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第一章
16 チョーカー
しおりを挟む一成に連れられて向かったジュエリーショップではブランドのチョーカーを購入した。
古くなったチョーカーと付け替えて、購入してくれた服に着替え、レストランで食事をした。ホテルの高層階にあるレストランは夜景を展望できる。とても綺麗だったし、食事も美味だったが、玲は本当に記者が潜伏しているのか気になってしかたなかった。
結局、展開は一成らの想定通りに進んだらしい。
数日後にはあるネット記事で一成の熱愛が報じられた。マンションから出る時に表の入り口を使ったせいか、無事に記者らも一成を尾行できていたようだ。
報道を否定しないことからも、世間では新しい恋が真であるとされている。実際に玲が反応を確かめたわけではない。
人々の反応がどうとか、一成がどう見られているかなど、どうだっていい。
自分自身のことに関してもそうだ。
一成の恋人だとか好き勝手言われているようだが、どう報じられようと構わない。
そもそも一成との写真に映る一般人の玲はモザイクがかけられていて特定できないし、一成が忠告したからか記者に突撃されることもない。
単純に玲がマンションから出入りする姿を確認できないせいかもしれない。一成に教えてもらった秘密の出入り口はかなり厳重で、そのまま地下鉄に繋がる地下通路へ行けるのだ。
それに……正直、モザイクの内側の『大倉玲』がどんな扱いを受けようと、どうでもいい。
玲がすることは一成の傍にいること。
それだけだ。
「……無防備」
朝、日が昇る前に目を覚ます。
隣には一成が眠っている。無防備な寝顔を見下ろすのにもだいぶ慣れてきた。
それも当然で、一成の部屋に居候し始めてからもう一ヶ月が経つ。
報道は沈静化されていて、世間はまた新しい噂話に興じている。らしい。全部伝聞だ。SNSのアカウントはもっていないし、テレビだって見ない。
玲は毎日同じことをしているだけだ。
一成が目を覚ます前、午前五時に起きて仕事へ向かう。梱包のバイトを終えたら、由良のもっている夜の店の一つに向かって売り上げ計算など事務作業をする。午後六時に仕事を切り上げて帰宅し、一成と食事に向かう。
彼が乗り気ならセックスに付き合う。それから少し寝て、また仕事へ向かう。
前までは店が営業を終える午前二時まで受付や事務作業をしていたが、一成と暮らすようになってからは、昼の担当でしか働いていない。
急に午後六時には仕事を切り上げたいと申し出た玲に、店長らは文句を言わなかった。
それもそうで、玲を置いたのはオーナーの由良だ。玲に対して店の人たちは強く出てこない。とても親切で、玲に良くしてくれている。
それだけ由良を恐れているということだ。玲も、他の従業員たちとは波が立たないよう気をつけている。
一方で店に勤める嬢たちは玲にフラットに接していた。
「なんかレイくん、雰囲気変わったねぇ」
バックヤードで仕入れた酒を確かめていると、いきなり声をかけられた。
玲はしゃがんだ姿勢のまま彼女を見上げる。
「そうですか?」
「うんー……」
少し年上の嬢・風香は煙草を吸いながら言った。彼女は昼の部の営業を終えて今から帰るところだ。家には赤ん坊がいるらしい。
「髪のせいですかね」
「黒髪、似合ってて可愛いと思うよ。それだけじゃなくてさ」
言いかけて一服する。煙を吐き出してから、
「痩せた?」
と首を傾げた。
「……そう見えます?」
「見える見える。なんかあった? 勤務形態変わってるよね。由良さんに何か言われたの?」
玲はゆっくり首を振り、手元のメモに視線を落とす。
「由良さんは関係ないですよ」
「そう? この間、久しぶりに由良さんが来たからレイくん探してんのかと思っちゃった」
「由良さんが?」
玲はまた顔を上げた。風香は携帯を神妙な面持ちで頷く。
「ま、普通に営業だったけどね。親分さん来てたし」
「……へぇ」
「由良さんの愛人でしょ? レイくんって。由良さんが来るとレイくんに用事あるのかと思っちゃう」
ここまで直に聞いてくる嬢も珍しい。皆、何か言いたげにしているがはっきりとは口にしないのに。
玲は苦笑しつつ首を振った。
「そんなんじゃないですよ」
「うっそ。違うの? 意外」
「なんでそう思ったんですか」
「え何か普通にマキ君が言ってた。レイくんは由良さんのイロだから怒らせない方がいいよって」
マキは店長だ。まだ若いため一部の嬢にはマキ君と呼ばれている。
「マキ君に伝えてください。適当なこと言うな」
「あはは、怖。ふぅん。愛人じゃないかぁ」
まるで信じていない口ぶりだった。風香はニヤニヤ目を細めながら言う。
「でも由良さんの特別な子ってのは確かだよね。由良さんのこと怖くないの? 私もう、遠目で見るだけでビビるんだけど。刺青とかガチヤクザなのにすっごい美人でしょ? 怖いよ、もはや」
玲は立ち上がりながら「俺だって怖いですよ」と単調に答える。
「本当? レイ君、可哀想だね。由良さんが怖いのに手籠にされちゃったんだ」
「手籠って……」
「結構年齢差あるよね。一回りくらい?」
「そうですね」
答えながら別の酒を確認する。焼酎と、梅酒。高い酒はここにはない。
「しかもあの人、アルファでしょ」
玲は横目で風香をみる。
彼女は自分の首元を指差した。玲のチョーカーを示唆しているのだ。
「それ、由良さんにもらったの? たっかそう。三桁超えるよ絶対」
「……分かりません」
「似合うね。レイ君、綺麗だから何でも似合うわ。由良さんがレイ君を表に出したがらないのも頷ける」
「……」
「あんま無理しないでね」
風香は、火のついたまま煙草を灰皿へ投げ入れる。明確な会話の終了の合図もなく更衣室へ帰って行った。
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