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番外編 友人
3 ありがとう
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暗い声でぼそぼそ呟き、陽太は繰り返した。
「何でだよ。何で、初めて会っただけで幸平って」
「嘘嘘」
「は?」
関が堪えるように笑いながら「な、森良くん」と目を細める。幸平も自然と笑いながら頷いた。
「うん」
「幸平って呼んでないってこと?」
幸平の代わりに関が「そりゃそうだろ」と揶揄うように言った。「幸平なんて呼んだらお前怒るし」と付け足すが、陽太は「もうキレてんだけど」と表情を険しそうに歪める。
関は嬉しそうな声を上げて、
「ほらな。キレるって言っただろ、森良くん」
「は? 何?」
「あはは、うん」
「コウちゃんも笑ってるし……」
終始関には厳しい顔つきだった陽太だが、幸平が笑うとその勢いも削がれた。困ったように眉を下げてこちらを見るので、幸平はクスクス笑い返した。
陽太は気まずそうに問いかけてくる。
「コウちゃんもしかして、色々聞いた?」
「色々って?」
「なんか……俺がさ、言ってたこととか」
「あ、うん。陽太くんの話しした」
「えっ」
「陽太くんが来るまで、陽太くんの話ばっかりしてた」
「あー。えー……」
と言いながらも陽太の笑い方は柔らかかった。
幸平は「でも陽太くん」と、その色素の薄い瞳をじっと見つめる。
「陽太くんも、俺のこと結構話してるよね」
「えっ、そうかな」
関が独り言みたいに「そうだろ」と言った。呆れる気配が香ってる。陽太は一瞬で鋭い目を関へ向けて険のある言い方をした。
「つかテメェチクってんじゃねぇよ」
「チクるって」
「なんで俺がコウちゃんの話ししてること、本人にバラすんだよボケ」
「だから怖ぇんだってお前。どういう切り替え?」
「余計なことほざくなよ」
「こわ」
「陽太くん。俺の話してくれてるんだね」
「あ、うん……嫌だった?」
キツい口調が魔法のように解けて優しくなる。関が「マジで怖い」と怯えた目つきをした。
陽太は若干、伏し目がちに「ごめんね」と続ける。
「なんか色々話しちゃってさ」
「ううん。俺のこと言ってくれてんだなって嬉しかった」
「え、そう……? そっか」
「それで、俺、なんかうさぎ好きみたいに思われてんのかなって」
「スタンプだろ? よく送ってくるじゃん」
「うん」
「うさぎ好きじゃない?」
「好きでも嫌いでもないかな」
「へぇ、うん。わかった。でもじゃあ何でうさぎ?」
「動物のスタンプ、って検索したらウサギが出てきたから」
「あー。そういう」
陽太は「じゃあ、今度亀のスタンプ見つけたら送る」と頬を和らげる。
幸平は頷き、「ありがとう」と微笑みを返す。
さて、ようやっとタイミングがやってきた。
幸平は関へと向き直る。彼が視線に気づき幸平へ返す。
幸平は「謙人くん」と声を強めた。
「ん、何?」
「謙人くんも……改めて、この間はありがとう」
関が少しだけ目を丸くする。だがそれも一瞬で、幸平の言葉が何を指しているのか悟り、ふっと破顔する。
なかなか御礼を伝えるタイミングを得られなかった。改まってもう一度「助かりました。ありがとう」と伝えると、関は深く頷き、
「おう。なんか色々あったけど、これからはお幸せに」
「うん」
彼の雰囲気は不思議と馴染みやすい。謙人が無邪気な笑みを浮かべて、本心からそう告げてくれるので、幸平は胸がふわっと暖かくなる。
「ありがとう」
と、心からの笑みを浮かべる幸平の隣で、陽太が呟く。
「……『謙人くん』はガチなんだ?」
それから陽太も飲み物を注文し、運ばれてきたビールで乾杯をした。陽太の言う通り、幸平は酒が弱い。ビールのついでにお茶を追加されて、幸平はそちらを飲んだ。
「どうする? ムロも呼ぶ?」
しばらく雑談してから、唐突に謙人が切り出してきた。
唐突というか、掘り起こしたというか。パクチー餃子を咀嚼しながら幸平は黙り込む。口の中に物が詰まっている幸平に代わって、陽太が首を傾けた。
「何で?」
「だって俺らと遊ぶときはムロもいただろ」
「あー、まぁな」
陽太の横顔を窺うが、その表情からは内心があまり読み取れない。
謙人はやはり幸平へ矛先を向けてきた。
「森良くんはどう?」
「お、れは……」
ちょうど飲み込んでから口にする。だが答えは出てこない。
あの事件があった翌日に、室井には電話で告白の返事をした。
あれ以降、大学でも会っていない。いつも室井から話しかけてくれるばかりで、彼が動かなければ、幸平は室井の居場所すら見つけられなかったのだ。
幸平は友達が少ない。大学に入ってからは意地悪くなったけれど、中学高校時代の室井を思うと、彼は幸平にとって数少ない『友人』の一人だったのだなと今になっては思える。
このままフェイドアウトは嫌だ。けれど全ては室井次第だ。
恋愛ごとに疎くて分からないが、嫌がるのではないか。
「まぁ、一般的には振った振られたは気まずいだろうけどさ。あいつはそういうんじゃないと思う。呼べば喜んで来るよ」
謙人に「室井くんは嫌がるんじゃないかな」と問いかけてみるが、室井と大の仲良しである謙人はそう答える。
更に付け足した。
「何やかんやムロって森良くんに懐いてるままだし、あとムロ、俺らに会うの大好きだし」
隣の陽太も否定はしない。曰く、ムロとはこの店でもしょっちゅう食事をしていたのだと。
幸平らが今居る店は陽太と謙人がよく使っている飲食店だ。店員に馴染みも多いらしく、いつもこの個室が充てがわれるらしい。
先ほども、髪色が派手な女性と男性の店員がやってきて、「うわ、生コウちゃんじゃん」「陽太の初恋くんだ」とひとしきり騒いでいた。
二人とも陽太より年上で、陽太を子供扱いしているみたいだった。彼らは『スミレさん』とも親しいらしく、「今度スミさんとこで宴会しよう」とも持ちかけてくる。
幸平はすっかり緊張して硬直するだけだったが、謙人と陽太は「秋田さんと森良くんが良いって言うなら是非」「コウちゃんって呼ぶなよ」と親しそうに返した。陽太に怒られた二人は、その眼光鋭い睨みに臆することなく笑いながら部屋を去っていく。
普段は陽太と謙人だけでなく、ムロやその他男友達もこの店を使っているらしい。
「何でだよ。何で、初めて会っただけで幸平って」
「嘘嘘」
「は?」
関が堪えるように笑いながら「な、森良くん」と目を細める。幸平も自然と笑いながら頷いた。
「うん」
「幸平って呼んでないってこと?」
幸平の代わりに関が「そりゃそうだろ」と揶揄うように言った。「幸平なんて呼んだらお前怒るし」と付け足すが、陽太は「もうキレてんだけど」と表情を険しそうに歪める。
関は嬉しそうな声を上げて、
「ほらな。キレるって言っただろ、森良くん」
「は? 何?」
「あはは、うん」
「コウちゃんも笑ってるし……」
終始関には厳しい顔つきだった陽太だが、幸平が笑うとその勢いも削がれた。困ったように眉を下げてこちらを見るので、幸平はクスクス笑い返した。
陽太は気まずそうに問いかけてくる。
「コウちゃんもしかして、色々聞いた?」
「色々って?」
「なんか……俺がさ、言ってたこととか」
「あ、うん。陽太くんの話しした」
「えっ」
「陽太くんが来るまで、陽太くんの話ばっかりしてた」
「あー。えー……」
と言いながらも陽太の笑い方は柔らかかった。
幸平は「でも陽太くん」と、その色素の薄い瞳をじっと見つめる。
「陽太くんも、俺のこと結構話してるよね」
「えっ、そうかな」
関が独り言みたいに「そうだろ」と言った。呆れる気配が香ってる。陽太は一瞬で鋭い目を関へ向けて険のある言い方をした。
「つかテメェチクってんじゃねぇよ」
「チクるって」
「なんで俺がコウちゃんの話ししてること、本人にバラすんだよボケ」
「だから怖ぇんだってお前。どういう切り替え?」
「余計なことほざくなよ」
「こわ」
「陽太くん。俺の話してくれてるんだね」
「あ、うん……嫌だった?」
キツい口調が魔法のように解けて優しくなる。関が「マジで怖い」と怯えた目つきをした。
陽太は若干、伏し目がちに「ごめんね」と続ける。
「なんか色々話しちゃってさ」
「ううん。俺のこと言ってくれてんだなって嬉しかった」
「え、そう……? そっか」
「それで、俺、なんかうさぎ好きみたいに思われてんのかなって」
「スタンプだろ? よく送ってくるじゃん」
「うん」
「うさぎ好きじゃない?」
「好きでも嫌いでもないかな」
「へぇ、うん。わかった。でもじゃあ何でうさぎ?」
「動物のスタンプ、って検索したらウサギが出てきたから」
「あー。そういう」
陽太は「じゃあ、今度亀のスタンプ見つけたら送る」と頬を和らげる。
幸平は頷き、「ありがとう」と微笑みを返す。
さて、ようやっとタイミングがやってきた。
幸平は関へと向き直る。彼が視線に気づき幸平へ返す。
幸平は「謙人くん」と声を強めた。
「ん、何?」
「謙人くんも……改めて、この間はありがとう」
関が少しだけ目を丸くする。だがそれも一瞬で、幸平の言葉が何を指しているのか悟り、ふっと破顔する。
なかなか御礼を伝えるタイミングを得られなかった。改まってもう一度「助かりました。ありがとう」と伝えると、関は深く頷き、
「おう。なんか色々あったけど、これからはお幸せに」
「うん」
彼の雰囲気は不思議と馴染みやすい。謙人が無邪気な笑みを浮かべて、本心からそう告げてくれるので、幸平は胸がふわっと暖かくなる。
「ありがとう」
と、心からの笑みを浮かべる幸平の隣で、陽太が呟く。
「……『謙人くん』はガチなんだ?」
それから陽太も飲み物を注文し、運ばれてきたビールで乾杯をした。陽太の言う通り、幸平は酒が弱い。ビールのついでにお茶を追加されて、幸平はそちらを飲んだ。
「どうする? ムロも呼ぶ?」
しばらく雑談してから、唐突に謙人が切り出してきた。
唐突というか、掘り起こしたというか。パクチー餃子を咀嚼しながら幸平は黙り込む。口の中に物が詰まっている幸平に代わって、陽太が首を傾けた。
「何で?」
「だって俺らと遊ぶときはムロもいただろ」
「あー、まぁな」
陽太の横顔を窺うが、その表情からは内心があまり読み取れない。
謙人はやはり幸平へ矛先を向けてきた。
「森良くんはどう?」
「お、れは……」
ちょうど飲み込んでから口にする。だが答えは出てこない。
あの事件があった翌日に、室井には電話で告白の返事をした。
あれ以降、大学でも会っていない。いつも室井から話しかけてくれるばかりで、彼が動かなければ、幸平は室井の居場所すら見つけられなかったのだ。
幸平は友達が少ない。大学に入ってからは意地悪くなったけれど、中学高校時代の室井を思うと、彼は幸平にとって数少ない『友人』の一人だったのだなと今になっては思える。
このままフェイドアウトは嫌だ。けれど全ては室井次第だ。
恋愛ごとに疎くて分からないが、嫌がるのではないか。
「まぁ、一般的には振った振られたは気まずいだろうけどさ。あいつはそういうんじゃないと思う。呼べば喜んで来るよ」
謙人に「室井くんは嫌がるんじゃないかな」と問いかけてみるが、室井と大の仲良しである謙人はそう答える。
更に付け足した。
「何やかんやムロって森良くんに懐いてるままだし、あとムロ、俺らに会うの大好きだし」
隣の陽太も否定はしない。曰く、ムロとはこの店でもしょっちゅう食事をしていたのだと。
幸平らが今居る店は陽太と謙人がよく使っている飲食店だ。店員に馴染みも多いらしく、いつもこの個室が充てがわれるらしい。
先ほども、髪色が派手な女性と男性の店員がやってきて、「うわ、生コウちゃんじゃん」「陽太の初恋くんだ」とひとしきり騒いでいた。
二人とも陽太より年上で、陽太を子供扱いしているみたいだった。彼らは『スミレさん』とも親しいらしく、「今度スミさんとこで宴会しよう」とも持ちかけてくる。
幸平はすっかり緊張して硬直するだけだったが、謙人と陽太は「秋田さんと森良くんが良いって言うなら是非」「コウちゃんって呼ぶなよ」と親しそうに返した。陽太に怒られた二人は、その眼光鋭い睨みに臆することなく笑いながら部屋を去っていく。
普段は陽太と謙人だけでなく、ムロやその他男友達もこの店を使っているらしい。
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