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第三章

23 攫われた?

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 ベルマンの転移魔法ですぐさま王宮に帰還した。魔術師の間へ導かれて降り立つと、そこには五年前の戦争で共に戦い、今では宮廷魔術師の友人・フィリップがいた。
「久しぶりだな、ロイ」
「何が起きた」
「シェレオ西岸に構えた君の別荘が何者かに襲撃されたようだ」
「……何だと?」
 魔術師の間には、小さな池が広がっている。フィリップはひとつに纏め上げた長い金髪を揺らし、呪文を唱える。
 水面に屋敷の様子が浮かび上がった。サラの貼った防御壁が溶けて、剥がれ落ちている箇所がある。
 それはテラス付近だ。いつも、彼が休んでいた憩いの場だった。
「怪我人は?」
「向こうと一度だけ会話ができた。怪我人はいないが、誘拐が起きたようだ」
「誘拐?」
「名前は分からないが使用人が二人。そのうちの一人は魔法使いだ」
 頭の中にパッとサラの顔が浮かぶ。
 使用人……続いて脳内に浮かぶ映像はサラが呪いからオーラを助けた瞬間だ。
 まさか、あの二人なのか。
 ロイは浮かんだ映像を思いながらも告げた。
「君のところの魔術師をすぐに俺の館へ。陛下にはまだ耳に入れないように」
「あぁ。敵は魔法使いか魔術師だ。魔法軍を動かすか?」
「いや、防御魔法壁の破壊を鑑定する。相手が国内組織か、国外かで対応が分かれる。場合によっては中立軍に連絡をしなければならない。我が軍が下手に動くと後手に回る」
「そうだな。攫われた魔法使いに覚えが?」
「あぁ」
「へぇ。私的な魔法使いがベルマン以外で君の傍にいるとは珍しい。ロイがいつになく焦っているのは、その方が大事な存在だからか?」
「恐れ多くもオークランス閣下」
 そこでベルマンが会話を遮ってきた。
 彼は、他の宮廷魔術師たちに聞こえぬよう、フィリップとロイにだけ耳打ちする。
「転移魔法の気配が王宮のちょうど外で感じました」
「二人か?」俺は訊ねた。
「一人です」ベルマンは短く答える。
「……内密に迎えに行け」
「承知致しました」
 すぐさま指示を下すと、ベルマンはその場にしゃがみ込み、瞬きの間で床へと消えてしまう。
 俺はフィリップへ視線をやった。
「君と君の側近以外をこの場から外してくれ」
「了解。……感知するとは、ベルマンは優秀だな」
 フィリップは苦笑を漏らし、マントを翻した。
 王都に何者かが転移してきたらしい。本来、王宮の許可なく王都内へ転移することは禁じられている。王都と王宮には魔法防御壁が張られているため、許可がなければそれを打ち破って侵入してくることになる。
 しかしながら、イクセル大樹城の魔法使いだけは、秘密の侵入口で移動可能だ。
 王宮が警告を呼びかけていないということは、恐らくサラが……転移魔法を使ったのだ。
 彼が転移魔法を使えるとは聞いたことがない。高度な魔術で、誰にでも使えるモノではない。
 しかしサラはイクセル魔法使いの御弟子なのである。
 サラが俺に転移魔法を明かさなかった理由は不明だ。ただあの人は聡い人だから、何か理由があったのだろう。
 王都へ移動してきたのは、一人だけ。イクセル魔法使いの御弟子であるサラ本人ならまだいいが、サラ以外の人物が運ばれてきたのなら大事になる。
 よって、ここは隠密の場にしたい。
 なぜならやってきたのは恐らくサラではない。
 二人ではなく、一人が転移してきたのだ。
 サラが、そうしなかった。もしくは出来なかった。
 どちらがやってきたのか、初めから察している。
「――オークランス様」
 ベルマンに連れられてやってきたのは、やはりオーラだった。
 あの時、呪いから身を挺してオーラを庇ったサラが、自分だけ帰還するなどあり得ない。
 彼は憔悴しきった様子でベルマンに抱えられ、俺の名を呼んだ。
「オーラ、何が起きた」
「……申し訳ありません。サラ様は僕を王都へ送り、敵地に残りました」
 俺とフィリップは眉を顰めた。
 ベルマンは無表情を僅かにひくつかせ、「オークランス様」と素早く割って入ってくる。
「私は城へ戻ります。貴方が狙いなら城が危うい」
「そうしてくれ」
「フィリップ殿、何人かお借りしても?」
「好きなだけ」
 ベルマンは「では」と軽く頭を下げて魔術師の間をすぐさま去っていく。フィリップは、椅子に腰掛けたオーラへ滋養の飲み物を差し出した。
 オーラは目も虚ろで、呼吸も浅く短かかった。血色も悪く、今にも倒れそうだ。
 暴行を受けた様子は外見からは見られなかった。すると距離が彼の体力を奪っている。察するに並大抵の距離を移動してきたわけではない。他国からやって来たのは明らかで、それも隣国レベルに収まらないだろう。
 もしくは、連れ去られた先が地上ではない?
「オーラ、喋れるようになったら話してくれ」
「サラ様と」
 オーラは口内に溜まった唾液を飲み込み、即座に語り出した。
「敵地に攫われました。屋敷のテラスにいた時、空が割れて、黒い影の渦巻く穴が現れたんです」
「空にか?」
「はい」
 それが転移魔法だとしても空に穴を作ったとなると、天に関係する魔術だ。
 もしくは空の魔族の民か。
「サラ様が咄嗟に僕へ手を伸ばして、僕たちはその穴の中へ引き摺り込まれました。気がつけば、暗闇ばかりの屋敷の中に落ちていました」
 落ちた……。やはり行先は地上でない可能性がある。
 天からどこへ落ちたのか。
「サラはどうしている?」
「僕を先に王都へ逃し、自分はイクセル様のもとへ向かうと仰っていました。僕にこれを持てと」
 オーラは懐から手鏡を取り出した。視線で、フィリップを促す。
 フィリップは手鏡を受け取ると、水辺へ歩いていった。
「サラは無事なのか? 二人とも、身体に損傷は?」
「僕は平気です。けれどサラ様は怪我をされていました。肩に、血が滲んでいて……」
「……」
 サラが、怪我をしている。
 想像するだけで呼吸が荒くなった。押し込めて、丁寧に問いかける。
「欠損はないんだな?」
「ありませんでした。ただ、片手が使えなくなったので二人で王都に戻ることはできず」
「そうか。君が無事でよかった」
「ありがとうございます」
「ならばサラは今、イクセル魔法使いと共にいるんだな?」
 その時、オーラの表情が歪んだ。
 本当に一瞬ではあったが、目を僅かに細め、苦しげな顔をしたのだ。
 今のは――……
「ロイ」
 フィリップが俺を呼ぶ。
 彼は手鏡に水を垂らしている。少し離れた位置から横顔だけ向けて、告げた。
「この鏡の見た一部始終が映っている。敵地の様子が映された」
「場所は特定できるか?」
「……恐らくだが、これは地上ではないな」
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