめを刺そうと斬りかかる。
野盗がリキオーに短刀をつきつけようとした瞬間、リキオーの鞘から光があふれ、彼の姿を包み込んだ。
「な、何をっ!」
野盗には、鞘からあふれた光がブレて見えている。
直後、突如としてズバッと大きな衝撃が体を突き抜ける。
自分の腕が音を立ててスローモーションでちぎれ飛んでいくのを目にする野盗。
何が起こったのか理解できず「えっ」とマヌケな顔を浮かべつつ、鮮血が噴き出すのを遠くの出来事のように感じながら意識を失って倒れていった。
リキオーは刀技発動後の硬直時間のため、しばらく動けずにいたが、やがて解放されると、ヒュッヒュッと左右に刀を振り鞘に納めた。
そして、初の対人戦を制した高揚感に、しばし立ち尽くしていた。
「大丈夫か!」
前方の野盗を片づけた護衛パーティたちが駆け寄ってきた。
どうやらリキオーの戦いっぷりを見ていたようだ。
「ひゅうッ、あんたやるねえ」
弓使いのリムラが軽薄に笑いかけ、リキオーの肩をパンパンと叩く。そして馴れ馴れしく彼の肩を抱きよせ、こっそり耳打ちする。
「一人で四人を相手にするとは思わなかったよ。最後のアレ、何?」
「な、内緒ですよ」
ぶっきらぼうに答えたが、リキオーは内心それどころではなかった。未だ戦いの興奮を抑えられないでいたのだ。
「フフッ、そんなこと言われると気になっちゃうなあ」
さらに絡んでくる弓使いに、長剣使いのフラムがたった一言。
「おい」
「あーあ。わかってるよ、冒険者の掟とか何とかってことでしょ。でも、彼まだギルドに登録してなさそうだから、冒険者の掟は関係ないんじゃ……。わ、わかったよ、ふう」
そう言うと、弓使いはリキオーに絡むのをやめ、手をヒラヒラと振りながら離れていった。
次いで、賢者のヘイズがリキオーに声をかける。
「君、よくやったな。治療してあげよう。肩の力を抜いてリラックスして」
彼の両手に柔らかい光が灯る。燐光がリキオーの体に移ると、傷が癒やされていく。
「ありがとう」
「どういたしまして。これが俺の仕事だからな」
賢者は何でもないというふうに首を振り、パーティに戻っていった。
ようやくリキオーも落ち着きを取り戻してきた。
そこで、冒険者の役目であり権利である、倒した相手の検分をはじめることにした。
野盗たちの懐を漁り、武器やアクセサリーを回収するのである。
リキオーが検分しようとすると、リキオーの飛ばした野盗の腕の切り口を見たフラムが話しかけてきた。
「一刀のもとに始末している。切り口は見事だ」
「ふえぇ。フラムが褒めるの、珍しいね」
弓使いがフラムの後ろで頷いている。
彼らが立ち去ってから、リキオーは野盗の懐を漁った。しかし、大した成果は上がらなかった。いくつかのアクセサリーと防具の一部が回収できただけだ。野盗たちはほとんど裸同然だったのだ。
しばらくして、エイドラが近寄ってきた。
そして、リキオーのすぐ目の前に立ち、笑顔を見せる。
「リキオーとやら、どこからどこまで見えとった」
「えーと……何のことだか」
リキオーはすっとぼける。
エイドラはなおも破顔したまま、リキオーの肩をポンポンと叩く。そして御者に声をかけて隊商を再編成しはじめた。
御者台に戻ってきたリキオーを、目をパチパチさせてメイゼルが迎える。
「何じゃ、お主逃げたんじゃないのか」
「一応、仕事は果たしましたよ」
事情はわからないが、彼の堂々とした態度に、肝が据わっとると感心するメイゼルであった。
朝食を終えると、トールは斧を担いで製材所に出掛け、イリヤも村の奥にある畑へと向かってしまった。
残されたリキオーはすることもないので、文字通りブラブラと村の中を歩きまわった。
小さい村であるため、村人たちは家にカギをかけてないし、窓にもガラスなんて入っていない。あるのは木戸ぐらいだ。
虫はいるのだろうかと思ったが、この世界にはそもそも虫がいないことがわかった。
ファンタジー万歳である。それだけでリキオーはこの世界が一気に好きになった。ゴキブリに辟易としていた彼にとっては天国そのものだ。
虫がいない代わりに、植物の力はかなり強いらしい。
昨夜、イリヤとトールの家でトイレを借りたところ、驚いたことに臭いが全くしなかった。そのことを尋ねると、「森人様のお陰よ」と返され、全く理解不能だった。どうやら植物に関係するらしいのだが、このあたりはそのうち調べたほうがいいのかもしれない。
やることもないので、とりあえずレベル上げをすることにした。門衛のマイヤーに声をかけて、森に分け入ると、そこでワードッグを中心に狩りを行った。
ワードッグは、現在のリキオーとレベル差があるので、倒せば取得経験値にボーナスがつく。リキオーは、初心者レベルなのに装備品は高レベル者と同じものをつけている。それらを使いこなしているため、ワードッグ相手にもかなり楽だ。
初心に戻って刀の振り方を思いだすように居合の型、抜刀術の基本に沿って正宗を振りながら、魔物を倒していく。思いの外体に馴染んでいたのか、過去に使った技をなぞるように体が動いてくれた。
しばらくワードッグを倒していたが、少々物足りなくなってきたのでワーウルフにも手を出してみた。
それでも全く問題がなく、全て一刀のもとに斬り伏せていく。
そうしている内に経験値は蓄積されていき、リキオーはほとんど疲労を感じることもなくレベル上げを終えた。
『アルゲートオンライン』では、レベル20でそのジョブの成熟期に入り、レベル30になると完成と言われている。成長期であるレベル20までは、次のレベルまでの必要経験値の増加は1レベル毎に200程度と低いため、レベルが上がりやすい。
今回の狩りでレベル10まで簡単に上げることができた。
ステータスを確認すると、スキルポイントと、レベル10ごとに自動取得する侍専用のウェポンスキル【刀技必殺之壱・疾風(c)】を獲得していた。
さっそくスキルポイントを消費して【明鏡止水(c)】を手に入れる。
【明鏡止水】は精神が研ぎ澄まされる効果と、混乱無効の追加効果がある。戦闘時にあって余裕がないときでも積極的に使うべき、侍の基本スキルだ。
『アルゲートオンライン』をプレイしていたときも、鳥型のモンスターの一部や虎型のモンスターには、混乱のスキル持ちがいたから、このスキルに何度となく助けられた。混乱状態に陥ると武器が使えないばかりか、パーティにおいては味方を攻撃しはじめたりと、非常に危険なのである。
刀技は、侍のジョブ固有のウェポンスキル、いわゆる必殺技だ。必殺と言っても大きなダメージが出るだけで、一撃で相手を倒せはしない。
MPを消費して発動し、大技であるため必然的に隙ができる。そのため、もう少しレベルが上がってから入手するスキルである、分身を作り攻撃を回避する【心眼】を覚えてからでないと実用的ではない。
【刀技必殺之壱・疾風】は、侍が初めて覚える刀技である。基本、対空攻撃だが対地でも使える。
鞘走りから、刀を振り抜く。これがこの技の発動時の基本の形となり、左腰から発し、右上方へと刀を振り上げ、衝撃波を飛ばすのだ。
属性は風でMP消費も小さい。リーチもあるため、大技のあとの硬直時間を考慮しても、使う機会は多い。ただ、侍の全ての刀技は抜刀術のため一度鞘に納める必要がある。抜身のまま武器を発動できないのは侍だけだ。
ちなみに侍の刀技は全て二段構えとなる。まず刀によって直接ダメージを与え、ついで特殊効果で追加ダメージを与える。しかも刀技には全て、敵の防御力を落とす効果がある。
リキオーはレベル上げの成果に満足すると、村に戻った。
村は三十世帯程度で、村人の全員が顔見知りである。家屋は村長の家が少し大きい程度で他は同じくらい、木こりたちが通う製材所が一番大きな建物だ。
そんな辺境の村に娯楽なんてあるわけがない。それでも、村の子供たちはみな笑顔で楽しそうに走り回っていた。村の南側には周りを塀で囲われた畑が広がっている。リキオーがそこを通りがかると、彼に気づいたイリヤが手を振ってくれた。リキオーはそれに手を振り返して、いつのまにか彼の後をついて来る子供たちに苦笑しながら歩いていった。
「リキオーさん、子供たちに人気ですね」
夕食時に、イリヤにそんなふうにからかわれた。
パンと芋類の相変わらず質素な食事だが、イリヤのように可愛い女の子が作っているというだけで美味しく感じる。
「ああ、俺が珍しいんだろ。村に遊ぶところなんてないしな」
「リキオーさんの住んでいたところ……ジャポンでしたっけ? そこはどんなところなんですか?」
イリヤに尋ねられて、現代日本の故郷のことを思いだす。日本の薄汚れた空と、この世界の澄んだ青空では雲泥の差がある。
「島国でさ、周りが海に囲われた小さい国さ」
イリヤは見たことのない国の話に、目をキラキラと輝かせて聞き入っていた。リキオーがやや卑屈気味に言った語感には気づかずに。
イリヤが問いかける。
「ウミ? ウミってなんですか」
「海はでっかい水たまりかなあ。そんで塩水なんだよ」
二人の会話にトールが夕食を口にしながら口を挟む。
「へえ、美人は多いか?」
イリヤがトールを怖い目でにらんだが、気にせずリキオーは答えた。
「どうかな。寒いところには多いみたいだぞ。俺の国は季節がいろいろあるんだ。春は花が綺麗だし、夏は暑いが美味いものも多いし、秋は木の葉が赤く色づいたり、冬は雪が降ったりするんだ」
「雪! 雪って冷たいんですよね。神域の奥にある山のてっぺんにはあるって、神父様が仰っていましたよ」
楽しそうに大きな声を上げるイリヤ。
きっと、狭い村だけに広い世界や他の世界のことを聞かされるとワクワクしてしまうのだろう。リキオーも美少女が楽しそうに微笑んでいるだけで楽しくなってくる。
「楽しそうなところなんですね。いつか行ってみたいです」
「ああ、もし行くことがあったら俺が案内してやるよ」
「きっとですよ」
まあ、そんなことがあるとは思えないが――。リキオーはそう思い苦笑しながらも、会話を楽しんでいた。
翌日、イリヤの作ってくれた朝食を平らげて、リキオーが部屋でぼんやりしていると、通りから賑やかな声が聞こえてきた。
外へ出てみたら、ちょうど畑から戻ってきたイリヤと出会う。
「あ、リキオーさん、隊商が来たみたいですよ。私も集めていた薬草を持っていきますから、一緒に行きましょう」
現金化するために薬草を持っていくらしいイリヤと一緒に、村の広場に向かった。
そこには、三台の馬車が並んで停まっていた。大きな荷台には、細々としたものが載った上からネットがかけられ、荷台の真ん中では、護衛だろうか、背中に長剣を背負った若い男が寝転がっている。
先頭の馬車に目をやると、人集りがあった。
人集りの中心には腰をかがめた好々爺といった感じの身なりのよい老人がいて、村長と話していた。その老人にイリヤが話しかける。
「エイドラさん、こちらはリキオーさんです。とても強い剣士様です。よかったら一緒に連れてってもらえませんか」
イリヤの顔を認めたエイドラは、孫を見るような微笑みを浮かべた。
「おお、イリヤか。剣士とな、ほほ、たしかに強そうな面構えをしているの」
エイドラが、リキオーの顔をジロジロと見つめる。
「ええ、森でワードッグに襲われた私を一瞬で助けてくれたんですよ」
「ほう。それは素晴らしいの」
好々爺と思われた老人の細い目が一瞬見開かれた。
そして、リキオーを見据え、ウンウンと頷く。
「いいじゃろ。見ての通りウチは三両の隊商だ。先頭はウチの使い手が乗ってるから、真ん中の馬車を頼むぞ」
「わかりました。リキオーです。よろしくお願いします」
臨時の契約の代わりに、隊商のリーダーを務めるこの老人と握手する。
老齢にもかかわらず現役を張っているからだろうか。握る手が痛いぐらい力強い。
「リキオーさん、よかったですね」
「ありがとうイリヤ。君のお陰でいろいろ助かったよ」
イリヤはパアッと笑顔になって我がことのように喜んでいる。
リキオーは照れ笑いを浮かべて、イリヤとの別れを惜しんだ。
「近くに来たらまたウチに寄ってくださいね。いつでも歓迎しますから」
隊商が発車する頃には、トールもやってきてイリヤと手を振って見送ってくれた。
3 護衛クエスト
リキオーは、エイドラの指示通り、二番目の荷馬車へ向かった。そして御者台で手綱を握る初老の男に軽く会釈をして馬車に乗り込んだ。
男がリキオーに声をかける。
「わしは御者のメイゼルじゃ。よろしく剣士さん」
「リキオーです。よろしくお願いします」
リキオーが深々と頭を下げると、メイゼルは驚いた顔をする。
「ほう、めずらしいね」
「なんです?」
「冒険者って奴らは、たいてい私のような御者になんかにゃあ頭は下げないもんさ」
リキオーはクスッと笑い、淡々と答える。
「世話になる相手に頭を下げるのは当然ですよ」
「ありがとうよ。あんたがいてくれると、話し相手に事欠かなそうだ」
「俺、実は流されてきたんでこの辺がどこかわからないんですよ。よかったら、道中お話ししながら教えてもらえませんか」
リキオーがざっくばらんに自らの来し方を伝えると、メイゼルが興味深そうに身を乗りだしてくる。
「そりゃ難儀だったねえ。まあ知ってることなら教えてやるよ。こっちも剣士さんに護ってもらうんだし。退屈しのぎにはなるからね」
そう言いながら、メイゼルは馬車を走らせはじめた。
そして、エイドラの隊商のこと、これから向かう目的地のことなどを、リキオーに話した。
彼の話によれば、エイドラの隊商は、都市と都市の間にある村を通り、薬草や生活器具を販売したりしているようだ。目的地はユシュトという名前のかなり大きな村で、そこには支部があるらしい。ちなみに、ギルドの本部は北のリンドバル皇国にあり、その国は絶対王政が敷かれているということだった。
「ふむふむ。王様とかいるんですね。俺でも会ってもらえますかね」
「会ってどうするんじゃ」
「いや、なんとなく」
荷馬車が進む道は所々にぬかるみが残り、また深い水たまりの跡や轍の跡も見受けられ、整備されていないようであった。
メイゼルは器用に馬車を引く馬に指示を与えては、車輪の嵌まりそうな場所を避けていた。それを世間話をしながらするのだから大した腕だ。
メイゼルが会話を続ける。
「面白い男じゃな。まあ有名な冒険者ともなれば王様のほうから声をかけてくるじゃろ」
「どのくらい有名になればいいんでしょうか」
「まあ最低で冒険者ランクA級じゃろうな」
そんな会話をしている最中、先頭の馬車が砂埃を立てて急停止した。
何事かと思い、リキオーは前方を見ようと首を伸ばす。
砂塵が舞い、状況はよくわからないが、何やら悪い予感が伝わってくる。
「野盗だ!」
先頭の荷馬車から護衛が叫ぶ声が聞こえた。
その声を合図にしたように野盗たちが姿を現す。
護衛の弓使いリムラが野盗に狙いをつけ、同じく護衛の剣士フラムが長剣を構えて野盗たちに突っ込んでいく。その後ろでは、賢者ヘイズが闇魔法でフラムを援護している。
「統制が取れていますね。それぞれが役割を心得ていて動きに無駄がない」
リキオーはこの世界に来て初めて見るパーティでの対人戦闘に興味津々である。
そんなリキオーの様子を見てメイゼルは急かす。
「何を呑気なことを言っとるんじゃ、お主も剣士じゃろ。仕事せんか」
「いや、俺はパーティ戦闘は初めてなんで、勉強させてもらってるんですよ」
と、茶化すリキオー。
しかし何かを察知したのか、「出番みたいですね」と、呟くやいなや、御者台から飛び降り、なぜかフラムたちとは逆の方向に走っていった。
「なんじゃ逃げてしもうたわ。ダメ剣士様じゃのう」
メイゼルが呆れたように呟く。
逃げたと思われたリキオーだが、実はスキル【鷹の目】を使い、前方で戦う野盗たちとは別の集団が、後方の馬車に近づいて来ているのを見つけて行動を開始したのだ。
「ひゃっ、ひゃあッ、お、お助け……」
最後尾の馬車では、御者が悲鳴を上げている。
リキオーは、御者に向かって声をかけた。
「今、行きます。隠れていてください」
その言葉と同時に正宗を鞘から抜く。そして御者に掴みかかろうとしていた野盗を通りしなに切り上げた。
「ぐふっ」
脇腹から胸にかけてを切り裂かれる野盗。
リキオーは倒した相手を一瞥すると、さらに後ろから近づいてくる野盗三人の前に立った。
(人を殺したのに何も感じない。スキルのせいか? いや、今は生き残ることを優先しなきゃ)
対人戦闘はこの世界に来てから初めてだが、『アルゲートオンライン』でもプレイヤー同士での戦闘を経験していたおかげか躊躇いはなかった。
リキオーが最後尾の馬車の後ろに回りこむと、野盗たちが二手に分かれて近づいて来た。彼らは、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべている。
「兄さん、後ろの馬車が狙われたのによく気づいたな。だが、気づいたところで多勢に無勢だ。逃げてもいいんだぜ」
野盗たちの装備は、短いベストを羽織った程度の軽装だ。下にいたっては褌と、ブーツぐらいで装備はないに等しい。腹を露出しているあたり、防御は考えていないのであろう。
個々の防御は弱そうだが、人数は脅威だ。
リキオーは、まず武者震いを抑えるために、スキル【明鏡止水】を発動することにした。
眉間に意識を集中させてスキル発動を念じる。
(スキル発動【明鏡止水】!)
自分だけに聞こえるスキル発動時の効果音。鈴が鳴るような音に精神が研ぎ澄まされていく。
こうして集中力を高めると、懐に入れていた手をだらりと垂らし、アンダースローのモーションに身を任せ、隊商の荷物から拝借しておいた金属製の串を投げつけた。
彼の手から離れた二本の串はヒュッと笛のような音を立て、それぞれ二人の男の腹部に吸い込まれるように突き刺さる。
グワッと低い叫び声を上げる二人の野盗。
あっという間に二人の手下を屠られた様子を見て、残る野盗のボスらしき男は上ずった声を上げた。
「なッ、てめぇ! な、何をしたぁッ」
リキオーは涼しげに言葉を返す。
「そんな無防備な格好で、ボヤッと立ってるのが悪いんだよ」
そう言うと、リキオーは眉間に皺を寄せ【鑑定】のスキルを発動させた。
野盗のステータスが表示される。
名前 : ヒスライ(32)
クラス: 野盗
レベル: 15
LP 41 MP 0
力 :28 耐久:27
器用:17 敏捷:19
知力: 0 精神: 0
運 :19
今レベル10であるリキオーとステータスに大差はない。ややこちらに分がありそうといったところか。また、何もスキルを持っていないのも有利だと言える。
野盗は距離を取ると危ないと踏んだのか、腰だめに短刀を構え突進してくる。
それを攻撃ラインを読むようにして避けるリキオー。
しかし、戦闘経験に勝る野盗の連続攻撃に翻弄される。
「ぐっ」
リキオーはかわすだけで精一杯だ。
「こっちが押してるぜ? そろそろ終わりかな、兄さん」
「……それはどうかな」
これ以上、野盗と刀を合わせていては、経験が少ない自分の分が悪いと踏んで、リキオーは決意を固めた。刀技は振りが大きく、また使用後の硬直時間もあるため、集団の対人戦闘では使いにくいが、一対一なら問題にはならないはずだ。一撃で仕留めてしまえばいいのだから。
(この一撃で倒す!)
そう心に決めると、リキオーは、納刀し、俯き加減に構えた。
(スキル発動、【刀技必殺之壱・疾風】!)
「ハッ、馬鹿が! 諦めたか」
野盗は、リキオーが刀を鞘に戻したのを見て、諦めたと勘違いをした。
そして、とどめを刺そうと斬りかかる。
野盗がリキオーに短刀をつきつけようとした瞬間、リキオーの鞘から光があふれ、彼の姿を包み込んだ。
「な、何をっ!」
野盗には、鞘からあふれた光がブレて見えている。
直後、突如としてズバッと大きな衝撃が体を突き抜ける。
自分の腕が音を立ててスローモーションでちぎれ飛んでいくのを目にする野盗。
何が起こったのか理解できず「えっ」とマヌケな顔を浮かべつつ、鮮血が噴き出すのを遠くの出来事のように感じながら意識を失って倒れていった。
リキオーは刀技発動後の硬直時間のため、しばらく動けずにいたが、やがて解放されると、ヒュッヒュッと左右に刀を振り鞘に納めた。
そして、初の対人戦を制した高揚感に、しばし立ち尽くしていた。
「大丈夫か!」
前方の野盗を片づけた護衛パーティたちが駆け寄ってきた。
どうやらリキオーの戦いっぷりを見ていたようだ。
「ひゅうッ、あんたやるねえ」
弓使いのリムラが軽薄に笑いかけ、リキオーの肩をパンパンと叩く。そして馴れ馴れしく彼の肩を抱きよせ、こっそり耳打ちする。
「一人で四人を相手にするとは思わなかったよ。最後のアレ、何?」
「な、内緒ですよ」
ぶっきらぼうに答えたが、リキオーは内心それどころではなかった。未だ戦いの興奮を抑えられないでいたのだ。
「フフッ、そんなこと言われると気になっちゃうなあ」
さらに絡んでくる弓使いに、長剣使いのフラムがたった一言。
「おい」
「あーあ。わかってるよ、冒険者の掟とか何とかってことでしょ。でも、彼まだギルドに登録してなさそうだから、冒険者の掟は関係ないんじゃ……。わ、わかったよ、ふう」
そう言うと、弓使いはリキオーに絡むのをやめ、手をヒラヒラと振りながら離れていった。
次いで、賢者のヘイズがリキオーに声をかける。
「君、よくやったな。治療してあげよう。肩の力を抜いてリラックスして」
彼の両手に柔らかい光が灯る。燐光がリキオーの体に移ると、傷が癒やされていく。
「ありがとう」
「どういたしまして。これが俺の仕事だからな」
賢者は何でもないというふうに首を振り、パーティに戻っていった。
ようやくリキオーも落ち着きを取り戻してきた。
そこで、冒険者の役目であり権利である、倒した相手の検分をはじめることにした。
野盗たちの懐を漁り、武器やアクセサリーを回収するのである。
リキオーが検分しようとすると、リキオーの飛ばした野盗の腕の切り口を見たフラムが話しかけてきた。
「一刀のもとに始末している。切り口は見事だ」
「ふえぇ。フラムが褒めるの、珍しいね」
弓使いがフラムの後ろで頷いている。
彼らが立ち去ってから、リキオーは野盗の懐を漁った。しかし、大した成果は上がらなかった。いくつかのアクセサリーと防具の一部が回収できただけだ。野盗たちはほとんど裸同然だったのだ。
しばらくして、エイドラが近寄ってきた。
そして、リキオーのすぐ目の前に立ち、笑顔を見せる。
「リキオーとやら、どこからどこまで見えとった」
「えーと……何のことだか」
リキオーはすっとぼける。
エイドラはなおも破顔したまま、リキオーの肩をポンポンと叩く。そして御者に声をかけて隊商を再編成しはじめた。
御者台に戻ってきたリキオーを、目をパチパチさせてメイゼルが迎える。
「何じゃ、お主逃げたんじゃないのか」
「一応、仕事は果たしましたよ」
事情はわからないが、彼の堂々とした態度に、肝が据わっとると感心するメイゼルであった。
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