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Epilogue
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タンタンタンタン―――!
元気な足音が息急き切って、全く不釣り合いの、静寂と時間の重みに満たされたパムールに飛び込んできた。
「おねえさん!………いないかぁ、やっぱり」
サラサラとこぼれる明るい若木色の髪。
細い手足は日一日ごとに伸びていくよう。
勢いよく振り返った少年は、部屋というには広すぎるパムールの斎場をキョロキョロと見回した。
ここに来るのは二度目。しかし、少年はもう気後れしていなかった。
「カザ」
「クレイさま!」
少年がずいぶん前に追い越してしまった品の良い女性───きっと実際の年よりもずっと若く見える───がやっと少年に追いついて、神殿の中に足を踏み入れた。
「ここには―――常勤している貴族の若い女の子はいないはずなんだけどね………」
何度か繰り返した言葉だ。
少年は、
「そう………みたい。やっぱりいないみたい」
やっと渋々同意した。
「でも、せっかく来たんだから、報告だけはしたら?」
クレイはいかにも残念そうな少年を励ますために明るい口調で言った。
「え? 誰に?」
「誰にっていうか………そう、ファラ・リュードに」
「えーっ!」
少年は意外なことを言われた、という風に驚いた声を上げたが、それは決して嫌がるような声音ではなく、
「そうだねっ。うんっ、する!」
と元気よく宣言した。
「外で待ってるわ」
クレイは礼儀正しく、斎場を出ていった。
神聖な祈りや懺悔をするわけでなく、少年は気にしなかったが。
「ホントはあの子にしたかったけど………まっ、いっか。しょーがない。あっ、ウソです、ファラ・リュード! あなたにします、聞いて下さいっ!」
賑やかな独り言のあと、少年は祭壇の方へと体の向きを変えた。
「オレっ! 今度大きな船に乗って、ここと違うところに行くことになりました。とても遠いところだそうです。そこでいろんなことを学んできます。村の学校で学ぶよりずっといろんなことが学べるそうです! その気になればスゴイことができるようにもなれるらしいけど………―――そんなのはどうでもいいや。オレはオレの村のために! 川が二度と氾濫しないために! 勉強しに行ってきますっ!」
残響が、一瞬だけ斎場内に留まった。
この分ではきっと外にいるクレイにも聞こえただろう。
少年は言い残したことがないか、しばし考えた。
人がいない場所で、誰かに向かって喋るように話しをするのは難しい。
「―――あ、オレ、絶対戻ってきます! じいちゃんやばあちゃんは戻って来ないって泣くけど………とうさんはなにも言わないけど………そんなことないからっ!」
少年は再び言葉を切った。
だがすぐに、
「じゃあっ!」
とペコリと頭を下げると、来た時と同じように足取り軽く、元気に斎場を飛び出して行った。
「───クレイさま!」
「ちゃんと報告した? さ、行きましょう」
声が遠のいていく。
前を向いて決して振り返らなかった二人は、まるで彼らを見送るように回廊に立つ小さな人影には気がつかなかった。
それは永遠に続く、美しい森の、美しい春の風景。
時折の弱い風にさやかに揺れる白い長衣。
腰まで届く、淡いエメラルドグリーンが色づく絹糸の髪。
夢見るような、淡い若木色の瞳。
色のない、小さな唇から紡がれる言葉は人知を超えた―――…。
鮮やかな若葉に包まれた木々の間に見え隠れする白い影は、やがて、澄んだ空気に完全に溶け込んでいった―――…。
* * *
涼風がそよぐ、常緑の森。
「………ファラ………ファラ・リュード?」
黒い髪・青い瞳の旅人が、この星の美しい守護神に声をかけた。
すると、この世ならざる淡いエメラルドグリーンの瞳がこちらを振り向いた。
風が通り過ぎていくまでのわずかな時間。
旅人にとって、この星の神である少女の形が、今、何を思っていたかは知る術もない。だが、原始的な人の感応力は、たった今、この瞬間だけ彼女が何かに想いを馳せていたことを気づかせる。
しかし、
「いえ………」
ファラ・リュードは言葉少なに俯いて、染みいるような微笑をその口元に浮かべただけだった。
そして、一言だけ呟いた。
「なんでもないのです………」
と………。
時が―――回る。
「ねぇ、ずぅーっとそばにいてね」
「しようのない子だね。そばに、とは言えないけど近くにはいるよ」
「絶対?」
「ああ………。あなたが私を必要としなくなるまでね」
「そんなこと絶対ない!! ずぅーっと永久にそばにいてねっ、約束よ!」
「はいはい。約束します。いつもあなたのことを思ってます」
「絶対ねっ。リィンっ、絶対っ!」
いつまでも、
時の果てまでも、
柔らかい日差しが降り注ぐ、永遠の、森の中………。
End
元気な足音が息急き切って、全く不釣り合いの、静寂と時間の重みに満たされたパムールに飛び込んできた。
「おねえさん!………いないかぁ、やっぱり」
サラサラとこぼれる明るい若木色の髪。
細い手足は日一日ごとに伸びていくよう。
勢いよく振り返った少年は、部屋というには広すぎるパムールの斎場をキョロキョロと見回した。
ここに来るのは二度目。しかし、少年はもう気後れしていなかった。
「カザ」
「クレイさま!」
少年がずいぶん前に追い越してしまった品の良い女性───きっと実際の年よりもずっと若く見える───がやっと少年に追いついて、神殿の中に足を踏み入れた。
「ここには―――常勤している貴族の若い女の子はいないはずなんだけどね………」
何度か繰り返した言葉だ。
少年は、
「そう………みたい。やっぱりいないみたい」
やっと渋々同意した。
「でも、せっかく来たんだから、報告だけはしたら?」
クレイはいかにも残念そうな少年を励ますために明るい口調で言った。
「え? 誰に?」
「誰にっていうか………そう、ファラ・リュードに」
「えーっ!」
少年は意外なことを言われた、という風に驚いた声を上げたが、それは決して嫌がるような声音ではなく、
「そうだねっ。うんっ、する!」
と元気よく宣言した。
「外で待ってるわ」
クレイは礼儀正しく、斎場を出ていった。
神聖な祈りや懺悔をするわけでなく、少年は気にしなかったが。
「ホントはあの子にしたかったけど………まっ、いっか。しょーがない。あっ、ウソです、ファラ・リュード! あなたにします、聞いて下さいっ!」
賑やかな独り言のあと、少年は祭壇の方へと体の向きを変えた。
「オレっ! 今度大きな船に乗って、ここと違うところに行くことになりました。とても遠いところだそうです。そこでいろんなことを学んできます。村の学校で学ぶよりずっといろんなことが学べるそうです! その気になればスゴイことができるようにもなれるらしいけど………―――そんなのはどうでもいいや。オレはオレの村のために! 川が二度と氾濫しないために! 勉強しに行ってきますっ!」
残響が、一瞬だけ斎場内に留まった。
この分ではきっと外にいるクレイにも聞こえただろう。
少年は言い残したことがないか、しばし考えた。
人がいない場所で、誰かに向かって喋るように話しをするのは難しい。
「―――あ、オレ、絶対戻ってきます! じいちゃんやばあちゃんは戻って来ないって泣くけど………とうさんはなにも言わないけど………そんなことないからっ!」
少年は再び言葉を切った。
だがすぐに、
「じゃあっ!」
とペコリと頭を下げると、来た時と同じように足取り軽く、元気に斎場を飛び出して行った。
「───クレイさま!」
「ちゃんと報告した? さ、行きましょう」
声が遠のいていく。
前を向いて決して振り返らなかった二人は、まるで彼らを見送るように回廊に立つ小さな人影には気がつかなかった。
それは永遠に続く、美しい森の、美しい春の風景。
時折の弱い風にさやかに揺れる白い長衣。
腰まで届く、淡いエメラルドグリーンが色づく絹糸の髪。
夢見るような、淡い若木色の瞳。
色のない、小さな唇から紡がれる言葉は人知を超えた―――…。
鮮やかな若葉に包まれた木々の間に見え隠れする白い影は、やがて、澄んだ空気に完全に溶け込んでいった―――…。
* * *
涼風がそよぐ、常緑の森。
「………ファラ………ファラ・リュード?」
黒い髪・青い瞳の旅人が、この星の美しい守護神に声をかけた。
すると、この世ならざる淡いエメラルドグリーンの瞳がこちらを振り向いた。
風が通り過ぎていくまでのわずかな時間。
旅人にとって、この星の神である少女の形が、今、何を思っていたかは知る術もない。だが、原始的な人の感応力は、たった今、この瞬間だけ彼女が何かに想いを馳せていたことを気づかせる。
しかし、
「いえ………」
ファラ・リュードは言葉少なに俯いて、染みいるような微笑をその口元に浮かべただけだった。
そして、一言だけ呟いた。
「なんでもないのです………」
と………。
時が―――回る。
「ねぇ、ずぅーっとそばにいてね」
「しようのない子だね。そばに、とは言えないけど近くにはいるよ」
「絶対?」
「ああ………。あなたが私を必要としなくなるまでね」
「そんなこと絶対ない!! ずぅーっと永久にそばにいてねっ、約束よ!」
「はいはい。約束します。いつもあなたのことを思ってます」
「絶対ねっ。リィンっ、絶対っ!」
いつまでも、
時の果てまでも、
柔らかい日差しが降り注ぐ、永遠の、森の中………。
End
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