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第二章
12 怖いって俺が?
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終盤は何とも言い難い苦難の表情を浮かべていた真紀人だが、それも切り替えて、「じゃあ、今後ともよろしく」と笑顔を浮かべる。
会社へ戻る真紀人を見送り、司も仕事に取り掛かる。
集中していると時間が過ぎ去るのは体感として早い。退勤は午後六時だ。買い物と料理をしても時間には余裕があった。
クリームシチューの香る室内でメモを残す。
《また明日よろしくお願いします。要望があれば何なりとお申し付けください》
簡素なメッセージを書き置いて、真紀人の素晴らしい部屋を後にする。
――翌日、残したはずのメモが未だテーブルへ残っていた。
もしかして昨晩は部屋に帰ってこなかったのだろうか? 疑問を抱きつつも確認すると、そのメモは司からのものではない。
真紀人の綺麗な字が連なっている。
《クリームシチュー美味かった。ありがとう。要望は特にないが、強いて言うなら夕飯はパスタが良い。掃除もクリーニングも助かった。さすが完璧な仕事だな。冷蔵庫にゼリーとプリンがあるから好きに食べてくれ。欲しいものがあったらこのカードで支払ってほしい。何でも頼んでいい。よろしく。ps.ツルのキャットフードと遊び道具を新しく注文したから今日届くはずだ。》
司の文章に対して真紀人のメッセージは長かった。
「こ、これがブラックカード……」
メモの裏にはカードがあった。
出会って数日の他人をここまで信用するなんてどうかしている。
もちろん司は悪用する気など毛頭ない。だがちょっと、あの人は、性善説を妄信しすぎなのではないか。
こんな人だったっけ。真紀人は軽薄な人ではない。むしろ疑い深いくらいだったのに……ブラックカードって本当に黒いんだ。ぼんやり考える司はしっかり慄いている。
同時、(何でもって何だ?)と頭にクエスチョンマークが幾つか浮遊する。
まぁ、いいか。
司は深く考えずに、早速仕事に取り掛かった。
そしてその日も退勤の際にメモを残す。
《カードを受け取りました。必要な物は揃っているし、始業の際にいただいた小口金財布があるので特に買い足すものはありません。一応俺が持っておきますが、本当に黒いカードなんですね。怖いです。 ps つるくん喜んでました。つるくん、俺より良いもの食べてますね》
翌日も真紀人からのメッセージが残っている。
しかしそれはメモというより、レターだった。
《昨日も完璧な仕事で助かった。ありがとう。俺は家事が得意ではないから司の仕事を尊敬する。ナポリタンもすげぇ美味かったよ。店出すなら協力する。あと、カードは好きに使っていい。服買うでもゲーム買うでも、昼食やおやつに使っていい。ツルより良いもの食べてくれ。出勤中の昼飯は必ずそのカードを使ってほしい。出前でも何でもさ。近くのパスタ専門店がデリバリーやってるんだけどすげぇ美味いよ。店の名前は――…… ps 怖いって俺が? カードのことだよな?》
便箋だった。もはや司に向けた手紙である。
司は驚きつつも、その手紙を大事にしまった。
これは絶対に残しておこう。仕事の連絡とはいえ真紀人から手紙をもらえてとても嬉しい。
退勤の際にまたメモを残す。便箋がどこにあるのか分からなかったから。それに真紀人ほど文章が浮かばない。
真紀人はまた長文を寄越してきた。《服は服だよ。俺が買っとくか?》とおかしなことまで書いてあった。
メールではなく手紙でのやり取りが新鮮で、不思議で、温かい。
——そうしてやり取りを繰り返しているうちに時は過ぎゆく。
メモを含めると、真紀人からの手紙は十枚になった。
真紀人の元で働き始めて十日が経過したのだ。
芳川からはたまにメールが届いた。《鶴居さんのおかげで代表がいつになく快調です》とのこと。
以前、真紀人は忙しい人だと芳川が言っていた。滅多に乱れない部屋の様子や、冷蔵庫の諸々の減り具合などからも芳川の言っていたことは正しいのだと窺える。この部屋はただ帰って寝るだけの部屋なのだ。
その忙しさでどうやってつるを世話していたのだろうと疑念を抱くも、芳川曰く《最近はツルくんがやってこないので秘書課も寂しがっております》らしいので、会社に連れていっていたようだ。
真紀人が昼に現れたのも初日の一度だけだった。
時間のない生活の中で、真紀人はそれでも時間を捻出して毎日手紙を残してくれる。
日々を重ねるごとに真紀人の手紙はよりいっそう大切な宝物になっていった。
忙しい真紀人のために何ができるだろう?
司は考える。頼まれているのは主に、掃除とクリーニング、つるのお世話に夕飯の支度だけ。
朝食は食べないと言っていたが、昼飯はどうしているのだろう。
コンビニ飯と何気なく教えてくれたけれど、オフィスの近くで食べているかもしれない。
でも本当にコンビニで昼食を買っているなら、司が用意してもさほど問題はないはずだ。
会社へ戻る真紀人を見送り、司も仕事に取り掛かる。
集中していると時間が過ぎ去るのは体感として早い。退勤は午後六時だ。買い物と料理をしても時間には余裕があった。
クリームシチューの香る室内でメモを残す。
《また明日よろしくお願いします。要望があれば何なりとお申し付けください》
簡素なメッセージを書き置いて、真紀人の素晴らしい部屋を後にする。
――翌日、残したはずのメモが未だテーブルへ残っていた。
もしかして昨晩は部屋に帰ってこなかったのだろうか? 疑問を抱きつつも確認すると、そのメモは司からのものではない。
真紀人の綺麗な字が連なっている。
《クリームシチュー美味かった。ありがとう。要望は特にないが、強いて言うなら夕飯はパスタが良い。掃除もクリーニングも助かった。さすが完璧な仕事だな。冷蔵庫にゼリーとプリンがあるから好きに食べてくれ。欲しいものがあったらこのカードで支払ってほしい。何でも頼んでいい。よろしく。ps.ツルのキャットフードと遊び道具を新しく注文したから今日届くはずだ。》
司の文章に対して真紀人のメッセージは長かった。
「こ、これがブラックカード……」
メモの裏にはカードがあった。
出会って数日の他人をここまで信用するなんてどうかしている。
もちろん司は悪用する気など毛頭ない。だがちょっと、あの人は、性善説を妄信しすぎなのではないか。
こんな人だったっけ。真紀人は軽薄な人ではない。むしろ疑い深いくらいだったのに……ブラックカードって本当に黒いんだ。ぼんやり考える司はしっかり慄いている。
同時、(何でもって何だ?)と頭にクエスチョンマークが幾つか浮遊する。
まぁ、いいか。
司は深く考えずに、早速仕事に取り掛かった。
そしてその日も退勤の際にメモを残す。
《カードを受け取りました。必要な物は揃っているし、始業の際にいただいた小口金財布があるので特に買い足すものはありません。一応俺が持っておきますが、本当に黒いカードなんですね。怖いです。 ps つるくん喜んでました。つるくん、俺より良いもの食べてますね》
翌日も真紀人からのメッセージが残っている。
しかしそれはメモというより、レターだった。
《昨日も完璧な仕事で助かった。ありがとう。俺は家事が得意ではないから司の仕事を尊敬する。ナポリタンもすげぇ美味かったよ。店出すなら協力する。あと、カードは好きに使っていい。服買うでもゲーム買うでも、昼食やおやつに使っていい。ツルより良いもの食べてくれ。出勤中の昼飯は必ずそのカードを使ってほしい。出前でも何でもさ。近くのパスタ専門店がデリバリーやってるんだけどすげぇ美味いよ。店の名前は――…… ps 怖いって俺が? カードのことだよな?》
便箋だった。もはや司に向けた手紙である。
司は驚きつつも、その手紙を大事にしまった。
これは絶対に残しておこう。仕事の連絡とはいえ真紀人から手紙をもらえてとても嬉しい。
退勤の際にまたメモを残す。便箋がどこにあるのか分からなかったから。それに真紀人ほど文章が浮かばない。
真紀人はまた長文を寄越してきた。《服は服だよ。俺が買っとくか?》とおかしなことまで書いてあった。
メールではなく手紙でのやり取りが新鮮で、不思議で、温かい。
——そうしてやり取りを繰り返しているうちに時は過ぎゆく。
メモを含めると、真紀人からの手紙は十枚になった。
真紀人の元で働き始めて十日が経過したのだ。
芳川からはたまにメールが届いた。《鶴居さんのおかげで代表がいつになく快調です》とのこと。
以前、真紀人は忙しい人だと芳川が言っていた。滅多に乱れない部屋の様子や、冷蔵庫の諸々の減り具合などからも芳川の言っていたことは正しいのだと窺える。この部屋はただ帰って寝るだけの部屋なのだ。
その忙しさでどうやってつるを世話していたのだろうと疑念を抱くも、芳川曰く《最近はツルくんがやってこないので秘書課も寂しがっております》らしいので、会社に連れていっていたようだ。
真紀人が昼に現れたのも初日の一度だけだった。
時間のない生活の中で、真紀人はそれでも時間を捻出して毎日手紙を残してくれる。
日々を重ねるごとに真紀人の手紙はよりいっそう大切な宝物になっていった。
忙しい真紀人のために何ができるだろう?
司は考える。頼まれているのは主に、掃除とクリーニング、つるのお世話に夕飯の支度だけ。
朝食は食べないと言っていたが、昼飯はどうしているのだろう。
コンビニ飯と何気なく教えてくれたけれど、オフィスの近くで食べているかもしれない。
でも本当にコンビニで昼食を買っているなら、司が用意してもさほど問題はないはずだ。
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