転生王子の奮闘記

銀雪

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第2章  魔法と領地巡りの儀式

『61、最終的に笑う者』

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「フェブアー、何が起こったのか丁寧に説明して」

顔に飛び散った血を拭いながら言うと、フェブアーとは逆に控えていたカルスが動く。
隣に座ったまま絶命しているマイセスの首を彼がいじると、皮膚が剥がれた。

「嘘でしょ?お姉ちゃんはどこ行っちゃったの?」

マイク代わりの魔導具に口を当てながらフローリーが言う。
殺されたのは巫女姫マイセスでは無く、別の人物であるとさり気なく伝えている。
彼女は本当に7歳なのかと疑ってしまうな。

「この者も奴隷ですか・・・。一体この領地にはどれだけの奴隷がいるんですかね」
「そうなんだ・・・。とりあえずトルマが1枚噛んでいることは間違いない」

俺がそう言うと、カンナさんが歯軋りをして拳を握りしめた。
おもむろに貴族たちの方を振り返り、ボーランからマイク代わりの魔導具を奪い取る。

「皆のもの!領主である私からの最初の命令だ!裏切者、トルマを捕縛せよ!」

自分の弟を捕縛しろというカンナさんに貴族たちは戸惑う。
ところが、そんな空気を微塵も考慮しない声が会場の右端から上がった。

「分かりました。このフラン家が補給線を担当致しましょう。皆さんは安心してくだされ」

俺のお爺様、イックス=フランが1番初めに名乗りを上げる。
すると次の声は会場の前方から響く。

「では先鋒はこの私が努めましょう。宴を邪魔し、巫女姫を侮辱する者に慈悲は無い」

宴を相当楽しみにしていたのだろう。ラオン=フォルスが殺気をまき散らす。
隣にいるイグルは殺気をもろに喰らって少々辛そうだ。
先に声を上げた2人に負けじとばかりに会場の左端から1人の男が声を張り上げる。

「作戦はこのマキュール=フーラスにお任せを。最小限の被害で済ませてみせよう」

恭しく礼をする男性に驚きの視線が集中した。
これで全ての3大公爵家がカンナさんを推す陣営に付いたことになる。
さらに壇上には俺やフェブアーという最強のカードもいるのだ。
トルマ・・・どんな貴族が仲間になっているのか分からないけど詰んだな。
よほど指揮が下手じゃない限り、過剰ともいえる戦力が揃っているこの状態で負けることは無いだろう。

「今すぐに出陣の支度を整えて。1時間後に出るわよ!」
「「「了解!どこまでもカンナ様の意のままに!」」」

3大公爵家の当主が声を揃え、一陣の風のごとき速さで退出していく。
他の貴族たちも次々と会場から出て行き、後には俺たちとカンナさんだけが残された。

「王子、形式的ですが大将をお願いできますか?」
「それぐらいなら構わないよ。今回の場合はマイセスが攫われている可能性がある」

俺的にも国的にも彼女は絶対に助けてあげなければいけない人材だ。
もしもこの国で巫女姫が殺害されるようなことがあれば教国は賠償金を要求してくる。
もちろん粛清に混乱している現在のグラッザド王国に払える訳も無い。

そうなれば教国は4国連合に味方するばかりか、イルマス教信者の信用を一挙に失う。
大打撃であり、最悪の場合は国が滅びる可能性もある事象だ。
そのため、絶対に巫女姫マイセスは無事に返してあげなければならない。

「じゃあ、僕たちも出陣準備を整えようか。トルマを潰して早くニーザス郡に行かないと」

旅の期間にも限りがあるため、俺たちは急いで準備を整える。
1時間後、準備を整えた貴族たちが再び会場に終結した。
外に待機している兵たちを全て総合すると、こちら側の兵力は1万5千。

一方、相手の兵力は多く見積もっても5千程度だ。
攻城戦は一般的に相手の3倍の兵力が必要らしいが、もともと3倍の兵力がある。
やっぱり余裕そうだと俺は思った。

「では、これよりトルマ討伐戦を開始する。全軍、鬨の声を上げよ!」
「「「おおぉぉー!」」」

3大公爵家を筆頭に、この地を支配する貴族たちが一斉に声を張り上げる。
俺は満足げに頷いてみせると、静かに出口を指した。

「短期決戦で行く。みんなは早速トルマを匿っていると思われる家を囲め」

返事無しで全員がドアから外に向かっていく。この内戦の基本戦術は人海戦術だ。
最低でもトルマ本隊を見つけること。その上でマイセスが見つかればなお良い。
貴族たちにはそれぞれ包囲する家を割り振ってある。

後はトルマが確認され次第、包囲を解いてその家に集まってもらって終了。
最初から最後まで数の力で押し潰す単純明快な人海戦術だ。
だからこそ相手は対応出来ず、見つかるのを待つしかないというわけだ。

30分後、伝令から1つの報告がもたらされた。
二―ザス郡に程近い屋敷の一角でトルマを発見したというのである。
その近くには、王都が占領された時用の大規模な砦があるらしい。

とりあえずは砦を拠点としつつ、じっくりと包囲&攻撃を行っていれば大丈夫かな。
火矢なんかを放てば一発で終わっちゃうような気もするが、火事への対処に魔力を使う。
相手にも魔術師がいる可能性があるからな。下手な消耗は避けたい。

「分かった。それじゃあ、その屋敷に拠点を移そう。本格的な包囲戦だ」

俺がそう言うと、フェブアーとカンナさんが大きく頷いてくれた。
どうやら指揮官の発言的にも間違ってはいないようでひとまず安堵する。
報告を聞いてから40分で俺たちは砦に着いた。
早速、地図が用意されている会議室のようなところで重要人物たちが一堂に会した。

「レイス、敵はどのくらいだ?」

カンナさんがレイスという新騎士団長に尋ねた。
父上を連想させる栗色の髪を掻きながら、レイスさんは地図上に駒を2つ置いた。

「多く見積もっても200だ。残り300は中立派っていったところですな」
「なるほど。私に従うつもりは無いが、トルマに付くにはリスクが高いと感じたか」

カンナさんが鼻で笑う。
外から小競り合いのような音が聞こえてきたが、誰も気に留めていないようだ。
念のため様子を見に行きたいが、この重要な会議を欠席するわけにはいかないか。

「ええ。領主になった暁には処分されてはいかがかな。不穏分子は排除すべきだ」
「そうですね」

きな臭い会話を水面下で続ける2人だったが、ボーランが部屋に入って来る。
何やら切羽詰まった感じのようだ。

「大変です!ニーザス郡からノーベン様が率いる9千の兵が敵側として到着しました」
「何だと!?次の目的地の領主自らが?」

一番ドアの近くにいたフェブアーが振り向きざまに確認する。
ボーランは青い顔をしながらも頷き、会議室にさらなる爆弾を投下した。

「あと、巫女姫マイセスを捕縛したのも彼らのようです」

その瞬間、俺の中で大事な何かがプツンと切れたような気がした。
ツカツカと机に歩み寄って全員の注目を集めると同時に、地図上の1点を指さす。
郡の境目近くにあるラッシュ盆地という名前の盆地だ。

「我が軍はここに陣を張って敵を迎え撃つ。相手も数が同数になったと油断して出て来るだろう。そこをラオン公爵方が率いる精鋭部隊で押し潰す」

とにかく短期決戦で決着をつけたい。
何なら退却する軍を追ってニーザス郡の首都まで入りたいくらいだ。
このままだと絶対に旅の期限を守れない。

「分かりました。リレン王子がそうおっしゃるのでしたら・・・」
「私も賛成致します」

フェブアーが賛成の意を示すと、カンナさんも大きく頷きながら外に出て行く。
だが同時に1人の伝令が会議室に飛び込んできた。

「申し上げます。屋敷の前にて乱闘が発生。混乱に乗じてトルマ様を捕縛いたしました」
「えっ・・・ニーザス郡の敵兵9千はどうしたのだ?」

信じられないといった表情で尋ねるレイスさんの横から1人の少女が出てくる。
他でもない、誘拐されていたはずのマイセスその人だ。

「伝令と一緒にこの部屋に入ったのに気づかなかったんですか?」
「あ・・・いや・・・済みませんでした」

自分より年下とはいえ外国の要人である。レイスさんも下手に出るしかない。
間もなくトルマの身柄が会議室に引き渡された。

「何するんだよ!次の領主は俺だろ!騎士団長のお前じゃこの領地は治められない!」
「私1人じゃ確かに無理かもね。だけど私は1人じゃない」

そこで言葉を切ってレイスさんと顔を見合わせ、次にドアの外を眺める。

「幸運にも優秀な部下たちに恵まれている。だから私はあなたを領主にはさせない」
「グッ・・・いつか破綻する時が来るだろう。もうこの領地はガタガタさ」

まるで狂ったように嗤いだしたトルマは、俺の言葉で真顔に戻る。

「ここでお願いできる権利を使おうか。トルマは領主の座をカンナさんに明け渡して?」
この言葉は絶対だ。

項垂れたトルマはカンナさんの指示で地下牢に運ばれた。
しばらくして帰ってきた貴族たちに向けて彼女は宣言した。

「改めて、私がこのナスタチ郡の14代目領主、カンナ=マースよ!」

実力で領主の座を勝ち取ったカンナさんを賞賛する拍手は朝まで鳴りやまなかった。
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