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第二章
24 信用
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兄……つまり、この青年が弟?
弟の話など一度も聞いたことがない。
唖然とする一成に対し、青年が不安そうに眉を歪めた。玲の弟というだけあり綺麗な顔をしている。彼は恐る恐る、「なんか、間違えました?」と呟いた。
我に返った一成はひとまず、彼らを玄関に通した。背中の玲は眠っている。何が起きたのか、何が起きているのか理解が追いつかないが、先ずは玲を寝かせなければ。
「玲の部屋はこっちだ」
告げると弟が目を丸くした。それから愁眉を開き、「ありがとうございます」と頷く。
兄弟を玲の部屋に案内してから先にリビングへ戻る。自然と煙草を手に取り吸いつけてから、そうだった、ここに高校生がいるのだと気付き、灰皿へ火を擦り付ける。
だいぶ動揺しているな。携帯を確認すると大江からメッセージが届いていた。
《玲ちゃんにボロネーゼは冷蔵庫にあるよって電話したら、相手がまさかの玲ちゃんの弟だったんすけど。あの子弟いたんすね。気付かなかった。で、玲ちゃんが具合悪くなっちゃってるみたいだから一成さんの家教えときました。多分来ると思うからよろしく》
昨晩、玲は結局夕食を取らずに眠っていた。大江はそれを伝えるついでに、玲の現在地をそれとなく聞き出そうとしたのだろう。
大江に《弟、来た。》と打ったところで例の青年がやってきた。
「広い家ですね」
一成は顎先を引いてソファに腰掛けるよう促す。弟は若いが堂々としており、「ども」と生意気な口振りで、一成を恐れない。
「永井涼(ながいりょう)です」
ソファに腰を下ろした彼は自分を涼と名乗り、改めて「弟です」と付け足す。名門私立校の制服を着た青年は、玲に似て端正な顔立ちをしている。
一成は心の中でため息をついた。
また、コレか。
兄弟であるにも関わらずバラバラの苗字。まるで継ぎ接ぎの家族だな。聞きたいことが多数ある。どこから問えばいいのやら。
一成は半ば投げやりな物言いで「他に兄弟いんのか?」と言った。
「え? いや、俺だけです。二人兄弟なんで」
「ふぅん」
「……兄から俺のこと聞いてなかったんですか?」
涼は訝しげな表情をしている。言葉が浮かばずに、一成は黙り込んだ。
何も知らなかった。
弟がいるなど、一言も聞いたことがない。
そもそも祖母の件や借金だってこちらが勝手に調べたことだ。玲からは何も聞いていない。
近頃は、玲も一成に話しかけるようになっていた。出会った当初の怯えた様子は薄らいで、相変わらずの仏頂面ではあるが、少しは雰囲気も柔らかくなったと思っていた。
けれどそうではない。一成は玲に、全く信用されていなかった。
当然と言えば当然だ。玲を攫うようにして連れてきたのは一成である。
けれど……。
押し黙る一成の様子から、兄と一成がそこまで親しくないのではないかと気付き始めたのか若干の警戒心を滲ませる。が、一応は一成に気遣ってやんわりと言った。
「兄ちゃんはあんまり、自分のこと話さないかも。すんません、兄ちゃんとどういう関係なんですか?」
どう答えるべきか。まだ玲から何も聞いていないようなので関係性を名付けて説明する義務が一成に発生している。
するとそこで涼がハッと目を丸くした。
次には目を細めて注意深く一成を凝視し、確信したように瞳孔を開く。
「もしかして、月城一成、さん?」
世間では『月城一成』と呼び捨てにされている。そのせいか敬称には僅かのぎこちなさがあった。
否定する意味がないので、「あぁ」と認めると、あの記事を思い浮かべたのだろう。涼は「もしかして」と驚愕する。
「兄ちゃんが月城さんの本当の恋人なんですか?」
本当は恋人ではないが、一成は一秒も躊躇わずに首肯した。
「そうだ」
「えぇ……まじか……アンタ、アルファ性ですよね?」
アンタ、か。初対面でたいそうな物言いだが不思議と苛立ちは起きない。
先に言及したのは意外にも弟の方だった。彼は口元を指で押さえて、目を眇める。
犬には犬の匂いが分かるように、アルファにはアルファの匂いが分かる。やはりこの弟とやらはアルファ性だ。扉を開けた瞬間から察していた。この弟は一成と同じくアルファ性だろうと。同様に、向こうも勘付いていたらしい。
玲はオメガ性なので、両親はアルファ性とオメガ性だったのだろう。利用可能性ヒューリスティック的に知られているカップルの一例であるが、実際にはアルファ性とオメガ性の組み合わせは少ない。
アルファ性の血を継いだらしい弟は動揺を露わにする。
「まさか、もう番になったんですか?」
「流石にそれは時期尚早だろ」
「そうですよね。だって兄ちゃんまだ二十歳だし」
一成を牽制するような口ぶりだった。つい数秒前まで驚きの表情を浮かべていた涼だが、今は途端に兄の恋人を品定めする目つきをしている。
「引っ越したことは聞いてたんです。けどどこに引っ越したのかとか、教えてくれなくて。《大丈夫です。》としか言わないし」
「玲は元のアパートを引き払っていたのか?」
「そうすよ。一ヶ月くらい前」
一成の部屋に暮らすことになってからだ。余計な出費になると考えたらしい。
すると弟は、兄の『恋人』に非難めいた眼差しを向ける。
「大丈夫とは思えないですけど。あんな風に倒れてるから」
一成はその視線の意図に言及せず「何があったんだ」と本題を訊ねる。しかし涼もまた不明瞭な事実に困惑する表情を浮かべた。
「いきなり呼び出されて待ち合わせ場所に向かったら、兄ちゃんがやってきて……すぐ寝ちゃったんです」
「は?」
「俺もよく分からなくて。初めは救急車を呼ぼうと思ったんですけど、一瞬起きた兄ちゃんが、『少し休めば大丈夫』って言うから」
「……」
「普通に無視して救急車呼ぼうと思いました。そしたら大江さん? って人から兄ちゃんの携帯に電話かかって来たんです」
兄も泥のように眠っていたので、ひとまずここへやって来たらしい。弟としても兄の引っ越し先を確認したかったのかもしれない。
「玲の様子はどうだ」
「……普通に寝てます。睡眠不足だったのかな」
「……」
「あの、恋人なら自分で見に行ったらどうですか」
一成は返事をせずに腰を上げた。玲の部屋へ向かうと後ろから弟がついてくる。
弟の話など一度も聞いたことがない。
唖然とする一成に対し、青年が不安そうに眉を歪めた。玲の弟というだけあり綺麗な顔をしている。彼は恐る恐る、「なんか、間違えました?」と呟いた。
我に返った一成はひとまず、彼らを玄関に通した。背中の玲は眠っている。何が起きたのか、何が起きているのか理解が追いつかないが、先ずは玲を寝かせなければ。
「玲の部屋はこっちだ」
告げると弟が目を丸くした。それから愁眉を開き、「ありがとうございます」と頷く。
兄弟を玲の部屋に案内してから先にリビングへ戻る。自然と煙草を手に取り吸いつけてから、そうだった、ここに高校生がいるのだと気付き、灰皿へ火を擦り付ける。
だいぶ動揺しているな。携帯を確認すると大江からメッセージが届いていた。
《玲ちゃんにボロネーゼは冷蔵庫にあるよって電話したら、相手がまさかの玲ちゃんの弟だったんすけど。あの子弟いたんすね。気付かなかった。で、玲ちゃんが具合悪くなっちゃってるみたいだから一成さんの家教えときました。多分来ると思うからよろしく》
昨晩、玲は結局夕食を取らずに眠っていた。大江はそれを伝えるついでに、玲の現在地をそれとなく聞き出そうとしたのだろう。
大江に《弟、来た。》と打ったところで例の青年がやってきた。
「広い家ですね」
一成は顎先を引いてソファに腰掛けるよう促す。弟は若いが堂々としており、「ども」と生意気な口振りで、一成を恐れない。
「永井涼(ながいりょう)です」
ソファに腰を下ろした彼は自分を涼と名乗り、改めて「弟です」と付け足す。名門私立校の制服を着た青年は、玲に似て端正な顔立ちをしている。
一成は心の中でため息をついた。
また、コレか。
兄弟であるにも関わらずバラバラの苗字。まるで継ぎ接ぎの家族だな。聞きたいことが多数ある。どこから問えばいいのやら。
一成は半ば投げやりな物言いで「他に兄弟いんのか?」と言った。
「え? いや、俺だけです。二人兄弟なんで」
「ふぅん」
「……兄から俺のこと聞いてなかったんですか?」
涼は訝しげな表情をしている。言葉が浮かばずに、一成は黙り込んだ。
何も知らなかった。
弟がいるなど、一言も聞いたことがない。
そもそも祖母の件や借金だってこちらが勝手に調べたことだ。玲からは何も聞いていない。
近頃は、玲も一成に話しかけるようになっていた。出会った当初の怯えた様子は薄らいで、相変わらずの仏頂面ではあるが、少しは雰囲気も柔らかくなったと思っていた。
けれどそうではない。一成は玲に、全く信用されていなかった。
当然と言えば当然だ。玲を攫うようにして連れてきたのは一成である。
けれど……。
押し黙る一成の様子から、兄と一成がそこまで親しくないのではないかと気付き始めたのか若干の警戒心を滲ませる。が、一応は一成に気遣ってやんわりと言った。
「兄ちゃんはあんまり、自分のこと話さないかも。すんません、兄ちゃんとどういう関係なんですか?」
どう答えるべきか。まだ玲から何も聞いていないようなので関係性を名付けて説明する義務が一成に発生している。
するとそこで涼がハッと目を丸くした。
次には目を細めて注意深く一成を凝視し、確信したように瞳孔を開く。
「もしかして、月城一成、さん?」
世間では『月城一成』と呼び捨てにされている。そのせいか敬称には僅かのぎこちなさがあった。
否定する意味がないので、「あぁ」と認めると、あの記事を思い浮かべたのだろう。涼は「もしかして」と驚愕する。
「兄ちゃんが月城さんの本当の恋人なんですか?」
本当は恋人ではないが、一成は一秒も躊躇わずに首肯した。
「そうだ」
「えぇ……まじか……アンタ、アルファ性ですよね?」
アンタ、か。初対面でたいそうな物言いだが不思議と苛立ちは起きない。
先に言及したのは意外にも弟の方だった。彼は口元を指で押さえて、目を眇める。
犬には犬の匂いが分かるように、アルファにはアルファの匂いが分かる。やはりこの弟とやらはアルファ性だ。扉を開けた瞬間から察していた。この弟は一成と同じくアルファ性だろうと。同様に、向こうも勘付いていたらしい。
玲はオメガ性なので、両親はアルファ性とオメガ性だったのだろう。利用可能性ヒューリスティック的に知られているカップルの一例であるが、実際にはアルファ性とオメガ性の組み合わせは少ない。
アルファ性の血を継いだらしい弟は動揺を露わにする。
「まさか、もう番になったんですか?」
「流石にそれは時期尚早だろ」
「そうですよね。だって兄ちゃんまだ二十歳だし」
一成を牽制するような口ぶりだった。つい数秒前まで驚きの表情を浮かべていた涼だが、今は途端に兄の恋人を品定めする目つきをしている。
「引っ越したことは聞いてたんです。けどどこに引っ越したのかとか、教えてくれなくて。《大丈夫です。》としか言わないし」
「玲は元のアパートを引き払っていたのか?」
「そうすよ。一ヶ月くらい前」
一成の部屋に暮らすことになってからだ。余計な出費になると考えたらしい。
すると弟は、兄の『恋人』に非難めいた眼差しを向ける。
「大丈夫とは思えないですけど。あんな風に倒れてるから」
一成はその視線の意図に言及せず「何があったんだ」と本題を訊ねる。しかし涼もまた不明瞭な事実に困惑する表情を浮かべた。
「いきなり呼び出されて待ち合わせ場所に向かったら、兄ちゃんがやってきて……すぐ寝ちゃったんです」
「は?」
「俺もよく分からなくて。初めは救急車を呼ぼうと思ったんですけど、一瞬起きた兄ちゃんが、『少し休めば大丈夫』って言うから」
「……」
「普通に無視して救急車呼ぼうと思いました。そしたら大江さん? って人から兄ちゃんの携帯に電話かかって来たんです」
兄も泥のように眠っていたので、ひとまずここへやって来たらしい。弟としても兄の引っ越し先を確認したかったのかもしれない。
「玲の様子はどうだ」
「……普通に寝てます。睡眠不足だったのかな」
「……」
「あの、恋人なら自分で見に行ったらどうですか」
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