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第零章  深海巨構  零之怪

第16話 運がよければ、運も実力のうちと言える

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 夢でも見ているのだろうか……。

 頭が混乱して、パンクしてしまいそうだ。


 こんなグロテスクな光景なんて見たことないぞ。
 逆に見たことがある人もいないと思うが……。


 と言うか──録画して動画サイトに投稿しなくて正解だった。

 きっと、投稿なんてしたら僕は神では無く、残酷な人非人にんぴにん扱いをされていたに違いない。

 うん、テンションだけで録画して投稿しなくて本当に良かった。



 ────いやいや。違う違う、問題はそこじゃない。



 まず、頭の中を整理するために、順番に今見たことを追っていこう。


 最初に、ローザが連れて来た軍服姿のゾンビ達と怪魚人達が闘って──と言うか、食い合いをして、ゾンビ達が勝った。



 次に、灰玄が、そのゾンビ達を倒した──と言うか、気が付いたらゾンビ達の腹に大きな穴がガッポリと空いて、灰玄のまわりでバッタバッタと倒れて行きゾンビ達は灰玄に──倒されたのか?


 正直、なにが起こったのかさっぱり分からなかった。


 ただ分かるのは、無数の動かなくなったゾンビ達の海の上に、灰玄が立っていたから、きっと倒したのは灰玄なのだろうと思うしか無いと言うこと。



 次に、ローザが僕たちを閉じ込めている、この半透明な硝子で出来たような檻を、巨大な壁に変えて灰玄に飛ばした。


 そして灰玄は壁から逃げるようにして、空に飛んだ。

 この場合はジャンプしたと言うべきなのだろうか……でも、あれは飛んだとしか思えない。



 次に、灰玄が空から降りて来ると、悲しそうな顔をしながら小声で何か独り言のような台詞を言った──小声過ぎて僕には聞こえなかったが、口が動いていたから、きっと何か喋っていたのだろう。


 そして、喋った後に灰玄は床を殴った──殴ったと言うかあれは……地面がいきなり爆発したように見えた。

 まるで、地面にダイナマイトでも埋めてあったような、大爆発である。

 その大爆発が起こると、突然なにかの重いうめき声にも似た、地鳴りがしてローザは慌てて教会の外に飛び出して行った。



 すると、外から嵐と雷の音が聞こえて来て、馬鹿でかい野獣の雄叫びのような音も聞こえて来て──地面まで揺れ出した。


 しかもこの大揺れは、地震では無さそうだ。

 なぜなら、もう五分以上は揺れっぱなしだからだ。
 けれども僕は揺れていない。
 


 目の前の光景は大きく揺れているが、この檻だけが揺れていない──教会の中は今にも崩れそうな程に揺れているのに、ぴくりとも揺れない檻。
 

 何かショックを吸収する、特殊な作りになっているのだろうか。


 以上が、僕こと九条解説員が見た、一部始終である。

 解説員?
 違うなあ……僕は解説なんてしていない。
 ただ傍観していただけ──

 ただの傍観者。

 なら──傍観員?

 うーん、何で『員』にこだわっているのだろうか……。


 ていうか、そんなことよりも……何かとても大事なことを忘れているような……。

 あっ、そうだ!

 この檻から逃げる方法を考えないと、僕と臥龍がゾンビにされてしまうんだった。



 確かローザは、ゾンビでは無く【パープル】と言っていたが──こんな時に名称なんてどうでもいい。


 とにもかくにも、何とかしてこの檻から出る方法を考えないと僕の人生が終わってしまう。

 いったいどうしたものか…………。



 「うおーう! 九条君、上から来るぞ気をつけろ! 早く逃げるんだ!」


 臥龍が大声をあげて、天上を見上げているので僕も上を見ると、大量の瓦礫がれきが降って来ていた。


 「気をつけろも何も逃げられねえだろ!」


 おそらく、この大揺れに耐えられなくなった教会の天上が崩れて降って来ているのだろう──ていうか、どうするんだ!

 このままじゃ、瓦礫の下敷したじきになってしまう。



 「ぬわあああ! 瓦礫が落ちて来るぞ! 助けてくれ、ナンマイダ~ナンマイダ~百枚だ~千枚だ~もっとくれ~上げないよ~!」

 「お前は無神論者だろ! 両手合わせて神頼みしてる場合か!」



 駄目だ!
 間に合わない!
 瓦礫に押しつぶされる!



 ────だが、押しつぶされなかった。


 正確に言うなら、瓦礫は完全に檻の上に降って来たのだが、瓦礫が檻に当たった瞬間──その瓦礫は、はじけ飛んで砂粒のようになった。

 つまり、助かったわけだ。


 と言うか凄い檻だ……いったいどんな構造になっているのだろう。



 「九条君……。何だか……息苦しくないか?」


 臥龍が息を荒くして、苦しそうな表情で訴えてきた。

 まあ、あれだけ大声で叫べば、そりゃ苦しくも──あれ? 本当に息苦しいぞ。

 ていうか、もしかして……いや、これは、もしかしてじゃなくて、完全に酸素が薄くなっている。


 よくよく考えたら、この檻には空気穴が無い。

 と言うことはつまり──このままだと窒息死ちっそくしするってことじゃないか!
   


 「ぬぅぅ……もう……駄目だ……」


 臥龍が倒れた。


 「痛ってええええええええ! 腹に何か刺さったあああ!」


 臥龍が叫んだ。
 やかましい奴だ。


 「痛いって何が痛いの? またお得意の仮病か?」

 「違う! 今回は本当に痛いんだ!」

 「今回『は』って何だ? つまり今までのは全部仮病だったのを、認めるんだな?」

 「あっ……今回『も』だ。ちょっと間違えただけだ、いちいち人の揚げ足を取るんじゃない」


 まあ、こいつがずっと仮病の演技をしていたのは知っていたが……。

 しかし本当に痛がっているな──確か「腹に何か刺さった」と言っていたが……。



 「ああ! そうだ、すっかり忘れてた。念の為にお守り刀を、ズボンの中にしまっておいたんだ。それが腹に食い込んだんだろう」



 そう言って、臥龍はズボンの中から何の装飾もされていない、黒いさやに黒いつかの約二十五センチぐらいの小刀を取り出した。

 お守り刀と言うぐらいだから、もっと派手な刀を想像していたのだが、随分とシンプルである。

 と言うか、お守り刀って……僕はもう臥龍が無神論を語っても、絶対に無視しようと決意した。



 「ほら見てみろ九条君。このお守り刀は贄丸にえまると言ってな、生け贄の『贄』に、二重丸の『丸』で贄丸と言うんだ。大学時代の旧友で、個人で古物商を営んでる奴から買った、もの凄く値打ちがあるものなんだが──その旧友の名前がまた変な名前なんだよ。見縫針苑みぬいしんえんって言うんだが、変な名前だろ?」


 自慢下に話し、自慢下に刀を見せびらかす臥龍。

 ていうか、臥龍リンって名前も十分変な名前だと思う……。


 「名前とか友人関係とかどうでもいいんだけど……。ていうか、何だよ贄丸って。お守り刀って言うよりも妖刀みたいな名前じゃないか。僕がこんな目に合ってるのも、全部その刀が原因なんじゃないか? お守りじゃなくてわざわい刀だろそれ」

 「ふっ。そんなことを言って、実はこの刀が欲しいんじゃないか? だが上げないぞ。かなり高価な代物だからな」

 「高価な代物って──いくらぐらいの値段だったんだ?」

 「聞きたいか? 驚け。六百万だ」

 「ろ、六百!? お前馬鹿なんじゃないか!?」

 「馬鹿じゃない哲学者だ! あっ、分かったぞ。君はこんな高価な代物を持ってる俺に、嫉妬しているな?」

 「するわけねえだろ……って、ちょっと待てよ。その刀を持って飛行機に乗ったのに、何で金属探知器にひっかからなかったんだ?」

 「……言われてみると確かに──」

 「それに、いくらお守り刀って言っても、持ち歩いてたら、銃刀法違反なんじゃないか?」

 「うっ……、いやいや大丈夫だよ。お守りだから、お守りだから」

 「いや、お守りって言っても、立派な刃物だろ」

 「細かいことをいちいち気にしているから、君はいつまでたってもアベレージな学生なんだよ。よし、せっかくだ。ちょっと鞘から抜いてみよう。お守り刀だから、この窮地を脱することが出来るかもしれない」



 言って、臥龍はお守り刀を鞘から抜くと──その刀身はなまくら以下の、十手じってのような黒い鉄の棒っきれだった。



 「うおーう! なんだこのガッカリ感は! ただの黒い鉄の棒じゃないか、あの野郎……俺を騙しやがった! 俺の六百万返せ!」



 臥龍が友人だと思っていた相手は、友人では無く、臥龍のことをていのいいカモとしか思っていなかったようだ。

 まあ、こいつに友人がいることじたい、奇跡だと思うが。




 「畜生が! あのマグソ蛇女、滅茶苦茶しやがって。兵力の三分の一の【パープル】を投入して来たってえのに──これじゃあアネゴに大目玉食らっちまうぜクソッタレが!」



 ローザが外から戻って来た、何か大失敗でもしたような不機嫌そうで、少し落ち込んだ顔をしている。

 いったい何があったのだろうか。

 

 「ったくよお。気合い入れて来たってのに、【パープル】は全滅。手土産はこの二匹の検体だけじゃあ格好つかねえぜ。せっかくマグソ蛇女を取っ捕まえて、アネゴから新しい【ピースアニマ】をねだるアタイの計画が全部おじゃんだぜ、クソが!」


 全滅?

 今──確かに全滅と言った。

 ということは……あの大量のゾンビ達は、いったい誰が倒したんだ?

 灰玄がやったのだろうか、ていうか灰玄がどこにもいないぞ。

 さっきまで、教会の祭壇のあたりに居たのに……どこに消えたんだ?


 「おら! さっさと来い。あぁぁぁぁ腹立つな畜生!」


 ローザは相当、ご立腹のようだ。


 と言うか──来いと言われても檻の中なんですけど……あれ?

 檻が地面と並行に移動している。

 空港などでよくあるベルトコンベアみたいな、動く歩道のように。

 ますます仕組みが分からない不思議な檻だ。



 「くっそぉぉぉぉぉ! 見縫の野郎! 絶対に許さん!」


 ……実にやかましいおっさんだ。
 まだ、怒っている。

 今はそんな小刀よりも、もっと大事なことがあると言うのに──そう、このままだと僕と臥龍はゾンビにされてしまうのだ。



 「もう頭に来た! これが俺の六百万の怒りだ、食らええええ!」


 臥龍は手に持っていた、黒い鉄の棒っきれを怒りにまかせて檻の壁に投げた。

 ばりん──と、にぶく重い、硝子にヒビが入るような音がしたと思った瞬間だった──その音は何重にも響き、半透明の硝子のような檻が勢いよく砕け散った。



 「ええええええええええ! どうなってんの!?」

 「ふっ。見たか九条君。これが六百万の力だ!」

 「いや……違うと思う……」


 だが、思いもよらないビッグチャンス到来である。

 よく分からないが、とにかく僕と臥龍を閉じ込めていた檻は消えたのだ。

 逃げるなら──今しかない!



 その前にまず僕は、臥龍が放り投げた黒い鉄の棒っきれを拾いに行った。

 この棒っきれが檻を壊したとは、到底思えないが、何かの役に立つかもしれないと思ったからだ。

 拾いに行こうとした時、僕はローザが床に倒れてる姿を見た。

 何か変だと思っていたが、今さっき壊れた檻はローザが作った檻だ。

 その檻を壊されたのだからローザは怒って、僕たちに飛びかかって来るものだとばかり思っていたが──余りにローザが静かだったので、ローザがいることさえ忘れていた。

 まあいいか。

 このまま静かにずっと眠っていてくれ。

 ゾンビにされるなんて、まっぴらだ。


 僕は臥龍が放り投げた黒い鉄の棒っきれを取り、教会の外に出ようとした時、誰かに足をつかまれた──

 見ると──ローザだった。


 「お、オメー……。何でだ。何でオメーが【ピースアニマ】の『オロメトン』を持っていやがる……! それにアタイの『クリアー・ボックス』から何で出られたんだ……?」


 な、何言ってんだこいつ。

 ていうか僕の足を離せ!


 「答えろ! そいつはオメーが持つべきモノじゃねえんだよ。なのに何でオメーが持ってる! さっさと答えねえと脳みそブッ潰すぞコラ!」

 「いや……これは僕のじゃなくて……。そこにいる……おっさんの……」

 「答えろって言ったのが分からねえのかマグソキッド! マジで殺されてえみてえだな!」


 駄目だ……完全に僕の話しを聞いていないぞ。


 「ちょっと待って、ちょっと待って! 話せば分かるって!」

 「うっせーんだよマグソキッド! アタイに舐めたことしやがって、生け捕りはやめだ! オメーはここでぶっ殺してやる!」

 「だああああ! 待って待って! だから話せば分かるって言ってんの!」

 「話しなんかなんもねえんだよ! オメーが『オロメトン』をパクったんだな!?」

 「違うから! パクって無いから! 本当だから! 僕の細胞噓つかない!」

 「訳のわからねえこと言って、言い逃れしてんじゃねえぞ! 『クリアー・ボックス』が効かねえなら、もっと強力なこいつでぶっ殺す! 死にやがれ、『ホワイト・ウォール』!」


 

 言って、ローザが両手の掌を広げると、先ほどローザが灰玄に向けて飛ばした巨大な半透明の壁が、僕の目の前に現れた。

 灰玄の時は、檻が壁に変形したのだが──今は違う、最初から巨大な半透明の壁だった。


 ローザは薄ら笑いをしている。


 どうやらローザは、頭に血がのぼると人を殺すことに躊躇ちゅうちょするどころか、それを楽しむ性格のようだ。

 自分の圧倒的な力を他者に見せつけ、じける姿を見るのが趣味なのだろうか。


 だとしたら──なんとも悪趣味極まりない奴だ。



 「さあ! 押しつぶされろマグソキッド!」

 「うわあああああ! 来るな来るな来るなああああああああ!」


 僕は無意識のうちに、手に持っていた黒い鉄の棒っきれを、ぶんぶんと振り回していた。


 その黒い鉄の棒っきれが、ローザの作った壁に当たった瞬間、壁は檻が砕け散った時と同じような音と共にはじけ──消えた。


 「ぐああああああああああああああああああああああああああ!」


 ローザの絶叫だった。

 壁が砕け散ったと同時に、頭を抱えて苦しみだした。

 そして──床に頭からダイブするように倒れた。


 僕は何が起こったのか分からないが、分かることは一つだけ。
 今度こそチャンスだ! 逃げるんだ!


 黒い鉄の棒っきれをズボンにしまって、教会の外に猛スピードで走った。


 ──だが、地面がもの凄い大揺れで上手く前に走れない。

 立っているのもやっとなぐらいだ。


 しかし、この機を逃したらもう逃げるチャンスはやって来ないかもしれない。

 そう考えると自然と体が前に、また一歩前にと全身しているのが分かる──僕の体も本能で生きようとしているのだろう。



 前に進むんだ!

 前に──前に──前に!

 僕の横で臥龍も必死になって前に進んでいる。

 こうなったのも全部、臥龍の所為せいだ。


 東京に帰ったら、家電量販店で一番高い冷房を臥龍に買わさせてやる!



 「おい! 待てっつってんだろ! まさかオメーらも【ピース能力者】なのか!? アタイの頭ん中に何しやがった、答えやがれってんだ! マグソファック野郎どもがよお!」


 うわ!
 ローザの奴、もう起きやがった!


 やっと……やっと、この地獄から抜け出して逃げられると思ったのに……!

 顔を真っ赤にし激怒した、この極悪なまでに目付きの悪いローザは、今しがた倒れたかと思ったらすぐに立ち上がり──

 身体中に巡る血が熱暴走を起こして、蒸発してしまうぐらい必死で逃げる僕たちを、先程の表情とは明らかに違う──本気で僕たちを殺す意思をその瞳から溢れ出しながら、凄まじい勢いで追いかけ迫って来ていた。


 「だから待てって言ってんだろーがマグソファック野郎どもが! アネゴの【ピースの黒石こくせき】をパクったのはオメーらだな!? それにオメーらがパクったアネゴの【ピースアニマ】の『オロメトン』も返しやがれ! そいつは今、アネゴが一番欲しがってるもんなんだよ! ついでに有り金も全部よこしやがれ!」


 意味の分からない単語を並びたてて、鬼のような形相と怒声をあげ、ローザは僕たちを追いかけて来る。

 ──と言うか鬼そのもの……。


 厄日と言うのが言葉の表現上では無く、実際に存在するのであるなら──

 今日、この日この時が人生全ての厄日をかき集めた日に違いないだろう。


 こんなに全力で走るのは人生で始めての経験だ、学校の体育の授業でも、ここまで本気になって走った事など無い。


 だが、今はただ、何としてでも逃げなくてはいけない。


 人間と言うのは自分の命が危ないと、こんなにも頑張れるものなのかと僕は驚きながら、そして、毎日これだけ頑張れていたなら、きっと人生はもっとより良い物になっていたのではと思った。


 ──こんな状況で考える事ではないけれど。


 必死に走り、もう足がグナグナになりながら、それでも逃げる僕の横で突然、大事な事でも思い出したかのような大声が、僕の鼓膜の奥に響き渡る。



 「あっ、そうだ!」

 「え? もしかして、起死回生の妙案でも思い付いたのか?」

 「そんな事よりも、さっき『あの女性』が、ピースの国籍とかって言っていただろ? 君はどこの国籍なんだ?」

 「おい! 全然関係ない質問するんじゃねえ! 期待して損しただろ!」


 こんな時によくそんな、ろくでも無い質問が出来るものだ。


 「いいから教えろ!」

 「日本国籍に決まってるだろ! と言うか妙案を出してくれ!」

 「そうか、奇遇だな。実は俺もだ!」

 「そんなの言われなくても知ってるよ!」

 「え? 知ってたのか、まだ君には言ってなかったんだがな……」

 「なんでガッカリしてるんだ! この現状をどうにかすることをシッカリ考えろ!」


 僕より二倍以上も長い年月を生きているのに、いったい何を考えているのだろうか。

 まあ僕も思った事をすぐに口に出してしまう性分なのだが、そんな僕の遥か上を行っている。


 と言うよりも突き抜けちゃってる。



 「九条君。君は大事なことを忘れているぞ」

 「大事なことって──またどうでもいいことだろ」

 「違う! ピースの国籍、つまり平和の国籍! もっと人々が手を取り合えば、世界は平和になるんだよ。音楽に国境はない!」


 「やっぱりどうでもいいことじゃねえか! ていうか、お前はどこの偉大なミュージシャンだ! お前の道楽に付き合わされてこんな目に合っているんだから、下らない事を言ってないでどうするか考えろ! この凶悪で恐喝で脅迫な驚愕の事態を、上策で何とかしろ!」


 「ここは狡猾な君が何とかしろ! それに、この場はすでに敵の軍勢により掌握された! これでは上洛は無理だ。我が軍は凋落ちょうらくした、この城はまもなく陥落する。万策尽きた……」


 「黙れっ! お前はどこの戦国大名だ! 僕たちは殺されるかもしれないんだぞって言ってんの! それに城じゃなくて島だろ!」



 と言うか間違いなく、捕まったら確実に殺されるだろう。

 さっきだって、僕のことを殺す気まんまんだったし……。

 
 
 「ところで、俺の事を『お前』と呼ぶのはやめろ! 俺は君の雇用主だぞ、しかも、今の君は俺の助手だ。もっと敬意を持ってあがめろ。そして敬語を使え!」

 「威張るな! 雇用主ならもっと責任感を持って従業員を助けろ! それに、助手はお前が勝手に決めただけだろ!」


 こいつは本当にこの状況を理解しているのだろうか。
 どうでもいいことばかり言って全然役に立たないし──ってえええ!


 ローザがもう目の前まで迫って来ている!

 あとちょっとで教会の外に出られるのに。


 「アタイの【クリムゾン・ジェイラー】が効かないなら、この『ディバラス』で斬りきざんでやる!」


 ローザの鎖が刃物に変わる。

 灰玄と闘っていた時のように、ローザの腕に巻かれた鎖が、薄く平たい無数の刃に変形して僕を襲って来た。


 「どわああああ! 助けてえええええええ!」


 無数の刃はどこから襲って来るか分からない、さっきは巨大な壁に黒い鉄の棒っきれが当たって、壁は消えたが──今回は違う。


 この無数の刃に、黒い鉄の棒っきれが当たる確率は──宝くじを買って一等賞が当選するぐらい低い確率だろう……。


 だがもう、ここまで来たら破れかぶれだ!


 「ぬうおおおおおおおおおお!」


 僕は思いっきり目を閉じて、黒い鉄の棒っきれをグルグルと円を描くように振り回した。

 はたから見たら……ただの馬鹿である。


 「ぐああああああああああああああああああ!」


 え?
 当たったの?
 本当に当たったの? 

 それは、まぎれも無いローザの叫び声だった。


 ゆっくり目を開けると──無数の刃に変形していた鎖は、元の鎖に戻り、だらんと、力無くローザの腕に垂れ下がっている。



 「ああ畜生! もうやってられっか! どうせオメーらはこの島から逃げらんねえで死ぬんだよ。マグソ蛇女のペットが、とんでもねえモンスターになっちまったからな。オメーのその『オロメトン』は後でまた島に来て回収すりゃあいいだけだ、あばよマグソキッド!」


 言って、ローザは手の中に握っている何かを、床に投げつけた──すると、僕の視界を奪うほどの眩しい閃光が辺りを包み、思わず反射的に目を閉じた。


 ヤバい……!

 これは、僕の視界を奪っている最中に、ローザがまた何か仕掛けて来るに違いない──と、僕は確信したが違っていた。


 閃光が消えて、だんだんと光に奪われた視界が元に戻り、周りを見渡すと……ローザの姿が綺麗さっぱり消えていた。


 深く……溜め息をついた。

 とにかく、これでローザに殺される心配は無くなった。

 後は早く教会から出て、浜辺のクルーザーまで行き、島を脱出するだけだ。


 だが、ローザが消える前に言った『とんでもねえモンスター』とはいったい……。

 まあ考えても仕方が無い。

 灰玄も消えて、ローザも消えた。


 もう僕を殺そうとする奴は誰もいない。

 早くこんな島とはおさらばして、僕は東京に帰って冷房の効いた部屋で、夏休み中ずっとダラけるんだ!


 そう考えると自然と力が湧いて来た。

 どうやら僕の底力のみなもとはダラける意思力にあるようだ。


 うーん……あまり格好良く無いな。

 ていうか、全然格好良く無い。


 でも、こんな時に格好良さなんて気にしていられるか!

 一歩……また一歩……前進して──


 やっと教会の外に出た。



 よし、何とか第一関門突破だ。


 しかし──外は凄い嵐だ。

 さっきまで物音もしないぐらい静かだったのに────ッ!?


 なんだ…………このおびただしい肉片は……。

 外でいったい何があったんだ?


 まるで血と肉片の海だ。

 それに、その血と肉片の海を泳ぐように──数えきれない蛇が地面を覆い尽くしている。


 島に上陸した時は、蛇なんて一匹も見なかったのに──第一関門を突破したと思ったら、今度は血と肉片と蛇の海だなんて。


 けれど、あの灰玄やローザに比べれば、蛇ぐらいどうってこと──



 「く、九条君! う……上を見ろ!」


 え? また上?

 臥龍よ、ここは外だぞ。

 瓦礫なんて降って来るわけ無いし、今は上よりも、坂の下の浜辺に行くのが先決じゃないか──ってなんだありゃあああああ!



 臥龍が指差す空の上を見ると、大怪獣が島の上空を旋回して飛んでいた。


 なんだあのロールプレイングゲームに出て来そうな大怪獣は……!


 大きな翼と長い腕がある──巨大な蛇。


 まるでリヴァイアサンとバハムートが合体したような大怪獣だ。



 ていうか、ここ日本だよね?

 いや……外国にも存在しないと思うけれど……。


 その前に、ここ地球だよね?

 知らない間に、地球では無い異世界に迷い込んでました──なんてオチじゃ無いよね?


 いやいや、気をしっかり持つんだ九条鏡佑くじょうきょうすけよ。

 そんなファンタジー漫画やファンタジー小説みたいなことが──あるわけ無い!


 それにしても──見れば見るほど気持ちが悪い怪獣だな。

 僕は特撮の怪獣映画も好きでよく見るけれど、今まで見て来たどの怪獣よりも気持ちが悪いぞ。


 何が気持ち悪いかって、あの体中のうろこにびっしりと粘りついた、オタマジャクシの卵だ。

 厳密に言えば、オタマジャクシの卵の『ような』物だ。

 でも見た目はそっくり。


 あの、空を旋回している大怪獣と、今まで映画で見て来た大怪獣を比べたら──映画の大怪獣の方が百倍は可愛く見える。


 と言うか、あの怪魚人達がどこから現れたのか分かった。


 空を旋回している大怪獣の体に粘りついてる、オタマジャクシの卵のような物の中に、眠るように体育座りの姿勢で怪魚人達が入っているからだ。

 なるほど、怪魚人達はあの卵の中から出て来たわけか。


 と言うか十秒以上、直視出来ない。

 もしそれ以上の時間、直視したら、気持ちが悪くなって精神がおかしくなりそう……。


 
 「あれは……。まさか、一つだけ何でも願いを叶えてくれる龍なのか!?」

 「んなわけねえだろ! 鳥山先生に謝れや!」


 僕のことを中二病扱いしておいて、臥龍の方がよっぽど中二病ではないか。

 そんなことよりも、ローザが消える前に言っていた『とんでもねえモンスター』とは、この巨大な龍みたいな蛇のことだったのか……。


 うう……、やっと教会の外に出て、第一関門を突破したと思ったら──今度は大怪獣だなんて聞いてないぞ!


 しかも、地面はずっと大揺れだし、土は沼のような泥濘ぬかるみで、おまけに血と肉片と蛇の海と来たもんだ。

 嵐も凄いし──風で吹っ飛ばされそう……。


 だがまあ、この大揺れの原因だけは分かった。

 これは地震では無く、空を旋回している大怪獣が大きな尻尾で、島を叩きつけているからだ。

 ていうか──このまま叩き続けたら、この島は沈むのでは無いのか?


 ふと、ローザが言っていた台詞を思い出した、「この島から逃げられないで死ぬ」と言っていたが──もしかしたら、ローザは島が沈むから逃げられないと言ったのだろうか。


 
 それにしても、いったい何なんだこの地面は。

 一歩前に進むだけで足がずぶずぶと、泥濘にはまって全然前に進めないぞ。


 「おい九条君! このままでは浜辺に行くまで時間がかかり過ぎる。だが俺はここで名案を閃いた! 俺は常に思考を絶やさないからな。ふっ、聞きたいか?」


 名案……こいつの言う名案なんて嫌な予感しかしないんだが。


 「そうか、そこまで聞きたいか。なら説明してやろう」


 僕が訊いてもいないのに、勝手に一人で語り出しやがった。



 「それはな。遠心力を使えば簡単に、この沼地から浜辺まで行けると言う名案だ」

 「遠心力で──どうやって沼地を越えるんだ?」

 「ふっ。つまりな、相手の両腕を掴んで全力で回す。その遠心力を使い浜辺まで交互に飛ばしながら、前に進む。それを繰り返せば、沼地を踏まずに浜辺まで行けると言うわけだ」

 「──ちょっと待て。それ飛ばされた方は沼地を踏まないけど。飛ばした相手を待ってなくちゃいけないから、余計に時間がかかるぞ」

 「…………全く。何が遠心力だよ。君はもうちょっと、真面目に考えられないのか? これだからアベレージな学生は困るんだよ……」

 「おい! お前が言ったんだろうが! 何で僕が言った風に話しをすり替えてんだよ!」

 「だ……だったら君が考えて何とかしろ!」

 「何とかしろって無茶言うな! こう言う時はお前の出番だろ。いつも壊れたラジオみたいに『俺は常に思考を絶やさない』って、ずっとリピートして言ってるじゃないか!」

 「誰が壊れたラジオだ! それにラジオは壊れたらリピートなんてしない。壊れてるのは放送局側の機材の方だ。君はそんなことも知らないのか?」

 「また屁理屈で誤摩化ごまかしやがって! お前は哲学者なんだから、今こそ考える時だろ!」

 「……あ、あれだ! 今日は──休考日きゅうこうびなんだ!」

 「なんだその休肝日きゅうかんびみたいな言い訳は! 分からないなら分からないって、正直に言え!」



 臥龍の名案は、名案では無く迷案めいあんだった。

 というか、僕の嫌な予感は見事に的中した──こいつは本当に口先だけだ。

 何の役にも立ってねえ……。



 「あっ! ふっ、ふふふふふふ。その手があったか」


 臥龍が不気味に微笑んでいる。

 今度は嫌な予感では無い……途轍とてつもなく嫌な予感がした。


 「九条君。面白いものを見せてやろう、ちょっとそこで待っていろ」


 言って、臥龍はずぶずぶと沼のような地面を歩いて行き──僕たちがこの島に来た時に入った、大きな屋敷の扉をひっぱっている。

 いったい……なにやってんだあいつ。

 ちなみに、その大きな屋敷は跡形も無く崩れていて、もう屋敷と言うよりも瓦礫の山になっていた。

 そして、僕たちがはりつけにされていた教会は、その屋敷のちょうど裏にあったみたいだ。


 「おい! なにしてるんだ九条君。君も手伝うんだ」

 「手伝うって──その大きな扉をどうするんだ?」

 「ふっ。アベレージな学生の君にしては、良い質問だな。いいか? この大きな扉をボードにして、一気に坂の下まで滑って降りる! 名付けて、泥沼スノーボード大作戦だ!」



 うーん……。

 確かに地面は沼のようだから、歩くよりも効率はいいと思うが。

 そんなに上手くいくのだろうか。


 「なにやってんだ! 早く手伝え!」


 仕方無い。

 ここは臥龍の荒唐無稽こうとうむけいな作戦を信じるしかないか。

 他に良いアイデアも思いつかないし。


 僕は臥龍と一緒に、大きな扉を瓦礫の山の中からひっぱった。


 「よし。後はこの扉をボード代わりにして、坂の下まで滑るだけだな。それじゃあ九条君、お先に失礼」

 「は? おいちょっと待て! 僕はどうなる」

 「君は若いから走って坂を降りろ。それじゃあ」


 臥龍はそのまま、一人で坂を滑ろうとボードに乗った。


 「ふっざけんな! 僕も乗せろ!」


 力いっぱいジャンプして、臥龍の首にしがみついた。


 「あだだだだだ! 九条君! 首がしまってる! 息が、息が!」

 「うるさい! さっさと坂の下の浜辺まで滑って行け!」


 そのまま、大きな扉は上手いことスノーボードのように、坂の下まで猛スピードで下って行った。


 第二関門突破である。

 何とか浜辺まで辿りつくことが出来た。

 あとはこのクルーザーに乗って、さっさとこんな島から脱出するだけだ。



 「よし九条君、早くクルーザーに乗るんだ!」

 「あっ! ちょっと待った!」

 「ん? どうしたんだ、忘れ物でもしたのか?」



 僕は臥龍に、どうしても伝えなくてはいけないことがあったのだ。



 「ここまで危険な思いをさせられたんだ。東京に帰ったら、最高級の冷房を買ってもらうからな!」

 「こんな状況で、まだ冷房にこだわってるのか……君はいったい自分の命と冷房を天秤にかけて、どっちが大事だと思ってるんだ?」

 「そんなの決まってるだろ! 自分の命と冷房だ!」

 「それ質問の答えになって無いだろ。何で二者択一にしゃたくいつなのに、二者択二にしゃたくにになってるんだ!」

 「たくみに択二たくににしてやったんだ!」

 「巧みじゃないだろ! 直球過ぎる解答だったじゃないか!」

 「うるせえ! 最初に助手として同行したら、冷房を買うって言ったのはお前だろ!」

 「だから俺のことを『お前』って言うんじゃない!」

 「だったら僕のこともアベレージな学生って言うな! ていうか、早くクルーザーを操縦して島から脱出しろ!」

 「俺に命令するな! そんなこと言われなくても分かってる! 荒波の中を全速力で行くからな、降り落とされるなよ! さぁ行くぞ、ファイトォォォ! ロッゴォォォス!」
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