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番外編 友人
2 違いすぎる
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「じゃあ、単純にウサギと亀が好きなだけ? 亀好きって珍しいよな」
「そうかな?」
「わざわざ亀見に水族館行くって面白い」
「面白いんだ」
「陽太が『コウちゃん亀好きとか知らなかった。毎日楽しい』って言ってた」
それって、俺に話していいことなのかな?
疑問に思うが、人伝で聞く陽太の話は新鮮で、これ以上ないほどに楽しい。
幸平はいつも他人から陽太の話を聞くとき、それらはおしなべて噂程度であり、実際に陽太と接した人の話ではない。
関の話は幸平にとって初めて聞く『生の陽太』だった。
「コウちゃんって呼び方もさ、俺が揶揄って使うとすげぇ怒るんだぜ」
「へー、そうなんだ」
「面白いからたまに呼んじゃってる。ごめんな。今度陽太が怒ってる時は動画撮って見せてやるよ」
「ありがとう。でも何で怒るんだろ」
「え?」
「え?」
「あー……え?」
「えっ」
え? 何だろ、この反応。
関は眉間に皺を寄せて数秒考え込んだが、慎重に「何で怒ってるか分かんねぇの?」と訊ねる。
幸平は「うん」と呟き、答えを探す。陽太が怒るということは、陽太が不快に思ったか、幸平のためだとは分かる。不快に思う理由がないので、ならば俺のため?
関は早くに解答を示した。
「嫉妬だよ。コウちゃんって呼んでんの陽太だけだから、独占欲かな」
「あ。そういうことか」
頷くと、「俺も今、納得したわ」と関も頷いた。
「何を?」
「陽太もかなり鈍感だけど、森良くんもそうだからゴチャゴチャしてたんだね」
「ご、ゴチャゴチャ……俺、鈍感?」
「うん。鈍感だと思う」
「……」
ゴチャゴチャ……。黙り込むと、関はさらっと告げた。
「だってさ君たち、ムロが森良くんのこと好きだってことも気付いてなかったんだろ」
「あれ!?」
思わず「知ってるんだ?」と声が大きくなる。彼はにこやかに頷いた。
「途中からムロに聞いてた。ムロも結構分かりやすかったはずなんだけどな」
「そ、っか」
「まぁ森良くんは良いとしても、陽太が気付かないのが面白いよな。ムロすげぇキレてたし」
「陽太くんに?」
「おう。あの人鈍感すぎるって」
室井の真似をしているのか、関は頬を膨らませた。それから軽い笑顔を浮かべて、
「まぁ、ムロ、振られてからも普通に陽太と話してるけどな。陽太の方が難しい顔してた」
「関くんって全部知ってるんだね」
「まぁ、陽太とムロは友達だし。ムロも今日呼ぶ? 呼べば来るぜあいつ」
「えっ」
「つうか、謙人でいいよ。謙人くん、でいいよ」
「謙人くん?」
「うん。俺は森良くんて呼ぶけど。怒られっから」
「あはは」
関は満足気にこちらを眺めている。『ムロも呼ぶ?』とは冗談なのか本気なのかは分からない。
彼は、室井の告白も、幸平が室井の思いを受け取りつつも陽太が好きと伝えたことも全部知っている。室井とはかなり仲の良い先輩後輩関係であるのは疑いの余地もない。
すると、関がとても優しい声で言った。
「鈍感二人だから少し時間かかったけどさ、早いこと付き合えてよかったな」
幸平は目を丸くした。
関は深く頷く。
「早いよ。俺ら、二十歳になったばっかだぜ。世の中にはさ、十代の時の片想いとかを拗らせて拗らせて、本当の想いなんて伝えらんなくて、だいぶ大人になってから『あの時本気で好きだった』とか笑い話にするやつもいるんだから」
幸平はじっと関を見つめた。
「だから森良くんたちは凄いと思う。俺が知る限り、一番勇気ある」
「……そうかな」
「そうそう」
幸平はふふっと小さく笑った。そんなことは、考えもしなかった。
陽太の話を聞く限り、自分たちはかなり遠回ったのだなと思っていた。でも、そうか。長い目で見れば、関のような考え方もあるのか。
幸平は、笑顔を深めて、心から伝えた。
「ありがとう、謙人くん」
「どういたしまして」
「ちょっと待て」
と、そこで背後から声がする。
振り返ると陽太が立っている。帽子を外した陽太が、何だかとても深刻な表情で自分たちを見下ろしていた。
幸平はというと、一気に心が弾んでしまう。
陽太くんだ。やっと会えた。
「何で?」
パッと明るい表情に変わる幸平と違って、陽太の顔は暗かった。
「陽太、やっと来たか」関が笑顔のまま告げる。
「陽太くんお疲れ様」幸平は、陽太の反応を不思議に思いながらもひとまず声をかける。
「うん。コウちゃん、遅れてごめんな」
陽太は幸平にだけ返して、迷いなく隣の席に座ってきた。コートをハンガーにかけて背後の壁に吊るしてから、こちらに向き直って早々、
「あのさ、何で?」
陽太が繰り返す。
「何で謙人くんって呼んでんの?」
陽太は必死そうに幸平を見つめてくる。
あまりに真剣な表情をするので幸平は黙した。何で、と言われても。
「俺がそう呼んで欲しいって言った」
「はぁ?」
幸平の代わりに関がさらりと答える。陽太は低く苛立ったように零したが、また幸平に目を向けてくるので二人見つめ合う。
陽太はすると唾を飲み込むような顔をする。
それから、余裕のない口調で独り言みたいに呟いた。
「まぁ、うん。コウちゃんがそれでいいなら、……んん……まぁ、そうだよな。そうだな」
こんなに納得できなさそうな陽太は初めて見た。
何だかいっそ感心してしまう。最近は陽太の新しい一面を知ることができて毎日が新鮮だ。今目にしている、どうしても納得できないことを納得するために苦悩する顔は、今まで一度も見たことがない。
と、陽太は不意にテーブルへ目を向けた。またしても陽太の顔つきが変化する。
「つうか、もしかしてコウちゃん酒飲んでる?」
「あ、うん。ウーロンハイ」
「おい謙人。何酒飲ませてんだよ」
幸平に語りかけた口調は柔らかかったが、謙人を睨みつけてからは一瞬で鋭さが増した。同じ人の声かと疑うほどだった。
「コウちゃんバチくそに酒弱いんだからな」
「あ、そうだったんだ」
関は本気で意外そうにする。
が、何を思ったのか、一瞬奇妙な間を空けたかと思えばわざとらしく申し訳なさそうな顔をして、言った。
「ごめん幸平くん、酒嫌だった?」
「えっ……」
『幸平くん』?
「はっ? 幸平くん?」
陽太も幸平の内心と同じことを呟く。
幸平くん、とは呼ばれていない。関は『森良くん』を続行すると言っていた。だからこれは、陽太を揶揄っているのだ。
気付く幸平だが、陽太はみるみる顔を歪めていく。
「何……は? ちょ……、いや、それは……」
「……ククッ」
関が堪えるように笑っている。慌てて「陽太くん」と訂正しようとする幸平だが、陽太は本気で悲しそうな顔をする。
「いや……謙人、それはずるいだろ。今初めて話してそれは違うって。違いすぎる」
「そうかな?」
「わざわざ亀見に水族館行くって面白い」
「面白いんだ」
「陽太が『コウちゃん亀好きとか知らなかった。毎日楽しい』って言ってた」
それって、俺に話していいことなのかな?
疑問に思うが、人伝で聞く陽太の話は新鮮で、これ以上ないほどに楽しい。
幸平はいつも他人から陽太の話を聞くとき、それらはおしなべて噂程度であり、実際に陽太と接した人の話ではない。
関の話は幸平にとって初めて聞く『生の陽太』だった。
「コウちゃんって呼び方もさ、俺が揶揄って使うとすげぇ怒るんだぜ」
「へー、そうなんだ」
「面白いからたまに呼んじゃってる。ごめんな。今度陽太が怒ってる時は動画撮って見せてやるよ」
「ありがとう。でも何で怒るんだろ」
「え?」
「え?」
「あー……え?」
「えっ」
え? 何だろ、この反応。
関は眉間に皺を寄せて数秒考え込んだが、慎重に「何で怒ってるか分かんねぇの?」と訊ねる。
幸平は「うん」と呟き、答えを探す。陽太が怒るということは、陽太が不快に思ったか、幸平のためだとは分かる。不快に思う理由がないので、ならば俺のため?
関は早くに解答を示した。
「嫉妬だよ。コウちゃんって呼んでんの陽太だけだから、独占欲かな」
「あ。そういうことか」
頷くと、「俺も今、納得したわ」と関も頷いた。
「何を?」
「陽太もかなり鈍感だけど、森良くんもそうだからゴチャゴチャしてたんだね」
「ご、ゴチャゴチャ……俺、鈍感?」
「うん。鈍感だと思う」
「……」
ゴチャゴチャ……。黙り込むと、関はさらっと告げた。
「だってさ君たち、ムロが森良くんのこと好きだってことも気付いてなかったんだろ」
「あれ!?」
思わず「知ってるんだ?」と声が大きくなる。彼はにこやかに頷いた。
「途中からムロに聞いてた。ムロも結構分かりやすかったはずなんだけどな」
「そ、っか」
「まぁ森良くんは良いとしても、陽太が気付かないのが面白いよな。ムロすげぇキレてたし」
「陽太くんに?」
「おう。あの人鈍感すぎるって」
室井の真似をしているのか、関は頬を膨らませた。それから軽い笑顔を浮かべて、
「まぁ、ムロ、振られてからも普通に陽太と話してるけどな。陽太の方が難しい顔してた」
「関くんって全部知ってるんだね」
「まぁ、陽太とムロは友達だし。ムロも今日呼ぶ? 呼べば来るぜあいつ」
「えっ」
「つうか、謙人でいいよ。謙人くん、でいいよ」
「謙人くん?」
「うん。俺は森良くんて呼ぶけど。怒られっから」
「あはは」
関は満足気にこちらを眺めている。『ムロも呼ぶ?』とは冗談なのか本気なのかは分からない。
彼は、室井の告白も、幸平が室井の思いを受け取りつつも陽太が好きと伝えたことも全部知っている。室井とはかなり仲の良い先輩後輩関係であるのは疑いの余地もない。
すると、関がとても優しい声で言った。
「鈍感二人だから少し時間かかったけどさ、早いこと付き合えてよかったな」
幸平は目を丸くした。
関は深く頷く。
「早いよ。俺ら、二十歳になったばっかだぜ。世の中にはさ、十代の時の片想いとかを拗らせて拗らせて、本当の想いなんて伝えらんなくて、だいぶ大人になってから『あの時本気で好きだった』とか笑い話にするやつもいるんだから」
幸平はじっと関を見つめた。
「だから森良くんたちは凄いと思う。俺が知る限り、一番勇気ある」
「……そうかな」
「そうそう」
幸平はふふっと小さく笑った。そんなことは、考えもしなかった。
陽太の話を聞く限り、自分たちはかなり遠回ったのだなと思っていた。でも、そうか。長い目で見れば、関のような考え方もあるのか。
幸平は、笑顔を深めて、心から伝えた。
「ありがとう、謙人くん」
「どういたしまして」
「ちょっと待て」
と、そこで背後から声がする。
振り返ると陽太が立っている。帽子を外した陽太が、何だかとても深刻な表情で自分たちを見下ろしていた。
幸平はというと、一気に心が弾んでしまう。
陽太くんだ。やっと会えた。
「何で?」
パッと明るい表情に変わる幸平と違って、陽太の顔は暗かった。
「陽太、やっと来たか」関が笑顔のまま告げる。
「陽太くんお疲れ様」幸平は、陽太の反応を不思議に思いながらもひとまず声をかける。
「うん。コウちゃん、遅れてごめんな」
陽太は幸平にだけ返して、迷いなく隣の席に座ってきた。コートをハンガーにかけて背後の壁に吊るしてから、こちらに向き直って早々、
「あのさ、何で?」
陽太が繰り返す。
「何で謙人くんって呼んでんの?」
陽太は必死そうに幸平を見つめてくる。
あまりに真剣な表情をするので幸平は黙した。何で、と言われても。
「俺がそう呼んで欲しいって言った」
「はぁ?」
幸平の代わりに関がさらりと答える。陽太は低く苛立ったように零したが、また幸平に目を向けてくるので二人見つめ合う。
陽太はすると唾を飲み込むような顔をする。
それから、余裕のない口調で独り言みたいに呟いた。
「まぁ、うん。コウちゃんがそれでいいなら、……んん……まぁ、そうだよな。そうだな」
こんなに納得できなさそうな陽太は初めて見た。
何だかいっそ感心してしまう。最近は陽太の新しい一面を知ることができて毎日が新鮮だ。今目にしている、どうしても納得できないことを納得するために苦悩する顔は、今まで一度も見たことがない。
と、陽太は不意にテーブルへ目を向けた。またしても陽太の顔つきが変化する。
「つうか、もしかしてコウちゃん酒飲んでる?」
「あ、うん。ウーロンハイ」
「おい謙人。何酒飲ませてんだよ」
幸平に語りかけた口調は柔らかかったが、謙人を睨みつけてからは一瞬で鋭さが増した。同じ人の声かと疑うほどだった。
「コウちゃんバチくそに酒弱いんだからな」
「あ、そうだったんだ」
関は本気で意外そうにする。
が、何を思ったのか、一瞬奇妙な間を空けたかと思えばわざとらしく申し訳なさそうな顔をして、言った。
「ごめん幸平くん、酒嫌だった?」
「えっ……」
『幸平くん』?
「はっ? 幸平くん?」
陽太も幸平の内心と同じことを呟く。
幸平くん、とは呼ばれていない。関は『森良くん』を続行すると言っていた。だからこれは、陽太を揶揄っているのだ。
気付く幸平だが、陽太はみるみる顔を歪めていく。
「何……は? ちょ……、いや、それは……」
「……ククッ」
関が堪えるように笑っている。慌てて「陽太くん」と訂正しようとする幸平だが、陽太は本気で悲しそうな顔をする。
「いや……謙人、それはずるいだろ。今初めて話してそれは違うって。違いすぎる」
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