6番目のセフレだけど一生分の思い出ができたからもう充分

SKYTRICK

文字の大きさ
上 下
18 / 26
番外編 友人

2 違いすぎる

しおりを挟む
「じゃあ、単純にウサギと亀が好きなだけ? 亀好きって珍しいよな」
「そうかな?」
「わざわざ亀見に水族館行くって面白い」
「面白いんだ」
「陽太が『コウちゃん亀好きとか知らなかった。毎日楽しい』って言ってた」
 それって、俺に話していいことなのかな?
 疑問に思うが、人伝で聞く陽太の話は新鮮で、これ以上ないほどに楽しい。
 幸平はいつも他人から陽太の話を聞くとき、それらはおしなべて噂程度であり、実際に陽太と接した人の話ではない。
 関の話は幸平にとって初めて聞く『生の陽太』だった。
「コウちゃんって呼び方もさ、俺が揶揄って使うとすげぇ怒るんだぜ」
「へー、そうなんだ」
「面白いからたまに呼んじゃってる。ごめんな。今度陽太が怒ってる時は動画撮って見せてやるよ」
「ありがとう。でも何で怒るんだろ」
「え?」
「え?」
「あー……え?」
「えっ」
 え? 何だろ、この反応。
 関は眉間に皺を寄せて数秒考え込んだが、慎重に「何で怒ってるか分かんねぇの?」と訊ねる。
 幸平は「うん」と呟き、答えを探す。陽太が怒るということは、陽太が不快に思ったか、幸平のためだとは分かる。不快に思う理由がないので、ならば俺のため?
 関は早くに解答を示した。
「嫉妬だよ。コウちゃんって呼んでんの陽太だけだから、独占欲かな」
「あ。そういうことか」
 頷くと、「俺も今、納得したわ」と関も頷いた。
「何を?」
「陽太もかなり鈍感だけど、森良くんもそうだからゴチャゴチャしてたんだね」
「ご、ゴチャゴチャ……俺、鈍感?」
「うん。鈍感だと思う」
「……」
 ゴチャゴチャ……。黙り込むと、関はさらっと告げた。
「だってさ君たち、ムロが森良くんのこと好きだってことも気付いてなかったんだろ」
「あれ!?」
 思わず「知ってるんだ?」と声が大きくなる。彼はにこやかに頷いた。
「途中からムロに聞いてた。ムロも結構分かりやすかったはずなんだけどな」
「そ、っか」
「まぁ森良くんは良いとしても、陽太が気付かないのが面白いよな。ムロすげぇキレてたし」
「陽太くんに?」
「おう。あの人鈍感すぎるって」
 室井の真似をしているのか、関は頬を膨らませた。それから軽い笑顔を浮かべて、
「まぁ、ムロ、振られてからも普通に陽太と話してるけどな。陽太の方が難しい顔してた」
「関くんって全部知ってるんだね」
「まぁ、陽太とムロは友達だし。ムロも今日呼ぶ? 呼べば来るぜあいつ」
「えっ」
「つうか、謙人でいいよ。謙人くん、でいいよ」
「謙人くん?」
「うん。俺は森良くんて呼ぶけど。怒られっから」
「あはは」
 関は満足気にこちらを眺めている。『ムロも呼ぶ?』とは冗談なのか本気なのかは分からない。
 彼は、室井の告白も、幸平が室井の思いを受け取りつつも陽太が好きと伝えたことも全部知っている。室井とはかなり仲の良い先輩後輩関係であるのは疑いの余地もない。
 すると、関がとても優しい声で言った。
「鈍感二人だから少し時間かかったけどさ、早いこと付き合えてよかったな」
 幸平は目を丸くした。
 関は深く頷く。
「早いよ。俺ら、二十歳になったばっかだぜ。世の中にはさ、十代の時の片想いとかを拗らせて拗らせて、本当の想いなんて伝えらんなくて、だいぶ大人になってから『あの時本気で好きだった』とか笑い話にするやつもいるんだから」
 幸平はじっと関を見つめた。
「だから森良くんたちは凄いと思う。俺が知る限り、一番勇気ある」
「……そうかな」
「そうそう」
 幸平はふふっと小さく笑った。そんなことは、考えもしなかった。
 陽太の話を聞く限り、自分たちはかなり遠回ったのだなと思っていた。でも、そうか。長い目で見れば、関のような考え方もあるのか。
 幸平は、笑顔を深めて、心から伝えた。
「ありがとう、謙人くん」
「どういたしまして」
「ちょっと待て」
 と、そこで背後から声がする。
 振り返ると陽太が立っている。帽子を外した陽太が、何だかとても深刻な表情で自分たちを見下ろしていた。
 幸平はというと、一気に心が弾んでしまう。
 陽太くんだ。やっと会えた。
「何で?」
 パッと明るい表情に変わる幸平と違って、陽太の顔は暗かった。
 「陽太、やっと来たか」関が笑顔のまま告げる。
 「陽太くんお疲れ様」幸平は、陽太の反応を不思議に思いながらもひとまず声をかける。
「うん。コウちゃん、遅れてごめんな」
 陽太は幸平にだけ返して、迷いなく隣の席に座ってきた。コートをハンガーにかけて背後の壁に吊るしてから、こちらに向き直って早々、
「あのさ、何で?」
 陽太が繰り返す。
「何で謙人くんって呼んでんの?」
 陽太は必死そうに幸平を見つめてくる。
 あまりに真剣な表情をするので幸平は黙した。何で、と言われても。
「俺がそう呼んで欲しいって言った」
「はぁ?」
 幸平の代わりに関がさらりと答える。陽太は低く苛立ったように零したが、また幸平に目を向けてくるので二人見つめ合う。
 陽太はすると唾を飲み込むような顔をする。
 それから、余裕のない口調で独り言みたいに呟いた。
「まぁ、うん。コウちゃんがそれでいいなら、……んん……まぁ、そうだよな。そうだな」
 こんなに納得できなさそうな陽太は初めて見た。
 何だかいっそ感心してしまう。最近は陽太の新しい一面を知ることができて毎日が新鮮だ。今目にしている、どうしても納得できないことを納得するために苦悩する顔は、今まで一度も見たことがない。
 と、陽太は不意にテーブルへ目を向けた。またしても陽太の顔つきが変化する。
「つうか、もしかしてコウちゃん酒飲んでる?」
「あ、うん。ウーロンハイ」
「おい謙人。何酒飲ませてんだよ」
 幸平に語りかけた口調は柔らかかったが、謙人を睨みつけてからは一瞬で鋭さが増した。同じ人の声かと疑うほどだった。
「コウちゃんバチくそに酒弱いんだからな」
「あ、そうだったんだ」
 関は本気で意外そうにする。
 が、何を思ったのか、一瞬奇妙な間を空けたかと思えばわざとらしく申し訳なさそうな顔をして、言った。
「ごめん幸平くん、酒嫌だった?」
「えっ……」
 『幸平くん』?
「はっ? 幸平くん?」
 陽太も幸平の内心と同じことを呟く。
 幸平くん、とは呼ばれていない。関は『森良くん』を続行すると言っていた。だからこれは、陽太を揶揄っているのだ。
 気付く幸平だが、陽太はみるみる顔を歪めていく。
「何……は? ちょ……、いや、それは……」
「……ククッ」
 関が堪えるように笑っている。慌てて「陽太くん」と訂正しようとする幸平だが、陽太は本気で悲しそうな顔をする。
「いや……謙人、それはずるいだろ。今初めて話してそれは違うって。違いすぎる」
しおりを挟む
感想 265

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます

大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。 オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。 地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。