【完結】愛する人にはいつだって捨てられる運命だから

SKYTRICK

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第二章

34 撤回

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 ライハルトもライハルトで、ミカが人間でいる方が都合が良いとさえ思っている。猫でもいいけれど、人間のミカに渡したいものや、彼を連れて行きたいことが多かった。
 もしもミカが猫になるタイミングを掴めるならばもっと夜遅くまで外に居られるのにと思うこともしばしばだ。基本的にはミカの体質を考慮して、早めに店を出ることにしている。
 今日もそうだった。
「猫のお前でも、人間のお前でもどっちでもいい」
「えっ」
 ミカは本気で驚いたように声を上げた。直後、個室にウェイターがやってきてデザートのパルフェが運ばれてくる。
 ウェイターが去ってから「食えば?」と訊ねるが、ミカはそれよりも
「人間の俺でもいいんですか?」
 と直前の会話に言及してくる。
 ライハルトはため息混じりに告げた。
 やはり覚えていたか。
「……前に言ったことは撤回する」
「撤回……」
「むしろ猫のお前だと会話が通じねぇしな。人間の方がいい」
「……」
「無理に猫になる必要はない。つっても、自分の意思じゃどうにもならないんだっけか」
「はい。そうです……」
 ミカは漸くスプーンを手にして、パルフェを口にする。
 ぼんやりとした無表情でいたミカだが、パルフェを味わうごとに、微笑みが浮かんでいく。
 美味いか、と聞く前にミカから「これやっぱり美味しいですね」「甘い」「美味しい」と一層ご機嫌な様子を見せる。いつもより楽しそうにしているので理由を聞きたいが、質問を投げるとまた『どうしてそんなに沢山聞くんですか』と警戒されるので黙っておく。
 こうして接していると、ミカは人間の姿でも猫のようだと幾度目かの実感をする。
 思わず笑ってしまうと、ミカは目敏く気付いて、「何ですか」と上目遣いで睨みつけてきた。
「何でまた、笑ってるんですか」
「別に。美味そうに食うなと思って」
「今日は苺が乗ってるんです」
「良かったな」
「はい」
 ミカはまた嬉しそうに苺を喰らう。そして長いこと咀嚼する。
 いつ、猫になるか分からない。だから食事の時間はあまり長くない。
 ミカは少食なのでそれほどメニューも多くなかった。ライハルトはどうせ晩酌するし、彼に合わせた食事で充分だ。
 それから店を出ると夜空は星で埋め尽くされていた。レストランやホテルが並ぶ通りだが、少し行くと街の中心で、騒めきがこちらにまで伝わってくる。
 春が近いとは言え、夜は寒い。店を出るとすぐに、ミカがぶるっと体を震わせる。
 ライハルトは「この猫は」と舌打ちした。
「買ってやったコートはどうした」
「こんなに寒くなると思いませんでした」
「この間も同じセリフを聞いたぞ」
 ライハルトは自分のコートをミカの肩にかける。一瞬逃げようとしたミカを捕まえ無理やり着せると、ミカは臆せず言い切った。
「今日は特に、暖かかったんです」
「夜は寒くなるに決まってるだろ」
「……」
「何見てんの」
 ミカの気が逸れているのに気付き指摘すると、彼は一度ライハルトを見上げてから、視線をまた街中へ遣った。
「すごく賑やかですね」
「あぁ。劇でもやってるんだろ」
「劇……いい匂いもします」
「出店だな」
 ミカは興味津々といった様子だった。「食い足りねぇのか?」と聞くと、ふるふる首を振って、
「いえ。お祭り……なんですか?」
「いいや、ただの劇だろ。この辺りで祭りはやってねぇからな」
 ライハルトが邸宅を構える此処、リエッツ市には独自の祭りはない。帝都では建国祭などで大規模な祭りを開くこともあるが、リエッツ市ではそれほど大きな祭りは開かれていなかった。
 元々リエッツには流民が多い。ライハルトがやってきてからは、街の経済を働かせたこともあり、田舎からやってきた者たちや起業した連中も多い。
 おかげで街はすっかり栄えて、帝国内でも指折りの大都市だ。つまりここはライハルトが代表を務めるリートルグループがかなり影響している。
 このレストランにも出資しているし、リエッツ市のホテルは全てリートル社が経営している。街の五割の労働者が、リートルグループの関わる仕事をしていると言われている。
 実権は市長よりもライハルトの方が強く握っていた。今ではリエッツ市に留まらず、他の地方や都市の不動産や土地を買い占めている。
 エルマーが時折言うように、ライハルトの影響が及ぶ範囲を総じて見渡せば一つの国ほどになるかもしれない。
 リエッツは言わば、王都だった。
 その煌びやかな街にいながらも、ミカは寂しそうに呟いた。
「お祭り、ないんですね」
「……祭り、行きてぇの?」
「……」
 祭りに行ったことがないのだろうか? ミカは唇を閉じて黙り込んでいる。
 食事を摂って眠くなったのだろう、とろんとした目のミカは、広場の方を眺めながらふと呟いた。
「屋台には、串焼きがあると聞きました」
「串焼き?」
 ミカはゆったりと瞬きして、小さな声で囁く。
「美味しいらしいです」
「……」
 観客たちの歓声が響いた。ライハルトの馬車が近くまでやってくる。ミカは「あっ」と馬車に気付いた。
 トコトコと馬車へ向かうミカを、ライハルトは無言で眺めている。














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