6番目のセフレだけど一生分の思い出ができたからもう充分

SKYTRICK

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番外編

クリスマス(上)

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 カレンダーは十二月二十五日を指している。午後の会議を確認してから昼休憩のためお弁当を持って部屋にやってくると、
「森良くん、今日のクリスマス会は出席するんですか?」
 と、同期である綾瀬さんがにこやかに話しかけてきた。
 幸平はまずはじめに「いえ」と首を振る。すかさず綾瀬は「えっ誘われてませんか!?」と不安気な顔をする。幸平はそれに対しさらに「あの、誘われてはいたんですけど」と首をふる。綾瀬はきょとんと目を丸くした。
 税理士事務所に就職してから一年以上が経っている。一つ年下ではあるが彼女はこの事務所で唯一の同期である幸平に、非常に友好的に話しかけてくれる。お客様や同僚との会話から見てもかなりコミュニケーション能力に長けている女性だ。彼女はまたしても綺麗に笑って「けど?」と首を傾げた。
 すると同じく昼休憩に入った同僚の先輩が室内に入ってきた。
「森良くんは彼女と過ごすんだよね」
 先輩である広瀬は言って、ニッと目を細めた。
 自ら恋人の話をしたことなどなかったので驚くと、彼女はふふっと微笑む。幸平以上に驚いた様子の綾瀬が声を大きくした。
「森良くん彼女いるんですか!?」
「いるに決まってるだろ」
 続けて現れたのは男性の先輩であり、広瀬の同期である廣瀬だ。広瀬と苗字が被っていることから『リョウ』と名前で呼ばれている。幸平の直属の先輩で、入社当時から世話になっている。
 リョウは言った。 
「つうかいないわけないだろ、こんだけカッコ良くて高収入なんだから」
「まぁ、そうですけど。でも森良くん、恋人いる感一切匂わせないじゃないですか。ていうか広瀬さん知ってたんですか?」
 まだ意外そうな顔をする綾瀬に広瀬はニコッと笑いかけ、次に幸平を見た。
「あ、なんだ当たってた?」
「え、」
「広瀬さんテキトー言ってたんですか!?」
「うん、でもクリスマス会断るなんてそれくらいしか理由なくない?」
「確かに」
 納得したように頷く綾瀬は、さらに「確かに、高収入だし」と言って、広瀬も同意した。
「私たちと違って森良くんは税理士資格持ちだもんねー」
「いえ、まだ持ってるってわけじゃ……」
 合格しても二年間業務に従事しなければ認められない。まだ一年目だ。
 小さく首を振ると、広瀬もリョウも面白そうに目を細め、綾瀬は感慨深く呟いた。
「森良くんって在学中に官報合格してるんですよね。大学通いながら……自分のお金で……優秀すぎる……」
 リョウが呆れたように目を細めた。
「この人の出身大学忘れた? そっちの方がすごいだろ」
 広瀬が言う。
「どっこいどっこいでは?」
「どっこいどっこいって言葉久しぶりに聞きました」
「え、死語!?」
「にしても大学三、四年を資格習得に全振りしたの勇気ありすぎだろ」
「二年で受かるのは森良くんぐらいですよぉ」
「会計士の方に賭けなかったのも森良さんらしいね」
「森良さんならそっちもいけそうだけどな」
 テーブルを囲んでこちら側に幸平とリョウ、向かい側に綾瀬と広瀬が座っている。皆それぞれの昼食を進めているが、幸平以外の三人は議論を白熱させた。
「二年。二年て。ラスト一年で三科目!? やばいですよ」
「すごいよねぇ」
「つうか綾瀬さんも簿財合格したんだろ? おめでとう」
「ありがとうございます! 森良くん今日は彼女とクリスマスですか!?」
「話題の戻し方すごいね」
 今日開かれるらしい『クリスマス会』とは、綾瀬ら三名と他複数人で開かれるパーティだ。よく主催するがリョウや広瀬なので、幸平も何度か集まりに招待されている。
「今日は、すみません」
 彼女ではなく、彼氏だと言うことは荒れそうなので黙っておく。
 申し訳なさそうな幸平を見て、広瀬らは軽やかに笑った。
「いいのいいの」
「暇な奴ら集めてるだけだからな」
「彼女と何年!?」
「すごい聞くじゃん」
 綾瀬の熱が止む気配はなかった。目を煌めかせて訪ねてくる彼女に、答えない理由は特にない。
「えっと、四年目です」
「おわーっ」綾瀬が大きな目を更に丸くした。
「どういう反応?」広瀬が苦笑する。
「四年かぁー」最近恋人と別れたらしいリョウが唸った。
「可愛いですか?」
「かわいい……はい」
 嘘は言っていないはずだ。陽太はかわいいと、思う。正直に答える幸平に期待して、女子二人が盛り上がる。
「可愛いんだぁ」
「いいですねいいですね。そのお弁当ももしや、彼女さんの手作り?」
「……はい」
「彼女めっちゃ凝るね!?」
「待ってそうなると、森良くんのいつものお弁当って全部そうなんですか!?」
「いえ、俺も作ることあるので」
「えー、すご。いいなぁ」
「どこで出会ったんですか? 大学?」
 少し返答に遅れてしまう。が、幸平は素直に告げた。
「……幼馴染で」
「っ! 幼馴染!?」
「なんて素晴らしい響き……っ」
「素晴らしすぎますっ」
「うんっ」
「そんなに? 確かに珍しいけど」
 女性陣の猛攻を眺めていたリョウが首を傾げる。すると綾瀬は、信じられないとばかりに眉を顰めた。
「リョウさん話聞いてました? 幼馴染で、交際歴四年目ですよ!?」
「お、おう」
 リョウの反応を見て、綾瀬はため息を吐く。それから口調を、強めて言った。
「わかってないですね?」
「いや、だから聞いてたって」
「あのですね、小学校の頃に出会った二人が、つい四年前に付き合い始めたんですよ!? 10年以上の両片思いを経て、遂に四年前に結ばれたんですよ!?」
 そこまで話していないので綾瀬の妄想ではあるが、話自体は間違っていない。間違っていないのが少し怖い。
 黙々と食事を続ける幸平の前で、綾瀬が厳しく言った。
「普通はね、中学だか高校だかで付き合い始めるのに、この人たちは時間がかかってるんです。片想い歴の方が長いんですよ。この尊さがリョウさんには分からないみたいですね!?」
「お、おぉ」
「素晴らしすぎる!」
「確かにそう考えるとイカついけど、え、まじで? 森良さん、彼女さんにずっと片想いしてたのか?」
 ちょうどそこで幸平の携帯に通知が入った。そちらに気を取られて、数秒返答が遅れるが、答えはシンプルだ。
「あ、はい」
「ヒィーーー」
「っやば!!」
「一途じゃん」
 一途……。小さく微笑み返す幸平に、広瀬が真剣な顔で訊ねた。
「もしかして彼女さんもずっと森良さんのこと好きだったの?」
「……そうだったみたいです」
 その瞬間、息を大きく吸う音がした。その音の正体は綾瀬だ。彼女は次に息を深く吐きながら、降参するように両手の掌を見せてくる。
「皆さん一回落ち着きません?」
「やばい……、これは本気で良すぎるかも」
「俺は全然落ち着いてるよ」
「彼女さんどんなタイプですか!?」
「森良さんと似てるふわふわしてる人?」
「……」
 幸平は口の中の物を飲み込んでから、「俺ってふわふわしてますか?」と呟いた。
「してますよっ。森良くんが食べ物飲み込むの待っちゃった今の時間が証明ですよっ」
「ほんとにジッと待っちゃった」
「社長の前だと落ち着いてる感じだけど、基本的にはほわほわしてっかも。柔和で優しいよな」
「……」
 褒められている? のかな?
「え、どんな人ですかほんとに。森良くん、教えて教えて」
「写真持ってる?」
「写真はちょっと……」
 陽太が映っている写真には高確率で幸平自身も写っている。他人に自分の映っている写真を見せるのはそもそもとして苦手だ。
 微かに首を振ると、女性陣は引いてくれて、その代わりに「じゃあ!」と圧力を強めてくる。
「どんな人!?」
 ……どんな人、か。
 改めて考えると、陽太は説明しづらい。
 なぜなら他人の抱く陽太のイメージと、今の幸平が見る陽太はかけ離れている。後者だけ伝えるなら「かわいい人」だけど、きっと陽太はそれだけではないのだと思う。迷ったが、事実である過去を伝えた。
「……小中高と一緒で、高校の頃は特に、俺が話しかけられるような人ではなかったんです」
「森良くんが話しかけられなかったんですか?」
「つまりめっちゃモテる子だってこと?」
 広瀬の言葉に頷くと、綾瀬さんは「ヒーー」と天を仰いだ。広瀬もまた真顔になり、「あ。良すぎて死ぬかも」と呟く。
「頑張って生きましょう!」
「いいなー、幼馴染と恋人。俺も幼馴染ほしい。今から間に合うかな」
 リョウは羨ましそうに目を細めながら弁当を眺めてくる。幸平は困って口を閉じた。今からだと、間に合わない気がする。ひとしきり感動した綾瀬が「森良くん」とよりいっそう微笑みを深めた。
「森良くんの彼女さんは、きっとすごく優しい人なんですね」
 もぐもぐと口を動かしたままジッと綾瀬を見つめる。
 綾瀬はなんてことないように言った。
「だってホワホワ森良くんの彼女さんなんですもんっ!」
 陽太はまず、心の中で頷いた。飲み込んでから、唇を開き、
「はい、優しいです」
 と微笑みを返した。

















 ——そう、優しい人だ。
「コウちゃん、お帰り」
「ただいま」
 定時で帰宅すると、陽太の声がまず先に届いた。
 玄関でゆっくり靴を脱いでいると陽太がやってくる。部屋は大学卒業と同時に引っ越してきた部屋で、以前より広い。
「早かったね」
「うん。あれ、もう準備終わっちゃった?」
 首を傾げると、陽太が嬉しそうにその微笑みを更に明るくする。
 今、彼はレストランで働いている。忙しい店ではあるが、最もカップルに人気な二十四日を生贄に捧げることで二十五日の休みを無理やりもぎ取ったのだ。本来ならばそのどちらも出勤しなければならなかったところを、二十連勤することで勝ち取っている。
「ちょうどメシ作り終えた」
「でも、昨日まで忙しかったのに」
「俺は休みだったんだから。コウちゃんが帰ってくるまでに作り終えんの目標だったからギリセーフだし、ケーキ買ってきてくれてありがと」
「予約したケーキだから……」
「あーっ」
「え、?」
「コウちゃん冷たい外寒いんだこうちゃんこうちゃん幸平くん」
 突然、大声を上げた陽太がぎゅっと抱きしめてきて、頭を撫でられる。最近の陽太はたまに、「幸平くん」と呼ぶことがあった。そういう時の陽太はひたすら幸平を触ったり、抱きしめたりしていて、幸平はいつもおとなしくジッとしている。今もされるがまま立っていると、いきなり冷静に戻った陽太が「手洗ってきな」と体を離した。
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