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第零章 深海巨構 零之怪
第14話 ピンチの時に登場する者が、必ずしもヒーローとは限らない
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ゾンビ。
生ける死体。
生きた人間や死体の肉と血を喰らう屍食鬼。
ボロボロに破れた衣服で街を練り歩き、ただひたすらに飢えを貪る怪物。
時には共食いもする。いや、そもそもゾンビ同士に仲間意識があるのかどうかは分からないけれども。
最近では走るゾンビや兵隊のゾンビなども映画やアニメに登場する。
以上が僕の乏しいゾンビ知識である。
と言うか、全部ゲームやアニメや映画で知り得た知識なのだが──しかしこんなに巨大なゾンビなんて見たことが無い。
僕が知ってるゾンビなんて大きくてもせいぜい百九十センチぐらいだ、二メートルを軽く超えるゾンビ──それも、よく見たら三メートル以上ありそうなゾンビも混じっている。
そして何より、ずっと微動だにしてい無い。
綺麗に整列している。
整列と言ってもあまりの数の多さに最後尾どころか、前列で待機しているゾンビの数さえ分からない。
まるで何かの合図を待ってるいるような──統率が取れたゾンビだ。
よくここまでゾンビを訓練──いやいや出来るわけないじゃん。
ゾンビを訓練するってなんだ?
ただの怪物だろ。人の言うことなんて聞くわけが無いではないか。
そもそも、ゾンビに理性なんてあるのだろうか。
「相変わらずクソ蛇様にご執心とは精が出るじゃねえか。無駄なお祈りなんてした所でクソの役にも立たねえのによお」
「おい。小娘の分際であまり舐めた口を利くんじゃないぞ。粉塵の魔女の雌犬如きがアタシに敵うと思っているのか?」
「へっ。その減らず口も今日限りでお終いなんだよ。前はちっとばかし甘く見てたが、もう容赦しねえ。なんせ今回はアネゴの許可で兵力の三分の一も投入してんだからな。さあ選べ! さっさとオメーが持ってるアタイらのもんを返すか──それともここで血反吐ぶちまけて生き地獄を味わった後にアネゴにぶっ殺されるか。オメーだってアネゴの強さは知ってんだろ? 素直にオメーがパクったもんをアタイらに返せば血は流れねえ、全てはハッピーエンド。簡単な話しだろ? それにアタイの悪口ならいくらほざいても構わねえが、アネゴの悪口だけはやめろ。アネゴは魔女なんかじゃねえ、アタイらの師団長だ!」
「笑わせてくれるじゃないか、あの魔女が師団長とはまた随分と大きくでたものだ。この軍人気取りの小娘が」
「軍人気取りじゃねえ本物の軍人だマグソ蛇女!」
なんだなんだ?
やけに物騒な話しをしてるみたいだが、こいつらは何を言ってるんだ?
軍人とか言っているみたいだが──ミリタリーオタクなのだろうか。
まさか、この軍服姿の見た目が二十代半ばぐらいの女性は、良い歳して中二病から卒業出来ずに大人になってしまった成れの果て──では無いな。
ただのミリタリーオタクがゾンビの集団を引き連れて現れるわけがないのだから。
灰玄と物騒な会話をしている軍服姿の女性をよく見ると、その軍服の左腕には、鎖以外に真っ白な腕章を付けていて、その腕章には金属で何か文字が刻印されていた。
『Nox Fang』。
腕章に刻印されている文字である。
意味は──分からない。
だから、臥龍に訊いてみた。こいつなら学者なのだからそれぐらい分かるだろう。
「臥龍さん。あのミリタリーオタク──じゃなかった。あの女性が着てる軍服に腕章があるんですけど見えますか?」
「腕章? ああ見えるけど──『Nox Fang』って書かれているな。それがどうかしたのか?」
「そう、それそれ。何て意味なんですか?」
「『Nox』はラテン語だな。意味は──夜とか闇って意味だったと思う。『Fang』は英語で牙と言う意味だ。まあ、くっつけると文法的におかしいが『夜の牙』と言ったところか」
「ちなみに『Nox Fang』って何て言う発音なんですか?」
「ノックスファングじゃないか? 『Nox』には他にもノクスと言う発音があるが──響き的にノクスよりも、この場合はノックスの方がしっくり来るしな。だが九条君、何か忘れてないか?」
「なにかって──何が?」
「俺がこの場に居なければ『Nox Fang』の意味が分からなかった。つまり九条君──俺に感謝しろ!」
「うるせえ!」
どこまでも偉そうな奴だ。言い訳ばかりして結局は手錠も外さなかったくせして。
だがまあ流石は腐っても学者と言ったところか。英語ならずラテン語まで知っているとは、少しは役に立ってくれた。
しかし──腕章に金属で刻印をするほどなのだから、相当重要な意味があるのは間違いないだろう。
ノックスファング。
夜の牙。
なんだか吸血鬼みたいだな……。
ていうか、何でラテン語と英語を組み合わせているのだろう──やっぱり中二病なのか?
僕と臥龍の会話など、まるで耳に入っていないかのように、灰玄と軍服の女性の会話は続いていた。
「さあ、もう決めたか? 素直にアタイらからパクったもんを返すか──それともここで生け捕りになるか」
「前も話したけど、アタシはアンタらから何も盗って無いって言ったでしょ? いったい何が目的か知らないけれど妙な言いがかりはやめてくれないかしら。これ以上しつこく来るなら──それ相応の覚悟をしてもらうわよ。その命でもって」
「けっ! 粋がってんじゃねえぞコラァ! つべこべ言わずにアネゴやアタイらが死ぬ思いで『クーロン』から手に入れた【ゼイデン・エピジェネティックス・カプセル】と【ピース・アニムス】を返せって言ってんだよ!」
「だから何度も言ってるけど、そんな訳の分からない代物なんてアタシは知らないって言ってるでしょうが」
「素っ惚けんのもいい加減にしやがれ! オメーの周りにいる怪物どもはカプセルから生まれた異常成長する変異生物のモンスターだ。つまりオメーがカプセルを使った証拠でもあり、カプセルを隠し持ってる証拠でもあんだよ!」
「だからそんなの知らないって言ってるでしょうが! いい加減にするのはアンタの方よ」
「オーケーオーケー。そこまで言うなら仕方ねえな──」
そう言うと、軍服の女性の腕にグルグル巻きになった鎖が、生きているかのように動き始めた。
だが、もうそれは鎖では無く、ギリギリ鎖の形状を残した刃物になっていた。
そして、刃物と化した鎖は目で追えないほどの早さで灰玄の左腕めがけて肩の部分からスパっと綺麗に────灰玄の左腕を切断したのだ。
斬り口は刃物で斬られたとは到底思えないほどである、斬り落とされたと言うよりかは最初から、肩から先が無かったと思ってしまうほどの鮮やかな斬れ方だった。
美しいとさえ思ってしまう芸術作品のようだ──なぜなら、斬られた部分からは“血が一滴もこぼれていなかった”のだから。
その一連の流れは一瞬の出来事だった、まばたきを一回するぐらいの一瞬である。あまりの衝撃的な映像に僕はまばたきを忘れ瞳を見開いている──だが僕の本当の衝撃はこの後にやって来た。
灰玄はなんとも涼しげな表情のまま、何も言わずに佇んでいる。
苦悶の表情どころか、少しも痛みに耐える表情をしていない。
切断され斬り落とされた左腕は──床に落ちて、水蒸気のような煙を出して溶けている。
だが、それが僕の衝撃では無い……!
切断されたはずの左腕が、綺麗に斬られているので肩の骨や筋肉と言った部分が、さながら人体模型のように見えるのだが──切断されたはずなのに──切断された部分からは釣り糸のように細い数万匹の蚯蚓みたく見える線が、まるで意思を持ったかの如く、のたうちまわりながら切断された腕中に伸びていき、一つ一つの線が絡まり合い。元の切断される前の腕に戻った。
戻ったと言うか──これは再生したと例える方が合っている気がする。
そしてこの出来事も、まばたき一つの間のことだった。
開いた口が塞がらなかった。
比喩表現では無い。本当にぽかんと、間の抜けた顔で口を半開きにして、その光景を視ていた。
当たり前である。
目の前で起こった、こんな物理法則を無視した現実を突きつけられて、冷静に観察出来る人間がどこにいる。
このようなグロテスクな表現は何度も映像で見て来たが──それはモニターの向こう側であって決して自分の目の前では無い。だが、今まさに僕の目の前で……それは起こったのだ!
これがもし、切断された場所がキラキラと輝きながら腕が再生されたのなら、まだ幻想的だったものなのだが、あんな光景を見せられては気持ちが悪くなって来る。
少し──吐きそう……ていうか、噓……だろ。
こんなとんでもない映像なんて、きっとどこのマジックショーでもお目にかかれない。
その前に……灰玄って人じゃなかったのか?
僕の目の前で、切断されたはずの腕を一瞬のうちに元に戻した灰玄──こいつは……人の姿をした怪物や化け物だ。
「へっ。やっぱりな。その再生能力が不死身の肉体になれる【ピース・アニムス】を使ったって言う証拠だよ。んまあ正確には【アルシュレッガの髄液】なんだけどな。さあこれで言い逃れ出来ねえよな? オメーをここで取っ捕まえてアネゴの前に連れてくのが今回のアタイの任務だ。だがもう【ピース・アニムス】を使っちまってるみてえだから、オメーの体をバラバラにして中から髄液を取り出すしかねえが──悪いのは勝手にアタイらのもんを使ったオメーだかんな。さ~てと、もう小難しい話しは終わりだ、早え話しがおとなしく捕まれってこったよ。それにアタイは師団の中でも製造や補給や諜報担当の側じゃねえ──鉄火場、つまり修羅場専門の切り込み担当だ」
「はあ……。全くベラベラとよく吠える雌犬だ。切り込み担当だかなんだか知らないけれど、アンタなんかじゃ逆立ちしたってアタシには勝てないわよ。アンタに奇妙な力があるのは認めてあげる──だが、【精神思念法】も使えない子犬ちゃんがいくらアタシに噛み付こうが無駄よ。さっさと魔女のペットの暴血鬼どもと一緒に帰りなさい」
「うっせえんだよ! 暴血鬼じゃねえ【パープル】だ。それにいくらご託並べようとオメーがアタイらの【ピースの黒石《こくせき》】を使って、どんな【ピース能力】が使えるのかは、もう調査済みなんだよ。相手の影を奪ってジワジワ影を消す──そんで影が全て消えると死んじまう胸くそ悪い能力だ。うちのメンバーが何人もオメーに影を奪われて死んでんだよ! 他の師団の掟は知らねえが、アネゴが決めたアタイらの師団の掟は、『どんなことがあろうと仲間を殺した者には死の報復で償わせる』って掟だ。だからオメーから髄液を取り出して不死身じゃ無くなったら、早く殺してくれって自分から言い出すぐれえの拷問が待ってる。オメーは何人も家族同然の大事なうちのメンバーを殺したんだ──楽に死ねるなんて思うんじゃねえぞ」
「アンタねえ……。何言ってるのかさっぱり分からないけれど、アンタの仲間なんてアタシは殺して無いわよ。それに【精神思念法】に影を奪って相手を殺すなんて技は無いし、【呪詛思念】でもそんな技なんて聞いたことないわよ」
「しらばっくれてんじゃねえぞコラァ! いくら言い逃れしても無駄なんだよ、オメーはもう袋のネズミだ。遊びで来たわけじゃねえんだ、さっきも言ったが今回は兵力の三分の一を投入してるって言っただろ。オメーはもうお終いなんだよ、覚悟しなマグソ蛇女!」
おいおいおい……!
いったい何が始まるんだ?
灰玄と会話をしている軍服姿の女性は、自分の仲間を灰玄に殺されたと言っているが──本当なのだろうか。
だが、とても憎悪に満ちた表情と口調からは、その信憑性が窺い知れる。
噓ではないのだろう。
しかも二人の会話には笑み一つ無い。
恐怖で僕の背筋に寒気すら感じるほどの睨み合いと、それに比例した憎しみの感情が伝わって来る。
女同士の争いは恐いとは聞いていたが──これが女子力か。
いやそれ以上の……これは女死力だ!(決して男女差別的な意味では無い)
と言うか、この二人の間にどんな因縁があるのかは知らないが、僕のいない所で勝手にやってくれ。
いい迷惑である。
前も後ろも怪物に囲まれて、これではまるで前門の虎、後門の狼ならぬ──前門のゾンビ、後門の怪魚人だ。まあ、後ろは門では無く祭壇だけれど。
その前に何でゾンビがいるんだ? 何でテレビでしか見たことがない海の怪物、怪魚人がいるんだ?
おかしいだろ!
ていうか、この二人は今から妖怪大戦争ならぬ、怪物大戦争でも始めるつもりなのだろうか。
意味的には妖怪も怪物も対して変わりは無いのかもしれないが。
それよりも、なによりも、さっきからずっと僕と臥龍の存在が空気なんですけど……!
完全にエア極まっちゃってるんですけど……!
いや待てよ。
これは考え方を変えれば、またと無いチャンスかもしれないぞ。
二人が意味の分からない会話に夢中になっている隙に、逃げ出す算段を考えるんだ。
しかし、先ほどから臥龍が静かだな。
やはり臥龍も灰玄の切断された腕の再生を視て、言葉も出ないのだろう。
その気持ちは僕にも十分に理解出来る。
現に僕だってあの光景を視た時は絶句したのだから。
だが臥龍よ。チャンスは今しか無いのだ──何とかして、この手錠を外して逃げなくてはいけないのだ。
僕は逃げる作戦を臥龍と一緒に考えようと思い、話しかけようとすると──臥龍は白目を向いて気絶していた。
「おいいいい! 気絶してる場合かあああ!」
「うおーう!? ──ん? なんだ九条君か。いったいどうしたんだ? いきなり大声なんて出して」
「おい……。どうしたもこうしたも──気絶してただろ。もしかして、灰玄の腕が斬られた時から気絶してたのか?」
「な、何言ってんだよ……。俺は──気絶なんてしていない」
「してただろ。思いっきり白目を向いてただろ」
「違う! 俺は……集中するために瞑想をしていたんだ」
「白目で!?」
「ま、まあ……。世の中には……君の知らないことが……たくさんあると言うことだ」
確かに僕は、白目で気絶していたくせに、苦し紛れの言い訳で瞑想をしていたなんて発言が出来る奴を知らない。
今この瞬間、知ったけど。
と言うか、かなり動揺している。
やはり灰玄の腕が斬られたのを視て気絶しやがったのか。
僕よりも歳上で、僕よりも身長が高く、僕よりもがっしりとした体躯をしていると言うのに──見た目の割りに度胸が無い。
ていうか、ただのビビり野郎じゃねえか!
しかしこのまま、下らない口論をしているわけにもいかない。
口論なら助かった後にいくらでもすればいい。
つまり、ここは臥龍と協力して逃げる作戦を考えるんだ。
「臥龍さん。見て下さいよあの二人。会話に夢中になって、僕たちのこと完全に忘れてるから逃げるなら今しか無いですよ」
「確かにそうだが──この手錠はどうするんだ?」
「さっき手錠ぐらい外せるって言ってたでしょ」
「いや外せるけど、それは病じゃなかったらの話しだ」
こいつまだ病のネタ引きずってるのかよ……!
だがここで口論しても何も始まらない。
逃げることだけを考えなければ。
「分かりましたよ。ところでさっき、瞑想してたって言ってましたよね?」
「ま、まあな」
「瞑想してたってことは、もしかして、逃げる為の作戦でも考えてたんですか?」
「そ、そうだな」
本当かよ……。
絶対に噓だとは思うが、今は藁にもすがりたい気持ちなので訊いてみた。
「ちなみにその作戦って、いったいどんな作戦なんですか?」
「ふっ。聞きたいか?」
「当たり前でしょ。もったいぶって無いで早く教えて下さいよ」
「その作戦は瞑想していた時に思いついたんだが、そもそも最初から、君が手錠を外せばよかっただけの話しだったんだ」
「──なに? いや普通に考えて──僕の力で手錠なんて外せるわけ無いだろ」
「何言ってるんだ。君には隠された伝説の力が宿っているんだ。その伝説の力で手錠なんて簡単に壊せるだろ」
こんな奴に期待して訊いた自分が本当に情けない。
「伝説の力なんて僕に宿ってるわけ無いだろ……。お前は伝説の馬鹿なのか?」
「俺は馬鹿ではない哲学者だ」
「お前はおっぱいのことしか考えて無いただの劣学者だろ!」
「劣学者じゃない哲学者だって言ってるだろ!」
「なにが哲学者だ! そもそもお前が神様全否定みたいな本なんて出版したから、こんな目に合ってるんだろうが!」
「俺は全否定などしていない。真の神は言葉の中にあるのだ。つまりロッゴースだ!」
「うるせえ! だいたい、お前が灰玄の大きな胸に釣られたのが全ての元凶じゃないか。僕の個人情報はちゃんと調べてたくせに、何で灰玄の個人情報は調べなかったんだよ」
「ふっ。これだからアベレージな学生は困る。君はとても大事なことを見落としているのが分からないのか?」
「大事なことって何が?」
「爆乳の女性に悪い人はいない。そして爆乳好きの男にも悪い奴はいない」
こいつはやっぱり伝説の馬鹿だった……。
「知るか! 何が大事なことだ。格好つけて言ってるけど、ただ単におっぱいが好きなだけじゃないか!」
「君は本当になにも分かっていないな。大きな胸と言うのは、本能が無条件に惹かれてしまうものなんだよ。より分かりやすく言うなら──爆乳は優秀な遺伝子であると、男性に訴えかけて来ていることに他ならない。つまり男である以上、爆乳好きは仕方が無いことなんだよ」
臥龍はまるで自分が名言でも言っているような表情で言った。
「それお前の勝手な解釈だろ! 何が優秀な遺伝子だ。お前は爆乳が見たいだけの、エロいおっぱい信仰者じゃないか!」
「おっぱい信仰者ではない哲学者だ!」
「へえ。カプセルの変異生物とマグソ蛇女しかいねえと思ったが、生きのいい検体が二匹いるじゃねえか。少ねえが、ガキの使いで来てる訳じゃねえんだ。アネゴへの手土産に持って帰るとすっか」
ヘラヘラと悪魔のような冷たい笑みを浮かべて、軍服姿の女性が僕らに近づいて来た。
ああ……!
軍服姿の女性に見つかってしまった。
ていうか、臥龍と話すといつも口論になって、つい大声を出してしまう。
いや、その前に話しにすらなっていない。
なぜなら、いつも臥龍が訳の分からないことを言って話しが噛み合っていないのだから。
何だか、協力しようとしているのに、臥龍に邪魔されてばかりいるような気がして来た。
ていうか、僕たちのことを二匹と言ったのか?
それに検体とは何だ?
何かの実験体にでもされるのか?
「今からここは戦場になる。だからオメーらは“安全な場所に入れといて”やる」
安全?
今──安全と言ったのか!?
僕の耳が聞き間違えをしていなかったら──いや絶対に聞き間違えでは無い!
安全な場所と言った。
この人は凄く良い人だ!
メシアだ。
僕をこの地獄から救い出すために現れた救世主──メシアだ!
軍服姿の女性は、左手に巻かれた鎖をまた刃物に変えて、一瞬のうちに僕と臥龍の腕の手錠を斬った。
手首の手錠が斬られ床に着地する際に、臥龍は「痛っ!」と言って、着地に失敗し、コケて一人でブツブツと小声で文句を言っている。
まあ臥龍は放っておいて、ここは助けてもらったのだから礼の一つでも言うべきだろう。
それに“安全な場所”と言うのも気になるし。
「あっ、どうも有り難うございます。ところで安全な場所って、どんな場所なんです?」
「アタイの【クリムゾン・ジェイラー】の『ボックス』の中だ。オメーらはアネゴへの手土産にする大事な検体だからな」
「ボックスの中って何も──ていうか、さっきから言ってる検体ってなんのことですか?」
「扉の前に待機してるアイツらが見えんだろ? 歓べ、オメーらもアイツらの仲間入りだ」
言って、軍服姿の女性は扉の外にいるゾンビの群れを指差した。
「え? 仲間入りって何に?」
「だから、扉の前にいんだろ! オメーらはアイツらみてえになんだよ。つまんねえ質問してんじゃねえぞマグソキッド!」
え……?
仲間入りってなんだよ。
まさか──臥龍はともかく、僕もゾンビにされるのか!?
この人は凄く──良い人じゃ無かったよ!
凄く悪い人だったよ!
「とにかく大人しく【クリムゾン・ジェイラー】の中に入ってろ。すぐ【パープル】にしてやっから」
おいおいおい!
何で僕がゾンビにならなくちゃいけないんだよ!
それにパープルってなんのこっちゃ!
「ちょっと待ってちょっと待ってお姉さん! 話せば分かる話せば分かるってええ! だから話し合おう。ね? ね? うめい棒三本買って上げるから!」
「ガタガタうっせえ奴だなオメーは! それにアタイはお姉さんじゃねえ。ローザって名前がちゃんとあんだよ! 覚えとけマグソキッド」
「ローザ……?」
「おいマグソキッド! 馴れ馴れしくアタイの名前言ってんじゃねえぞ!」
…………自分で名乗ったんじゃねえかよ。
しかしローザとは──なんだか西洋人みたいな名前だな。
顔は明らかに東洋人なのに。
しかもよく視ると、顔立ちは小顔で整ってはいるが、灰玄並みの釣り目で──いや、それ以上の釣り目でおっかないし──しかも日本語をベラベラと喋っているし。
日系外国人なのだろうか。
いや、もしかすると……。
さっきから中二病のような台詞を言っているから、本当は『田中さん』や『鈴木さん』みたいな名前だけれども、格好つけてローザと名乗っているのではなかろうか。
だとしたら痛い。
痛過ぎる。
まるで足の小指を骨折するぐらいの痛さだぞ。
ていうかさあ……マグソキッドってなんだよ!
「あの……僕はマグソキッドじゃなくて、ちゃんと九条鏡佑って名前が──」
「うっせえんだよ! 検体のくせに、さっきからアタイに気安く話しかけてんじゃねえぞ! 【パープル】になる前にここで殺されてえのか? だがまあ、せっかくの生きのいい検体だ。とりあえず、お前らは【クリムゾン・ジェイラー】の中で大人しくしてろ」
そう言ってローザは、右手の掌を広げ──僕に向かってその手を翳して来た。
僕は瞬時にチョキを出した。
よし、僕の勝ちだ!
まあジャンケンでは無いと言うのは分かっているのだけれど、無意識にチョキを出してしまったのだ。
「何してんだ? オメー」
「い、いや。別に……」
真顔で突っ込まれても返答に困る。
どうやら冗談が通じない人のようだ。
「とにかくオメーらはそこで見物してろ。オメーらの人生最後に面白れえもんを見せてやる。最高にドープなショーの始まりだ!」
ローザは瞳を輝かせ、まるで目の前に御馳走でも出され歓を尽くすかのような口調と笑みで言った。
同時に、扉の前で待機していたゾンビの集団が、ゆっくりと、のっそりと、教会の中に入って来る。
しかし、当初の目的であった手錠を外すことには成功したが、これのどこが安全な場所と言うのだろうか。
僕はてっきり、手錠を外してもらい、そのまま外まで逃がしてくれるのかと思ったのだが、ローザは僕と臥龍の手錠を斬って身動きを自由にしただけで放置したまま、灰玄の方へと歩いて行く。
まさかこの先は自分たちで逃げろと言うことなのだろうか。
だが、ローザは言った。
僕たちをゾンビにすると。
正確には【パープル】と言っていたが──きっとパープル・ゾンビなどと言う名称なのだろう。
そう、ゲームにも、ただのゾンビでは無く、ゾンビの名前の前に『なんちゃらゾンビ』などと言う中二病臭いネーミングがあるぐらいなのだから。
うーむ……。
しかしだ、だとしたら、このまま外までは自力で脱出しなくてはいけないと言うことか。
ローザは「そこで見物してろ」と、言っていたが──今にも怪物大戦争が始まりそうな、こんな場所で暢気に見物など出来るわけが無い。
頼まれても願い下げだ。
それにゾンビになんてされてたまるか!
早く外まで脱出して、クルーザーのある浜辺まで猛ダッシュで逃げなくては。
しかしまあ、後ろには怪魚人──前にはゾンビの集団。
この包囲網をかいくぐって外まで逃げるのか……。
うーん……こんな時に石ころ帽子でもあれば、楽に逃げられるのになあ。
僕が頭を抱えて悩んでいると、肩をつんつんと押された。
臥龍だった。
「九条君。何をそんなに悩んだ顔をしているんだ?」
「何をって、どうやってこの場から逃げるか考えてるに決まってるでしょ」
「違うな。君は考えてなどいない、ただ悩んでいるだけだ。悩んでいるだけでは決して答えなど出ないぞ」
随分と自信たっぷりな物言いだった。
「それじゃあ臥龍さんは、何か逃げるための良い方法でも考えたって言うんですか?」
「ふっ。当たり前だろ。俺を誰だと思っている。常に思考を絶やさないロッゴースの代弁者、臥龍リンもとい。ロッゴースマン臥龍だぞ!」
恥ずかしげも無く恥ずかしい台詞を言う奴だった。
「じゃ、じゃあ……。そのロッゴースマン臥龍さんに訊きますけど、何か良いアイデアでもあるんですか?」
「ふっ。聞きたいか?」
「訊きたいから訊いてるんだろうが!」
本当にこいつは、何でもかんでも、もったいぶった言い方をする奴だ。
いつも価値の無い内容のくせにだ。
「ここは匍匐前進だ。あの怪物たちの身長は高い。つまり床に密着した状態で出口の扉まで進めば、怪物達の視線には入らずに外に出られると言う訳だ」
「確かに匍匐前進なら怪物達に見付から無いかもしれないけれども、それじゃあ時間が掛かり過ぎるだろ」
「君は本当にアベレージな学生だな。ここから出口までの距離は約四十メートル。普通に走れば十秒ほどで外に出られるが、怪物達に見つかるリスクもある。ここは慎重に匍匐前進だ。全力の匍匐前進で、毎秒約四十センチメートル進むと考えれば、約二分以内には扉の外に辿り着く計算になる」
「まあ理屈の面では安全策かも知れないですけど……。この場合の二分もかなりリスクがあると思うんだけど……」
「君は何も分かっていないな。いいか? 今は見付から無いことが最も重要なんだ。つまり、物事は常に思考を絶やさず慎重に行動しないといけない。例えるなら、石橋を叩いた後にタケコプターで橋を渡るぐらい慎重にな」
確かに臥龍の言い分も正しい。
やっと逃げるチャンスがやって来たのに、闇雲に扉までダッシュして怪物に見つかったら元もこうも無い。
しかし臥龍も時には役に立つな。
石橋を叩いて慎重にタケコプターで渡る────ん?
「おいちょっと待て、それもう石橋を渡って無いだろ」
「九条君。俺の素晴らしいアイデアに嫉妬して、負け惜しみの反論か? まあいいだろう。アベレージな学生である君の、アベレージなご高説を拝聴してやろうではないか」
「いや、負け惜しみとかじゃ無くて、タケコプターを使ったら空を飛んでるんだから、橋を渡ったことにはならないだろ」
「…………お、俺は────タケコプターだなんて一言も言って無い!」
「言っただろ! 今さっき言ったばかりだろ!」
「違う! 俺は……『竹と管』って言ったんだ!」
「無理があり過ぎるだろ! 石橋を渡るのに何で『竹と管』が出て来るんだよ」
「ふっ。これだから何も分かっていない、アベレージな学生は困るんだ」
例によって、例の如く、例の通り。臥龍の言い訳が始まる予感がした。
と言うか、予感以前に分かりきっていることだ。
「いいか? 『竹と管』は、まず竹に管を巻いて釣り竿みたいにしてだな、橋と橋の間に命綱みたいなロープを作るんだ。そして、その命綱を橋にくくり付けて、絶対に橋から落ちないように慎重に渡るんだ。ちなみに、この時に忘れてはいけないのは、自分の体重と竹に巻いた管が、自分の体重よりも強度があるのか確認しなくてはいけない。いくら命綱があると言っても、自分の体重を支えられ無ければ意味が無いからな。まあ、俺の有り難い発言を叩くことしか出来ない、アベレージな学生の君には、石橋を叩くことも命綱を作る発想も、到底考えられないのは明白だがな。つまり君は、俺が今ここに居ることに対して──心の底から感謝しなくてはいけないんだ!」
「ちょっと待て……。最初から橋と橋の間に命綱を作るってことは、もう橋を渡ってるんだから橋を叩く必要なんて無いだろ。しかも説明が長いんだよ。お前は竹じゃなくて、話しに管を巻いただけじゃねえか!」
何でこんな馬鹿と一緒に居るのかと……僕は心の底から悲嘆した。
「こ……細かいことはどうでもいいんだ! さあ全力の匍匐前進で進むんだ九条君。あの扉の向こうにラピュタがあると信じて!」
「あるわけねえだろ……。お前はいったい、自分の歳いくつだと思ってるんだ?」
「君は何も分かっていない! 男とは何歳になっても、夢と言う名のロマンを追い続けるものなのだ。もしかして君は──ラピュタを信じていないのか?」
「信じてるわけねえだろ! あれは映画の中の世界じゃないか」
冗談で言っているのだと思ったが、真剣な表情で語る臥龍から察するに、どうやら本気で信じているようだ……。
「そうだったのか。まさか君がラピュタ派では無く、トトロ派だったとはな」
「んなこと誰も言ってねえよ! それに僕は魔女宅派だ!」
「な……んだと!? それじゃあ君は──箒に跨がったら空を飛べるだとか、黒い猫が喋ると言う空想を信じているのか!? 九条君……。君には酷な話しだが、それは世間一般で言う所の中二病だぞ。現実はおとぎ話では無いんだ。君はもう高校生なんだから、いい加減に目を醒ませ!」
「お前にだけは言われたくねえ! しかも、何で無理矢理そっちに繋げるんだ。架空と現実の区別ぐらいつくわ! 僕はただストーリーが好きなだけだって言ってんの」
中二病と言われるのは、僕が言われたく無い台詞のナンバーワンだ。
しかも臥龍から言われるなんて……。
良い歳こいて、ラピュタを信じている臥龍の方がよっぽど中二病ではないか!
「おい九条君。そんなに大きな声を出したら、全力の匍匐前進をしているのに、怪物たちに気付かれてしまうぞ」
だから大きな声を出させているのは、お前だろうが……!
だがまあ、凄い光景である。
床に密着して匍匐前進をしているので、怪物たちが余計大きく見える。
ゾンビの集団と怪魚人の集団が対峙して、お互いにピクリとも動かないが、今にも大乱闘が始まりそうな──嵐の前の静けさとでも言った感じだ。
こんな光景、きっと誰に言っても信じてもらえないだろうな。
言う相手もいないのだけれど……。
いや待てよ……!
言う相手はいないが、見せる相手ならいるぞ!
それも世界中に。
そう、つまり、動画投稿サイトである。
この信じられない光景を録画して動画投稿サイトにアップロードすれば、一週間もしないうちに、軽く百万再生は超えるんじゃないか?
だとしたら──僕はいきなり人気動画投稿者の仲間入りだ!
友達などいなくとも、インターネットと言う名の電脳空間で人気者になれば──僕は神様(この場合の神様は神話などの神様では無くインターネット界隈での人気者の俗称である)確定コースだぞ!
僕はこの光景を録画する為に携帯電話を取り出して、録画モードにセットした。
よしよしよしよし!
暗いから少し不安ではあったのだが、怪物たちはよく録れている。
これは作られた合成映像では無い。
本物の生きた怪物の映像だ。偽物では無く本物なのだ。
はっきり言って迫力が全然違う。
後は、タイトルだが──せっかくこんな奇跡的な動画をアップロードしても、タイトルが悪いと誰も見ないだろうから、たくさんの人が食いつきそうなタイトルにしなくては。
それよりも……もし僕が、この動画を投稿して、有名になり過ぎてテレビ等で取材とかされたら何て答えればいいのだろう。
例えば「臥龍とか言う哲学者に無理矢理、助手にされて、沖縄の離島で殺されかけた時に録画しました」なんて言ったら、視聴者受けはしないだろう。
もっと、色んな人から受けの良い台詞が言える、愛想のあるキャラを作るべきだろう。
ずばり。テレビでの顔の九条鏡佑を作る必要がある。
これで動画サイトから人気になり、いっきに芸能人デビューなんかしちゃったりして、そのまま俳優とかになれるかもしれない。
実は俳優になるのは子供の頃からの夢である。
いいぞいいぞ、夢が膨らむぞ。
やっと僕の人生に、太陽よりも眩しい光が包みこむ時が来たのだ。
そして僕が意気揚々と録画をしながら匍匐前進をしていると、視えない何かにぶつかり──体中に電流のような激しい痛みが奔った。
「んあんぎゃあああああああああああああああああ!」
僕が体中の痛みに耐えかねて、大声で叫んでいる隣で「ぬおんぎゃあああああああああ!」と言う叫び声が聞こえる。
どうやら臥龍も、体中にこの電流のような痛みを感じているようだ。
なんだ──いったい何が起きた!?
あっ!
そんなことよりも、僕の携帯電話──
僕は自分の携帯電話を見ると、さきほどまで、録画していた液晶画面が真っ暗になっている……どのボタンを押しても反応しない……つまり……つまり……。
僕の携帯電話が壊れやがった!
やっと僕の人生に太陽よりも眩しい光が包みこむと思ったら、夜よりも暗い闇に包みこまれてしまった……。
ああ……僕の百万再生が……僕の芸能人デビューが……僕の俳優デビューが……。
携帯電話が壊れてしまったから、せっかく録画した映像が────僕の明るい未来が!!
そして録画もだが……携帯電話が壊れたと言うことは──それはつまり…………!
僕の青春フォルダ(全部エロ画像)が全て消えてしまったと言うことではないかあああ!
もう……何もかも全てお終いだ……。
せっかくコツコツと寝る間も惜しんで集めたのに!
僕の恥の滲むような──じゃ無かった。
血の滲むような努力の結晶が、一瞬にして無に帰した。
バックアップを取っていなかった自分の愚かさを、これほどまでに呪ったのは生まれて始めてだ!
嗚呼、さらば愛しき夜の友たちよ。
嗚呼、さらば我が青い春たちよ。
別れとは──幽かな跫然さえ知らせず──何の前触れも無く訪れ、今までの思い出をあざ笑うかのように、僕の戦友たちを闇に引きずり奪って行くとでも言うのか……!
これが僕の人生なのだとしたら、これが僕の運命なのだとしたら、甘んじて受け入れよう。
だが、お前たちに何度も救われて来た思い出だけは……決して忘れはしない。
お前たちの死を無駄にしない為にも──
この失敗を二度と忘れず、そして繰り返さない為に、今の自分の自画像を絵に描いて──いやいや、そんなことをしたら、どこぞの有名な大名のパクりになってしまう。
だが、これだけは覚えておいて欲しい。
お前たちは闇に消えたが──真っ暗な液晶画面の中で二度とお前たちに出会え無くなってしまったが──お前たちと一緒に闘った記憶は、いつまでも僕の魂に刻印されるだろう。
だから……だから……安らかに眠ってくれ……我が戦友たちよ!
……と言うか、僕はいったい誰に語りかけているのだ?
何だか気分がおかしい。
やたら──高揚している。
携帯電話が壊れた所為もあるだろう。
電流のような激しい痛みが体中に奔った所為もあるのだろう。
だが、何か──何か違う。
そもそも、携帯電話が壊れたら落胆するものだし、体中に激しい痛みを感じたら疲労困憊するものだ。
高揚するわけが無い。
それにもう、電流のような痛みは体の中に残っていないのに──体が熱い。
体が熱いと言うよりも、体の一点が──心臓が、集中的に熱い。
鼓動が胸の中で大太鼓を鳴らしているように、まるで僕の胸部を激しく叩いているかの如く震わせている。
自分の心臓に手を当ててみるが、脈は早くも無く遅くも無い。
臥龍では無いが、アベレージな脈拍だ。
それに胸部に触っても──熱くは無い。
けれども……熱いのだ。
これは……、いったいなんだろう。この、体中の血管が煮えたぎって、今にも自分の血液で体が溶けてしまうのではと、不安さえ感じてしまうぐらいの心臓の熱さは。
「んぐぐぐうううううう……!」
僕の横で、臥龍がまだ痛みに苦しみ、悶えている。
しかしいったい、何でこんな半透明のプラスチックみたいな壁にぶつかっただけで、電流のような──え?
なんなんだ──これ。
余りに不自然の無い不自然さに一瞬だけ頭が混乱したが、僕は確かに視えない何かにぶつかって──体中に電流のような痛みを感じたのだ。
だが今、はっきりと──くっきりと──視認出来る。
まるで最初から自然とそこに、あったかのように──視認が出来た。
僕がぶつかった視えない何かの正体。
周囲の大きさは四畳半ぐらいの広さで、上を見上げると四メートルぐらいの高さの場所まで、そのプラスチックのような半透明の壁が続いている。
と言うよりも、これは──檻である。
大きなプラスチックのような半透明の壁で出来た、四角形の箱みたいな檻である。
例えるなら、動物園の室内にある強化ガラスで作られた、爬虫類等を閉じ込めている檻みたいだ。
そして、僕と臥龍は──その檻の中に閉じ込められていた。
いったい……いつから、こんな物が僕たちの周りにあったのだろう。
もしかして、ローザとジャンケン勝負をした時なのか?
まあ、ジャンケン勝負だと思っているのは僕だけで、ローザは首を傾げていたから、あれをジャンケンだとは分かっていないだろうけれど……。
だが、実際に僕と臥龍の前には檻があるのだ。
そして、その檻から出られない状態になってしまった。
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