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戦乱の帝国にて聖女と三姉妹は踊る
鬱は嫌でも流れってあるから
しおりを挟む楽しい時間ほど終わりが来るのはあっという間。
魔物以外でこんなに肉と肉、命と命を削り合うような激しい戦闘は久しぶりだ。
王国のガルムさんやセイル様との闘いもそれはそれで楽しいけど、やっぱり死ぬか生きるかのギリギリの戦いが一番楽しい。
そう簡単に死ぬ気は無いけどこの命の掛け合いは何度やっても癖になる。
改めて王子様にサラちゃんの事を聞く前にこの筋肉どうしよう?
口から涎をダラダラ出して酷く苦しんでいる。
前に巡礼の時や教国で相対した筋肉共と同じだよね。
教国では変な薬を浴びた兵がこんな感じになっていた。
あの時は戦闘の後にさっさと衛兵や騎士が連れて行って試せなかったけれど、もしかしたら聖女の力で治せるかもしれない。
俺は苦しそうに悶える珍獣に近寄り手を翳す。
毎度お馴染みのように額が輝き、光が筋肉の珍獣を包んでいく。
無理に作った筋肉は身を滅ぼすよ、治れ。
そう祈りを込めて彼を包む事少し、次第に珍獣を覆っていた筋肉が徐々に縮小していく。
あれほど膨らんでいた筋肉が萎んでいく姿は鍛える者として一抹の淋しさを感じる。
聖女の力はこの変な現象にも通用したようで、最終的にとても見覚えのある姿になってしまった。
珍獣かと思ったら本当に王国に居た珍獣だった。
脱走したって聞いたけど一体何があったんだろう?
「これはこれは、お嬢さんの聖女の力は一際強力なご様子ですね。まだまだ改良が必要そうで本当に忌々しいお方だ。」
不意に混乱渦巻く部屋の中で最近聞き覚えのある声が響く。
その声が聴こえる方へ顔を向ける。
城へ侵入する際、手助けしてくれた商人のお兄さんだ。
「お兄さん…どうしてここに?」
「どうして?どうしても何も私がご提供した商品の調子を確かめるのは当然かと思いますが。」
「商品?」
お兄さんの言葉をすぐには理解出来ない。
もしかしてこの珍獣が商品?
人を商品?
「はい、それです。せっかく薬で改造致しましたのにお嬢さんが治してしまわれて私は少々悲しいです。」
「人を改造って…。そんな事やって良いはずが無いだろ。」
商人のお兄さんの目は笑っているようで笑っていない。奥底はどこまでも冷えて光が無い。
「それが人だろうが物だろうが関係ありませんよ。私は私の目的の為にやりたい事をやっているだけですから。」
「……っ、だから…勝手に人を巻き込むな!!」
思わず怒鳴る。
怒鳴ってしまうほどこのお兄さんは人を人として見ていない。
何だか嫌な予感が過る。
今このお兄さんを止めておかないとこれからもっと面倒事が続きそうな気がする。
俺は自分の右拳に力を込める。
目標はニコニコ笑うお兄さん。
ここで殴って止める。
「これ以上お兄さんに変な事はさせない!!」
そう言い放ってお兄さん目掛けて拳を振るう。
「無駄ですよ。」
俺は拳を止めた。
いや、止めざるを得なかった。
なんで、なんで……ここでサラちゃんが出てくるんだよ…。
急に現れたサラちゃんは身体を大の字にして俺とお兄さんの間に割って入った。
まるでお兄さんを守るように。
「サラ…ちゃん?」
「…………。」
声が届いているはずなのにサラちゃんの瞳は揺らぐことも一切の反応も無い。
そもそもお兄さん同様瞳に光が灯っていない、感情を感じられない。
「無駄ですよ。まだ改造途中ですが無駄な感情は消しておりますので。」
怒りが一気に沸き全身に業火の熱が宿る。
「な、な、何を…何をしやが」
「やりなさい。」
「…………。」
アリスはこの時いくつもの過ちを犯していた。
一つは、怒りに我を忘れかけていた事。
一つは、目の前の親友の状態に普段では有り得ないくらい動揺をしていた事。
一つは、その親友に拳を振るうのを躊躇ってしまった事。
だから、幼き少女の手で作られた槍を防げず胸で受け止める形になってしまった。
薬で改造されたその手槍はアリスの胸へ深々と突き刺さりやがて背中からこんにちわ。
怒りと混乱で冷静ではなかったアリスは聖女の力の行使を忘れてそのまま意識を手放してしまった。
「これはこれは予想以上に脆かったようですね、呆気ない。ですが、これで我らが王の障壁となりえる存在は排除出来ましたかね。」
「…………。」
商人のお兄さんことかっちゃんはこれでようやく本当の笑みを見せたとても不気味に。
そして、その傍で感情を失った少女は何故か涙を流していた。その目は相変わらず光が灯っていないのに。
「では、さようなら。」
倒れるアリスを中心に血溜まりが広がっていく。
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