【完結】愛する人にはいつだって捨てられる運命だから

SKYTRICK

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第一章

10 なんで?

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「旦那様がミカさんを連れてきたときは驚きました」
 と、同僚であるロミーは食器を洗いながら告げた。
 ミカは「はは」と乾いた笑みを漏らす。苦笑するミカと違って、ロミーは楽しそうに「本当にびっくりしたんですから」と言った。
 ライハルトの邸宅で働き始めて、早一ヶ月が経つ。
 秘書であるエルマーの紹介で執事長と面接し、無事ミカの雇用は決まった。身元が不明なので不安だったが、エルマーの口添えがあったので滞りなくライハルト付きの従者となった。
 幸いにも使用人としての経歴は充分だ。約十年もヒルトマン邸で働いている。
 突然現れてライハルト専属となったミカに対し、はじめは邸宅の人々も不審げにしていたが、ミカの働きを近くで見ているうちに、次第と警戒を解いてくれた。
 特にロミーは歳が近いこともあり打ち解けている。近いと言っても彼女は五つも上だ。この邸宅の最年少はロミーで、彼女は二十三歳。
 他は皆、二十五歳以上の男女たちで構成されている。この邸宅の人々は洗練された者たちが多く、落ち着いている。
 ロミーは最年少ともあり若く、明るく、皆に好かれている。
 ミカも例外でない。突然外部からやってきた自分に対し親切に接してくれる彼女に、ミカも心を解いていた。
「突然、旦那様がミカさんを連れてくるから」
 たまたま二人きりとなったせいか、ロミーはいつもより砕けた話をしていた。
「びっくりさせてすみません」
「それに、旦那さまのお部屋の一つを借りてるだなんて!」
 ロミーは高揚した様子で言う。「まだ信じられません」と笑うロミーに、ミカもまた頷いた。
「そうですよね」
 異常事態だ。
 使用人には使用人の部屋がある。主人と同じ空間を使うなんてあり得ない。
「珍しいですよね」
「聞いたことがありませんよー」
「ですよね……」
「ですが今となっては充分理解できます」
「え?」
 食器を棚に戻し終えたロミーは、小箱からクッキーを一つ手に取った。
 ロミーはいつもエルマーが差し入れてくれるお菓子を食べている。ミカは内心で、二人には恋愛関係があるのではないかと疑っているが、口にしない。
 ロミーはにっこりした。
「ミカさんはとても仕事ができるので」
「……ありがとうございます」
 ミカは俯きがちに呟いた。
 ロミーは何度か頷きながら言う。
「旦那様がミカさんを専属の従者にしたのも納得です」
「下僕ですよ」
 というより、奴隷の類だと思う。従者だとか下僕だとか、そんなに立派なものではない。
 ミカは今日一日の予定を頭の中で組み立てながら、窓の外へ目を転じる。天気はいい。晴れやかだ。けれどミカは、空の青さに何も感じない。
 ロミーは「本日は旦那様もお帰りになるので、よかったですねミカさん」と嬉しそうにしている。
 ミカは小さく微笑んだ。
 言葉を返さなかったのは、ミカにとってライハルトの帰宅というのは、特段素晴らしいことでもないからだ。
「——ミカ」
 その日の夜、ロミーの言った通りライハルトが屋敷に帰宅した。
 二日ぶりのライハルトだ。ロミーによるとライハルトは二十七歳。ミカより九つ上だった。
 彼は部屋に入ってくると真っ先にミカの元へやってきて、両手で掬い上げる。
「ちゃんと猫になってるじゃねぇか。評価してやる」
「……にゃにゃ(どうも)」
 そう、ミカの姿は黒猫だ。
 ライハルトが抱き上げるのも容易だった。
 こうして黒猫で待っていたからか、彼はかなりの上機嫌だ。豪勢なスーツのタイを緩めることもなく、ソファに腰掛けるとミカを膝の上に乗せ、「ちっこいなお前」と目を細める。
 今日も猫の姿で、ライハルトを迎えることができた。
 二日前もそう。その前も。彼に宣言したのは「いつ猫になるかわからない」だったのに、この一ヶ月、ミカの懸念も杞憂に終わり、毎日のように猫になっていた。
 環境が変わったせいだろう。こんな調子であるから、夕方以降のミカはこの部屋に引き篭もっている。
 万が一でも人前で変化してはならないからだ。新人のくせして不遜な働き方ではあるが、それは始めからライハルトが考慮してくれて、『夕方以降のミカの仕事は俺の部屋で行う』と執事長に命令してくれたらしい。
 ミカはいつも日が落ちてから変化する。今のところ正体がバレることはないが、幾らか心配事はある。
「お前メシ食ったか?」
「にゃーにゃ(食べました)」
「何食べた? チキンか? 猫だしな。はははは」
「ンニャーッ! みゃ、アォ(人間の姿で食べました!)」
「キレんなよ」
 わざわざミカを揶揄うせいで、ミカも言い返し、猫の声が響くのだ。
 そのせいでロミーにも「旦那様、こっそり猫を飼っているかもしれないんです」と疑われてしまった。
 いざ黙っていてもライハルトが「なんか言え」と不機嫌になるので仕方なく相手をしている。出来るだけ声を抑えているが、屋敷中に猫の存在を知られるのは時間の問題だ。
「毛並みが整ってきたな。人間の環境も影響すんのか?」と頭を撫でてくる。
「んにゃーみゃ(知りません)」
「何でわかんねぇんだよ。自分のことだろ」
「……ニャ」
 加えて疑念なのが、なぜかライハルトがミカの発言を聞き取っていることだった。
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