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第四章

44 無防備

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 一成は息をドッと吐き出した。
 呆然としながら鸚鵡返しに呟く。
「カラコン?」
「はい。普段青だと目立つので」
 涼はゆっくりと頷き、一成の顔を伺うように上目遣いをした。
 一成の方が背が高いからだ。しかし涼も高校一年生にしては高身長だった。
 細身な印象を抱かせる兄とは骨格が違う。
「兄ちゃんが言うには、俺の父親が外人とか何とかで目が青かったらしいんです。で、青だと目立って虐められるって兄ちゃんが心配するから、黒のカラコンするようになったんです。施設にいたからかな。いじめの理由に敏感なんです。出る杭は打たれることを警戒してるんでしょうね」
 と、語尾が尻すぼみになっていく。一成の目を眺めつつ、そういえばと言った風に呟いた。
「月城さんも青いですよね。初めて会った時、俺も月城さんの目に驚いたんですけど、あの時は兄ちゃん背負ってて目なんかの話してる場合じゃなかったんで」
 由良は首に手のひらを当てて軽く俯いていた。唇が弧を描いているのが見えた。
「……そうか」
「あの、とにかく上がってください」
 促されて玄関から移動する。父親の姿はない。仕事で出張中だそうだ。
 リビングに通されて、それぞれソファに腰掛ける。テーブルの上には灰皿が用意されていた。
 涼が微かな声で独り言のように呟いた。
「あれ。ウチに灰皿なんてあったんだ」
 永井夫人がやってきて、茶の注がれたグラスを差し出してきた。涼が「あ」と言って立ち上がり、少し離れたところにあるダイニングテーブルの上にあった眼鏡を取りに行く。
 夫人は去り際、由良に会釈をした。
 由良はゆっくり瞬きをした。まるで頷くように。
 涼が眼鏡をかけて「すみません」と急いで戻ってくる。
「寝るところだったんです。なのでスウェットのままだし……でも、そうですね。俺も目が青い日本人は初めて会ったかも。月城さんもミックスとかなんですか?」
 涼は純真そうに問いかけた。
 由良が足を組んで、煙草を取り出しながら視線をこちらに遣った。
 由良は憐れむような目つきをしている。煙草に火をつけて深く吸いつけた。思考がありえない速さで巡る。思い出すのは、一成と涼が初めて二人で話していた時にやってきた玲の表情だ。
 ——『ここで、何してんの』
 弟と一成が会しているのを、信じられない目つきで見ていた。
 一成は言った。
「ああ……お前と同じだよ」
「そうなんですね」
 一成は深い息を吐いた。一人掛けのソファに座った由良が深く紫煙を吐き出す。
 由良は一度瞼を閉じて、次に開けたときは鋭い目を一成へ寄越した。
「玲がお前の元からいなくなったそうだな」
 一成は「あぁ」と頷いた。由良は軽く目を伏せて、言った。
「まぁ……アイツが考えていることは分かる」
「兄ちゃんの居場所が分かるんですか?」
 涼が困惑で顔を歪めた。前のめりの姿勢になる。
「じゃあ、何のためにウチに」
「焦るなよ……焦ったってどうせ、何も起きないんだ」
 由良が煙草をくゆらしながら言った。
 何も起きない? 一成はその言葉の意味が分からず由良を凝視する。先ほどの永井夫人の態度といい、奇妙な点が多すぎる。
 何よりも一成を混乱させているのは涼の正体だ。
 玲は、知っていたのか……?
「如月の坊ちゃんは困惑してるようだな」
 由良が足を組み替えながら言った。
「先に俺について話してやろうか」
 膝に腕を置き、もう片方の手でかったるそうに髪を黒髪をかきあげる。
 『何のためにウチに』の回答だ。
「如月一成と名乗る男が俺の金融事務所の一つに関わってきた。その連絡に気付いたのが今朝だった」
 一成が連絡を入れたのは昨日だ。少しタイムラグがあったらしい。
 由良はくくっとおかしそうに低く笑った。
「驚いたよ。あの如月の人間が俺達に今更何のようだ? ってな。しかもそいつが、玲の借金を返したいとほざいてるじゃねぇか」
「……如月って、何なんですか?」
 すかさず涼が食いつく。先ほどから『如月一成』と呼ばれる一成に対し、不思議そうな目を向けていた。
「面倒だな」
 由良はそう吐き捨てて、数秒考え込む。結局どうでもよくなったのか雑な言い方をした。
「とにかく厄介なお貴族様だよ。権力があって、悪趣味で……。今はどうか知らねぇけど。何にせよ俺は如月の名にはよく、覚えがあった」
 由良が微かに目を細めた。痺れるほどに鋭い眼光をむけてくる。
「どういうことか聞き出すために玲に連絡したが繋がらねぇ。仕方なく玲のアパートに行くと、大家の爺さんは玲はとっくに引っ越したとかふざけたことを抜かしやがる」
 チッ。だからあいつあん時、アパートじゃなくて駅に……。
 由良はボソッと呟いた。ため息の代わりに一服し、長い煙を吐いた。
 ……由良は如月家を知っている。
 なぜかは分からないし、今の由良がそれを説明する気はないようだ。
 一成は必死に記憶を漁った。由良や嵐海組が如月家に関わったことがあるか? いや、その名を聞いたことは一度もない。
 しかし如月家には暗部がある。
 父だ。
「仕方なくお前のとこに来たんだよ。兄貴の居場所を聞き出すために」
 由良は横顔だけで涼を見た。涼は未だに狼狽した様子で呟く。
「こんな夜中にですか」
「時間なんて関係ねぇだろ」
 由良が一瞬、視線を永井夫人の消えていった方角へ向ける。まるで彼女へ告げるように。
 涼は恐る恐ると言った様子で勇敢にも意見した。
「……昼に聞いて、今? 随分悠長ですね」
「テメェも生意気なガキだな」
 だが由良は「まぁ、いいよ」と軽く流した。
「俺も忙しくて玲一人に構ってる暇ねぇんだ。どうせアイツには何もできねぇ。なんせ如月一成は、玲の借金を返したいと言い出すほどにアイツにハマってる。玲はそれでビビって、逃げたんだろ」
「……どういうこと? 月城さんが、借金を返すと兄ちゃんは困るの? というかお金が返ってくるなら、由良さんも嬉しいんじゃないんですか?」
 由良は涼の純粋な質問を無視する。些事だと言わんばかりに。
 借金など、どうでもいいとばかりに。
「家の前で一服してたらコイツが来やがった。笑っちまったな」
 玲一人に構ってる暇はないと言いつつも、それでも由良は玲のためにここまでやってきている。
 一体二人はどういった関係なのか。
 想像しても頭が加熱しない程度には一成も冷静になっていた。それを察した由良が、こちらにバトンを渡すように煙草の箱を投げ寄越してくる。
「で、どうだ。少しは落ち着いたか?」
「……玲と最後に会話を交わしたのは昨晩だ」
 一成は箱を手にしながら言った。
「酒を飲んでから記憶がねぇ。丸一日寝ていたらしい」
「その酒はお前が用意したのか?」
 由良は目を眇めた。一成は「いや、玲だ」と答える。
 そう、昨日は玲が酒を用意してくれた。
 瞬間、由良がおかしそうに笑い声を立てた。
「そりゃ坊主、酒にクスリ入れられてたんだよ。はははっ。玲を相手に随分無防備だな」
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