アルゲートオンライン~侍が参る異世界道中~

桐野 紡

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1巻

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  1 異世界にて


 稜威いづ高志たかしが目を覚ますと、そこは温暖な森の中だった。

「あ、あちぃ……う、うう」

 ぽかぽかと照りつける陽の光にうなされ、高志の意識は次第に覚醒かくせいしていく。それでも、もう一度眠ろうと無駄なあがきを続けていたのだが、ついに耐えきれなくなりガバッと体を起こした。
 しばらくぼうっとしてしまう高志。しかしやがて肌にまとわりつく空気のリアルな感触に違和感を覚えはじめる。そして、意識がはっきりすると急に驚きの声を上げた。

「なっ、何だぁ?」

 目の前には、見たことのない風景が広がっている。
 しかも外だ。
 高志は昨夜、テスト勉強をしてから寝間着ねまき甚平じんべいに着替え、ベッドで寝たはずだった。それなのに、今身につけているのは高校の制服の黒ズボンに白シャツ。なぜか手の甲から腕にかけてを覆う篭手こてと、太ももには佩楯はいだてを装着している。一応、鎧も着ていたが、胸の部分には大きな隙間が空いており、制服の白いシャツが覗いていた。そして足には、運動シューズ。
 手を動かすと、重たい金属に触れた。
 高志は「む?」と眉間にシワを寄せながら、それを握りしめて引き寄せる。眼の前に持ってきたその物体には見覚えがあった。
 シブい朱色しゅいろの反りが入った長めのさやと、金属製のつばと鶴の紋所もんどころ……。

「な、正宗まさむね?」

 正宗とは、彼がプレイしているVRMMO、つまり仮想空間再現型オンラインゲーム『アルゲートオンライン』に登場する武器である。
 握りの部分に施された赤い糸の刺繍ししゅうや、つばに入っている鶴の紋所は、たしかに見覚えのある意匠で、彼がゲームの中で使用していた正宗に違いない。しかし、正宗はゲーム内のアイテムだ。現実にあるはずがない。では、今、彼は『アルゲートオンライン』をプレイ中なのか?
 現実の高志の左手の付け根には過去の事故による傷痕がある。今ではもうかなり薄くはなったが、未だにみにくい治療の跡が残っている。VRMMOは高い精度で現実を再現していたものの、ゲームでは傷痕までは反映されていなかった。
 しかし、その傷がちゃんとここにある!
 それは、今いる場所がまごうことなき現実であることの証明ではないか。

「まさか、俺、ゲームの中にいるのか? ありえないだろ」

 暗い朱色の鞘の鯉口こいぐちを握り、少しだけ抜いてみた。美しい刃紋がギラギラと輝く。

「ゲームだとしたら、自分のステータスは表示できるのか?」

 そう思い、高志は「ステータス」と口にしてみた。
 すると目の前に半透明な青い画面が現れ、ステータス画面と思われるものが表示される。

「うは! 本当に出るとは。しかし面白いな。ところでログアウトボタンあるかな」

 ゲーム中であるならログアウトボタンを選択すれば、元の世界に戻れるはずだ。
 しかし、ステータス画面からメインメニューに戻り、ログアウトの操作をしようとしたのだが、その項目自体が見当たらない。

「切断メニューないんだけど……。じゃあ、〝ぐわし〟だな。って、ぐわッ、できねぇ……。指痛ぇし」

〝ぐわし〟というのは、ある漫画家のコメディ作品に登場する、中指と小指を折り曲げ他の指を真っ直ぐに伸ばした手の形のことだ。
 なぜ今〝ぐわし〟をしたのかというと、バグなどで切断メニューが開けないときに、特定の動作を繰り返すことで強制的にログアウトさせる機能が『アルゲートオンライン』にあり、それに彼が登録していた動作が〝ぐわし〟だったのである。
 この手の形を現実でやろうとすると、薬指と小指が連動するため、なかなか難しい。しかし、ゲーム上では簡単にできたので、一時期かなり流行った。
 それで今、高志はその〝ぐわし〟を試そうとしたのだが、現実と同じように薬指と小指が連動して〝ぐわし〟の形にならなかった。さらに、無理にやろうとすると痛みを感じた。痛みが知覚できるということは、ペインアブソーバーが機能していないということになる。
 ペインアブソーバーとは、『アルゲートオンライン』のシステム設定で、痛みを制御する機能である。またそれ以外にも、恐怖などの感情も制御する。
 例えば、敵に襲われてヒットポイントが1になり瀕死になれば、現実では動けるはずもない。
 ところが、『アルゲートオンライン』の世界では、死に対する恐怖が抑制されているのに加えて、戦闘では痛みを感じない。そのため、ヒットポイントが1でも戦うことができたのだ。

「やっぱりゲームじゃないみたいだな。まあ、でもこれだけは試してみないとな」

 そう言うと、高志は自分の指を正宗で切ってみた。
 ゲームでは自傷行為そのものができなかったし、他人に切られても血は出なかったが、今、正宗で切った指先からは、赤い血がぽたぽたと垂れている。それを舐めると血の味がした。

「痛ぇ。リアルじゃねーか……」

 ゲームの中では、傷ついても街中などのセーフティエリア内であれば回復速度が早くなるはずだが、ここは野外に見える。おそらくセーフティエリア外だろう。そもそもゲームではない現実ならばそんな恩恵が得られるはずはない。
 高志は気を取り直して、再びステータス画面を確認してみた。そして、驚くとともに笑ってしまった。




 名前 : リキオー(17)
 クラス: 自由人
 ジョブ: 侍
 レベル: 1
 
 LP 12 HP 33 MP 4
 
 力 :22  耐久:9
 器用:13  敏捷:8
 知力:  4  精神:4
 運 :  6
 
 ボーナスポイント:10 




「なるほど、この世界では俺はリキオーなのか!」

 リキオーとは、高志が『アルゲートオンライン』の中で使用していたハンドルネームだ。名前の横の17という数字は彼の実年齢を表している。
 クラスは、その人物が何者であるかを示す項目だ。ゲームをはじめたばかりの冒険者は大概「自由人」となっていて、どんなジョブも選択可能になっている。

「LP(ライフポイント)12ってめちゃ低いなあ。ていうか、レベル1って何よ」
『アルゲートオンライン』では、高志のアバターのレベルはカンスト、つまりカウントがストップし、これ以上は上がらないという上限値まで達していた。当然、アビリティ、ジョブ専用のウェポンスキルなど覚えられる能力は全て覚え済みだった。
 しかし、表示されたステータス画面ではレベルは1になっており、その面影おもかげはない。以前に獲得していた能力もほとんど記載されていない。
 目の前に出た半透明な仮想スクリーンのボードを指で触ってみると、各ステータスの数字をいじることができた。
 どうやら、ボーナスポイントを振り分けることができるらしい。
 現在、各種ステータスはおしなべて平均なので、ボーナスポイントで特化させるというわけだ。『アルゲートオンライン』を初めてプレイした時も、この振り分けをやったと思うが、高志はすっかりそのへんのことは忘れていた。
 しかし、ひとつ気になることがある。数値の中には格段に高いものがあるのだ。LPが12に対して、HP(ヒットポイント)が33と三倍近い差となっている。
 ちなみに、HPは、プレイヤーの生命力を表す数値ではあるが、すべて失われても死ぬことはない。HPはLPを守る壁のような扱いで、HPがなくなるとLPが減っていく。なお、LPがなくなることは死を意味する。
 高志はしばらく考え込んでいたが、やがて答えに行き着いた。

「そうか! 装備による加算か」

 ステータス画面を横にスクロールすると、装備画面が現れた。




 頭:
 首:
 体:学生服シャツ
 上腕:早乙女板袖
 下腕:早乙女筒篭手
 背中:
 腰:早乙女板佩楯
 両脚:制服ズボン
 両膝下:運動靴
 右耳:
 左耳:
 右指:
 左指:
 
 メイン武器:正宗
 サブ武器:
 遠距離武器:
 矢弾:
 投擲武器:石つぶて




 装備できる体の部位は頭、首、体、上腕、下腕、背中、腰、両脚、両膝下、耳の左右、指の左右。武器は、メイン武器、サブ武器、遠距離武器、矢弾やだま投擲とうてき武器を装備することができた。
 装備してないところは何も表示されず空きになっている。

「なるほどな。そで篭手こて佩楯はいだてか。ジョブ専用装備にはステータスブーストがついてるもんな」

 つまりリキオーのHPが高くなっていたのは、彼のジョブである侍専用の装備をしていたためだったのである。
 ちなみに、そでとはリキオーの両肩に装着されている小さな盾が組まれたようなパーツで、篭手こては腕を覆う筒状の手甲てっこうである。佩楯はいだてとは太もも部分を覆う袖と似た形状のパーツだ。
 防御面でいえば、胸の部分ががら空きなのが不安要素ではあるが、体を横にして袖を向け、敵に対して見える面積を極力狭くすれば、それだけで体のほとんどは隠れてしまうので良しとしよう。
 これらの防具と正宗は、高難度のクエストで手に入れることができる侍専用装備品で、本来レベル1で装備できるものではない。そもそも『アルゲートオンライン』では、装備に対してレベルが足りない場合は、重さに耐え切れず動けなくなるなどのペナルティがある。
 しかし、リキオーのステータス上では、ペナルティどころか本来の性能を発揮している。正宗と同様にかなりチートといっていいかもしれない。
 ステータス画面をスクロールして下に進めると、スキルが表示されるようだ。
 すでに獲得しているスキルは、侍の固有スキルである【両手刀(b)】、鑑定能力だと思われる【鑑定(c)】、そして何に使うのかわからない【翻訳(c)】。ちなみに、スキル名の下のアルファベットは、熟練度を示している。
 獲得可能なスキルは現時点では何もないようだ。そもそも割り振れるスキルポイントがないためいじりようがない。画面を戻して、ステータスのボーナスポイントを割り振ることにする。
 ボーナスポイントをすべて振り分けると、次のようにステータスが変わった。




 名前 : リキオー(17)
 クラス: 自由人
 ジョブ: 侍
 レベル: 1
 
 LP 12 HP 56 MP 13
 
 力 :26  耐久:13
 器用:13  敏捷:10
 知力:  4  精神:  4
 運 :  6




 とりあえず、攻撃力の基礎値である「力」と防御力の基礎値である「耐久」に加算し、回避力に関係する「敏捷」を底上げした。
 ステータスの確認は以上だ。
 立ち上がって正宗を握り、刀身を引きだして素振りをすると、ビュッビュッと風切音がした。そうして、体に馴染ませるのを第一に考えて動いてみる。

「しかし、最初から正宗っていいのかな……。俺は嬉しいけど」

『アルゲートオンライン』において、侍のジョブが最初に扱える両手刀は無銘刀むめいとうだ。正宗は、レベル40以上で受けられるクエストで手に入る侍専用武器の両手刀で、りが入った長刀である。
 レベルが上がると、もっと攻撃力のある刀に装備を替えてしまうのが一般的だが、高志は本気武器以外のオシャレ装備として、この正宗を愛用していた。というのも、本気武器のほうは、反りが入っておらずイマイチ格好よくなかったのだ。
 正宗を振っていると、ステータスに表れない身体強化の効果がかかっているような気がした。体がずいぶんと軽い。正宗に限らず、両手刀は結構重量がある大振りな武器である。しかし、今手にしている正宗は竹刀しないよりは重い程度の感触でしかない。
 リキオーは正宗を鞘に納めて、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねてみた。

「うん、やはりな。身体強化がかかってる」

 いつもより機敏な動きができる。少し跳ねるだけで彼の前に立つ木々のこずえに手が届き、さらに落下して着地するときも筋肉の動きが滑らかだ。
 そういえば、ゲームにありがちな見えないカバンみたいなものはあるのだろうか。
 試しに、「アイテム」とか「装備」とか、関連すると思われる単語をつぶやいてみた。
 すると、ステータス画面の横からスライドするように、インベントリ画面と、装備画面が表示された。装備画面のアバター表示には、リキオーの着ている服と正宗が映っている。
 どうやって取りだしたり収納したりするのだろうかと考えていたところ、インベントリに赤いポーションらしきものを発見したのでタッチしてみる。
 目の前に、試験管によく似た、赤い液体が詰められた細い透明な小瓶が、ぽろっと落ちてきた。高志は、それを手でキャッチしてしげしげと眺める。

「これがポーション? HP回復なのかな」

 じっと見ていたら【鑑定】スキルが働き、アイテムの名称が表示された。




【HP回復ポーション】

 効果:HPを25%回復する。飲料用。直接かけても回復する。クオリティ:不明




「おお、便利だ」

 試験管の上部、口の部分には金属製の安全弁が見える。中に充塡じゅうてんされている赤い液体は日にかざすと不思議な輝きを放った。
【鑑定】スキルで見たアイテムの解説文にあるように、本来は飲用だが魔法により半物質化しているため頭からかけても回復する。
 ポーションの味は柑橘かんきつ系。ただし薬臭く美味しくはない。別にあるMP回復用は葡萄ぶどうのような味らしい。使用回数が決められており、それを超えると効果が急激に落ちるなど、中毒症状が出る。
 解説文のクオリティ欄を表示させるには、上位の【鑑定】のスキルが必要なのだろう。
 ところで、取りだしたはいいが、逆に収納するのはどうしたらいいのか。

(ポーションの小瓶を収納!)

 そう念じながら小瓶を握ったまま腕ごと左右に振ってみると、リキオーの右の脇腹あたりの空間を通った瞬間、小瓶が手から消えた。

「おお!」

 インベントリを表示したところ、収納したポーションが、元々表示されていたポーションのまとまりの隣にある。
 スタックはできるのだろうか。スタックというのはまとめるということだ。
 そこで、入れた小瓶をタップして元の位置に移動させてみたら、ポーションの表示の右下にあったスタック個数の表示が98から99に変わった。
 表示されている半透明のディスプレイはさっと手を振ると消える。
 また、声に出さなくても意識して「ステータス」と念じれば表示された。閉じるときはやはり「クローズ」と念じるだけで大丈夫だ。
 インベントリの操作も何となくわかった。
 例えば「ポーション」と念じながら、脇腹あたりの空間から引っ張り出す動作をすれば掴み出すことができるのだ。練習すると、懐からでも取り出すことができるようになった。収納も意識して動作すれば、どこからでも入ってくれた。ただしまとめのスタックは自動ではされないようだ。
 改めてインベントリの中を確認する。そこには、金貨五百枚と、HPポーションが99個、MPポーションが45個スタックされていた。
 さらに、沈黙薬と毒消しが50個ずつ、体調不良を防止するための丸薬や、予備の服装備とキャンプセットに、メモ帳の類と筆記用具。
 そのほかには、魚釣り用の釣り竿セット、モンスター用に弓と矢などが入っていた。
 弓なのにとはこれ如何に、と思うところだが、これには理由がある。
 レベル上げパーティでは、侍などのアタッカー役が経験値に見合う敵を見つけ、キャンプにまで牽引する。これを指してゲーム内用語で「釣る」と表現するからだ。
 それにしても、金貨五百枚、MPポーションが45個とは、半端な数だなと疑問に感じていると、そこではたと思いだした。

「金貨五百枚って、これ前のクエストで出たレア装備売って山分けした報酬そのまんまじゃん。MPポーションが45個なのは、そのクエストのときに猫魔ねこまにあげたからだし!」

 高志は昨日、『アルゲートオンライン』の世界にダイブし、友人の猫型獣人の魔法使い、猫魔に誘われて、ダンジョンの中に迷い込んだ家出娘の捜索をするというクエストにつき合った。そこで、一緒に行った軽薄な聖騎士がやたらめったらダメージを食いまくって往生したのである。
 聖騎士は盾役の基本のようなジョブで、守りは堅いのだが、敵が強すぎるのか彼の装備ではダメージを吸収できず、猫魔が本来の仕事を減らして、彼の回復に徹することになった。猫魔が回復にMPを使いまくったので、彼女のMP回復分のポーションを高志が負担したのだ。
 一通りアイテムの確認が済むと、急に今晩の寝床ねどこが心配になってくる。

「さて、あとは街かな。野宿は避けたいよなあ……」

 そう呟きながら、高志は自分がこれまでとは異なる世界にいることに思いを馳せた。とはいえ、この異世界に放り込まれたことに、特に不満もなければ帰りたいとも思わない。
 むしろワクワクしている。どちらかと言えば現代日本社会に飽きていたほうだったからだ。
 高志の両親は共働きのサラリーマンで、妹もいたが没交渉で仲が良いとはいえなかった。それでも家族としてのきずなが薄いというわけでもなく、両親や家庭に不満もないが、未練もまたない。
 事件もなく平坦に続く日常。レールを引いたように何となく未来に見当がついてしまう。そんな毎日に比べたらこの世界に期待するもののほうが遥かに大きかった。
 高志はここで改めて、新たに「リキオー」として生きていくことを決意するのであった。


 まずは街へ向かうため立ち上がってはみたものの、全く方向がわからない。
 今歩いている場所に何となく勾配があるように感じられたので、それを下る方向に進んでみることにした。
 歩くうち、先方の茂みからガサガサと音が聞こえる。
 そして、そこから「ウゥ~」と唸り声を上げ、野犬のような四つ足の獣が急に飛びだしてきた。

「おっ、モンスターか!」

 目をらしたら「ワードッグ」と表示され、名前の下にはHPを表すバー。目つきがいやしく、犬というよりハイエナのような見かけで、あまりでたくなる獣ではない。
 もし、ゲームのときと強さが同じなら、ワードッグはレベル10相当のモンスターだ。戦闘において安全な彼我ひがのレベル差は1から3ぐらいが妥当であるとされていたので、レベル1のリキオーではかなり危険な相手といえる。
 しかし、そんな敵を前にしても不思議と怖くない。むしろ格下にさえ感じる。リキオーは鞘に正宗を納めたまま、モンスターを迎え撃つことにした。
 ワードッグがタタッと駆け寄り、リキオーに向かって飛びかかってくる。
 彼は冷静にモンスターを見据えて、体勢を少しずらしただけで避けた。
 そして正宗の鞘でモンスターの首を横から殴りつけた。

「ギャウッン!」

 ボキッと骨が折れたような音とともにワードッグが崩れ落ちる。
 あっけない初戦だった。
 刀を抜くまでもない。
 倒れたワードッグに近づいてたしかめると、死後痙攣けいれんを起こしている。
 その様子を眺めながら、リキオーは困ってしまった。
 ゲームの中なら、倒したモンスターは光の粒となって消滅し、すぐドロップアイテムとなるが、この世界ではそんなことはなさそうだ。
 もしかしたら収納すればアイテムとしてインベントリに入るのかもしれない。そう思い試してみることにする。手をかざして「収納」と念じると、ワードッグの死体は吸い込まれるようにパッと姿が消えた。
 ステータス画面をたしかめてみれば、インベントリには素材として皮、牙、肉などが入っている。

「助かった。血抜きとか肉をさばくのとか勘弁して欲しいからな。それにしても命を奪うのに躊躇ためらいは感じなかったなあ。人型モンスターならどうなのかね」

 そう呟き、リキオーはウィンドウを閉じた。
 現代日本にいた頃は、彼は調理をしたことがなかった。せいぜい具材に包丁で簡単な切れ目を入れたり、ぶつ切りにした野菜を鍋に投入したりした程度だ。しかし、この世界では、インベントリに入れるだけで、素材や食料に加工することができる。

(これはちょっと、信頼できる相手の前以外では見せないほうが無難だな‥…)

 高志はそう決意した。
 さらに森の中を歩いていくと、次に出会ったのは灰色のモコモコしたウサギのような獣であった。その生き物はリキオーを見るなり素早く姿を消してしまった。

「獣、だよな……」

 今度見かけたら相手に気づかれる前に投擲とうてきを試してみよう。そう考えて再び歩き出す。
 侍は弓を使えるので【射撃】スキルも、拾った石や小刀などを使う【投擲とうてき】スキルも取得できる。遠距離からの攻撃は、相手に見つかっていない場合だと、不意打ちによるダメージボーナスがつく。
 歩きながら、ふとリキオーは思いついた。
 ことによると、野宿の可能性も視野に入れておくべきかもしれない。となれば、野営して獲得したアイテムを加工して食料にする必要もあるだろう。

(そういえばワードッグを倒した時の肉って食べられるのか?)

 インベントリから「ワードッグの肉」と念じながら取りだしてみると、ムワッとイヤな臭いが漂った。思わず取りだした肉片を汚いものでも触るように、指先で摘まむ。




【ワードッグの肉】

 臭みがあり、硬く、食用には向かない。クオリティ:f-




「ゲッ、こりゃダメだわ」

 リキオーはワードッグの肉を持っていても仕方がないと判断し、茂みの向こうに放り投げた。

「やっぱり、見た目がダメなら食用には向いてないのかねえ」

 やれやれと思いながら歩きだすと、今度は小川を見つけた。サラサラと流れる水は透明で綺麗きれいだが、飲料用に適するかどうかはわからない。
 あたりを見回して警戒しつつ、小川の上下流に何か獲物はいないかと探してみた。
 すると、さっき逃げられたのと同じウサギのような生き物を発見。
 目を凝らしてたしかめたところ「グラスラビット」と表示される。
 グラスラビットはさっきののワードッグと違い、であるらしい。
 魔物の中でも最低レベルのレベル10相当だが、ワードッグを格下と感じたように、グラスラビットを前にしても強さを感じない。
 リキオーは手頃な石を河原から拾い上げ、水切りをする要領で放つ。
 軽く投げたつもりだったのに自分でも思ってもいなかったほどのスピードが出て、グラスラビットの体をね飛ばした。
 悲鳴を上げる暇もなく倒れるグラスラビット。
 グラスラビットの上に見えていたライフを表示するバーが一瞬、攻撃されたことを示す赤色に変化し、すぐにゼロになって消える。

「よしっ」

 リキオーはグッと手を握りしめて、やったぜと心の中で呟く。
 グラスラビットの死体に近づき、収納して、インベントリをたしかめた。
 獲得したアイテムは、グラスラビットの毛皮と魔石。
 ステータス画面を開くと、レベル3に上がっており、取得スキルの末尾に【投擲とうてき(c)】が追加されていた。レベル10モンスターを二体も倒し、さらに一方が魔物だったので、経験値を多くもらえたのだ。
 レベルアップにより獲得したスキルポイントで、さっそく【見切り(c)】を獲得する。
 これは、敵の動きや構えから、使ってくる技や出方などを判断し、紙一重で攻撃をかわすスキルである。
 まだまだ疲れてもいないので、街を探すついでに少しレベルアップを目指そうと森の中を進む。すると、先ほどの小川を下って数キロ進んだあたりで、森の植生が明らかに変化した。
 今までリキオーがジャンプすれば届く程度の低い木しかなかったのに、木々の間隔が広がり、大振りな木が増えたのだ。
 そこには獣道と思われる小道が続いていた。
 リキオーは、これ幸いとばかりにその道を辿って歩きはじめる。
 しばらくすると、「キャアッ」と明らかに女性と思しき悲鳴が響いてきた。
 リキオーは、声のしたほうへ駆けだし、茂みを掻き分けていく。視界の先に、細い足首を押さえてうずくまるセミロングの青い髪の少女が見えた。
 そして、彼女を狙い、五匹のワードッグが少女の退路を断つように唸り声を上げている。
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