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第一章

19 探しつづける

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「食うか?」
「ふぁい」
 駄目だ。どうしても眠すぎる。
 何とか身体を揺すり、寝ぼけ眼を擦りつつベッドから降りようとするが、
「眠いなら」
 いきなり一成が肩を押してきた。
「うわっ」
「寝てろ」
 仰向けになった玲の顔にブランケットが落ちてくる。すぐに顔を出した玲に彼が告げる。
「飯はあるから勝手に食べろ」
「は、はい……分かりました」
 セックスのためやってきたのかと思ったが、そうだった。今晩は大江が来ている。
 今は何時だろう? もしかしてもう大江は帰ったのか? 考えるも横たわるとすぐに瞼が重くなってしまう。異様な眠気だった。意識を保つのも辛い。
 一応一成の意向を確かめるために「あの」とつぶやく。
「大江さんが帰ったら、しますか?」
「あ?」
 凄むように唸ってくるので、玲は躊躇う。
「セックス……」
「……今日はいい」
「そうですか」
 欠伸したい気持ちを堪えて小さく呟く。今晩玲がすることは何もないようだ。
 瞬きをするだけで眠ってしまいそうになるが、力を振り絞って目を開く。あれ……となるとなぜわざわざやって来たのだろう。不思議に思って内心で首を傾げた。
「えっと、あれ……夕飯のことで来てくれたんですか?」
「ほらよ」
 すると一成が封筒を二つ投げ寄越してくる。
 寝転んだまま体を横にして封筒を手にする。ぼんやりと一つを拾って中を覗き、あっと気が付いた。
 一成が答えを口にした。
「五百万。お望み通り現金だ」
「あ、りがとうございます」
 札束が入っている。
 五百万だ……本当に? 夢? なんか、嘘みたいだな。
 今はもう夢の中かも。現実感のない心地で玲はもう一度繰り返した。
「ありがとうございます。わざわざ用意してもらって、すみません」
「借金返済に使うのか?」
 一成は髪を後ろで一つに纏めながら問いかけてきた。
 玲は枕に頭を押し付けるようにちょこっと首を傾げて、「は、はい」と弱々しく答える。
 どうして用途を聞いてくるのだろう。借金については、初めに聞かれてから一度も言及されたことがないのに。
「お前が作ったっつったけど、親はどうしてるんだよ」
 数秒反応に遅れた。一成の言葉を理解するのに時間を要する。
 理解しても尚、返事が浮かばず、「お、親?」と鸚鵡返しでつぶやく。
「そう、親」
「へ……? 俺、もう大人ですよ」
「答えろって」
 幻聴ではない。家族を問われている。なぜ? だめだ。
 意識がぼうっとする。寝起きで頭が働かない。身内に関して問われている現状が異常事態なのかさえ判別できない。
「お前一人だけで返してんのか?」
「はい……俺の借金なので」
「親は?」
「……」
「どこにいんの?」
 何で、いきなり……。
 意識が虚ろで何を言えばいいか分からない。まぁ、いいか。迷ったが正直に「父は気付いたらいなかったので」と答える。
「じゃあ母親は?」
 母親……。
 お母さん。
 玲は唇を薄く開いたまま、ゆっくり瞬きする。
 ——『どこにいる?』
 頭の中で文字が浮かぶ。あのメッセージはいつでも取り出せる記憶の浅いところにある。
 どこにいるのか。なぜ、いないのか。
 それを知りたくて今まで一生懸命やってきた。
 何が理由なのか。
「母は、探してます」
 見つけるためにやってきた。
 玲は一成を見上げる。深い青の瞳が静かに玲を見つめていた。
 青いな。何度見ても綺麗な色だ。大きな体も羨ましい。体格と瞳は好きだ。
 ああ、眠すぎる。玲はゆっくりと時間をかけて瞬きした。次に瞬きをするともう、瞼が開かない。
 信じられないまでの眠気に一気に呑まれた。目を瞑ったまま、「あの、お金、ありがとうございます」と声を絞り出す。
「もう良いから寝ろ」
「寝て、ます」
 自分でも何を言っているか分からない。玲はもう夢に片足突っ込んでいる。扉の音がした。一成が出て行ったのだと認識すると同時、玲は眠りに落っこちていった。























 バイト中も、バイト後に病院へ向かっている最中も、(昨日は一成と何を話したんだっけ?)と悩み続けている。
 一成が部屋に来たことは確か、なはず。朝起きて見つけた枕元の五百万が証拠だ。
 昨日は尋常でなく眠気が酷くて結局朝まで熟睡してしまった。
 そう言えば大江がパスタを買ってくれたはず。まだ残っているだろうか。名前は……、何だっけ。複雑な名前のパスタ。
 残っているといいな。食べてみたいな。あ、思い出した。ポロネーゼ! 見かけはミートソーススパゲティだったがどう違うのだろう。
 帰ったら食べよう。足取りも自然と軽くなる。病院へ向かっている最中はいつも気分が明るい。
 見知った看護師に挨拶をして、病室へ向かう。階段を登るごとに口角が上がってしまった。
 会えるのは、一ヶ月ぶりだ。
「お婆ちゃん」
 小さく呼びかけると、目を閉じていた祖母が目を覚ます。
 彼女はゆっくりと玲を見上げて、ふわっと微笑んだ。
「レイくん、お久しぶりね」
「うん。元気そうだね」
「そうよぉ。元気よ」
 玲はベッド横の椅子に腰掛ける。祖母は「よいしょ」と上半身を起こした。
「あらレイくん。髪染めたの?」
「うん」
「良いわねぇ、黒髪似合うわよ」
「お婆ちゃんの髪も綺麗だよ」
「そうよね。グレーヘア。ふふ」
 いつ来ても楽しそうに話してくれるから玲の心はたちまち暖かくなる。
 ここに来て初めて初夏を知るくらいだ。窓の外の木々は青々としている。玲は祖母と同じように柔らかい笑顔を浮かべた。
 二人で話していると途中で最近祖母と親しくなったという女性がやってきた。「あらお孫さん?」と明るく話しかけられて、玲は頭を下げる。
 おしゃべりは三人に変わった。十数分すると、また別の中年男性がやってくる。「おぉっ、ミヤちゃん孫かぁ!」と祖母を親しげに呼んで、場は盛り上がった。
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