6番目のセフレだけど一生分の思い出ができたからもう充分

SKYTRICK

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番外編

クリスマス(下)

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 洗面台へ向かい、リビングへ戻る。既に良い香りが漂ってきていたが、キッチンに用意されてる食事は豪華だった。時刻はまだ六時半だ。手伝おうと思ったのに、もう終わってしまったらしい。
「すごく美味しそう」
「温めるだけだし、先に風呂入ってくる?」
「でももう料理できてるのに」
「寒かっただろ。こっちはいいから入ってきて」
 と言いながら陽太はまた幸平の身体をぎゅっと抱きしめる。「つめてー」と耳元でケラケラ笑い声がした。くるっと反転させられて、後ろから抱きしめられる。そのまま肩を抱かれる形になり、幸平の部屋へ誘導される。
「冷たすぎっから風呂入ってきてよ」
「そんなに冷たい?」
「ん。あ、俺がコウちゃんを風呂に入れても良い日?」
「何その日?」
「ごめんなさい」
「お、怒ってないよ」
 本当に(何その日?)と思ったから呟いてみたが、謝ったのを見るに邪な気があったらしい。
 「まだもうちょっと準備あるから」と浴室に押し込まれたので、大人しく言われた通りにした。上がってくると、リビングのテーブルには料理の数々が広がっている。
「う、わぁ」
 思わず声が溢れ出る。目の前にはチキンやピザ、ローストビーフ、グラタンやら何やら。
 どれも見かけも良く、匂いもよく、美味しそうで。
「……腕を、磨きすぎじゃない?」
「そう?」
 陽太はワイングラスにシャンパンをトポトポと注ぐ。度数低めのシャンパンらしい。
「凄い……」
「まぁ俺はコウちゃんに食わせるために料理頑張ってるからな」
 陽太は誇らしそうに言って、グラスを手に取る。同じように幸平も手に取って、乾杯をした。
 料理はとても美味だった。付き合っていない時から陽太が手料理を振る舞ってくれて、その時もとても美味しいなと思っていたが最近は更にレベルアップしている。
「ローストビーフ、美味しいね。この白いやつも美味しい」
「うん」
「グラタンも美味しい。すごいね」
「うんー」
「陽太くん何でも作れるんだ」
「うんー……」
 本当に美味しくて、一口食べる毎に感想が溢れてしまう。陽太はその度「うん」と言ってグラスを傾けていた。作ったのは陽太の方なのに、彼自身の食の進みは遅い。陽太は幸平を見つめてばかりいる。
 食べきれないことも想定済みらしく、暫くすると「ケーキ食わなきゃ」と陽太が立ち上がる。小さなホールケーキを購入したので切り分ける。陽太のおすすめで予約したのでどんなケーキかは分からなかったが、とても美味しかった。
「美味しいね」
「うん」
「陽太くんもケーキ作れるの?」
「えっ!? ……作れるよ」
「すごいなぁ」
「作ります」
 決心のような口調だった。
 と、ケーキを食べ終わってから「あ」と思い出す。そうだったと部屋に戻り、紙袋を手に取って帰ってくる。 
「陽太くん、クリスマスおめでとう」
「!」
 紙袋を手渡すと、陽太は「やった」と嬉しそうに目を細める。
「コウちゃんありがと。嬉しー」
 プレゼントはマフラーだ。これは陽太の要望でもある。
 陽太はあらかじめ、「俺マフラーがいいな」とプレゼントの要望を伝えてくれる。なぜならば、「コウちゃん悩ますのマジで無理」らしい。
 だから幸平もまた、「ネクタイかなぁ」と伝えていた。
「じゃあ、俺も」
 と陽太が箱を差し出してくる。
 幸平は要望通りの中身に「ありがとう」と微笑んだ。
 室内にも関わらずマフラーを首に軽く巻いた陽太が、ちょこっと首を傾げて微笑んだ。
「去年も同じじゃなかった?」
「なんか、コレクション、みたいな感じ」
「フゥン」
「陽太くん、ネクタイプレゼントすんの飽きた?」
 ネクタイは箱に入れたままにしておいた。高級そうな生地だったので、陽太のようにこの場で陽気に首に巻きつけられない。
 陽太は「全然」と首を振る。
「まだネクタイは二回目だし」
「良かった」
「つうか……」
 するといきなり、妙な間が空く。
 少し蕩けた目をした陽太が、呟いた。
「高校の時さ、コウちゃんも制服きてたじゃん」
「うん」
「あれ良かったよね」
 ふと、優しい人だな、と思った。
 こうして何年も一緒にいれば、陽太が自分以外の人間と話すときの口調が今とは違うことも分かる。今は柔らかな話し方をするが、他の人相手だともう少し荒っぽい口ぶりになるのだ。
 だからかもしれない。イメージをうまく伝えられないのは……。
 陽太の話し方が好きだな、といつも思う。
「何が良かったの」
「なんだろ。なんか、いいなぁーって思ってずっと見てた」
「ふふ」
 幸平は小さく笑った。可愛い人だな、と思った。
 その癖毛も、刺青もかわいく見える。いつも素直なところだって可愛い。
 例えば他人に今幸平が愛しく思っている陽太の雰囲気を伝えるのは、ただの惚気になるんじゃないか。
「そんなに中学と変わらなかったと思うけど」
「いや、違ってた。違ってたから良かった」
「へぇ」
「制服の上にパーカー羽織ってること多かっただろ? あれすげぇいいなぁって」
「ほぉ」
「大きいパーカー羽織ってたのが良かった。めっちゃ冬になるとモコモコのパーカーに変わるのスンゲェ良くて」
「眺めてたんだ?」
「そう」
「遠くから?」
「……はい」
「あははは」
 高校時代の自分は全く気付いていなかった。この四年間で徐々に、陽太が高校時代にどう過ごしていたかが分かってきた。簡単に言うと、とにかく幸平を眺めていたらしい。
 酒が入れば入るほど彼は『なんで……』『あんな遠くから……』と後悔を始める。今のように。
「あー話しかけたかった。なんで話せなかったんだろ」
「なんでだろう」
 それは幸平だって不思議だ。
 遠くから見ていたのは、陽太だけではない。
「俺も陽太くんのこと遠くから眺めてたしな」
「あーくっそー」
「不思議だね」
「あーーー」
 そうは言っても、たとえあの日々に遡ったとしても未来は変えられないのだと思う。
 あれが俺たちの限界だった。
「話したかった。放課後デートとかしたかった……」
「うん」
「二人で、色んなとこ行ったり。修旅だって二人で回りたかった」
「クラス別だったからなぁ。今度旅行行こうか」
「行く」
「行こう」
「昼飯とか、昼休み、全部一緒に居たかった」
「全部」
「まっじで、ほんと、あーーー」
 酔っている。いつの間にか、二本目のボトルが空いている。
 俯いた陽太はいきなり顔を上げた。「でも」とジッと幸平を見つめてくる。
「あん時のコウちゃん、ネクタイとかはしてなかったよな」
「んー……そうだったかも」
「だから今こうして、きっちりネクタイ締めて出掛けんの見てるの楽しい」
「今度は近くからだね」
「……そうすね」
 ソファに移動し、二人で映画を観る。翌日は幸平も仕事があるが早く帰ってきたので時間は充分ある。何となくテレビはつけていたが二人とも見てはいなくて、陽太は幸平の隣で昔の話と今の話を行ったり来たりで続けていた。
 と、いきなり。
「キスしていいですか」
 陽太が丁寧に確認をとってくる。
 高校の話をしていたせいか心が初心に戻ってしまったのか。付き合いたての時のように事前に言ってくるのが面白くて、幸平もくすくす笑いながら「どうぞ」と頷く。
 唇が重なる。一度離れると、二秒後に「もっかい」と言ってキスしてくる。それを何度か繰り返した。
「もっかい」
「うん」
「コウちゃん」
「ん」
「すげぇ好き」
「俺も好きだよ」
「よっしゃ」
 あぁ、やっぱり、可愛いな。
 優しくて可愛くて温かい。ここはどこも寒くなんかないし、お腹も心も満たされている。
 抱きしめあって、眠る間際までずっと、二人とも安心していた。『おやすみ』はどちらも告げない。その代わり、「好き」とか「大好き」とか伝えたいことだけを口にして、いつの間にか眠ってしまうまでの、穏やかでしかない時間が愛しかった。
















 翌朝、先に目を覚ましていたのは陽太だった。
 この四年でたっぷり分かったのが、幸平は酒に弱いということ。少しでも飲んでしまえば翌日は早起きできない。仕事に間に合うラインギリギリまで眠り、最後の通達である目覚ましで起き上がる。
 寝ぼけ眼を擦りながら着替える。顔を洗って準備を整え、リビングへ向かうと、テーブルにはお弁当が置いてあった。
「陽太くん」
「コウちゃん、おはよー」
「おはよう」
「眠そうだね」
「うん……」
「もう行く?」
「行く」
「それコウちゃんのお弁当な」
「ありがとう」
 陽太はリビングに面したキッチンで作業していた。幸平はぼんやりと机の上のお弁当を見下ろしている。
 不意に、
「なんか……」
 と呟いた声も、陽太は「何?」と簡単に拾ってしまう。
 幸平は、新しいネクタイを締めながら言った。
「朝起きるとお弁当があるのって、クリスマスプレゼントみたいだ」
「……あはは」
 陽太は笑いながらこちらに歩いてくる。目の前にやってきて、頬を撫でてきた。
 陽太はとっても甘く微笑んだ。
「いつでもあげる」
「サンタさん?」
「いいよ。俺が何にでもなってあげる」
 魔法の言葉みたいだ。陽太はヒーローで、サンタで、恋人で……。
 幸平はとても安心した気持ちに包まれながら、「行ってきます」と笑った。







《書籍化します!詳しくは活動報告にて。本当に皆さんのおかげです。ありがとうございます!》
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