【完結】愛する人にはいつだって捨てられる運命だから

SKYTRICK

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第二章

32 不快か?不思議です

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「僕は社長を叱ってるんですよ」
「はぁ? 俺は渡しただけ。食べ始めたのはミカだ」
「……これ以上は食べません」
 口の中のものを飲み込んで呟く。今のミカは人間の姿だが、猫耳がしょんぼり垂れているように見える。
「おい、お前が叱るからこいつが落ち込んでるじゃねぇか」
「だから僕はあなたに言ってるんです。何でもかんでも与えたらダメですよ」
「別にいいだろ」
「食事前に渡すんじゃなくて邸宅にご帰宅してからお送りください」
「お前だってミカが食べた後に言ったじゃねぇか。ミカが食べてんの見るのが面白いんだろ」
「……レストランまで送り届けたら僕は帰りますからね」
「図星か」
 何とも形容し難いムッとした顔をしていたミカが、いきなりクシュンとくしゃみをする。ライハルトは「ははは」と笑った。黙っていたミカがこちらを見上げ、ようやく「なぜ笑うんですか」と言った。
「いや、何となく。寒いんだろ」
「寒くはないです」
 エルマーがブランケットを渡してくる。ライハルトは受け取り、ミカの体を覆う。ブランケットに包まれたミカは、黙っている間反論を考えていたのだろう、「俺は」と真っ直ぐライハルトを見上げてくる。
「今食べるものなのかなって思って食べてたんです」
「あ、そう」
「せっかくもらったから食べないとって」
「義務感か? 嫌なら食べなくていい」
「……そうじゃないです」
「もう要らないなら買ってこない」
「そ、そうじゃないです」
「ははははは」
「ライハルト様はまるで俺を食いしん坊みたいに扱いますねっ」
「食いしん坊。はははっ」
「何で笑う!?」
「坊って。ま、坊だわな」
「坊じゃないです。俺は十八歳です。成人してます」
「うん」
 そうこうしているうちにレストランへ到着する。ここへミカを連れてくるのは三度目だ。ミカも特に気に入っているレストランなので、馬車から降りると、「わぁー」とあっという間にご機嫌になり目を輝かせた。
 この三ヶ月近くあれこれ連れていったおかげで、ミカの好みを大体把握してきている。
 ミカはこの店のデザートをとても好いているようだ。初めて連れてきた時は、果物が盛られたパルフェを前に目を丸くして、『こんなことが……』と呟いていた。
 ミカは極端に私物が少ないこともあり、レストランへ向かう際の洋服どころか街で日用品以外の買い物をするための衣服さえ持ち合わせていなかった。服や装飾品を買っているうちに、ミカの部屋は一つ増えている。とは言ってもライハルトに指示されなければ、プレゼントした服も着ていないようだが。
「だって、着ていく用事がないし……」
「給料を与えているだろ。街で買い物でも何でもするときに、着ればいいじゃないか」
 食事をしている最中に『この間の服どうした』と聞くと、ミカは僅かに首を傾げた後思い至ったのか、景気の悪い言い訳を口にした。
 ミカは常に使用人の服か、シャツを着ている。外へ連れ出す時は買え与えた服を着ているが、邸宅で仕事を終えた後も飾り気のない服のままだ。
 街へ行くのも、買い出しのためらしい。
「街で遊んだりしねぇのか? 休日も邸宅から出ないで本を読んでるばかりだろ」
「どうやって遊べばいいか分からないです」
「こうやって美味いもんでも食べに行けばいい」
「こんなに高そうなお食事はできません」
「カフェとかあるだろ」
「カフェ……」
 苦い思い出があるのだろうか。嫌そうな顔をしたミカは、ふるふる首を左右に振った。
「行かないです」
「ふぅん。そうじゃなくても、遊びに行け。引きこもってないで」
「引きこもってませんよ。こうしてライハルト様と食事してますし」
 ふふんと得意げにするミカだが、これで充分なのだろうか。充分そうだ。嬉しそうにスープを飲んでいる。
 まぁ、それでもいいけど……。試しに「お前友達いねぇの?」と聞いてみる。
 ミカはすぐさま悲しい目をして、小さく口を開いた。
「友達……?」
 間違えた。ライハルトはすぐに「悪い」と謝る。
「何でもない」
「何でそんな酷いことを聞くんですか」
 酷いこと? 内心で首を傾げつつ、ライハルトは「俺が悪かった」と言った。
 だがミカは悲しそうに、ポツポツ語り出した。
「俺だって、この間、一人で街に行ったんですよ。噴水のところのベンチに座って、こうやって周りを見たりしたんです」
 ミカは膝に両手を乗せ、当時の再現をする。
「でも友達なんてできませんでした」
 なんだ、ミカも努力はしていたのか。
 友達が欲しかったらしい。それはそうだ。屋敷の連中はミカより年上ばかりで、一番歳の近いロミーも年上の女性だ。
 ミカも年相応に友人を求めていた。そのために行動を起こすほどには、ミカの生活も余裕が出てきている。
 良いことだ。実際に友達ができていないこと以外は。それにしても、とライハルトは眉間に皺を寄せる。
 ベンチに座っていることがミカの友達の作り方なのか?
「座って周りを見てただけかよ」
「本に書いてありました。『ヤンスの晴れた日の休日』」
 該当の絵本は一人の少年の冒険譚だ。母親に叱られたヤンスが街のベンチで落ち込んでいると、本屋の息子に声をかけられ、本の世界へ不思議の冒険へ出かける中で、唯一無二の友人となる。
「本屋の息子に声はかけられたか?」
「かけられませんでした」
「お前は話しかけなかったのかよ」
「だって知らない人に話しかけるなんてこと、できないじゃないですか」
「へぇ。ふぅん。本屋の息子以外に話しかけられはしなかったのか?」
 ミカはわずかに顔を曇らせ、残念そうに告げる。
「何人か話しかけてくる人はいたけれど、体に触ってきて嫌だったので」
「何だと?」
 ミカによると、数人の男が寄ってきたらしい。ミカは友人はいないが恋人がいたことはある。男たちの邪な目的に気付いて拒否した他、『一目惚れしました』と告げてくる者もいたらしい。
「へぇ……」
「でも知らないお婆さんにキャンディをもらいました。美味しかったです」
「それはよかったな。で、触ってきた男はどこへ行った? 名前は分かるか?」
「知りませんよ」
 不快な過去を思い出したのか、ミカは唇を尖らせた。
「どこを触られた?」
「えっと、腕を握られて」
「名前は分かるか? 特徴は?」
「名前なんて知らないし、特徴なんてありません」
 特徴がないとは随分な言い方だがそれでこそミカだ。ライハルトは、今後ミカが一人で街へ行く時は見張りをつけようと思った。
 ちょうど、チーズがふんだんに含まれたリゾットが運ばれてくる。それはライハルトの好みではないがミカの好物だ。
 ミカのしょんぼりしていた表情がパッと輝きを増す。一口食べて、頬を緩ませた。
「美味いか?」
 と聞くと、咀嚼を終えたミカが「美味しいです」と小さく笑う。
 ライハルトも食べ物を含んでいるミカに話しかけないよう一応努力をしているが、うっかりこうして聞いてしまうことがある。しかし近頃のミカはこれくらいじゃ怒らなくなっていた。
 ミカは食事を進めながら「それにしても」と呟く。
「ライハルト様は俺に沢山質問しますね」
「あ?」
「いつも、今日は何したとか、何を読んでるとか何を食べるとか、色々言ってくるので」
「不快か?」
「不思議です」
 ミカは水を飲んでいる。酒を勧めたこともあるが、やはり好きでないらしい。
「それはお前が俺に聞きたいことが何もねぇからだろ」
「何を言ってるんですか。いっぱいありますよ」
「あんの?」
 意外だ。ミカは深く頷く。
 ライハルトはその瞬間、心がふわっと浮く心地を味わった。自然と笑って、訊ねた。
「たとえば? 聞けよ」
「えっと、何でそんなに口が悪いんですか」
「あ?」
「貴族出身の方で、そうした言葉使いをされる方は知らないので」
 曲がりなりにも侯爵家であるデューリンガーを名乗っている。ミカもライハルトが面倒な家庭環境で育ったことは察しているのだろうが、確かに爵位のもつ家にはこうした言葉使いの人間はいないだろう。
 ライハルトは揶揄う気持ちになって、ニヤッと口元を歪めて言った。
「嫌いか?」
「嫌いではありません」
 しかしミカは案外、容易に首を振った。
「ただ、珍しいなと思ったんです」
「ふぅん……」
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