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第壱章  循環多幸  壱之怪

第34話 話しが長いと嫌われる

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 *17


 僕は白衣を着た二人の男性に背を向け、猛スピードで上の階まで通じる、出入り口の階段までダッシュしたのだが……。

 上の階まで通じる階段があった場所には、なぜだか鉄の壁があり、出入り口がふさがれていた。



 「なんだよ……これ……!」


 「逃げようとしても駄目だよ。チミ達を逃がさない為に、ボキの『アイアン・ダスト』で出口はもう封じたからね。っぱ」



 噓だろ……あいつ、いつの間に出入り口に、鉄の壁なんてつくったんだ?



 「どうして? って顔をしてるね。チミは気がつかなかったみたいだけど。ジェイトさんが暴れてる時に、周りの機械が壊れないようにボキの『アイアン・ダスト』で保護しておいたんだよ。まー、その出口に創った鉄の壁はオマケで創っただけなんだけど、念の為に創っておいて良かった良かった。っぱ」

 

 僕と心絵こころえが、ジェイトに気を取られてる最中に創りやがったのか。

 周りをよく見ると、全てのスーパーコンピューターのような機械も、鉄でおおわれていた。

 あいつ……魔法使いか?


 と言うか、全然良くねーよ!

 ふざけんな……この二人なら簡単に逃げられると思ってたのに、こんな鉄の壁なんてどうすればいいんだよ。



 「ホラキさん。今から『ブレット・ダスト』を使うので、先に『ホーム』に戻っていて下さい。っぱ」


 「わわわ、分かりましたタルマさん。プシュー。ででで、では私はお先に戻っています。プシュー」



 言って、『ほらき』と呼ばれている白衣を着た男性が、ローザやジェイトと同様に、自分の白衣の中から透明な野球ボールぐらいの大きさのシャボン玉を出すと、例の如くそのシャボン玉を割り。

 まぶしい閃光が放たれ──消えた。


 いったい……あのシャボン玉はなんなのだろう……。



 「さてと。それじゃあ、ここはエリートの中のエリートの中のエリートの中のエリートのボキが、【ゴールデン・ステーション】でチミ達を片付けてあげるよ。っぱ」



 どんだけエリート連呼してるんだよ……こいつは。

 ていうか、数瞬だがエリートの中にエリートが入っている姿を、想像してしまった。


 ロシアの人形。

 マトリョーシカである。



 「まあ。チミ達に恨みは無いけれど、この場所を見られて帰す訳にもいかないし、ここで死んでもらうよ。人殺しなんて大嫌いだけど、チミ達が不法侵入したのが悪いんだよ。恨むなら、自分を恨んでくれ。『ブレット・ダスト』。っぱ」



 言うなり『たるま』と呼ばれている、こいつの指先から、まるで消化器の煙のように、黒いちりが激しく噴き出した。

 その黒い塵は、目の前がたちまち黒い煙幕のようになり、僕の周囲がその塵の煙で充満して、何も見え無くなった。



 「おーい! 心絵! どこに──」



 咄嗟とっさに心絵を呼ぼうとしたが、僕の言葉が終わる前に、僕は誰かに首をつかまれて、天井てんじょう高く飛んでいた。

 その誰かとは決まっている。

 心絵だ。


 だが、黒い煙幕の中を高く飛んでいる最中に、何かが僕と心絵を狙って襲いかかって来るのが分かった。

 心絵は、それらを銀色に輝かせた手で、払いのけている。


 そして、何が襲いかかって来ているのかは、分からないが。

 心絵が手で払いのけている最中、ずっとにぶい金属音が鳴っていたのだ。


 僕がその、襲いかかって来るなにかを、はっきりたのは天井まで飛んで、黒い煙幕の外に出てからだった。


 なんと、黒い煙幕の中から、散弾銃さんだんじゅうの小さな黒い弾丸だんがんのようなモノが、僕と心絵に向かって襲いかかって来ていたのだ。


 もし──心絵が僕の首を掴んでジャンプしなければ、きっと今頃……僕は、あの小さな黒い弾丸のようなモノではちの巣になっていただろう。



 「あの黒い煙幕が邪魔ね。『呪風陣じゅふうじん』」



 僕の首を掴んだまま、天井高くまで飛んだ心絵は、黒い煙幕に向けて、自分のてのひらを広げながら、そう言うと。


 心絵の掌から、突風が巻き起こり、それは巨大な竜巻たつまきになって黒い煙幕を吹き飛ばした。

 天井から見下ろした先では、『たるま』と呼ばれている男性が慌てている。

 と言うか──竜巻を掌から出すなんて……。


 灰玄かいげんもそうだが、陰陽師って……ビックリ人間なのか?



 「うわああああ! 嫌な予感はしてたけど、あいつ『抽象型ちゅうしょうがた』の能力にそっくりだ! ボキの『ダスト』は風の能力とは相性が悪いから勝てっこ無いよ! ここはジェイトさんに上手い言い訳を考えて、ボキも早く『ホーム』に戻らないと! ってあれ? 『ロックス』が無いぞおおお! どうしようどうしよう! っぱ!」



 僕が心絵に首を掴まれたまま、コンクリートの床に着地すると。

 必死になって、『たるま』と呼ばれている男性が、白衣のポケットに手を突っ込んで、何かを探している。


 あいつ、何やってるんだ?



 「無い無い無い! もしかして、あいつが風の能力を使った時に一緒に飛ばされたのか!? 困ったぞ……『ロックス』が無かったら──ってええええ! 【ピースの黒石こくせき】も無くなってる! っぱ!」



 さっきから、一人でなに騒いでるんだ?

 ────んん?


 僕のスニーカーの下から、変な感触がする。


 それを確かめようと、僕は少しだけ脚を上げてみると──小さな黒いビー玉を踏んでいた。

 それに、スニーカーの近くには、ローザやジェイトが使っていた、透明なシャボン玉のような物も落ちている。



 「なんだこれ?」


 「うわああああ! チミぃぃぃぃ! それは【ピースの黒石】だ! しかも『ロックス』もある! 早くその二つをボキに返せ! っぱ!」



 返せと言われて、『はい分かりました』。

 なんて言うと思ったら、大間違いである。


 そう、つまりこの、よく分からない黒いビー玉と透明のシャボン玉は、あいつにとって重要な物なのだろう。

 だったら、ここは交換条件を出すしかない。




 「これが、そんなに欲しいのか?」


 「欲しい! と言うか、それは最初からボキの物だ! 早く返せ! っぱ!」


 「分かった。じゃあ返す代わりに、お前が創った鉄の壁を消すんだ」


 「駄目だ……。それはできない。っぱ」


 「じゃあ、これはお前には渡さないぞ」


 「分かった分かった! 消せばいいんだろ! っぱ」



 言って、『たるま』と呼ばれている男性の指先に、鉄のようなキラキラした塵が吸収されていく。

 まるで掃除機だ。



 「鉄の壁は消したぞ! さあ早くそれを返せ! っぱ!」



 僕は確認の為に、出入り口の方を見ると、鉄の壁は綺麗さっぱり消えていた。

 でも、僕には、まだこいつにきたい事があるのだ。

 この黒いビー玉と、透明のシャボン玉は、それを訊くまで返さない。



 「この二つを、お前に返す前に、訊くことがある。お前が僕の質問に答えなかったら、返してやらないぞ」


 「──なに? 質問ってなんだ? その前にボキを、お前と言うのはやめろ! ボキの名前はタルマ・ヤオ・カルマだ! っぱ!」



 顔を紅潮こうちょうさせて怒っている。

 お前と言われたのが、相当頭にきているのだろう。

 色白の肌だから、余計にあかさが際立っている。


 ていうか──日本人だと思ったが、タルマ・ヤオ・カルマって明らかに外国人みたいな名前だ。

 見た目は童顔どうがんの東洋人風なのに。


 まあ、漢字名だと思った『たるま』は。

 外国人名のような、横文字のタルマだったのか。



 「おいチミ! 質問ってなんのことだ! 答えてやるからさっさと言え! っぱ!」


 「あっ。そうだった。おいタルマ。こんな非人道的なことをして、いったいここで何をやっているのか答えろ」


 「ここは『パープル・カプセル』の製造場所だ。さあ、答えたんだから早く返せ。っぱ」


 「────『パープル・カプセル』ってなに?」


 「まあ、説明してもチミには分からないと思うが。こっち『側の世界』にある粗悪な向精神薬こうせいしんやくを改良して、ボキが製造した薬だよ。この『パープル・カプセル』を体内摂取たいないせっしゅすると、脱水症状のように、強い脱血だっけつ症状になる。そして、血中内で高濃度こうのうど脱血酵素だっけつこうそになるんだ。早い話しが、血液を作る成分の阻害薬そがいやくだね。つまり『パープル・カプセル』は赤色せきしょく骨髄内こつずいないアミノ酸阻害薬って所かな。っぱ」


 「せき──え? なに?」


 「赤色骨髄内アミノ酸阻害薬だ! チミは一回で、こんな簡単な単語も覚えられ無いのか? チミは馬鹿の中の馬鹿の中の馬鹿の中の馬鹿だな! っぱ!」



 四連続エリートコンボの次は、四連続馬鹿コンボかよ。

 ふざけたこと言いやがって!


 ────あれ?

 ちょっと待てよ……【パープル】って、確かあの教会でローザが引き連れて来たゾンビ達も、同じ名前だったが……。


 訊いてみるか。



 「なあ。そのカプセルを飲むと、ゾンビになるのか?」


 「ゾンビ? あー。あの弱いモンスターのことか。確かに見た目は似てるけど、【パープル】の方が力は強いし、それに人工的に薬で造ったモンスターだから、ちゃんと命令も聞く。あんなゾンビなんかと一緒にしないでくれ。っぱ」



 自慢気に言うタルマを見て、何だか腹が立ってきた。

 なぜなら、このタルマが作った薬の所為せいで、人間だった人達が、ゾンビに変えられていたからだ。


 あの教会で見た謎のゾンビ達は、こいつの薬で人間の姿から、あんな姿にされてしまったと思うと、やはり──こいつもジェイトと同じく、人間を人間とも思っていない酷い奴に見えて来た。




 「おいタルマ。自慢気に話してるが、お前のやってることは、人を怪物に変える悪魔の薬を作ってるだけだぞ」


 「悪魔の薬か……。だったら、より悪魔的なのは、こっち『側の世界』の薬だよ。それにボキは、好きでこんな薬を作ったわけじゃない。そうだな……チミは薬に対して無知なようだから、少し教えてあげよう。こっち『側の世界』の向精神薬は、まだまだ発展途上で人間を薬漬けにして、脳を騙す作用しかない。ボキに言わせれば、あんなのは害薬がいやくでしかない。でも、あんな低レベルで幼稚な薬を、平気な顔で、こっち『側の世界』の人間は、万能薬だと思い込んで摂取しているんだから、狂ってるとしか思えないね。まさに薬で、人間の理性を精神の牢獄に閉じ込めて、拷問ごうもんして黙らせる。そうだな……例えるなら、人間に首輪を付けて、走り出そうとする気持ちを無理に止めるようなものだね。そもそも、こっち『側の世界』の向精神薬は薬なんかじゃない。ただの合法麻薬みたいな物だ。それも酷く劣悪れつあくで、たちが悪い毒薬だよ。とくに、その副作用の量は笑えてくる。本来、肉体の異常を治すのが目的なのに、逆に悪化させるなんて……。それを疑問に思わないのも、どうかしている。つまりボキが言いたいのは、こっち『側の世界』の向精神薬は、人間を無気力でうつろな、生きる廃人はいじんにさせるってことだよ。っぱ」



 はあ……やっと長い話しが──



 「だが『パープル・カプセル』は──」


 「ちょっと待って! まだ話し続くの?」


 「当たり前だろ! ここからが重要なんだよ。今度は『パープル・カプセル』の説明だ。チミが質問して来たんだから、最後まで聞くんだ。っぱ」


 「は、はあ……」



 まいったぞ……こう言う学者タイプの人間は、一度スイッチが入ると、全部話し終わるまで止まらないんだよな……。


 臥龍がりょうが良い例である。

 いや、この場合は、悪い例と言うべきだろう。



 「先に言っておくけど、この『パープル・カプセル』はボキが作った薬だけど、好きで作った訳じゃ無いってことだけは忘れるなよ。ボキもローザさんと同じで【パープル】反対派なんだからな! っぱ!」


 「じゃあ……何で作ったの?」


 「ボキにも色々と事情があるんだよ! っぱ!」


 「分かった分かった! 分かったから──短めで説明してくれ」



 「わがままな奴だなチミは。質問に答えろって言ったり、短めで説明しろって言ったり。まあいいよ。短めで説明してあげよう。『パープル・カプセル』とは人間を強力な生きた怪人にさせる。もっとも、【パープル】は怪人と言うよりも、怪物と言った方が適切だろう。そして、その怪物は死も恐れない従順じゅうじゅんな兵士なんだ。まあ、死を恐れる思考そのものが無いからね。脱血症状で血にえた怪物になった兵士。それが【パープル】だ。そして『パープル・カプセル』の特徴は、人間の理性の解放だ。誰もが自分の中に怪物を飼っていて、その怪物を理性と言う牢獄の中で、飼いらしている。いや、ちょっと違うかな。暴れないように、無理矢理、拘束こうそくして押さえ付けていると言った方が、いいだろうね。その牢獄からは、理性がある限り逃げられない。もし逃げることができたとしても、牢獄の外は迷宮になっているんだ。決して外の自由な世界には出られ無い。でも、『パープル・カプセル』は、その理性で縛り付けられた、両手のくさりと、両足の足枷あしかせを外して、自己じこに内在している怪物を牢獄の中から解き放つことができるんだ。もちろん牢獄の外にある、迷宮から抜け出す為の地図もいらない。なぜなら、牢獄の外にある理性の迷宮は、理性を解放した怪物にとっては意味が無いんだ。迷宮は理性を解放したと同時に消えて、外の世界につながる、ただの一本道になっているんだよ。でも『パープル・カプセル』には問題があって、この薬を摂取せっしゅしても、摂取した全員が【パープル】になる訳じゃ無い。『強い肉体と強い精神力』が無いと、約一日で絶命してしまうんだ。けれども、この『パープル・カプセル』を摂取すると、自己の中の理性が解放されて、思考も麻痺まひし、天にも昇るような多幸感たこうかんを味わうんだ。まあ、絶命する最後の数分だけは……脱血症状で少し苦しむけど……。そして、絶命しないで【パープル】になった怪物は、永遠に血を求めて血液を摂取する度に、多幸感に満たされる。だから何度も多幸感と言う快楽を欲して、血を求め暴れ狂う怪物になるんだ。しかも、人間のフェロモンにだけ反応して、人間以外の動物の血は襲わない。ちなみに人間は、クローン人間も含まれるんだ。特に、今言ったクローン人間に対しても反応させるのは難しかった。改良に改良を重ねて、やっと完成したんだ。最後に、この『パープル・カプセル』の特徴について、もう少しだけ詳しく理性の解放を説明するなら……、人間は理性や良心があるから、生活できる。だが同時に、理性や良心があるから息苦しくなり精神が病気になって、現実が悪夢に変わる。それは自然に逆らいながら不自然に生きる、病んだ苦しみに近いかな。言わば、人間が理性や良心を持った時に、一緒に付きまとって来る、自己の自由な意思や行動を、自分で押さえ付けてみずからの精神を、まるでペットを飼い殺すように……狭くて暗い牢獄に束縛そくばくし続け、自己の中に深く根付いて、取れなくなった頭痛の種を取りのぞく行為。それが理性の解放かな。っぱ」




 話し長ッ!

 短めでって言ったのに長過ぎるだろ。

 校長先生の朝礼の無駄話しより長いよ。


 後半の方は、もう何を言っていたのか思い出せないぞ。


 しかも、話している時に、やたら身振り手振りが多い奴だな。

 海外映画によく出て来る学校の先生が、生徒に授業をしている風な感じである。



 「と言うかチミ──」



 タルマが自分の人差し指を伸ばして、その指を僕に向けてきた。

 おいおい……まだ長い話しが続くのかよ……。



 「──さっきチミは、ボキのことを非人道的だと言ったけれど、ボキは違う。非人道的なのはホラキさんだ。ボキは性善説せいぜんせつ性悪説せいあくせつも信じて無いが、ホラキさんに始めて出会った時に直感したんだよ。彼の人格は、生まれついてのモンスターだ。でもボキは、あんなネクロフィリアなんかとは違う。チミに一つ教えてあげるよ。こっち『側の世界』で、トラウマという言葉の意味は傷だけど、あれは少し違う。トラウマとは精神の傷口にウイルスが入り、そのウイルスがモンスターに変化したものだ。つまり、精神の傷口の中で、ウイルスが精神をむしばみ、人間の人格をトラウマと言う名のモンスターに変えてしまうんだ。そのモンスターを殺す唯一の方法は、自己の中に、もう一人のモンスターを取り込み、二人を闘わせる事だけだ。今は理解できないだろうけど、いつかボキの言葉の意味が分かる時が来るよ。それに……、何度も言うが、ボキは好きでこんな事をしている訳じゃ無い! そしてチミは、ボキに対してタメ口をいた。ボキにタメ口で話していいのは、メンバーの中でも幹部だけだ。チミには、二度とボキにタメ口が利けないように『パープル・カプセル』を飲ませて、黙らせてやりたいぐらいだよ。まあ、チミに『パープル・カプセル』を使うのは、酷いことだからしないけどね。けれど、ボキに対してタメ口は許せない! チミはもう、ボキにタメ口では無く敬語を使え! さあ、もう訊きたいことは無いだろ? さっさと【ピースの黒石】と『ロックス』を返せ! っぱ!」



 …………僕に必要なのは『パープル・カプセル』では無く頭痛薬だ。

 タルマの話しを聞いてると、頭が痛くなってくる。


 話しが無駄に長いからだ。

 ていうか、臥龍もそうだが、どうして学者タイプの人間は敬語に対して口煩くちうるさいのだろうか。


 でも、まあ、こいつは【パープル】とか言う、ゾンビになってしまう『パープル・カプセル』を、僕に使うのは『酷いこと』。

 と、言っていたから、もしかして悪い奴じゃ無いのかもしれない。

 まだ確定はできないが。


 しかし、タルマの話しを聞いてると、『好きでやってる訳じゃ無い』とも言っていたから。

 誰かに命令されて、やっているのだろうか。


 だとしても……こいつが危ない事をしているのも事実だし……。

 どうしたものか。


 まあ、とりあえず、この黒いビー玉と透明のシャボン玉を拾ってから、返すかどうかを考えてみよう。


 透明なシャボン玉は、僕から少し離れた場所にあるから、まずは黒いビー玉から拾うか。



 「あああああああ! チミぃぃぃぃ! 【ピースの黒石】を素手でさわるな! っぱ!」



 ん?

 タルマの奴──なに騒いでるんだ?



 「ってええええええ! なんじゃこりゃあああああ!?」



 僕が黒いビー玉を拾ったら……その黒いビー玉が僕の掌の中に……ズブズブと入っている!



 「ちょっと何だよこれ! 黒いビー玉が掌の中に入ってる! おいタルマ! 頼むからこれ取ってくれ!」


 「何をやってるんだチミは! 素手で触ったら【ピースの黒石】がチミと融合ゆうごうしちゃうんだよ! っぱ!」


 「おいいいいい! 何が融合だ! そう言う大事なことは先に言え! どうすんだよこれ! 入ってる入ってる! どんどん入ってるぞ! 取って取って!」


 「まだ間に合うかもしれない! 頑張って引っこ抜け! 頑張るんだ! っぱ!」


 「頑張って引っこ抜けって言っても、全然取れないぞ! おい心絵! お前の怪力で取ってくれ! 頼むうううう!」


 「────嫌よ」


 「──え? 何で?」


 「気持ち悪いから」


 「気持ち悪いからじゃねーんだよ! 一番気持ち悪いと思ってるのは僕だ! あっ……! うわあああああ! 完全に入っちゃったじゃないか!」



 ヤバいぞ……!

 黒いビー玉が体の中に入ってしまった!

 ああ……どうしよう……どうしよう!


 これって、やっぱり……手術とかで取るのか?

 手を切断するなんて医者に言われたら、洒落しゃれにならないぞ!

 そうだ!

 タルマだったら何か知ってるかもしれないぞ!



 「なあタルマ──さん。この黒いビー玉の取り方とか……知ってます?」


 「ああ。知ってるよ。っぱ」



 良かった……!

 いや、良く無い!

 問題は、取り方なのだ。

 手を切断するのだけは嫌だ!



 「あの……ちなみに。その取り方って、手を切断したりするんですか……?」


 「いや。そんな面倒な事はしないよ。簡単に取れる。っぱ」



 マジでか!?

 助かった……!

 早く体の中に入ってしまった、黒いビー玉を取ってもらう為に、僕はタルマの方まで走って行った。



 「あの、体に入った黒いビー玉を早く取って下さい。あっ、所で。どうやって簡単に取るんですか?」


 「チミが死ねば簡単に取れる。っぱ」


 「──は? 言ってる意味が分からないぞ!」


 「だから。【ピースの黒石】は肉体と融合してしまうと、融合した者が死なない限り取れないんだよ。でも大丈夫だ。ボキは数秒でチミを殺す能力を持ってるから。でも頼むから、ボキを恨まないでくれよ。チミが取れって言ったんだからね。『カッパー・ダスト』。っぱ」


 「おいちょっと待て! お前なに言って──」



 僕の言葉も聞かずに、タルマは指先から銅色どうしょく塵煙じんえんを出し、僕に浴びせてきた。


 ッ!?

  なんだこれ……

   息ができない……

    それに……

     体の中を……

      万力まんりきで……

       め付けられているみたいに……

        痛くて苦しい……



 「まずい! 油断してた!」



 音もほとんど聞こえないが……。

 それは心絵の声だった……。


 僕の方に心絵が走って来るのが……ぼんやりと見えた……。

 もう……目の前も……よく見えない……。


 駄目だ……目の前が真っ暗で……何も聞こえなくて……意……識……が…………。
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