ブレイブストーリー～魔王が死んで数十年後の世界で無能力者の少女が一匹の小さな生き物と出会い勇者を目指す話～

第４５話 最初のクリア者

凄まじい咆哮が一度森を包むように響き渡り、その音が止むとほぼ同時に、地を揺らす激しい轟音が伝わってきた。獅子王アーサーは、その不穏な響きが猛烈な速度でこちらに迫ってくるのを感じ、緊張が走った。

やがて音の主が視界に入る。
赤色の巨体が森の中を進む。
輝く赤色の装甲に覆われたそのロボットが現れると、きらびやかなその装甲は、太陽の光を反射し、紅く艶やかに煌めく。
高層建物にも匹敵するその大きさに、まるで自分が小さな存在であるかのように思えるほどだった。
動くたびに鉄の響きが森を巻き込み、その音が恐怖を増幅する。

赤のロボットは、まさに世界の頂点であるかのような存在としてクリームを見下ろし、その腕の端末から断続的に流れるブザー音に引き付けられる。
本能的な反応を示す巨体が、意外なほど素早い動きを見せ、巨大なこぶしを振り下ろそうとした。

クリームはとっさに身をひねり、何とかその攻撃を回避したが、その衝撃波で地面に転倒してしまった。
立ちあがった彼女の顔に痛みが走り、足を苦痛に歪める彼女の様子から、どこか怪我をしたことが見て取れる。

木陰からその様子を見ていた獅子王アーサーは瞬時に考える間もなく動き、クリームの側に飛び込んで、彼女を自らの腕で抱きかかえる。「行くぞ！」とその勇ましい声を上げ、ロボットからの危険から逃れるように全力で走り出した。



クリ―ムは獅子王に抱えられながら、「私一人で何とかする」と彼の意志を拒絶しようと繰り返す。
しかし、獅子王アーサーは一瞬たりとも振り返らず、前を見据えたまま力強い声で応えた。
「死ぬかもしれないんだから、無茶をするな」

クリームはその言葉に一瞬の静寂を返す。「それでも…。それでもいいの」と彼女の声には決して単なる強がりではない深い決意が滲んでいた。
しかし、獅子王アーサーはその声に動じることなく、「いいわけないだろ」と断固たる口調で言い放ち、彼女の意思を無視する形で全身全霊を込めて走り続けた。

森の中を駆け回りながら、地面を蹴り上げるたびに、力強い刹那の風が二人の周囲をすり抜けていく。
木々が交錯する中、葉の合間から差し込む陽光が彼らを追い越し、影と光の織り成す道が続いていた。
幸いにも巨体の赤のロボットはこれほどの枝葉が鬱蒼と生い茂る道を突進する速さは持たず、その動きには限界があった。

しかし、油断することはできない。ゆっくりだが確実に、ロボットは彼らの背後に迫っていた。脚の節々が叫び始める頃、獅子王は全力で逃げつつも、心の中では焦燥を募らせていた。炎のごとく揺れるタテガミが彼の背後に流れ、呼吸が重くなり始める。

獅子王は、重くなり始めた呼吸を調整しながら、クリームに問いかけた。「『気』はまだ使えるか？」
彼の声は優しさと同時に、落ち着いたものだった。

クリームは微かな息を整えながら、「使える」と短く答えた。
その言葉を聞くや否や、獅子王は急にその場に立ち止まり、
クリームをしっかりと片手で支える形に持ち替えた。
その理由をすぐに察知したクリームは、制止しようと口を開いたが、それよりも早く、獅子王は彼女を目的地に向かって全力で投げ出していた。

クリームの体が空中で滑らかに舞う。
彼女の銀色の髪が陽光の下で一瞬きらめき、風を切り裂く音が彼女の耳をかすめる。
目的地のアーチに向かって一直線に飛び出し、目の前に壁のようにまっすぐ伸びる空間を疾風のごとく駆け抜けた。



彼女が地面に着くと、ブザー音がぴたりと止み、静寂が戻る。
森に響き渡るのは、何もかもが凍りついたような瞬間の後、マイクの陽気で高らかな声だった。

「まず一人目のクリア者は、クリーム選手だー！」その言葉と同時に、会場の観客席から歓声が割れんばかりに上がった。森の静けさの中でその声が反射し、祝福と羨望がそれを包み込む。

歓声に包まれながら着地したクリームは、一瞬の間を置いて体勢を整え、冷静な表情に戻る。
彼女の白い肌には、また冷気がまとわりつくように輝いていた。 



クリームが無事にゴール地点に辿り着き、歓声の中で冷静さを取り戻す姿を確認した獅子王アーサーは、ほんの一瞬だけ安堵の息を吐いた。
しかしその間もなく、地を震わせるような響きがすぐ背後に迫ってきた。
振り返るまでもなく、それが赤のロボットであることを察する。

彼の体は極度の疲労で重く、今すぐにでも崩れ落ちそうだった。
もう逃げる気力も残されていないと感じる中、赤のロボットは狙いを定め、彼に向かって直線的に動く。
攻撃の準備が整ったその姿は、まるで絶え間ない強さと冷酷さを垣間見るようだった。

「これまでか…」と、獅子王は心の中で確信した。
限界状況にもかかわらず、微かに笑みが浮かぶ。「まあ、さっきのは勇者っぽかったかな」とカエデの言葉で一言をつぶやき、覚悟を決めたその時だった。

突然、遠くで別のブザー音が響き渡る。
赤のロボットの冷たい機械の目がその方向に向き、数瞬のためらいもなく、新たなターゲットへと動き始めた。

その巨体は再び地面を揺るがし、重い足音を立てながら遠ざかっていく。
獅子王のすぐそばで振動するその足跡に、想像以上の力を感じつつ、彼は心の底から「助かった…」と呟きながらその場に倒れこんだ。

獅子王アーサーは体を伸ばし、地面に横たわりながら一息ついた。
心臓がまだ速く打っているが、徐々にその音も落ち着き始めた。
透過する木漏れ日の中で、彼は浅い呼吸を繰り返しつつ、この瞬間を迎えられたことをしみじみと感謝した。

森の静けさがあたりを包み込み、わずかに聴こえる風の囁きが彼の耳を撫でる。身体中の緊張が解け、小さな微笑みが彼の唇をわずかに持ち上げた。



少しの間彼はそのままだったが、スピーカーから「残り制限時間は半分だ！みんな頑張れよ！」とマイクの声が響く。

「行かなくちゃ」
彼は再び立ち上がり、次の戦いへと向かっていった。