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第二章

33 イライラ

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 L字型ソファの端と端。離れていると言えばそうだけれど、一ヶ月前ならこうして意味もなく同じソファに座ることはなかった。
 しっかり男ではあるが警戒心の強い小動物を相手にしている気分だ。一成も自室にこもって仕事をしている時間は長いが、以前と比べたら共に過ごす時間が増えている。
 しかし所詮、端と端。初期に脅かしすぎたせいでそう簡単に距離は縮まらない。
 とは言えいきなり近付いても怯えることは少なくなった。
 玲から話しかけてくる回数も増えている。今では数える必要もない。
「一成さんは背が高くて、元々体が大きいから、俺とはポテンシャルが違うんです」
「確かに遺伝もある」
「そうなんでしょうね」
 玲は素っ気なく言ってオレンジジュースを飲んだ。
「一成さん、お金の使い方はよく考えたほうがいいですよ」
「借金ある奴に言われちまった」
「ほんとですよ。言われてしまっていいんですか?」
 玲が大してオレンジジュースを好きなわけではないと、一成も今は知っている。
 勝手にキャラ付けされたのを訂正せずにいただけらしい。嫌いでもないので、最近では一成が箱買いしたジュースを勝手に意欲的に飲んでいる。
 暫くして、注文していた食事が届き、ダイニングテーブルにピザを広げた。
 たまに派手なピザを食べたくなるのだ。仲間内で集まるときにはいつもピザを頼んでいるが、最近は玲がいるので、ゴスケなど友人とも会っていない。
 玲は人見知りをするらしく、『ご友人がいらっしゃるなら出ておきます』と沈んだ顔で言っていた。地上は遠い。仕事もないのに家から出るのを億劫に感じているようだ。
 なので友人を近頃家に呼んでいないし、ピザも食べていない。
 玲は配達されたピザを見て、「うわぁ」と目を輝かせた。
「カロリーの嵐って感じですね」
「お前はもっと太れ」
「はい……いただきます」
「……」
「美味しいっ」
「こういうの食べねぇの?」
 玲は口を動かしながら無言で一成を見つめた。玲の口からチーズが延々と伸び続けている。助けを求めるような顔をしているがどうにもできないので一成は眺めている。
 時間をかけて咀嚼してから、「食べません」と玲は言った。
「高いので」
「カロリー?」
「お金が」
「あぁ。弟の方は裕福な生活してるっぽいな。お前はそれでいいのか?」
 玲は少し唇を開いてから、閉じて、答えた。
「良いも悪いも、涼の人生ですから。俺が口出しすることではありません」
 そうやって冷たく答えながらも、実際に涼と話していた玲は見たこともないほど嬉しそうで活き活きとしていた。
 一ヶ月前のあの日以降、弟の涼とは会っていない。
 たまに連絡が来る。メッセージでは《兄ちゃん体調崩してませんか?》と常に兄の心配をしている。
 弟も兄と直接連絡を取っているようだが、兄が事実を話すわけがないと理解し尽くしているのだ。怒りを伴うほどの無念さを感じていた時に、丁度いい監視員(一成)が現れて助かっているようだった。
 肝心の兄の体調は悪くない。
 この一ヶ月は性行為もセーブしている。
 初めの一週間、試しに一切我慢してみた。意外といけるもんだなと謎の達成感を抱いていたが、ある夜、玲が突然『しないんですか?』とベッドに侵入してきた。
 一週間いけたのだから二週間だってヤラずに過ごせる。一成は得意げに『やらねぇな』と言ったが、玲はキレ気味に『一成さんが沢山抱くから俺の体は変になってるのに』と本気で拳を叩きつけてきた。
 せっかく我慢していたのに生意気な男だ。腹立つが勃起したのでその日に抱いて、以降は週に一回程度、数時間で終わらせている。
 だが一応、以前みたいに玲が眠るまで抱き続けたりはしていない。無性にエロいので勃起はするがセーブしている。
 そのせいで最近の性行為後は、話す余裕のある玲が『これは何をどうしたら生まれる筋肉なんですか』『むにむにしてる』『変なの』と悪口を織り交ぜながら一成の体を触ってくる。悪口はいけすかないが、やたらそそられてしまう。
「それにしてもどうしてそんなにお金を持っているんですか?」
 無意味に体を触ってくるだけでなく、やや踏み込んだ質問もするようになっていた。
 この間は『何時まで仕事しているんですか?』『お金持ちの学校に通っていたんですよね』『どうして銀髪なんですか?』『ブリーチって禿げるんじゃないんですか?』と問われたし、遂には『オメガ性の恋人ができたことはあるんですか?』とも質問された。
 一成も、それらを面倒とは思わず素直に答えられるから自分でも不思議だ。
「入ってくるから」
「小説やタレント業? そんなに稼げるものなんですか?」
「まぁそれもある。細々と色々やってたしその収益。精力的な時に作っといた」
「はぁ。ボードゲームとか?」
「色々と。不動産からも入ってくる。数年前にマンション買ったから」
「えっ、むッ」
 玲は伸び続けるチーズと苦闘してから、言った。
「なるほど。でも買うのにもお金がかかるでしょう。儲かってたんですね」
「母さんの遺産の一部を使ったんだよ」
「ああ」
 玲はオレンジジュースを飲む。酒は好まないらしい。
 レストランで勧めた時に、まだ二十歳なのに『好きではないんです』と苦々しい顔で答えていた。まるで何年も前に飲んだことがあるみたいな言い方だった。
 玲はピザを眺めながら呟いた。
「一部……残りには手をつけてないんですね」
「そうだな」
「お母さん、残念でしたね」
 玲には母が病死していることを話している。
 あれは確か一週間前。会話の前後は覚えていないが、その事実を告げた覚えがある。
 一成は酔っていたので玲の反応を忘れてしまった。今と同じように仏頂面だったのだろう。
「まだ母さんが死んで五年しか経ってないからな」
「五年?」
 玲は意外そうに目を開く。
「五年前の話だったんですね」
「あぁ」
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