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第四章
46 revenge
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由良は口を閉ざしている。一成は「なら」と更に続ける。
「どうして玲は、大倉玲と名乗ってるんだ」
「……月城さんはどうして月城なんですか?」
逆に問い返してきた涼は、やけに静かな表情をした。
一成が答える前に彼が言う。
「本当は如月一成なのに、月城一成のペンネームを使っていますよね。それって人によって理由は違うと思うけれど、現実世界の自分と乖離させるか、本当の名を隠すためですよね」
その口調は、涼が導き出した考えを述べるようでもあり、こちらに問うてるようでもあった。
次に涼の視線が由良に移る。
一成を相手にしていた時と違って、鋭さの孕んだ目つきをした。
「兄ちゃんも同じです。お母さんが死んでから、何か恐れているみたいで……お母さんが死んで、暫く経ってから俺たちは『大倉』になったんです。名前を、変えたんですよ。それまでは隠れるようにして暮らしてたけど、名前を変えてからは学校にも通えるようになりました。俺は子供すぎてよく分からなかった。どうして名前を変えなくちゃならないのか……あの時兄ちゃんが、深山のままでいたら危険だって考えた理由が当時の俺には理解できませんでした。でもきっと、凄く暴力的な何かを恐れていたんでしょう」
涼は由良を睨みつけ続けている。
一成は呟いた。
「お前の母さんは事故で、車に轢かれたんだよな」
「えっと」
すると、取り憑かれたように恨みのこもった目をしていた涼が、その暗さを和らげて一成を見る。
「事故は、事故です。でもお母さんは轢かれたんじゃなくて、車に乗っていたみたいです」
「……そうだったのか?」
一成は荒げそうになった声を抑えた。
頭の中で煩雑に散らばっていた記憶や伝聞で聞いた出来事が、奇妙な動きを伴って繋がっていく。
「衝突事故だったような、気がします」
一成は数秒黙り込んだ。
この、問いかけをするか、少しだけ躊躇った。
だが聞かなければならない。
「それはいつの話だ」
「六月六日です」
一成は唇を噛み締めた。涼は由良を気にしていて、一成が顔を歪めたことに気付いていない。
「何年前か、覚えているか」
「九年前です」
一成は額に手のひらを当てて、項垂れた。
するといきなり涼が声を張る。
「組長の車だったんじゃないですか?」
由良を睨みつける目が更に鋭くなった。青い瞳に翳がかかる。
「その事故に嵐海組長もいたんでしょう?」
涼は堰を切ったように吠えた。
「俺たちが名前を変えたのは、ヤクザのせいだったんじゃないですか? 由良さん知ってます? 兄ちゃんは言ってました。あの事故で組長を見たんだって。その後暫くして兄ちゃん、大怪我して帰ってきた。ヤクザが、兄ちゃんに何かしたんじゃないですか? だから兄ちゃんは本当の名前まで消して隠れてることにしたんです。まだ子供だったのに! 兄ちゃんはアンタたちを恨んでる」
「まぁ、アイツは、初めから恐ろしい男だった」
沈黙していた由良が呟く。涼が目を瞠った。
「何言ってるんです? 兄ちゃんじゃなくて、あなたたちの方が恐ろしくて、最悪だ。謝ってください。あの事故で何をしたのか分からないけど、兄ちゃんは由良さんに復讐しようと思うくらい恨んでいて——……」
「違う」
その声が落ちると、場が水を打ったように静まった。
静寂する空間で一成は続けた。
「その男じゃない……」
一成は震える吐息を吐いてから、顔を上げた。
由良は懐かしいものを見るような目つきで一成を眺めている。一成は乾いた声で、
「由良晃」
と呟いた。
「玲の借金はいくらなんだ」
「一億だと思うか?」
由良が唇に親指を当てた。軽く目を細め、一成から目を逸らさない。
「俺たちと玲には色々と因縁があってな。外へ示しをつけるため多額ってことになってるが、実際はほぼ残ってねぇ。だから少しずつ返せっつってんだよ。なのに一気に持ってきやがって、あのガキは……」
涼は困惑に満ち満ちた顔をしている。一成は「そうか」と諦めたように呟いた。
玲は一成から渡された金の殆どを涼に送っている。大金を返済に回す必要が、ないからだ。
九年前の六月六日。
それは父の命日だった。
一成は項垂れる。口元に手を当てて、目は見開き、自分の膝を凝視していた。
六月六日の自動車事故。父の死の真相は一成には隠されている。あまりにも外聞が悪かったから秘密裏にされているのだ。
しかしその日、確かに父は死んでいる。
……父は。
運命を我が物にしようとしていた。そして、手に入れる前に死んだ。
父が。
運命を手に入れるため動き出したのは、一成が母と共に日本を出て、奴が自由の身になったからだ。男は母がいるせいで運命を迎え入れられないと怒鳴っていた。母がいないから、運命を捉えに行った。
六月六日。
一成の父と、玲と涼の母親が自動車事故で死んだ。
涼の瞳。
父や一成と同じ青い目。なぜか父と血の繋がった異母兄弟たちは青の瞳を継ぎ、父と同じようながっしりとした骨格をもち、アルファ性が多い。
玲は。
その事故を見ていた。
何が起きていたのか知っている。
そうして、何も知らない愚かな一成の元へやってきた。
借金を理由にして一成の傍にいた。無茶苦茶な契約を提示されたにも関わらず玲が応じたのは金のためだ。金を返すために四苦八苦している状況なら一成に従うのも不自然ではないし、実際初めは訝しんでいた大江も納得していた。
だがその借金も多額ではない。
それなのに契約を結んだのは、目的が金ではなく。
「俺だろ」
横断歩道を警戒するくせに交差点へ飛び出してきた玲。
——『必死こいてる理由を突き止められたら、一成さんにプレゼントでもあげますよ』
何を寄越すつもりだった?
玲。
「玲」
魔王が玲の母……運命を殺すきっかけを作ったのは如月一成だ。
一成が母を連れて日本から離れなければこうはならなかった。
魔王に親を殺された玲は、その恨みを晴らすため、魔王の子の元にやってきた。
「俺に復讐しようとしてたのか」
「どうして玲は、大倉玲と名乗ってるんだ」
「……月城さんはどうして月城なんですか?」
逆に問い返してきた涼は、やけに静かな表情をした。
一成が答える前に彼が言う。
「本当は如月一成なのに、月城一成のペンネームを使っていますよね。それって人によって理由は違うと思うけれど、現実世界の自分と乖離させるか、本当の名を隠すためですよね」
その口調は、涼が導き出した考えを述べるようでもあり、こちらに問うてるようでもあった。
次に涼の視線が由良に移る。
一成を相手にしていた時と違って、鋭さの孕んだ目つきをした。
「兄ちゃんも同じです。お母さんが死んでから、何か恐れているみたいで……お母さんが死んで、暫く経ってから俺たちは『大倉』になったんです。名前を、変えたんですよ。それまでは隠れるようにして暮らしてたけど、名前を変えてからは学校にも通えるようになりました。俺は子供すぎてよく分からなかった。どうして名前を変えなくちゃならないのか……あの時兄ちゃんが、深山のままでいたら危険だって考えた理由が当時の俺には理解できませんでした。でもきっと、凄く暴力的な何かを恐れていたんでしょう」
涼は由良を睨みつけ続けている。
一成は呟いた。
「お前の母さんは事故で、車に轢かれたんだよな」
「えっと」
すると、取り憑かれたように恨みのこもった目をしていた涼が、その暗さを和らげて一成を見る。
「事故は、事故です。でもお母さんは轢かれたんじゃなくて、車に乗っていたみたいです」
「……そうだったのか?」
一成は荒げそうになった声を抑えた。
頭の中で煩雑に散らばっていた記憶や伝聞で聞いた出来事が、奇妙な動きを伴って繋がっていく。
「衝突事故だったような、気がします」
一成は数秒黙り込んだ。
この、問いかけをするか、少しだけ躊躇った。
だが聞かなければならない。
「それはいつの話だ」
「六月六日です」
一成は唇を噛み締めた。涼は由良を気にしていて、一成が顔を歪めたことに気付いていない。
「何年前か、覚えているか」
「九年前です」
一成は額に手のひらを当てて、項垂れた。
するといきなり涼が声を張る。
「組長の車だったんじゃないですか?」
由良を睨みつける目が更に鋭くなった。青い瞳に翳がかかる。
「その事故に嵐海組長もいたんでしょう?」
涼は堰を切ったように吠えた。
「俺たちが名前を変えたのは、ヤクザのせいだったんじゃないですか? 由良さん知ってます? 兄ちゃんは言ってました。あの事故で組長を見たんだって。その後暫くして兄ちゃん、大怪我して帰ってきた。ヤクザが、兄ちゃんに何かしたんじゃないですか? だから兄ちゃんは本当の名前まで消して隠れてることにしたんです。まだ子供だったのに! 兄ちゃんはアンタたちを恨んでる」
「まぁ、アイツは、初めから恐ろしい男だった」
沈黙していた由良が呟く。涼が目を瞠った。
「何言ってるんです? 兄ちゃんじゃなくて、あなたたちの方が恐ろしくて、最悪だ。謝ってください。あの事故で何をしたのか分からないけど、兄ちゃんは由良さんに復讐しようと思うくらい恨んでいて——……」
「違う」
その声が落ちると、場が水を打ったように静まった。
静寂する空間で一成は続けた。
「その男じゃない……」
一成は震える吐息を吐いてから、顔を上げた。
由良は懐かしいものを見るような目つきで一成を眺めている。一成は乾いた声で、
「由良晃」
と呟いた。
「玲の借金はいくらなんだ」
「一億だと思うか?」
由良が唇に親指を当てた。軽く目を細め、一成から目を逸らさない。
「俺たちと玲には色々と因縁があってな。外へ示しをつけるため多額ってことになってるが、実際はほぼ残ってねぇ。だから少しずつ返せっつってんだよ。なのに一気に持ってきやがって、あのガキは……」
涼は困惑に満ち満ちた顔をしている。一成は「そうか」と諦めたように呟いた。
玲は一成から渡された金の殆どを涼に送っている。大金を返済に回す必要が、ないからだ。
九年前の六月六日。
それは父の命日だった。
一成は項垂れる。口元に手を当てて、目は見開き、自分の膝を凝視していた。
六月六日の自動車事故。父の死の真相は一成には隠されている。あまりにも外聞が悪かったから秘密裏にされているのだ。
しかしその日、確かに父は死んでいる。
……父は。
運命を我が物にしようとしていた。そして、手に入れる前に死んだ。
父が。
運命を手に入れるため動き出したのは、一成が母と共に日本を出て、奴が自由の身になったからだ。男は母がいるせいで運命を迎え入れられないと怒鳴っていた。母がいないから、運命を捉えに行った。
六月六日。
一成の父と、玲と涼の母親が自動車事故で死んだ。
涼の瞳。
父や一成と同じ青い目。なぜか父と血の繋がった異母兄弟たちは青の瞳を継ぎ、父と同じようながっしりとした骨格をもち、アルファ性が多い。
玲は。
その事故を見ていた。
何が起きていたのか知っている。
そうして、何も知らない愚かな一成の元へやってきた。
借金を理由にして一成の傍にいた。無茶苦茶な契約を提示されたにも関わらず玲が応じたのは金のためだ。金を返すために四苦八苦している状況なら一成に従うのも不自然ではないし、実際初めは訝しんでいた大江も納得していた。
だがその借金も多額ではない。
それなのに契約を結んだのは、目的が金ではなく。
「俺だろ」
横断歩道を警戒するくせに交差点へ飛び出してきた玲。
——『必死こいてる理由を突き止められたら、一成さんにプレゼントでもあげますよ』
何を寄越すつもりだった?
玲。
「玲」
魔王が玲の母……運命を殺すきっかけを作ったのは如月一成だ。
一成が母を連れて日本から離れなければこうはならなかった。
魔王に親を殺された玲は、その恨みを晴らすため、魔王の子の元にやってきた。
「俺に復讐しようとしてたのか」
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