【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK

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第三章

21 追い出さなければ

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【第三章】













 魔族の血が流れる者を純粋な人間が恐れる感覚はこういうことなのだろうか。
 俺はこの二十九年間の人生で、それを初めて理解した。

 
 軍部と王室からの勧めで、半ば強制的にファルン王国の西岸に位置するシェレオ地方の別荘地で療養をとることになった。
 ここ数ヶ月の体の不調が原因だ。
 毎日身体が重く、特に夜、眠れない。
 何か夢を見ていたようで悲鳴を上げながら目覚める。悪夢が波のように引いていくのを、体の穴という穴から汗を吹き出しながらもジッと堪える。
 その黒い波の正体は分からない。一体どんな悪夢に襲われていたのか、目覚めた段階では既に忘れている。
 睡眠が十分に取れないでいると、食事もままならなくなる。戦場で常に周りを警戒し、配慮していたのとは違う、ただぼんやりとした輪郭のない『不安』がふとした瞬間に胸を襲う。
 どれもこれも曖昧だった。悪夢の正体はちっとも分からず、この不安が何を恐れているのかすら不明瞭だ。
 俺としては戦争神経症の一種ではないかと疑ったが、周りはそう判断しなかった。
 ……かつて、俺には最愛の妻がいたらしい。
 その方は人間の男性だった。出会いに関して詳しく知る人物は居らず、唯一彼と同じ遊郭街を出身とするオーラだけが、『リネ様は素晴らしいお方でした』と語っている。
 リネ・オークランス。それが彼の名だ。
 彼は五年前に、敵国トゥーヤの革命軍である岩渓軍に屋敷を襲撃され、殺された。
 俺はその夜、拷問のため拉致されていて、ファルンへ帰還するも二ヶ月近く意識を失っていたらしい。
 二ヶ月生死を彷徨っていた事実は一部の幹部たちしか知らない。俺が眠っている間に妻の遺体は火葬され、襲われた屋敷も修復した。
 しかし襲撃を受けた際に屋敷の殆どの物が燃え尽きたという。俺は妻を亡くしたショックで彼の記憶の全てを失っていたので、彼を知る物はこの世に何一つ残されていない。
 なぜなのか……彼の生きた痕跡はこの世のどこにもない。
 記憶のない俺は、それを悲しむことすらできない。
 五年前までの俺は、妻を相当愛していたらしい。周りの人々は俺の不調を、妻を亡くした悲しみによるものと結論付けた。
 そして遂には、娼夫を派遣してきた。
 娼夫を寄越すなど……ここまで強行手段を取って俺の体を休ませようとするのは初めてだ。
 その企みを聞いたのは、『彼』がやってくる当日だった。ベルマンに伝えられた時、俺は怒るでも否定するでもなくこう言った。
「人間なんだろ? 俺を恐れるんじゃないか」
「いえ、彼は魔族の血に耐性があるんです」
「へぇ……残念だが俺にその気はないよ。遥々足を運んでくれるのに、申し訳ないな……」
 心中では、どうせならオーラと共に人間の遊びができるかもしれない、と期待していたのだ。
 オーラは人間で、遊郭街の出身だ。娼夫や遊女たちは仕事の合間に、よくプリンなどお菓子を作っていたらしい。
 たまに味を変えて遊んでいたと言う。彼らはお菓子作りと酒が大好きだ。そうした人間の遊びができるかもしれない。
 もちろん奉仕をさせる気はなかった。俺は誰にも体を触らせない。酒癖の悪いベルマンや、よく叱ってくるオーラが、俺を叩いたり肩を組んでくることはあっても、それ以外に俺に触れてくる者などいないし、違和感がある。
 せっかくの休暇だ。ビーチで怠けてもいい。オーラ以外の純粋な人間は周りにいないので、どんな人なのだろうと、俺は年甲斐もなく新しい友人に期待していた。
 そうして遣わされてやってきたのが、
 ――『ファルンに栄光を』
 人間の男の、
 ――『サラと申します』
 サラだった。
 俺はその姿を前にした瞬間、理性を失った。
 恐怖で染まる本能のままに、完全な否定を示したのだった。









 額が地に着くほど頭を下げた男を前にし、俺は魂が震えるほどの恐怖を味わい、直感した。
 悪夢が、人間の形を模して現実までやってきやがった……。
 人間にとっての異質が俺たちならば、俺たちにとっての異質はこの男だ。頭を垂れるソレを前に、溜まった唾液を飲み込む。
 だが、周りにいるベルマンや他の使用人など魔族の末裔たちは一切の反応を示さず、にこやかに男を眺め下ろしている。
 この状況が気色悪くして仕方なかった。なぜ皆、彼を恐れないのだ。
 俺は恐怖と混乱に陥っていた。戦場で敵を前にした時とは全く違う。これは『悪夢』そのものだ。悪魔……? いや魔狼の末裔である俺が今更どうして悪魔に恐怖しようか。
 そうして困惑する俺の唇は勝手に開いている。
 正直に言うと、あの時俺が何と発言したのか覚えていない。
 血の気の引いた心が、俺の判断を介さずに勝手に言葉を声にしている。ただ、俺が彼を追い出そうとしたことだけは確かだ。
 この男を俺に近づけてはならない。ここから追い払わなければならない。
 否定の言葉だけを撒き散らし、俺は逃げるように彼の眼前から去った。心臓が激しく脈打っていて、身体中の肌に汗が滲んでいる。
 そうして一人になってみると、はて、と思う。
 俺は一体彼の何に恐怖していたのか?
 なぜ彼の姿を見て、あれほど異常な身体反応を示したのか。
 距離ができると、息がしやすくなった。酸素を取り入れて正常な思考で考える。なぜ俺は見ず知らずのただの人間をあれほど忌避したのだろう。
 冷静になってみると、そこまでの嫌悪が起きなかった。俺が吐き捨てた言葉を出来る限り思い出し、後悔に胸を侵される。
 もう一度会ったら、謝らなければならない。俺にも意味が分からないが、俺は貴方が怖かった、と。
 彼が屋敷から帰る選択をしなかったと聞いて、安心した。ならば謝ることができる。朝食の配膳をしてくれるらしい。その際に、言葉を交わそう。
 そうして、オーラや皆で、お菓子でも……。
「――朝食の用意ができました」
 俺は青ざめながら言い捨てた。
「オーラを呼べ」
 だめだ。
 こいつを追い出さなければ。
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