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4 溝口陽太 12年前
29 会話
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「受験したい。金とか、かかると思うけど」
「勿論いいよ! お金なんか、そんなの、平気だよ。お金しかないんだからっ」
父となったおじさんは隣で朗らかに頷いた。金持ちの男とパートナーになった母だが、かと言って散財などしないので、父の方が積極的に土地を購入したり、家を建て直すだけ。母と陽太は衣食住に困らなくなった程度で生活基準は変わっていない。
お金しかない、の言葉があまりに母らしくないので陽太は思わず笑みを溢した。
母は「勉強生活だぁ」と明るく笑う。おじさんの方は、受験に必要な費用は協力すると言ってくれた。
陽太は二人に頭を下げる。
心の中で呟いた。
……ごめん。
母さん。
「いいよいいよ、がんばってね」
何も知らない母は嬉しそうに笑った。
陽太は、高校へ進学すると決めた理由を口にしなかった。二人は、陽太が突然進路を変えて頭を下げるばかりでも、理由を聞かないでくれた。
本当のことはいつだって言えない。
邪な感情が母を傷つけるものだとも分かっている。
それでもまだ、幸平と離れたくなかった。
「コウちゃんと少し話した」
「え? やったじゃん」
「すげぇよな……あー」
「なんで? どこで?」
「本屋で」
「へーっ! 何話したんだよ」
「コウちゃんが小銭落としてさ」
「おおー」
「『ごめん』って言われたから、『いいよ』って」
「うんうん」
「ビビったし焦ったけど……良かった。あー。また小銭落とさねぇかな」
「……それで?」
「それでって?」
「まさか終わりか?」
「そりゃそうだろ」
「ゴミかよ」
スミレの店の隣にはライブハウスがある。
そのビルの二階三階は音楽スタジオで、一階から地下にかけてはライブハウスになっている構造だ。
反対側の隣の料理屋で飯を食っている際に、ライブハウスで演奏を披露しているバンドや音楽好きたちと仲良くなった。受験が終わり、無事狙っていた高校に合格すると、途端に彼らから誘いをかけられるようになった。
その内の一人のトラックメーカーに、都内某クラブでのイベントへ連れて行かれた先で出会ったのが、関謙人だった。
酔った客が小柄な女性をトイレに連れ込もうとしている瞬間を目撃し、陽太はひとまず友人の持っていた酒瓶を男の頭に振り降ろした。女性を保護した現場に、関謙人が居合わせていたのだ。
話しかけてくる謙人に対し、「学校に言ったら容赦しねぇぞ」と脅したところ、「えっ、なんで? 感謝状ものなのに」と本気で驚いた顔で返されたのが、交友のきっかけだった。
その際に共にいた友人が、謙人へベラベラと「君の学校に噂の『コウちゃん』いんの? 知ってた? こいつ、ストーカーなんだぜ」と酔って暴露したことにより、陽太の恋心は初めからバレている。
「ひよってんじゃねぇよ」
「はぁ? だってさ、いつもは値段言って、お釣り受け取るだけなのに、それ以外も話したんだよ」
「あーはいはい、お前がわざと高額出して出来る限り時間稼ぐやつな」
校内で陽太の進学の理由を知っているのは謙人一人だけだ。
本来なら年齢制限のかけられている某クラブに伝手で入り込んでいた者同士、初っ端から互いの情報は他に漏らさない暗黙の了解を交わしている。そのおかげでこうして、幸平に関して起きたことや、別に起きてないことも話せる。
一年の頃は謙人とクラスは別だったが、二年になって同クラスとなった。出会いも出会いだから、すっかり気の置けない友人となっている。
放課後はこうして、謙人の家で駄弁ることも多い。
「もっと通えよ。もっと小銭落としてもらえよ。落としまくれよ」
「そういうことじゃない」
「確かに後半は違ったかも。けどさ、もっとバイト先行けばいいのに」
「謙人お前何言ってんの? 普通に考えて、知り合いが仕事先に頻繁に来るの嫌すぎるだろ」
「……え、もしかしていきなり正論?」
「だからこの頻度でいい」
「俺は論破されたのか?」
幸平は高校に入学するとバイトを始めた。本屋兼カフェに勤めている。
地元駅に近い店だ。偶然それを知った陽太は、自然を装って、一ヶ月に一度程度店へ足を運ぶ。
ちょっと遠回りすれば通学路でもあるので、店に入らず外から様子を眺めるたりなどはほぼ毎日の習慣でもあり、謙人には『溝口陽太のキモルーティンで紹介動画撮ろうぜ』と揶揄われている。
初期の方は、会計の際に幸平がタイミング悪く奥に引っ込んだりして、会話を交わすこともできなかった。が、近頃は、彼が対応してくれることも多い。
会計の際のやり取りも勿論『会話』の範囲に入る。
「発想がストーカーすぎる」
「言葉を交わしたら会話だろ」
「そうだけど……つうか、ごめんって言われて『いいよ』って何? もっと何か言いようなかったのか?」
「文句ばっか。たとえば何だよ」
「えー。『大丈夫だよ。コウちゃん相変わらずおっちょこちょいでかわいいね大好き』とか」
「コウちゃんはおっちょこちょいじゃねぇし、コウちゃんって呼ぶな」
謙人は本気で嫌そうな顔をした。「ビビリが何か言ってるわ……」と小さく言い添えている。
だが指摘されて気付くものもあった。
自分はいつも、幸平が申し訳なさそうな顔をしたり、悲しんだりすると、すぐに「いいよ」と返してしまう癖がある。
子供の頃からそうで、例外は中学二年の時の先輩との衝突一度だけだ。
どうしても、反射的に「いいよ」と口にしてしまうのだ。幸平の哀しげな顔は胸が痛む。
不意を突かれるとその特徴はより顕著で、まだこの癖は生きていたのかと改めて実感した。
「でもさ、二年もクラス離れて、しかもお花係にもなれなかったんだから、もっと積極的になんねェと終わるぞ」
謙人は真剣に言った。
なので陽太も、真面目な顔をする。
「まさかお花係希望があんな多いと思わなかったわ」
「あれは俺も意外だった。まじで何で? お前、じゃんけんクソほど弱ぇし」
「……気付いたんだけど、俺グーしか出せねぇかも。焦るとグー出して終わってる」
「アホの子じゃん」
謙人は両手を挙げると、拳を握り、踊るみたいに上下に揺れ出した。とぼけた顔で「グーしか出せねぇの? クマさんじゃん」と独特の感性で煽ってくる。
「クマさんじゃねぇし……」
「陽太って焦りとか、戸惑いとか、全然顔に出ないよな……じゃんけん負けたとき、めちゃくちゃショック受けてたの気付いてんの多分俺だけだぜ」
「コウちゃんまたお花係になってた」
「ムロもだろ? あの二人仲良いよな」
「……」
そう。
例のあいつがまさかの一年ぶり二度目の登板だ。
入学生徒に本気のイケメンがやってきたと話題になったかと思えば、それは中学も一緒だった室井だったのだ。
「勿論いいよ! お金なんか、そんなの、平気だよ。お金しかないんだからっ」
父となったおじさんは隣で朗らかに頷いた。金持ちの男とパートナーになった母だが、かと言って散財などしないので、父の方が積極的に土地を購入したり、家を建て直すだけ。母と陽太は衣食住に困らなくなった程度で生活基準は変わっていない。
お金しかない、の言葉があまりに母らしくないので陽太は思わず笑みを溢した。
母は「勉強生活だぁ」と明るく笑う。おじさんの方は、受験に必要な費用は協力すると言ってくれた。
陽太は二人に頭を下げる。
心の中で呟いた。
……ごめん。
母さん。
「いいよいいよ、がんばってね」
何も知らない母は嬉しそうに笑った。
陽太は、高校へ進学すると決めた理由を口にしなかった。二人は、陽太が突然進路を変えて頭を下げるばかりでも、理由を聞かないでくれた。
本当のことはいつだって言えない。
邪な感情が母を傷つけるものだとも分かっている。
それでもまだ、幸平と離れたくなかった。
「コウちゃんと少し話した」
「え? やったじゃん」
「すげぇよな……あー」
「なんで? どこで?」
「本屋で」
「へーっ! 何話したんだよ」
「コウちゃんが小銭落としてさ」
「おおー」
「『ごめん』って言われたから、『いいよ』って」
「うんうん」
「ビビったし焦ったけど……良かった。あー。また小銭落とさねぇかな」
「……それで?」
「それでって?」
「まさか終わりか?」
「そりゃそうだろ」
「ゴミかよ」
スミレの店の隣にはライブハウスがある。
そのビルの二階三階は音楽スタジオで、一階から地下にかけてはライブハウスになっている構造だ。
反対側の隣の料理屋で飯を食っている際に、ライブハウスで演奏を披露しているバンドや音楽好きたちと仲良くなった。受験が終わり、無事狙っていた高校に合格すると、途端に彼らから誘いをかけられるようになった。
その内の一人のトラックメーカーに、都内某クラブでのイベントへ連れて行かれた先で出会ったのが、関謙人だった。
酔った客が小柄な女性をトイレに連れ込もうとしている瞬間を目撃し、陽太はひとまず友人の持っていた酒瓶を男の頭に振り降ろした。女性を保護した現場に、関謙人が居合わせていたのだ。
話しかけてくる謙人に対し、「学校に言ったら容赦しねぇぞ」と脅したところ、「えっ、なんで? 感謝状ものなのに」と本気で驚いた顔で返されたのが、交友のきっかけだった。
その際に共にいた友人が、謙人へベラベラと「君の学校に噂の『コウちゃん』いんの? 知ってた? こいつ、ストーカーなんだぜ」と酔って暴露したことにより、陽太の恋心は初めからバレている。
「ひよってんじゃねぇよ」
「はぁ? だってさ、いつもは値段言って、お釣り受け取るだけなのに、それ以外も話したんだよ」
「あーはいはい、お前がわざと高額出して出来る限り時間稼ぐやつな」
校内で陽太の進学の理由を知っているのは謙人一人だけだ。
本来なら年齢制限のかけられている某クラブに伝手で入り込んでいた者同士、初っ端から互いの情報は他に漏らさない暗黙の了解を交わしている。そのおかげでこうして、幸平に関して起きたことや、別に起きてないことも話せる。
一年の頃は謙人とクラスは別だったが、二年になって同クラスとなった。出会いも出会いだから、すっかり気の置けない友人となっている。
放課後はこうして、謙人の家で駄弁ることも多い。
「もっと通えよ。もっと小銭落としてもらえよ。落としまくれよ」
「そういうことじゃない」
「確かに後半は違ったかも。けどさ、もっとバイト先行けばいいのに」
「謙人お前何言ってんの? 普通に考えて、知り合いが仕事先に頻繁に来るの嫌すぎるだろ」
「……え、もしかしていきなり正論?」
「だからこの頻度でいい」
「俺は論破されたのか?」
幸平は高校に入学するとバイトを始めた。本屋兼カフェに勤めている。
地元駅に近い店だ。偶然それを知った陽太は、自然を装って、一ヶ月に一度程度店へ足を運ぶ。
ちょっと遠回りすれば通学路でもあるので、店に入らず外から様子を眺めるたりなどはほぼ毎日の習慣でもあり、謙人には『溝口陽太のキモルーティンで紹介動画撮ろうぜ』と揶揄われている。
初期の方は、会計の際に幸平がタイミング悪く奥に引っ込んだりして、会話を交わすこともできなかった。が、近頃は、彼が対応してくれることも多い。
会計の際のやり取りも勿論『会話』の範囲に入る。
「発想がストーカーすぎる」
「言葉を交わしたら会話だろ」
「そうだけど……つうか、ごめんって言われて『いいよ』って何? もっと何か言いようなかったのか?」
「文句ばっか。たとえば何だよ」
「えー。『大丈夫だよ。コウちゃん相変わらずおっちょこちょいでかわいいね大好き』とか」
「コウちゃんはおっちょこちょいじゃねぇし、コウちゃんって呼ぶな」
謙人は本気で嫌そうな顔をした。「ビビリが何か言ってるわ……」と小さく言い添えている。
だが指摘されて気付くものもあった。
自分はいつも、幸平が申し訳なさそうな顔をしたり、悲しんだりすると、すぐに「いいよ」と返してしまう癖がある。
子供の頃からそうで、例外は中学二年の時の先輩との衝突一度だけだ。
どうしても、反射的に「いいよ」と口にしてしまうのだ。幸平の哀しげな顔は胸が痛む。
不意を突かれるとその特徴はより顕著で、まだこの癖は生きていたのかと改めて実感した。
「でもさ、二年もクラス離れて、しかもお花係にもなれなかったんだから、もっと積極的になんねェと終わるぞ」
謙人は真剣に言った。
なので陽太も、真面目な顔をする。
「まさかお花係希望があんな多いと思わなかったわ」
「あれは俺も意外だった。まじで何で? お前、じゃんけんクソほど弱ぇし」
「……気付いたんだけど、俺グーしか出せねぇかも。焦るとグー出して終わってる」
「アホの子じゃん」
謙人は両手を挙げると、拳を握り、踊るみたいに上下に揺れ出した。とぼけた顔で「グーしか出せねぇの? クマさんじゃん」と独特の感性で煽ってくる。
「クマさんじゃねぇし……」
「陽太って焦りとか、戸惑いとか、全然顔に出ないよな……じゃんけん負けたとき、めちゃくちゃショック受けてたの気付いてんの多分俺だけだぜ」
「コウちゃんまたお花係になってた」
「ムロもだろ? あの二人仲良いよな」
「……」
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例のあいつがまさかの一年ぶり二度目の登板だ。
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