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第二章
26 嵐海親分
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居た……。
死んだ?
玲の言葉から、母親は行方不明になっていたのだと思っていた。
両親について聞いた時、玲は睡魔に襲われながらもそう答えた。
あの状況で嘘をつけるか? 本当に『探している』のだとこちらに思わせる口調だった。
しかし実際は死んでいる。玲も事故現場に居て、それを目撃していたらしい。
なら、あれは何だったんだ。
暫しの沈黙が二人の間に流れる。やがて涼が口を開いた。
「俺は子供すぎて覚えてないんです。俺は、何も知りません」
念押しするような言い方だった。自分自身に言い聞かせるような。
涼がこちらに目を向ける。
「本当に兄ちゃんがそんなことを?」
「母を探してる、とは言っていた」
「意味が分かりません」
「俺もだ」
涼は唇を閉じて考え込んだ。時折一成に向けてくる視線から、一成の発言の信ぴょう性を疑っているようでもある。
そして前半の発言を思い出したらしく、あ、と言ったように「借金のことですけど」と話題を戻す。
「兄ちゃんが借金してたのは知ってます。もしかしてまだ残ってるんですか?」
「知らないのか?」
一成が驚いて眉根を寄せると、涼は頷いた。
「あの人は何も言わないんです。借金を作ったことは知ってました。昔、兄ちゃんが『金借りたから婆ちゃんの医療費は俺が払う』って言ってたので」
「由良からか?」
すかさず食い付くと、涼は「そ、そうですけど」と狼狽えながらも認める。
「由良さんのことは知ってるんですね。まぁ、有名なヤクザっぽいしな。極道小説書いてる人は分かるか」
「あ? お前、俺がそういうの書いてんのも知ってんのか」
「バイオレンス小説好きなんですよ。なんか、夢みたいで」
確かに関東の極道関係についてはある程度把握している。由良晃も少しだけ耳にしたことはあるが、その若頭補佐よりも抜群に目立っているのは組長の嵐海だ。
彼のカリスマ性は有名だった。まだ五十半ばと若く、現役である。嵐海親分は若い頃は相当な喧嘩(ステゴロ)上手で、今はもう組織の長ともあり手は出さないが、代わりに由良晃若頭補佐を含め、組員の武闘派は多くいて、即戦力が高い。嵐海組は動員力も行動力も抜群で、闘争心旺盛な若衆をあっという間に手配できる。これが強いのだ。
涼は極道よりも『バイオレンス』を強調した。暴力を文字で見るのが好きらしい。彼は「悪い奴や強い奴にしっかり暴力で打ち返すのが好きなんです」と私立校の高い制服を着て単調に語っている。
涼の『夢みたいで』の響きは、馬鹿みたいとも、憧れのようとも取れる言い方だった。涼は「月城先生って」と淡々と続けた。
「いい加減な人なのかなって動画とかでは思ってたんですけど、意外と俺の話を真面目に聞いてくれるのでびっくりしました。びっくりしたはいいんですけど、話聞いているうちに、だんだん疑えてきました。本当に兄ちゃんの恋人ですか?」
「……」
十五だか十六にしては鋭い観察眼を持っているようだ。とは言え一成も本気で恋人を演じたつもりはない。
涼が『恋人なのか』と聞いてきたので乗っかっただけである。一成もまた、話しているうちに、遅かれ早かれ涼には真相がバレると確信していたので、雑に振る舞っている。
すでに何か察した様子の涼は、しかし『恋人関係』を今は見逃し、彼は続けた。
「由良さんには会ったことありません。会ったことはないけど、兄ちゃんはその人に金を借りたと言ってたので話は聞いてました」
それから涼は堰を切ったように語り出した。
「由良さんはヤクザだから俺には関わるなって言ってました。俺はそん時ガキだったからあんまり意味分かってなくて。ヤクザが怖いと言うより、兄ちゃんがそう言うので従順に従いました。その金で婆ちゃんの病院のお金とか、俺のこととか、色々払ってくれてたんです。あ、そう。婆ちゃんがいるんです。でも物心ついた時から入院暮らしだったので俺たちを引き取ることは出来ませんでした。俺が子供の頃に手術もしていた気がします。でもその金は大した額じゃないって兄ちゃんが言ってました。俺も途中からお母さんたちが出来たし、高校は今の家から学校に通わせてもらっていて、学費も親に払ってもらってます」
玲の借金の元金額は三億近かったと聞いている。
今の話のどこに三億もの借金をするタイミングがあったのか。兄弟が子供の頃から祖母が入院暮らししていたなら、彼女は自分で金を払っていたはず。いくら手術の費用を急に用意しなければならないとは言え、三億には及ばないだろう。
涼も学費は親に払ってもらい、生活費は彼の持ち物からして充分すぎる程だった。
「確かにお前は借金のことを初めから過去形で語ってたな。もう無いと思ってたのか」
「……はい」
涼はその理由をこう説明した
「二年くらい前から俺の口座に金が振り込まれてるってお母さんが教えてくれたんです。だから、借金の返済は終わったのかなって」
「はぁ?」
死んだ?
玲の言葉から、母親は行方不明になっていたのだと思っていた。
両親について聞いた時、玲は睡魔に襲われながらもそう答えた。
あの状況で嘘をつけるか? 本当に『探している』のだとこちらに思わせる口調だった。
しかし実際は死んでいる。玲も事故現場に居て、それを目撃していたらしい。
なら、あれは何だったんだ。
暫しの沈黙が二人の間に流れる。やがて涼が口を開いた。
「俺は子供すぎて覚えてないんです。俺は、何も知りません」
念押しするような言い方だった。自分自身に言い聞かせるような。
涼がこちらに目を向ける。
「本当に兄ちゃんがそんなことを?」
「母を探してる、とは言っていた」
「意味が分かりません」
「俺もだ」
涼は唇を閉じて考え込んだ。時折一成に向けてくる視線から、一成の発言の信ぴょう性を疑っているようでもある。
そして前半の発言を思い出したらしく、あ、と言ったように「借金のことですけど」と話題を戻す。
「兄ちゃんが借金してたのは知ってます。もしかしてまだ残ってるんですか?」
「知らないのか?」
一成が驚いて眉根を寄せると、涼は頷いた。
「あの人は何も言わないんです。借金を作ったことは知ってました。昔、兄ちゃんが『金借りたから婆ちゃんの医療費は俺が払う』って言ってたので」
「由良からか?」
すかさず食い付くと、涼は「そ、そうですけど」と狼狽えながらも認める。
「由良さんのことは知ってるんですね。まぁ、有名なヤクザっぽいしな。極道小説書いてる人は分かるか」
「あ? お前、俺がそういうの書いてんのも知ってんのか」
「バイオレンス小説好きなんですよ。なんか、夢みたいで」
確かに関東の極道関係についてはある程度把握している。由良晃も少しだけ耳にしたことはあるが、その若頭補佐よりも抜群に目立っているのは組長の嵐海だ。
彼のカリスマ性は有名だった。まだ五十半ばと若く、現役である。嵐海親分は若い頃は相当な喧嘩(ステゴロ)上手で、今はもう組織の長ともあり手は出さないが、代わりに由良晃若頭補佐を含め、組員の武闘派は多くいて、即戦力が高い。嵐海組は動員力も行動力も抜群で、闘争心旺盛な若衆をあっという間に手配できる。これが強いのだ。
涼は極道よりも『バイオレンス』を強調した。暴力を文字で見るのが好きらしい。彼は「悪い奴や強い奴にしっかり暴力で打ち返すのが好きなんです」と私立校の高い制服を着て単調に語っている。
涼の『夢みたいで』の響きは、馬鹿みたいとも、憧れのようとも取れる言い方だった。涼は「月城先生って」と淡々と続けた。
「いい加減な人なのかなって動画とかでは思ってたんですけど、意外と俺の話を真面目に聞いてくれるのでびっくりしました。びっくりしたはいいんですけど、話聞いているうちに、だんだん疑えてきました。本当に兄ちゃんの恋人ですか?」
「……」
十五だか十六にしては鋭い観察眼を持っているようだ。とは言え一成も本気で恋人を演じたつもりはない。
涼が『恋人なのか』と聞いてきたので乗っかっただけである。一成もまた、話しているうちに、遅かれ早かれ涼には真相がバレると確信していたので、雑に振る舞っている。
すでに何か察した様子の涼は、しかし『恋人関係』を今は見逃し、彼は続けた。
「由良さんには会ったことありません。会ったことはないけど、兄ちゃんはその人に金を借りたと言ってたので話は聞いてました」
それから涼は堰を切ったように語り出した。
「由良さんはヤクザだから俺には関わるなって言ってました。俺はそん時ガキだったからあんまり意味分かってなくて。ヤクザが怖いと言うより、兄ちゃんがそう言うので従順に従いました。その金で婆ちゃんの病院のお金とか、俺のこととか、色々払ってくれてたんです。あ、そう。婆ちゃんがいるんです。でも物心ついた時から入院暮らしだったので俺たちを引き取ることは出来ませんでした。俺が子供の頃に手術もしていた気がします。でもその金は大した額じゃないって兄ちゃんが言ってました。俺も途中からお母さんたちが出来たし、高校は今の家から学校に通わせてもらっていて、学費も親に払ってもらってます」
玲の借金の元金額は三億近かったと聞いている。
今の話のどこに三億もの借金をするタイミングがあったのか。兄弟が子供の頃から祖母が入院暮らししていたなら、彼女は自分で金を払っていたはず。いくら手術の費用を急に用意しなければならないとは言え、三億には及ばないだろう。
涼も学費は親に払ってもらい、生活費は彼の持ち物からして充分すぎる程だった。
「確かにお前は借金のことを初めから過去形で語ってたな。もう無いと思ってたのか」
「……はい」
涼はその理由をこう説明した
「二年くらい前から俺の口座に金が振り込まれてるってお母さんが教えてくれたんです。だから、借金の返済は終わったのかなって」
「はぁ?」
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