三毛猫、公爵令嬢を拾う。

蒼依月

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第2章

2-26

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「ミカエル様がやったのですか?」
「君がやったんだ」
「私?」
 
 ミカエルは力強く頷く。

「半分は暴走した魔力のせいだが、ルネの私を失いたくないという思いが魔法になって現れたんだ」
「な、なんだか恥ずかしいです」
「何故だ。私は嬉しい。君が魔法を使えるという事実が証明されたのだから」
「そ、そうですね」

 微妙に焦点のずれた会話をしながら2人は一旦ホーンベアから離れる。ミカエルが怪我をしているので、ルネは少しだけ歩くスピードを遅くした。

「だが、これは大きな一歩だ。ルネの魔法に対する恐怖も、これで払拭できるといいのだが」
「あの、ミカエル様。先程の魔法は、多分魔法の恐怖がなくなったというより、ミカエル様がいなくなる方が怖いと思ったから、発動できたんだと思います」
「そうか」
「ええ。でも、もうあんな思いは二度としたくないです。本当に怖かったんですから。もう無茶しないでください」
「分かったよ。悪かった。でも約束は出来ない。私がやらねば誰かが傷付くなら、私は怪我をしてようと戦い続ける」
「ミカエル様……」
「すまない。これだけは聞き分けてくれ」

 ルネは黙ったまま頷いた。だが表情は納得していないと言いたげだ。

(ミカエル様が強すぎるからだわ。怪我をして痛くないはずないのに。それは私もよく分かってるもの)

 ルネは傷付けられた過去を思い出して、ぎゅっと自分の二の腕をつかむ。

「私、早く強くなりたいです。ミカエル様を助けられるくらい。魔法を自分でちゃんと操れるようになりたいです」
「出来るさ。私が教えるのだから」
「ふふ、そうですね」

 村が見えてきた。少し先を歩いていたミカエルが笑顔で振り向く。ペリドットの瞳が三日月型に細められていた。

「ルネ。改めてありがとう。君のおかげで私は無事に、任務を完遂できた」
「いいえ!そんな」
「ルネ、私がさっき言ったこと、覚えているか」
「ミカエル様の言葉は、そのまま受け取る……」
「そうだ。信じることが難しくても、まずは否定することを少しずつ減らしていこう。君は、君が思っているより素敵だ」

 ミカエルが手を握ってきた。柔らかい肉球と猫の毛の感触。触れているだけで心が落ち着く相手がいる、その安心感を改めて感じた。

「ミカエル様こそ、約束してくださいね。さっき言ったこと」
「ん?」
 
 ルネはミカエルの手を握り返して、緊張気味に顔をこわばらせて、必死に言葉を紡いだ。

「一緒に、ずっと一緒にいるって言葉です。いつ私の家の人間が捕まえに来るか分からないこの状況で、2人で一緒に逃げようって、言ってくれましたよね?私が安心できる場所を探そうって、言ってくれましたよね?」
「ああ。覚えている」
「約束ですよ?破ったら私、魔法でミカエル様のこと捕まえに行きますからね」

 ミカエルは「ははっ」と笑った。

「分かったよ。君と、ずっと一緒に逃げよう」

 ルネはその言葉を聞いて、安心したと同時に涙を流した。
 村に着いても中々おさまってくれなかったのでレントたちは戸惑いながらも、色々と世話をしてくれた。申し訳なさを感じながら、ルネはその行為もちゃんとまっすぐ受け取るように努力した。ミカエルの言葉を心の中で反芻しながら。

 任務は無事完遂した。
 明日にはこの村を出る。
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