上 下
19 / 19
第1章

19話

しおりを挟む
「あ、なんだか寝付けなくて。お水を飲みに来たんです」
「そうか」
「あの、ガーラは?」
「僕もそんなところだ」

 ガーラは眉を下げて微笑を返し、シオンに座るように手で促した。シオンはガーラの斜め向かいのソファに腰かける。2人はしばらく何も話さずに、暖炉の火を見つめていた。
 静かで、とても穏やかな時間だった。
 ガーラの目の前のテーブルの上には、酒の瓶とグラスが置かれていた。一人で飲んでいたのだろうか。
 ふと、シオンはガーラの横の袋について、訊ねてみた。

「ガーラ、あの、聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「その長細い袋、何が入っているんですか?」

 ガーラはシオンが指さした方向に顔を向け、「ああ」と短く呟きその黒い袋を手に取った。

「これは、借りものなんだ」
「借り物?」

 ガーラが頷きながら、袋の上部の口のボタンを外す。その中から出てきたのは、なんとも立派な剣だった。まるでどこかの騎士団が使っていそうな、美しい装飾が鞘に彫られている。

「まさか……」
の物だ。最初に話した、僕の自由と引き換えに人質に取られた奴がいつも使っていた」

 ガーラは微笑を崩さなかった。けれど、これはきっと、彼の罪だ。

「僕が国を出るときに渡されたんだ。これを持って行け、何かの役に立つかもしれないからと言って」
「優しい、人なんですね」

 ガーラが鼻で笑った。

「優しいか。それは違う。あいつは僕にくぎを刺しに来たんだ。余計なことはするな。自分が何と引き換えに外に出られたか、忘れるなってね」
「そんな」

 そんなことない、と言い返そうとして、止めた。
 ガーラの表情がとてつもなく悲哀に満ちていたからだ。自責の念が彼の体中を縛り付けている。シオンはそう感じ取った。
 再び2人の間に静寂が落ちる。パチパチ、と暖炉の火が弾ける音だけが、部屋に響く。
 どう返したらいいのだろう。彼の背負う業は、あまりにも重すぎる。彼だけの責任ではないはずなのに、彼はその全てを背負おうとして、事実罪の意識を感じている。その剣も、いつも持ち歩く必要なんてないのに、肌身離さず背負っている。まるで己が罪を忘れまいと戒めるように。
 シオンはガーラが撫でるその剣を見つめた。

「でも、だとしたら自分の大事な剣を渡すでしょうか」
「何?」
 
 ぽそりと漏れたシオンの言葉に、ガーラが顔を上げる。

「あ、いや。自分の目の敵にしているような存在に、騎士の命ともいえるような剣を渡すとは思えなくて。もしかしたら、その人は、本気でガーラを心配して自分の分身であるその剣を渡したんじゃないかって。そう思って」

 段々と尻すぼみにしながら、シオンは答えた。

(なんか、偉そうなこと言ったかも)

 ガーラちらりと見やる。すると彼の紫がかった瞳とかち合ってしまった。
 驚いて肩をはねさせるシオンは、咄嗟に頭を下げていた。

「ご、ごめんなさいっ」
「……何故謝る」
「私、何も知らないのに、分かったようなこと言ってしまったから。気分を悪くさせたかと思って」
「……そんなことない。ただ」

 シオンが顔を上げると、ガーラは剣を見下ろしながら、双眸の奥に何かを思い出しているのか、その表情を少し硬くした。

「そんな考え方、したことなかったと思って。僕は自分の罪にばかり意識がいって、あいつのことを何も分かっていなかったのかもしれないと、そう思った。初めてだ。あいつは、一度だって僕を責めたりしなかったのに。そんなことにも気付かなかったなんて」
「ガーラ……」
「僕は、どこまでも自分勝手だ」

 ガーラが剣を握っていた手に力を込めたのが見てとれた。
 悔やんでいるのだろうか。きっと、彼の中には、数えきれないほどの後悔があるのだろうと、分からないながらに思う。

(でも確実に言い過ぎた。こういうところ、直さないとまた同じ目に合いそう)

「君は……」

 不意に交わった視線が、シオンを緊張させた。何を言われるのかと身構えた。

「君は、本当に聖女なんだな」
「……え?」

 ガーラは剣を袋に仕舞うとそのまま背負い、酒の瓶とグラスを持って立ち上がった。

「ありがとうシオン。僕はもう戻る。君も早く寝た方がいい。おやすみ」

 勝手に話を切り上げ部屋を出ていくガーラ。その後ろ姿を目で追いながら、シオンは呆然と応えた。

「おやすみなさい……」
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

処理中です...