6番目のセフレだけど一生分の思い出ができたからもう充分

SKYTRICK

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番外編 友人

7 こんなだよ

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 しかし時川は本当に不思議そうに「何の話だろ」と呟く。
 陽太が目を細めた。
「覚えてねぇの?」
「あー……言った……かもな」
「かもって何だよ」
「ちょっと待ってくれ。当時の真意を思い出すから」
 以前の飲み会に陽太を連れて行ったことは幸平も覚えているが、その帰りに陽太と時川に絡みがあったなど知らない。
 覚えているのは、陽太が駅まで送ってくれたことだ。厳密に言えば、その別れ際が記憶に残っている。
 『すみれ』と表示された相手と彼が通話しているのを見て、ハッと酔いが覚めたのだ。通話口の人物が陽太の想い人だと勘違いしたのも、今となっては懐かしい。
 その前に陽太と時川の下りがあったなど思わなかった。
 ……もしやそれで、陽太は『時川』の名に表情を歪めた?
「あ、思い出した」
 すると時川が思い出したように言う。
 苦笑がちに語ることには、
「それはあれだな。私がコード払いをしているからだ」
「は?」
 怪訝な顔をする陽太の一方、谷田が神妙な面持ちで付け足す。
「そうそう、時川は現金持ってねぇんだよ」
「は?」
 時川は淡々と語った。
「校内で書籍を買った時に、幸平くんから現金を借りたんだよ。だからその分をあの飲み会の代金で支払った。ただそれだけだな」
「……それのどこが濃密な取引なんだ」
「さぁ。私も酔ってたみたいで」
 陽太は力の抜けた声で、脱力しきった様子で「何だよそれ……」と言った。
 時川は薄ら笑いで「何の心配をしてたんだ」と言う。陽太は本気で嫌そうな顔をして、「色々と。つうか」と鋭い目つきをした。
「あんたが仄めかしてたんだよ」
「へぇ。何を?」
「なんか嫌な感じを」
「ははは」
「コウちゃんもすげぇ酔ってたし」
「え、俺?」
 突然矛先を向けられて、一瞬反応が遅れる。
「酔ってたから時川さんについて聞いても答えてくれなかった」
「……そうだった、かも?」
「うん」
 陽太の表情が柔らかくなる。幸平はその変化を眺めながら言った。
「ごめんね」
「いいよ」
「激甘じゃねぇか」
 谷田が未だ信じられないと言ったような顔で呟く。時川が続けた。
「良かったな溝口さん。これで心配事は何もないだろ?」
「あんたに言われたくないんだけど」
「折角だから幸平くんもお酒飲んだらどうかな」
「おい」
「じゃあ飲もっかな」
「え」
 試しに同意してみると陽太が目を瞠る。幸平は「だめ?」と言ってみた。陽太はすぐさま首を振った。
「ダメじゃない」
「そっか」
「何頼む? あんま強いのはやめた方がいいと思うけど」
「じゃあ……」
 隣で谷田と室井が「溝口さんってこんなんなの?」「こんなですよ遙か昔から」と話している。時川は独自で酒を注文し、謙人がこちらを眺めながら言った。
「今日は騒がしくなりそうだな」
 発言通り、その後の飲み会は盛り上がった。
 酒を入れた谷田は『いかに幸平が高校時代頭が良かったか』を語り出す。これは酔った谷田が語る定番で、なぜか彼は高校時代の幸平の優秀さに誇りを持っている。
 対する謙人は『いかに陽太がストーカーだったか』を語り出した。幸平を影から眺め続け、話しかけようとしては失敗し、頭の良いコウちゃんと同じ大学へ行くために鬼のような勉強を重ねたが結局進学先を勘違いして撃沈した話など。
 谷田は「そうだったのか!」と感動し、なぜか謙人は感極まった様子で「そうだったんだよ。本当に可哀想で可哀想で……俺はこの話をずっとしたかったんだ!」と盛り上がった。
 陽太は謙人の話を止めなかった。初めの方は「おい」と制しようとしたが、謙人があまりにも熱の入った口調で語るので、陽太は若干狼狽えた様子を見せた。幸平から見ても、谷田へ語る謙人は活き活きとしていた。彼が教えてくれる話は幸平にとっても興味深かったが、反応の仕方が分からない。代わりに谷田がオーバーにリアクションを取るので、謙人は調子づいて白熱していく。
「溝口さんってそんな頑張ってたんだ!」
「そうなんだよ。全然空回りしてたけど」
「そっか。そうなのか。はぁ、俺も頑張るわ。俺も歯医者行く」
「頑張れ!」
 いつの間にか席は謙人と谷田が隣同士になっている。時川は室井と「ムロくん、この漫画読んだか? 面白いぞ」「時川さんの『凄い』って大抵グロいんですよね……完結してます? 電子で買おうかな」と携帯の画面を覗き込んでいる。
 その漫画は高校時代にバイト先で、時川が気に入ってよく読んでいた漫画だ。時川曰く『本当に好きな漫画は他人に教えたくないんだ』だったので、時川は室井を認めているらしい。
 幸平はちびちびウーロンハイを眺めながら目の前の光景をどこか不思議な気持ちで眺める。
 高校の頃は謙人らを怯えていた谷田が今、謙人と無邪気に会話を楽しんでいる。時川はあの漫画を室井に勧めている。
 そして幸平の隣には、陽太がいる。
「コウちゃん、飲み会終わったらこの後どうする?」
「この後?」
「帰んないよな?」
 そう訊ねた陽太はどこか不安そうだった。
 どうしたのだろう? と思うも、その表情は一瞬で消える。幸平が返した言葉に、嬉しそうに微笑んだから。
「帰らないよ」
「だよな」
 二人になるのはもう少し先だ。テーブルは大いに盛り上がっている。謙人の話に谷田は喜び、室井の発言に時川が珍しく声を上げて笑っている。
 話したいことは沢山あるけれど、時間はたっぷりあるのだから急がなくてもいい。
 陽太は「だよな。夜は俺ん家行こう。コウちゃん泊まってけば良いよ」とご機嫌な様子でグラスを傾けた。幸平は「うん」と答えて、ウーロンハイをちびっと飲む。
 笑い声はまだ続いていく。








(了)

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