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一国の王子 -フィラード殿下-
しおりを挟む私の乳母はとても厳しい人だった。
私とよく遊んでくれていた侍女が、ふとしたはずみで絵本にお茶をこぼしてしまった。翌日からその侍女はこなくなった。庭師に若い息子がいて、私が興味本位で話しかけ、彼は仕事の傍ら兄のように私の相手をしてれた。仕事が早く終わればもっと遊べるんじゃないかと思い、手伝おうと手を出し、指を怪我してしまった。翌日、庭師が全く別の庭師に変わっていた。
そう、乳母は私以外の全てに厳しかった。
常に私が中心で、少しでも害があると判断すれば全てを排除した。「殿下のためでございます。」それが彼女の口癖だった。本心だったのか、都合のいい言い訳だったのか、今の私にはわからない。
その頃からか、自分の立場、一国の王子として生まれてきたことへの恐さを感じた。私の言動ひとつで誰かの人生が変わってしまう恐怖。きっと乳母だけじゃない、この立場はそんな人間を生み出してしまう存在だ。
それから私は失敗しなくなった。誰かに固執することもなく、全てを完璧に、なんでもそつなくこなせるよう、早く乳母が必要でなくなるように。
本来ならば、乳母はそのまま教育係や筆頭侍女にあがる予定だったが、母上も何かに気づいたのか、彼女には辞めてもらうことになった。それでも乳母はしつこく残ろうとした。だから直接私の口から伝えた。
「もう、必要ない」と。
9歳になると、歳の近い令嬢とのお茶会が開かれるようになった。すぐに婚約者を選ぶためのお見合いなのだと気づいたが、正直うんざりだった。
この国は男女ともに18から婚姻できる年齢だ。婚姻までに何年あると思ってるんだ?どういうふうに成長するかもわからない、なにをしでかすかもわからない令嬢と8年も前に婚姻の約束だなんて馬鹿げてる。
父に直接言ったことがあるが、王であっても大臣達全員を説得するのはむずかしいらしく「ゴメンね。フィルなら適当にできるだろう?」って、まったく、その適当が面倒なのをよく知ってるくせに。
本心が漏れないように笑顔を絶やしてはいけない。前に「気を抜くとすげー顔してますよ。」と宰相の息子に笑われたことがあった。気を抜ぬいてはいけない。
私の意思に関係なくお茶会は開かれ、令嬢たちは頬を染め擦り寄ってくる、あからさまなご令嬢もいれば、一見大人しそうだが他の令嬢の悪口を伝えてくる強かなご令嬢まで様々だ。中には本当に好意がある令嬢もいるのかもしれないが、残念なことに違いがわからない。
そして今日もまた、7歳のご令嬢2人とその弟と3人でのお茶会だ。一人は赤いドレスか、主張が激しそうだな。もう一人はなんだかふわふわしていて飛んでいってしまいそうだ。2人とも見た目だけは可愛らしい。弟の方は賢そうな子だな、歳のわりに落ち着いてみえる。
3人の様子を観察する。ミルド公爵の令嬢はやはり積極的なようだ。それとなく返すが、次々とよく話題があるものだ。オッズレン公爵の令嬢は弟の方ばかり見ている。弟の方は姉にかまってもらうのに必死のようで、仲の良さが伺える。
すると、シエンナ嬢と一瞬目があった。本当に一瞬だ。首が取れるんじゃないかという早さで目をそらされた。恥ずかしがっているというわけでもなさそうだが・・・話しかけてみると、笑ってはいるが顔は青ざめている。
なんだ?なにに怯えている?一瞬、乳母の記憶がよぎる。また、私の知らないところで、誰かが動いたのか?また、私のせいで誰かが傷ついてしまったのか?嫌な汗が流れる、いや、まて、彼女は公爵令嬢だ。ありえない。
エルンダ嬢の相手をしていると、彼女は弟とキャッキャとはしゃいでいた。全然違う。
私への態度はなんだ?なぜだ?父上にも怯えていただろうか?いや、普通だった気がする。ならなぜ?聞きたい。でもこの場では聞けないか。
そのうち彼女は弟と花の方へ逃げてしまった。納得できない。彼女の方を見ていると、振り返り、目が合った。すぐにそらされたが、さっきとは全く違った。
彼女は目が合った瞬間、ふっと笑ったのだ。
年下の令嬢らしからぬ、大人っぽいというか、なんとも色っぽい表情だった。
あの顔が忘れられない。気になって仕方がない。なぜ私に怯えた?なぜあの時笑った?
絶対に聞き出してやる。
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