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第三章
25 兄と弟
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ユリアンはロドリックが取ってくれた赤い果実を口にしながら、真剣に考え込むように黙る夫の横顔を見上げる。やっぱり。たかがユリアン如きが生意気な発言をしたにも関わらずこの男は、怒りもしない。
ユリアンもまた、悲しんだこともなければロドリックの態度に傷付いたこともなかった。
彼は妻がどうでもよかっただけだと分かっていたので、傷付きようもなかったのだ。
——『奥様は、旦那様をお嫌いになってないんですか?』
以前エラに尋ねられたことがある。
まだ夏の終わりだった。それから嵐に襲われ、マルクスが眠り、様々なことがあったけれど、ユリアンはあの時から何も変わっていない。
ユリアンは本当に、ロドリックを恨んでいない。エラは契約を知らないから主人の冷たさを嘆いていたが、契約はユリアンに都合の良いものだ。
ロドリックとの結婚期間はたった二年間。
あと一年と少し。そうすればロドリックは、ユリアンに自由と金を与えてくれる。
……いつもマルクスが眠る時、ユリアンは唄を歌っている。
子守唄をマルクスが本当に聞いているのかは分からないけれど、それでも良かった。
でも、マルクスが眠った後、ユリアンはどうすればいいか分からない。
歌い終わったらどこへ行こう?
いつも行き先が分からなかった。
——『二年の間は邸宅内でおとなしくしていること。無意味に外へ出ることはないように』
ロドリックが問答無用で提示した条件を聞いた時、ユリアンは初めて、夢を現実にできるかもしれないと思った。
『それ以降はどう生きようとお前の自由だ』
マルクスと海の見える暖かい街へ行く。
その機会が突然降ってきたのだ。
……はじめて、神を信じた。
「これも食べるか?」
果実を食べ終わると、ロドリックがさらにもう一つ取ってくれる。彼の熟考も終わったらしい。
「ロドリック様も召し上がったらどうです?」
「これは何の実なんだ」
「さぁ」
「さぁ!?」
この人、いつも驚いてるな。ユリアンは近頃特に思う。
「美味しいですよ。プラムに近いです」
「……」
ロドリックはその場で果実を食すことはなく、だが捨てもせず、懐にしまった。食べるかどうかは分からない。慎重な人だから。
森の徘徊コースをチェックして、二人は西の森の出口へ向かった。マルクスも寝ているので小屋に戻る意味もなく、そういえばと思い出したのはロドリックの書斎だ。
ハチを駆除した際にも本棚の中身が興味深いなと感心していた。せっかくなので「書斎に行ってもいいですか」と問いかけると、ロドリックは快諾してくれる。
「テオバルトと狩猟をしないのか」
西の森を出たと同時、突然ロドリックが言う。
ユリアンは「狩猟ですか」と呟き、首を振った。
「したことはないです。テオバルト様は獣狩りをなさるんですか?」
「年に一度はな。ユリアンも今度付き合ってやればいい」
ユリアンは「はぁ」と答え、その兄の横顔を盗み見る。ロドリックは頻繁にテオバルトについて話題に上げる。この人は遠回しにテオバルトの好きな食べ物や最近の動向を聞いてきたり、今日のようにテオバルトに関して知っている情報を伝えてきたりするのだ。
夏の終わりの嵐の時間が過ぎたあと、テオバルトはユリアンの住む部屋を訪れた。
テオバルトは何やら謝罪をしていたけれど、それよりも、ユリアンは彼ともう一度友達になりたかった。
テオバルトはその後も定期的にユリアンの部屋を訪れ、一緒に西の森へ向かったりもした。予想に反してテオバルトは公爵夫人に対しての態度を止め、以前のように友達みたいに過ごすことができている。
今も、テオバルトの休憩時間に、あの小屋でお茶をすることもある。
しかしテオバルトからはロドリックの話をまったく聞かない。彼は兄について話さない。
「銃の扱いが上手いんだ。軍人なら良い狙撃手になれたかもしれない」
ロドリックとは真逆だ。
ユリアンは察していた。
この人……、弟と仲良くなりたいんだろうな。
ユリアンもまた、悲しんだこともなければロドリックの態度に傷付いたこともなかった。
彼は妻がどうでもよかっただけだと分かっていたので、傷付きようもなかったのだ。
——『奥様は、旦那様をお嫌いになってないんですか?』
以前エラに尋ねられたことがある。
まだ夏の終わりだった。それから嵐に襲われ、マルクスが眠り、様々なことがあったけれど、ユリアンはあの時から何も変わっていない。
ユリアンは本当に、ロドリックを恨んでいない。エラは契約を知らないから主人の冷たさを嘆いていたが、契約はユリアンに都合の良いものだ。
ロドリックとの結婚期間はたった二年間。
あと一年と少し。そうすればロドリックは、ユリアンに自由と金を与えてくれる。
……いつもマルクスが眠る時、ユリアンは唄を歌っている。
子守唄をマルクスが本当に聞いているのかは分からないけれど、それでも良かった。
でも、マルクスが眠った後、ユリアンはどうすればいいか分からない。
歌い終わったらどこへ行こう?
いつも行き先が分からなかった。
——『二年の間は邸宅内でおとなしくしていること。無意味に外へ出ることはないように』
ロドリックが問答無用で提示した条件を聞いた時、ユリアンは初めて、夢を現実にできるかもしれないと思った。
『それ以降はどう生きようとお前の自由だ』
マルクスと海の見える暖かい街へ行く。
その機会が突然降ってきたのだ。
……はじめて、神を信じた。
「これも食べるか?」
果実を食べ終わると、ロドリックがさらにもう一つ取ってくれる。彼の熟考も終わったらしい。
「ロドリック様も召し上がったらどうです?」
「これは何の実なんだ」
「さぁ」
「さぁ!?」
この人、いつも驚いてるな。ユリアンは近頃特に思う。
「美味しいですよ。プラムに近いです」
「……」
ロドリックはその場で果実を食すことはなく、だが捨てもせず、懐にしまった。食べるかどうかは分からない。慎重な人だから。
森の徘徊コースをチェックして、二人は西の森の出口へ向かった。マルクスも寝ているので小屋に戻る意味もなく、そういえばと思い出したのはロドリックの書斎だ。
ハチを駆除した際にも本棚の中身が興味深いなと感心していた。せっかくなので「書斎に行ってもいいですか」と問いかけると、ロドリックは快諾してくれる。
「テオバルトと狩猟をしないのか」
西の森を出たと同時、突然ロドリックが言う。
ユリアンは「狩猟ですか」と呟き、首を振った。
「したことはないです。テオバルト様は獣狩りをなさるんですか?」
「年に一度はな。ユリアンも今度付き合ってやればいい」
ユリアンは「はぁ」と答え、その兄の横顔を盗み見る。ロドリックは頻繁にテオバルトについて話題に上げる。この人は遠回しにテオバルトの好きな食べ物や最近の動向を聞いてきたり、今日のようにテオバルトに関して知っている情報を伝えてきたりするのだ。
夏の終わりの嵐の時間が過ぎたあと、テオバルトはユリアンの住む部屋を訪れた。
テオバルトは何やら謝罪をしていたけれど、それよりも、ユリアンは彼ともう一度友達になりたかった。
テオバルトはその後も定期的にユリアンの部屋を訪れ、一緒に西の森へ向かったりもした。予想に反してテオバルトは公爵夫人に対しての態度を止め、以前のように友達みたいに過ごすことができている。
今も、テオバルトの休憩時間に、あの小屋でお茶をすることもある。
しかしテオバルトからはロドリックの話をまったく聞かない。彼は兄について話さない。
「銃の扱いが上手いんだ。軍人なら良い狙撃手になれたかもしれない」
ロドリックとは真逆だ。
ユリアンは察していた。
この人……、弟と仲良くなりたいんだろうな。
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