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第二章

16 気になって仕方ない

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【第二章】
(ロドリック)




 テオバルトが顔面蒼白でユリアンとの交流を報告してきた際、ロドリックは「好きにしろ」と伝えるのを忘れていた。
 ユリアン・マルトリッツと契約上の結婚をしたのは三ヶ月ほど前で、それ以降ロドリックは公爵騎士団と共にバルシャ共和国へ出兵していた。
 出兵といっても戦争のためではなく平和条約を結ぶためだ。ルーストランド王国は隣国のベルマニア王国と戦争を繰り返している。現在は停戦しているが事実上の終戦であり、しかし、バルシャ共和国がベルマニア共和国と手を組み可能性があるとルーストランド王国の諜報機関が幾つかの情報を入手したため、そうはさせないため急遽バルシャ共和国への遠征が決まったのだ。
 出兵前にエデル公爵家はバルシャ共和国との国境付近に存在する貴族家を調べた。中でもマルトリッツ男爵領は国境に面している。
 マルトリッツが一番好都合だったのだ。
 幸いにも長男のユリアン・マルトリッツはオメガ性だったので、アルファ性のロドリックと結婚することができる。ユリアンと無事に結婚契約を交わし、ロドリックはすぐにバルシャへ向かった。条約の締結は来年となるが、ある程度の役目を果たしたため、冬が来る前に公爵邸へ帰還したのが昨晩である。
 が、その三ヶ月の間でユリアンと、弟のテオバルトに交流が生まれていたらしい。
「……何なんだ?」
 ロドリックは、ユリアンのいなくなった部屋で一人呟いた。
 テオバルトにその報告を受けたのは、昨日の夜だ。弟がロドリックの『妻』に接近するとは思わなかったため、ろくに返答ができず、テオバルトが去ってから、好きに交流しろと伝え忘れていたことに気づいた。
 そのため、今晩の夕食会にはユリアンを呼び出した。
 ユリアン本人にテオバルトとの交友を認めるためである。そしてロドリックは疑問を抱いていた。
 なぜテオバルトはユリアンと親しくなった? テオバルトからロドリックの妻に関わろうとしたのか? ユリアンはテオバルトとどんな会話をするのか。
 弟に関して考えることは多かった。しかし晩餐では更なる疑問が追加される。
 ――『バルシャ共和国の紅茶はあまり口にしない方がいいですよ』
 このユリアンという男は何者だ?
 晩餐会でロドリックが話したかったのは、テオバルトとの親交を自由にしろということのみだった。他に話の種は浮かばなかったが、ユリアンとの会話は意外な方向へ向かった。
 彼は博識で、バルシャ語を習得しており、植物や昆虫に詳しかった。詳しいどころかかなり肝が据わっていて、ロドリックの部屋に巣を作っていたハチの駆除まで難なく完了してくれた。
「何なんだ、あの男は……」
 強く印象に残ったのは、殺したオスバチをポケットにしまった瞬間である。
 子供が菓子を盗むようにこっそりと自分のものにしていた。あれをどうする気なんだ。ロドリックにはユリアンの考えていることがさっぱり分からない。マルトリッツ男爵家では目立った話がないため、彼を選んだが、ああも意味不明で、賢いと、この選択で良かったのかと不安になる。
 ロドリックがユリアン・マルトリッツに関して知っていることは少ない。
 マルトリッツ男爵家の長男で、オメガ性の男……。
 ロドリックはマルトリッツ男爵家と男爵領を傀儡にするため彼と婚姻を結んだ。結婚を急いだのは、バルシャの姫がロドリックとの婚姻を望んでいるとの情報を入手したためである。
 今までそういった話は一切なかったのにいきなり妙な動きを見せるなど、何か脅威をしでかそうとしているに違いない。情報を総合するとバルシャがベルマニアと手を組もうとしていることが分かった。
 姫と結婚などして寝首をかかれるわけにはいかない。ロドリックはバルシャから持ちかけられる前に結婚することにしたが、あえてバルシャとの国境を有する貴族を選んだ。実際長男を迎えたことで、男爵家を恣にできているし、有事でなくても国境に公爵邸の騎士団を配置することが可能となったため、バルシャ共和国に重圧をかけることができた。
 つまりロドリックが考えていたのはとにかくバルシャのことだけだった。
 結婚相手であるユリアンには興味がなかったのだ。
 ユリアンに関して知っていることは少ない。ユリアン・マルトリッツは男爵家で目立たない存在である。
 社交界では『ユリアン』が遊び人と言われているらしいが、『魔性のユリアン』の容姿の特徴からするとその噂の人物は弟のアルノー・マルトリッツだ。噂でのユリアンは金髪だが実際のユリアンは茶髪である。男爵邸付近を探らせていたアルファ性の諜報員も、社交界で遊ぶ男はオメガ性ではなくベータ性だと言っていた。
 本物のユリアン・マルトリッツは滅多に屋敷から出てこない。なぜそんな噂が回っているのか分からないが、兎にも角にもユリアン・マルトリッツが結婚相手として最適と判断し、早々に調査を打ち切らせ結婚を申し込んだ。
 男爵邸で目立たない存在だったのなら公爵邸でもおとなしくしているだろう。何にせよ、二年の契約だ。
 二年の間にバルシャと平和条約を締結し、近隣国の動きを止める。二年経てば男爵領は不要になる。
 そしてエデル公爵家から外部の人間であるユリアンを解放する。
 彼と良好な関係を結ぶ必要はない。
 二年の契約満了まで、ユリアンが何もせずにいてくれればそれでいい。
 ――しかし、ユリアンは『おとなしい』男ではないように思える。
「あのハチをどうする気なんだ……」
 ユリアンはハチとハチの巣を回収後、さっさと部屋を去っていった。
 ロドリックはソファの背もたれに体重をかけて天を仰いだ。だめだ。自分でも分かっている。俺は、疲れている。
 この一連でロドリックは全く冷静ではなかった。情けなくもユリアンの前でハチに動揺し、ハチを駆除するユリアンを見上げるだけの無力な存在でしかなく、しまいには弱音を吐いてしまった。
 まさか自分がハチに刺された過去を語るとは思わなかった。ユリアンに恐怖を見抜かれてしまったのだ。弱みを見せてはならないのが軍人の常だが、ユリアンが軍人ではない他人だから、こうも簡単に恐怖を吐露してしまったのかもしれない。
 それにしてもユリアンは奇妙な男だった。
 ……初めから、そうだったのだ。
 大抵の人間はロドリックと目を合わせようとしない。人は、ロドリックを前にすると、自分に不吉が迫ったように怯え、忙しなく指先を動かし、みるみる顔色を失い、視線を彷徨わせる。
 しかしユリアンは違った。契約を結んだあの日も、どこか気の抜けた態度をして当然のようにロドリックの目を見つめてきた。
 ロドリックが望んでいたのは、前者の人間だったのだけれど。
「俺はまた間違ったのか」
 ロドリックは、自分で呟いた言葉に、(そうだな)と共感をした。
 ロドリックの関わる者と距離を置こうとするテオバルトがユリアンと友人になったことも不思議だ。テオバルトとどんな話をするのだろう。……ユリアンに聞いてみるか? いや、けれど……。
 考えながらその日は眠り、翌日も同様だった。日中頭を悩ませていたのはテオバルトとユリアンについてばかり。
 テオバルトとどうやって話すようになったのか、何の話をするのか。年が近いから友達になれた? テオバルトは煙草を嗜むようだ。好きな煙草は? 若いうちからそんなでは、体を壊すのでは?
 ロドリックは二人の会話が気になって仕方ない。三ヶ月の間に、テオバルトとどこまで仲良くなれたのだろう。
「……聞いてみるか」
 そう呟いたのは、夜だった。
 窓の外では大雨が降っている。帰還と被っていたらかなりの被害を受けたであろう豪雨で、風も激しく雷もそこかしこで落ちている。いきなり天候が変わるのはこの地方特有で、今晩の雨は稀に見る激しさだ。
 マルトリッツ領では考えられない雨なので、きっとユリアンも起きている。ロドリックは首の裏を触りながら部屋を一周し、ユリアンが好むか分からないがひとまずワインを手にして、彼の部屋へ向かった。
 だが。
「……何だと?」
 その部屋はもぬけの殻だった。
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