転生王子の奮闘記

銀雪

文字の大きさ
上 下
50 / 152
第2章  魔法と領地巡りの儀式

『48、改心の緊急会議』

しおりを挟む
翌朝の朝食時、領主館は異常な空気に包まれていた。
フェブアーとベネットだけではなく、スニアまで消えてしまっていたからだ。
セテンバーは焦り、今すぐ捜索するように指示を出す。

帳簿の付け方などが分からず、傀儡政権になる前からスニアに任せっきりだったよう。
つまり、スニアが帰ってこなければセテンバ―は報告書が出せない。

一方、こちらも護衛が消えてしまったことで命の危険が付きまとう。
もともと館には経費削減のためか、少数精鋭の護衛しか置いていなかった。

しかし、彼らが捜索隊に搬入されてしまったため、碌な護衛が残っていない。
最高戦力が魔法全属性使用可能な俺、次がボーランという有様だ。
朝食後、緊急会議が開かれる流れになるまでそう時間はかからなかった。

会議室にいる役人の前に座る俺、マイセス、セテンバ―に困惑の視線が突き刺さる。
今までドク郡では緊急会議が開かれた例は無いのだとか。
それにしてもこの会議形態、よくドラマで見ていた捜査会議に似ているな。

「皆の者、緊急事態だ。この領地で私の補佐を務めていたスニア、こちらにいらっしゃる第1王子の護衛であったフェブアー殿、他1名が失踪した」
セテンバ―が焦ったように報告すると、会場にざわめきが広がっていく。

「あの、決算報告書はいかがするんでしょう」
財務部の部長を務めているテミッドが青ざめながら発言した。

提出期限は明日なので、スニアの帰りを待っていたら間に合わない。
それを危惧しての発言である。
まったく・・・全部スニアに任せているから不正が起こるんだよ。

「この中で決算報告書を書ける、もしくは手本があれば書けると思う人は手を上げて」
試しにそう指示してみると、思った通り誰も手を上げない。
わざとらしくため息をつきながら、会議室にいる役人を見回す。

「いい?こういう事態に備えて重要な書類を書ける人を3人は用意しておいてよ。今回は僕が書けるから手伝ってあげてもいいけど、僕も書けなかったらどうするつもりだった?スニアが帰ってくるまで待つ?完璧に遅れるよね」

だから前世の孤児院では年長者の代表が4人用意されていて、最年長が病気などで子供たちを纏められない時は残りの3人が纏めていたのだ。
ドク郡ではスニアが優秀すぎたため、不測の事態に備えるということが出来ていなかった。
ここは変えてもらわなくてはいけない。

「分かりました。私と部下2人に書き方をご教授していただけないでしょうか。私どももスニア殿に頼りすぎていたのかもしれません。いなくなって初めて気づくとはこのことです」
恥ずかしそうに頭を掻くテミッドを見て、少し見直した。
ここの役人は変えようとする気概がある。さすが“9枚の奇跡”を起こした人が認めた人材。

「安心して下さい。基礎からしっかり叩きこんであげます」
だから俺は大きく頷いた。これをきっかけとしてさり気なく不正に気付かせるか。
書けるようになれば数値がおかしいことに気づくだろ。

「ねえ、捜索隊は何か掴んでいないのかしら。目撃情報とか・・・」
マイセスが尋ねると、銀の鎧を着て桃色の髪をした女性騎士が立ち上がった。

「ドク郡騎士団長のアリィです。今のところ目撃情報はありません。真夜中だったので外に出ている人がいなかったのでしょう。ここ数日は晴れているので足跡も残ってません」
いよいよ捜査会議に近づいてきた感がある。
だが情報が一切ないのが不思議だな。一体どこに消えたんだ?

「館の中にも異常は無いのか?私は使ったことが無いが、隠し通路もあると聞く」
セテンバーが困惑したような声で言う。

「内部はまだ調べていないので分かりません。後で騎士を派遣して調べます」
俺たちがいる館の中を勝手に調べる訳にはいかないからね。
ある意味で正しい判断だと言える。
騎士団への質問が一段落ついたところで、ボーランが手を上げた。

「ボーラン?何か問題でもあったの?」
マイセスが不思議そうに聞くと、ボーランは立ち上がって窓の外を睨む。

「実は今朝からギルドマスターがハンルを返せと煩いんですよ」
「ハンルって地下牢に入れてある、金品を強奪しようとしたAランク冒険者だったよね」
俺が確認のために言うと、会議室にざわめきが戻った。
どの顔も驚愕の表情をしていることが気になり、セテンバーに向かって首を傾げる。

「ハンルは民衆の信頼が厚い冒険者で、この郡の一番人気です」
「トパーズ色の髪をした男によれば、金品を奪うのが常套手段らしいのですが・・・」
納得が出来ず食い下がると、奥にいた男が勢いよく立ち上がった。

「そうだよ!俺の娘もアイツに騙されて金品を奪われたんだ!」
「俺の息子もそう言ってたぞ!」
「僕の娘も金品を奪われて以来、男性不信になってしまったんだ!」
まるで連鎖反応のように次々湧き出てくる強奪話に瞠目するセテンバーや役人たち。

今回の会議に参加してみて、分かったことがある。
俺はセテンバ―に向けている視線を厳しいものに変えた。

「あなた、自分の郡の事情を知らなすぎじゃない?いくらスニアが優秀でも最終的に指示を出すのはあなただし、領主もあなた。今回の会議を見て分かったでしょ?せっかく有能な人材が揃っているのに支配権が執事のはずのスニアに移ってしまっている。誰も決算報告書を書けないなんて普通あり得ないから。ハンルのことも初めて聞いたみたいだし」

早口で捲し立ててからセテンバ―の反応を伺う。
彼は迷っているように見えたが、やがて決心したかのように立ち上がった。

「みんな、本当に済まなかった。私は領主失格だな・・・。この事件が解決したら身を引こう」
「それはなりません!あなたはしっかり領主です!」
食い気味に怒鳴ったのはアリィだった。

「確かに最近の領主様は酷かったです。民衆を顧みず黒い者に騙されていた。だが民衆は分かっていました。“9枚の奇跡”を起こした領主様はこんな酷いことはしない。きっと騙されているのではないかと」
そこで言葉を切ってアリィは役人を見回した。

「つまり、セテンバ―様は領民たちに信じられているんです!身を引くのはいけません!」
全て言い終わると、手をポンポンと2回叩く。
全員の視線が自分に向けられていることを確認した彼女は不敵に笑った。

「大丈夫です。このピンチはみんなで力を合わせれば必ず乗り切れます」
キッパリと断言した瞬間、鬨の声が会議室の空気を震わせた。
操られていた領主を守るための温かい声にセテンバ―は涙を流した。

「こんなダメな私でもみんな信じてくれているのか。大きな過ちを犯してしまったのに・・・」
「今からですよ。失った信頼を取り戻せるかどうかはあなた次第です」
マイセスが優しい口調で語りかけると、セテンバ―は拳を握りしめ、立ち上がる。
その顔は傀儡のそれではなく、立派な領主の顔だった。

「アリィは騎士団を率いて館の中を捜索。隠し通路を探して。テミッドはリレン王子とともに決算報告書を。僕はみんなとともにハンルを会議にかけるから、ボーラン殿はその旨をギルドマスターに伝えてきてくれますか?」
凛とした姿と声で指示を出すセテンバ―は立派な指導者だった。

「分かりました。90の手勢で調査いたします」
「了解です。リレン王子、申し訳ありませんがよろしくお願いします」
「ギルマスに報告してきます」
アリィ、テミッド、ボーランがそれぞれ返事をして動き出す。

俺もセテンバ―に一礼して財務部へ向かった。
内部は腐っていないから、スニアさえ排除できれば、ドク郡は元通りになるはず。
そのためにもまずはフェブアーたちを探さなきゃ。

俺は焦る気持ちを必死に抑えながら財務部の執務室のドアを開けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あいつに無理矢理連れてこられた異世界生活

mio
ファンタジー
 なんやかんや、無理矢理あいつに異世界へと連れていかれました。  こうなったら仕方ない。とにかく、平和に楽しく暮らしていこう。  なぜ、少女は異世界へと連れてこられたのか。  自分の中に眠る力とは何なのか。  その答えを知った時少女は、ある決断をする。 長い間更新をさぼってしまってすいませんでした!

呪われた子と、家族に捨てられたけど、実は神様に祝福されてます。

光子
ファンタジー
前世、神様の手違いにより、事故で間違って死んでしまった私は、転生した次の世界で、イージーモードで過ごせるように、特別な力を神様に授けられ、生まれ変わった。 ーーー筈が、この世界で、呪われていると差別されている紅い瞳を宿して産まれてきてしまい、まさかの、呪われた子と、家族に虐められるまさかのハードモード人生に…! 8歳で遂に森に捨てられた私ーーキリアは、そこで、同じく、呪われた紅い瞳の魔法使いと出会う。 同じ境遇の紅い瞳の魔法使い達に出会い、優しく暖かな生活を送れるようになったキリアは、紅い瞳の偏見を少しでも良くしたいと思うようになる。 実は神様の祝福である紅の瞳を持って産まれ、更には、神様から特別な力をさずけられたキリアの物語。 恋愛カテゴリーからファンタジーに変更しました。混乱させてしまい、すみません。 自由にゆるーく書いていますので、暖かい目で読んで下さると嬉しいです。

新婚初夜に浮気ですか、王太子殿下。これは報復しかありませんね。新妻の聖女は、王国を頂戴することにしました。

星ふくろう
ファンタジー
 紅の美しい髪とエメラルドの瞳を持つ、太陽神アギトの聖女シェイラ。  彼女は、太陽神を信仰するクルード王国の王太子殿下と結婚式を迎えて幸せの絶頂だった。  新婚旅行に出る前夜に初夜を迎えるのが王国のしきたり。  大勢の前で、新婦は処女であることを証明しなければならない。  まあ、そんな恥ずかしいことも愛する夫の為なら我慢できた。  しかし!!!!  その最愛の男性、リクト王太子殿下はかつてからの二股相手、アルム公爵令嬢エリカと‥‥‥  あろうことか、新婚初夜の数時間前に夫婦の寝室で、ことに及んでいた。  それを親戚の叔父でもある、大司教猊下から聞かされたシェイラは嫉妬の炎を燃やすが、静かに決意する。  この王国を貰おう。  これはそんな波乱を描いた、たくましい聖女様のお話。  小説家になろうでも掲載しております。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

転生したら大好きな乙女ゲームの世界だったけど私は妹ポジでしたので、元気に小姑ムーブを繰り広げます!

つなかん
ファンタジー
なんちゃってヴィクトリア王朝を舞台にした乙女ゲーム、『ネバーランドの花束』の世界に転生!? しかし、そのポジションはヒロインではなく少ししか出番のない元婚約者の妹! これはNTRどころの騒ぎではないんだが! 第一章で殺されるはずの推しを救済してしまったことで、原作の乙女ゲーム展開はまったくなくなってしまい――。    *** 黒髪で、魔法を使うことができる唯一の家系、ブラッドリー家。その能力を公共事業に生かし、莫大な富と権力を持っていた。一方、遺伝によってのみ継承する魔力を独占するため、下の兄弟たちは成長速度に制限を加えられる負の側面もあった。陰謀渦巻くパラレル展開へ。

処理中です...