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第壱章  循環多幸  壱之怪

第38話 お酒とタバコは二十歳から、でも爆弾は二十歳を過ぎても起爆させちゃダメ

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 灰玄かいげんが最後の爆弾の設置を巨大プレス機の中でしている間、僕はもう一度、灰の山になった死体を見た。

 別に見たくて見た訳では無いけれども、あの山積みにされていた死体は僕と同じ人間だ。

 そう考えると……何とも言えない気分になる。

 あの死体達には家族もいただろうし、夢を持って何かしらの努力をしてきた人も居ただろう。

 それが僕の目の前で、灰になった。

 自分の事を卑下ひげする訳では無いが、僕よりも未来に希望を持って邁進まいしんする人が必ず何人かは居たはずだ。

 その芽が、ある日突然ゾンビにさせられ、苦しみもがきながら、最後には人であった面影も無い灰になってしまった……。

 こんな光景を映画などでは無く、実際に見てしまうと居たたまれない。

 気がつくと、僕は無意識に眉にしわを寄せていた。

 きっと心絵こころえも、僕と同じ心境なのでは──って、あれ?

 僕が隣りを見ると、さっきまで僕の横にずっと居たはずの心絵が消えていた。


 「あぁ、疲れた。あんな奴が居るなんて知ってたら、こんな依頼は断っていたわよ」


 声のする方を見ると、先程までタルマやホラキが座っていた椅子いすに腰を掛けて、くつろいでいる心絵が居た。

 確かに僕を守ってくれた心絵は疲れているとは思うが、その表情は至って冷静そのものである。

 冷静と言うか、仕事終わりに脱力した感じに近い。

 まるで、目の前の灰の山が見えていないかのように寛いでいる。

 陰陽師にとって、このような光景は日常茶飯事にちじょうさはんじなのだろうか。

 うーん……くだけ無駄だろうが、訊いてみるか。


 「なあ、おい、心絵。お前はあの灰の山を見ても、何とも思わないのか?」

 「別に」

 「別にって……。少しは感情が動いたりするだろ?」

 「するわよ。可哀想だとも思う。でもね、人が生きるって事は毎日、死を受け入れて生きて行くって事なの。だから、生き方は選べても死に方は選べないし、いつ死ぬか、どう死ぬかも分からない。その中で人は生きているのよ」


 こいつにも、一応は人としての情が少しはあるようだが、何と言うか……生き方の考え方が僕と違う。

 心絵の言葉の中には、生きてる者は今日死ぬかもしれない。と言うような重い響きを感じた。
 無駄では無かったが、やはり僕のような一般人と、この訳の分からないトンデモ陰陽師の心絵や灰玄の生き方──と言うか人生観を一緒にしてはいけないのだろう。

 僕にはこいつらの考えが解る日が来る事も無いだろうし、解りたくも無い。
 今日限りで、二度と関わりたくもない……。

 本当に、早く家に帰りたい!


 「さてと、それじゃあ私はもう依頼が終わったから帰るわよ」

 「え? 灰玄のこと待ってなくていいの?」

 「爆弾のことは依頼に含まれて無いからいいのよ」


 そう言って、心絵は自分が腰を掛けていた椅子から立とうとした時、わざとらしく──そう、本当にわざとらしく床に倒れた。
 たとえるならゼリー状の物質が、ゆっくりと重力に誘われるようにして。


 「……おい。なにやってんだ? 遊んでるのか?」

 「あぁ……、もう駄目みたい。立てないわ」

 「さっきまで元気だったじゃねえか……」

 「我慢してたのよ。本当は大熱があるの。40度ぐらい」

 「40度って……。そんなに熱があったら普通に会話するのも無理だろ」


 ていうか、もろピンピンしてるんだけど。
 全然病人に見えないんだけど。


 「まあ、確かに40度は盛り過ぎたわね」

 「盛り過ぎたって、どのぐらい盛ったんだ……?」

 「3度ぐらいかしら」

 「おい……。3度も盛ったらただの微熱びねつじゃねえか!」

 「違う違う。3度じゃ無かったわ、4度だったわ」

 「それもう平熱だから! 健康そのものだから! ていうか、さっきまでクールキャラだったのに、何でいきなり初対面の時みたいにベラベラしゃべってんだよ」

 「もう依頼は終わったからよ。それよりアナタ、私をおんぶしなさい」

 「……は?」


 何を言い出すかと思ったら、おんぶしろって……、こいつ頭おかしいんじゃないか?


 「『は?』じゃなくて。おんぶしなさいと言ったのよ」

 「元気なんだから一人で歩けるだろ!」


 むしろ僕の方が、おんぶしてもらいたい。
 今日は朝から灰玄に山登りさせられ、挙げ句の果てにタルマに一度殺されているのだから。

 ヘトヘトなのは僕の方だ。
 まあ、おんぶしてもらいたいが、流石に心絵のような女の子に、男子である僕がおんぶされる姿は途方とほうも無く格好が悪いから、おんぶしてくれとは言えない。

 男子が女子におんぶされるなんて、無様にも程がある。


 「あぁ……もう駄目だわ。足が折れてしまったわ」

 「お前は一々いちいちわざとらしいんだよ! 全然ピンピンしてるだろ!」

 「いいから早くしなさい。アナタみたいな女性に全くえんが無さそうな人が、私みたいな超絶美女をおんぶできるのだから感謝されたいぐらいだわ」

 「自分でそんな事を平然と言って、よく恥ずかしくないな……」


 しかも自分で超絶美女とか……、やっぱりこいつは頭がおかしい。
 まあ、美人なのは認めるが、自分でそれを言ったらおしまいだ。

 と言うか、女性にえんが無さそうって……、大きなお世話だっての!


 「冗談じょうだんはさておき、冗談抜きで冗談じゃないぐらい疲れているのよ。アナタを守りながら闘っていたから二倍疲れているのよ。アナタがこうして息をしていられるのも私のおかげなのだから、早くしなさい」


 そう言うと、心絵は音も無く静かに立ち上がり、空中を優雅ゆうがに散歩するかのように浮遊ふゆうし、僕の肩の上に立った。


 「お、おい! なにやってんだ!? 勝手に人の肩の上に乗るな! 乗るっつうか、立つな!」


 おいおいマジかよ……。こいつ本当に僕におんぶさせる気だぞ。
 ていうか、これ、よく考えたらおんぶじゃ無いし。

 僕の肩の上に立ってるだけじゃん。
 こっちの方が普通に歩くよりもバランス的に難しいんじゃないか?

 ん?
 ちょっと待てよ。
 僕の肩の上に立っていると言う事はつまり……。

 僕は恐る恐る、上を見上げてみた。
 もしかしたら……と、思ったからである。

 上を見上げた理由は、まあ、その、あれだ。
 心絵のパンツが見えるんじゃないかという、淡い期待があったからだ。

 だがしかし、すぐさま、その期待は食器が割れるような音を僕の脳内に残し、消え去った。
 そう……心絵は着物だったのだ。

 着物とは凄い。
 真下からのぞいても、全くパンツが見えない。

 まさに鉄壁のガードである。

 ていうか、重ッ!
 心絵の体重と着物の重さで、軽く50キロはあるんじゃないか?
 これでは歩くのが限界だ。

 と言うか、歩くのも危うい……!


 「何してるのよ? 早く進みなさい」

 「早く進めって……! 重いんだよ……! 歩くので精一杯せいいっぱいだ……。ていうか……、もう無理、歩けない……」

 「それじゃあ、かつを入れてあげるわ。えい」


 心絵に首をめられた。
 しかも足で……。


 「窒息ちっそくするだろうが!」

 「アナタが失速しっそくするからよ。さぁ全力疾走しっそうで進みなさい。いざけ抜けろ九条号くじょうごうよ」

 「僕の事を世紀末覇者せいきまつはしゃの愛馬みたいに呼ぶな!」


 嗚呼ああ……、このまま心絵と灰玄だけ残して、こいつらが知らない土地まで失踪しっそうしたい……。


 「ちょっと。何で進まないのよ。人がせっかく活を入れてあげたのに」

 「五月蝿うるさい! お前は僕の首を絞めただけだろ! 自分だけ僕の肩の上に立って楽しながら上から命令するな!」

 「肩の上に立っているのだから、上からなのは当たり前じゃない。それに依頼とはいえ、アナタの命を守ってあげたのだから、私は楽して当然なのよ。なぜならアナタは映画を観に行ったら無料で貰えるパンフレットみたいなものなのだから」

 「僕の命をオマケで付いてくる商品みたいに言うな!」


 くッ……!
 ていうか、もう限界!

 なんとも情けないが、日頃の運動や筋トレをおこたっていたからだろう。僕は心絵の体重を支えきれずに床に片膝かたひざをつき、そのままコンクリートの床に倒れた。

 心絵は僕が床に倒れると同時に、また音も無く浮遊し、僕の肩の上から離れコンクリートの床に移動して、腕組みをしながら立っていた。

 もし僕が運動部に入っていれば、このまま楽々と心絵を肩に立たせたまま走っていたのかもしれない。

 いや、でもやっぱり50キロ以上の人間を肩に立たせて走るのは、いくら運動部の人間でも無理だろう……。

 だって50キロだぜ?
 おんぶしながらだったら可能かもしれないけれど、肩の上に直立不動で立ってるんだぜ?
 

 「少しは根性見せると思ったのに、アナタにはガッカリよ」

 「何がガッカリだ。そんだけ元気だったら自分の足で帰れただろ。僕の首まで絞めやがって」

 「だから、あれは活を入れてあげたのよ。ありがたく思いなさい」

 「思えるか! 本当に一瞬だけ死ぬかと思ったんだぞ!」

 「アンタ達、なに遊んでるの? 鏡佑きょうすけは床に寝転がってるし」


 灰玄の声だった。
 ていうか、遊んでないし……。

 いて言うなら、心絵に遊ばれてたと言うべきだろう。

 しかし、まあ灰玄が来たということは、つまりもう爆弾の設置は全て終了したという事だ。
 やれやれ……、これでやっと家に帰れる。

 僕は少し、ふらつきながら、ゆっくりと立ち上がり、この廃工場から家に帰ろうとすると──


 「さてと、爆破させるか。よっと」


 ──あろう事か灰玄が、爆弾の起爆ボタンを押していた……。


 「あのさぁ……。今ボタン押した? ていうか、絶対に押したよね……?」

 「押したわよ。当たり前じゃない」

 「ふざけんな! 僕達が外に出てから押せよ!」

 「あっ、それもそうね。うっかりしてたわ。じゃあ外に出て──」

 「もう押してんだろ!」


 僕のツッコミと同時に、爆弾が爆発し────無かった。


 「あれ? どうなってるのかしら」


 言いながら、爆弾の起爆ボタンを押しまくる灰玄。
 爆弾の起爆ボタンを連打しまくる灰玄。

 おいおい……そんなに押したら、ボタンが壊れるだろうに。
 まあ、僕としては、このまま爆弾が爆発しない方が助かる。

 まだ外に避難していないのに、爆弾が大爆発したら僕が死んでいた所だ。

 九死に一生である。


 「なぁ灰玄。とりあえずボタンを押すのは後にして、早く外に出ないか?」

 「おっかしいわね。なんで爆発しないのよ」


 ……どうやら、灰玄は爆弾が起爆しなかった事に不満があるらしい。
 僕の声が届いていない。

 だが逆に考えるなら、声が届いていないのなら、このまま一人で外に避難できる。
 万が一、僕が避難した後で爆弾が爆発しても、灰玄と心絵なら大丈夫だろう。

 さてと、それじゃあ善は急げだ。
 僕はさっさと、こんな場所からおさらばしようと、階段の方に向かった──が、後ろ首を鷲掴わしづかみされた。


 「どこに行くのよ、鏡佑」


 僕の首を掴んでいるのは、やはり灰玄だった。
 ていうか、今日は本当に首を掴まれる日だな……。


 「どこにって、僕は外に出るんだよ。その爆弾を起爆させる遠隔装置えんかくそうちも故障してるみたいだし」


 僕の発言に腹を立てたのか、灰玄は僕をにらみつけて言い放った。


 「故障なんてして無いわよ」


 だが僕も負けじと言い返す。早く家に帰りたかったからだ。


 「そんだけボタン押して無反応なんだから、明らかに故障だろ。それに、ちゃんと起爆するか実験したのか?」

 「そんな実験なんてする訳無いでしょ。ぶっつけ本番よ」

 「ちょっと待て。今、実験して無いって言ったのか?」

 「言ったわよ」

 「じゃあやっぱり故障だな。僕は先に外に出てるから。それじゃ」


 そしてまた、僕が灰玄に背を向けて階段の方に行こうとしたら、先程よりも強く首を鷲掴みされた。


 「痛い痛い! な、なにするんだよ!」

 「ちょっと鏡佑。アンタがボタンを押しなさい」

 「はぁ? ボタンだったら灰玄が押しまくってたじゃないか」

 「いいから、つべこべ言わずに押しなさい」


 僕の言葉も聞かずに、爆弾を起爆させる遠隔装置を渡された。
 全く、灰玄は相当、強情な奴だな。

 でも、僕がボタンを押せば、こいつの気も晴れるだろう。
 故障してるんだから、何も怖がることはない。

 ……多分。

 そして灰玄にずっと睨まれながら、僕はそっとボタンを押してみた。
 やっぱり無反応。


 「ほら。やっぱり故障だよ。もしくは電池でも切れてるんじゃ──」


 僕が最後まで言おうとした時──最悪のタイミングでそれは起こった。

 つまり……、強化硝子がらすの中にある巨大プレス機が大爆発し、火の海と化している。
 幸いにも、強化硝子は吹き飛ばなかったので、僕はあの大爆発に呑み込まれずに済んだ。


 「ほら。やっぱり壊れてなかったじゃない。アタシに間違えなんて無いのよ」


 灰玄はまるで子供のように喜んでいる。
 人生初の爆弾が爆発する瞬間を見て愉しんでいるのだろう。

 だが、おかしい。
 巨大プレス機の中の爆弾は爆発したのに、他の爆弾はまだ爆発していない。

 僕が不思議に思っていると、階段の上から爆発音がした。

 なるほど。
 どうやら、この爆弾は一遍いっぺんに全部の爆弾が爆発する訳では無く、爆発する順番があるようだ。
 そして、ボタンを押しても、すぐには爆発せず、若干じゃっかんのタイムラグがある。

 だから、灰玄がボタンを押してもすぐに爆弾が起爆しなかったのだ。

 ──って!
 今はそんな悠長ゆうちょうに考察している場合ではない!

 爆発に巻き込まれて、その爆風に吹っ飛ばされたら、僕は死んでしまう。

 だから一刻いっこくも早く逃げないと!
 なんかもう……、夏休みに入ってから逃げたり走ったり、そんな事ばかりだ……。
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