【完結】愛する人にはいつだって捨てられる運命だから

SKYTRICK

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第二章

25 誰だ?

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 ただ、例外を考慮しなければならない。ガイスラー公爵家の獣人のツカイたちの目は青く、髪は黒いと言っても、もしかしたら何らかの異常事態が発生して特徴に変質が見られるかもしれない。
 もしもミカが公爵家のツカイなら警戒しなければならない。
 ツカイは魔女の宝だ。存在を確認された時点で重宝され、大切に育てられるはずなのにこうも過酷な環境で生きることになったのは理由があるはず。
 ガイスラー公爵家の更なる調査が必要だ。ミカへの危害を警戒しなければ。
 エルマーが、顎に指を当てて訝しむように言った。
「テオバルトの死因が急性アルコール中毒というのは本当でしょうか?」
「お前は暗殺を疑っているのか?」
 ライハルトは軽く小首を傾げる。
「でなければ、彼の息子も同時期に亡くなっていることの説明がつきません」
 疑うのも無理はない。テオバルトの死は妙だ。
 そもそも彼はなぜ公爵家を離れていたのか。
「テオバルトについての調査を依頼しますか?」
「そうだな」
 ライハルトは更に、「それと」と付け足した。
「母親がどうなっているかも調べる必要がある」
「そうですね……その件に関しても依頼項目に特記します」
 テオバルトには二人の息子がいる。ならば産んだ女がいたはずだ。
 彼女についての情報が一切無い。相手の身分が低く、記載する情報が無い可能性もあるが、まるで初めからいないものとされているなら、公爵家が情報を隠している可能性もある。
 だとすると調べるのは難しいだろう。
 エルマーが別の人物を指差した。
「こちらの、次期当主の娘に関しては如何しますか」
 『エミーリア』の字を、指で小突いた。
「彼女も亡くなっているようですが」
「あぁ」
「死亡日は秘匿されています。死因も不明ですね」
「……」
 この女も関係があるのだろうか?
 あまり多く踏み込みすぎると公爵家に疑われるかもしれない。深入りしすぎるのも悪手だ。
「ライハルト様は、次期当主のアンネマリー様とはお会いしたことがありますか?」
「いや、ないな」
 魔女やツカイたちは若く、外見も優れている。ツカイの長男も風格のあるハンサムな男だった。
 きっと魔女たちも美しいのだろう。
「現当主のバルバラ様とも直にお会いしたことはない」
「百五十歳ですもんね」
「見た目は若いらしいがな」
 外見に関して言えば、ミカも十分不思議な血を引く者たちと同等だ。
 十八歳に相応しい幼さの残る容姿なので若さに関しては比較しようもないが、そこらの者とは比べようもない程、美形だ。
 男爵令息に目をつけられたのもそのせいだろう。ローレンツはミカを愛人にした。
 ふと、考える。
 ミカは、ローレンツを愛していたのだろうか?
「……」
「それにしても、なぜいきなりガイスラー公爵家に関してお調べになったのですか?」
「気になったからっつってんだろ」
「理由になってません」
「あっそ」
「あっそじゃないですよもう」
 エルマーは「正直、恐ろしさもあるんですからね。公爵家に関して極秘で調べるのはまるで、権力に楯突いているようで」と苦い顔をする。
「いくらライハルト様の身分が高くても、僕たちは事業家なんですから」
「だな」
 ライハルトは片側の頬を歪めるようにして笑う。シガレットケースからライハルト用に特製された煙草を一本取り出すと、エルマーはため息混じりにジッポを取り出した。
 理由は、ガイスラー公爵家のツカイがミカの特徴と似ていたからだ。
 それを言うわけにもいかない。
 考えてみると、エルマーに隠し事をするのはこれが初めてかもしれない。友人としても仕事仲間としても、ライハルトにとって最も親しい他人はエルマーだけだ。
 ライハルトは紫煙を吐いてから、淡々と告げた。
「ララブランの港にパラル船も停泊させる」
「ええ」
 エルマーは地図を取り出し、今一度ララブランのリゾート地への交通を確認する。
 一帯を眺めて、満足げに目を細めた。
「まるでライハルト様の王国ですね」
「王国、か」
「ライハルト様」
 エルマーがニコッと上機嫌に微笑んだ。
「他にも何かありましたら、何でもお申し付けください」
「俺が王なら、お前は何なんだ」
「犬ですよ」
「……」
 ガオ、と軽く鳴いて犬の真似をする。ライハルトは無視を決め、馬車の窓へ視線を転じた。
 犬、か。だがエルマーは人間だ。
 思い浮かぶのは黒猫だった。
 黒猫。巷では不吉の象徴と言われているが、昔は幸福のシンボルと語られている。
 ライハルトの目の前へ突然現れた黒猫……ミカ。
 ライハルトは座席に置かれた箱を見下ろす。馬車に乗り込む前に買った菓子だ。メイド長から、ミカが好んで甘いお菓子を食べているのを聞いたから気まぐれで買ったものだった。
 頭の中に浮かんだ黒猫が人間の姿へ変化する。
 ライハルト邸へ来た当初のミカはボロボロだった。
 今では肌も髪も健康的になっている。きちんと身なりを整えてやるとかなり綺麗になった。
 長い睫毛が白い頬に影を落とす。いざ、伏していた目を上げると、大きな目にルビーのような赤い瞳が潜んでいて、ライハルトを見つめる。その視線は、ミカが意識していようとなかろうと、他人を惹きつけるものなのだろう。
 充分な食事は摂っているはずなのにまだ身体は細っこい。そのせいでどこか儚い印象を持つ。
 しかし弱々しい雰囲気の一方で、強さがある。出会った当初のライハルトは彼に対してぞんざいな扱いをしたが、ミカは屈せず、仕事を求めてきた。
 本当は、他人なんかどうでも良かった。ライハルトがミカを邸宅に残したのは彼が猫の獣人だったから。猫を求めて傍に置いたのだ。人間のミカには興味もなかった。
 ミカが自分に恐怖を抱いているのにも気付いていた。当然だ。ミカの頬に爪を立てたのはライハルトだ。どうせ数日経てば逃げるのだろう。その程度にしか考えていなかった。
 けれど彼は弱音も吐かずにやっている。見かけに反して、あの子は強かった。
 ミカは一人で生きてきたのだ。彼の人生を見れば、その強さも頷ける。それを知ってしまうともう、ミカを傷つけようとは思えない。
 拾った当初のボロボロだったミカも徐々に健康的になっている。もっと食事を与えれば肉もつくだろう。
 瞼を閉じるとあの赤の残像が残った。
 またミカが、黒猫に変わる。
「不吉、か……」
 彼が不吉の象徴か否かなどは、正直どうでもいい。
 今のミカは、幸福なのだろうか。

















「……っ、ミッ、にゃ……にゃあ、ミャ……」
 黒猫が震えて泣いている。涙はなくとも、彼の心が泣いているのが手に取るように分かる。
 邸に帰宅すると、人間のミカが「お帰りなさいませ」とライハルトを迎えた。
 ちょうど土産の甘い菓子を渡そうとしていたので人間の姿は都合が良い。どうせなら共に菓子を食べようとしていたが、しかし、ミカはすぐに黒猫へ変化した。
 タイミングが掴めないと言っていたのでそれ自体は仕方ない。
 問題は、人間のミカの頬に殴られたような痕があったことだった。
 黒猫のミカを寝かしつけたライハルトは、すぐさまエルマーに電話をかけた。
「何でも言えって言ったよな」
 誰だ?
「調査員を派遣しろ。急ぎだ。ミカを監視する」
 誰がこの子を傷付けた。











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