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第45話:そんなことより珈琲だ!
しおりを挟む……さて。
そろそろ、良いですかね? お話しは終わりという事でよろしいでしょうか?
でしたらば皆さん、いい加減に私の話を聞きましょう。
なんのためにアオノイさんを助けたと思っておられるのかっ! 私ったらそろそろ限界でございましてよ?
「と、いう訳でー!」
「わっ」
「うぉっ」
『ふん』
私は、今までの過程も話の流れも全てブチ切って、皆さんの視線を集めます。サエナさんはアオノイさんの看病をしながらも、こちらに視線を向けてくれていますね。
うんうん、おかげで心置きなくこの話ができますとも~。
「グラハムさんっ」
「お、おぅ?」
「いい加減、コーヒーを持ってきてくれませんか?」
「こ、こーひー? ……あぁ、種茶の事か?」
そうそれっ、種茶です!
正確には、コーヒーノキという木から採れる木の実の種ですね。持ってきてくれたものが本当にコーヒーであるかはまだ確証を持てませんので、早くみたいのですよ。
もう、黄熱病ハプニングのおかげですっかり遅れに遅れてしまったではないですか!
『……若白髪、持ってきてやれ。今のこやつに我慢をさせたら、絶対に良くない方向に話が転がる』
「え、えぇ、それはもう……!」
ゴンさんの口添えのおかげで、グラハムさんは跳ね飛ぶように立ち上がり、持ってきていた馬車まで走っていきました。
うぇへへへ……コーヒー、コーヒー、もうすぐコーヒー♪
「ふうむ……人一人救った後に、求めるのが飲み物一杯……流石はココナ様ですっ! 病的に好きなものとはいえ、普通ならばもっと様々な請求をしてもいいでしょうに」
『チビ助、付き合いがそこそこ長いからこそ改めて盲目になっておらんか……人を殺せそうな魔力の暴走見せておいて流石もなにもあるまい』
「いえいえ、暴走しつつも殺していないからこそ凄いのです! あれほどの魔力、我々の内の誰かが死んでもおかしくなかったでしょう?」
『ふむ……まぁ、無意識に威圧だけできるよう抑えていた、という意味ではそうだな。多少は成長しているという事か』
「むっ、ゴンさん? 私を評価する時はほとんど「多少の成長」じゃないですか~。もっと良い評価ぷりーずです!」
『たわけ。評価が欲しければ暴走などするでないわ!』
Ou、間違いないですね~。これは失敗なのです。
とまぁ、そんな他愛のない(ゴンさんにはラブ)会話を交わしている内に、グラハムさんが戻ってきてくれました。
その手には、ずっしりとした麻袋が。……ふむ、まだ匂いは届きませんか?
……いや、しますね。この匂い……どこか香ばしく、知らないのに懐かしい匂い。
「お待たせしました。これが、俺が持ってきた種茶です」
そういって、袋を開ける彼。
中には、パット見若干焦げたように感じる豆がたくさん入っていました。
一粒一粒は小さなものです。心和の知識にあるコーヒー豆と、よく似ています。
しかし、どことなく記憶よりも大きめだったりしますね。やはりこの気候で育てられる豆ですから、正確にコーヒーという物ではないのかも……。
「おぉぉ……どのように飲むのですか」
「今は、砕いたものを煮立てて成分を引き出し、その上澄みを飲むようにしています」
ふむ、それはズバリ【トルココーヒー】と同じではないですか。コーヒーの元祖に近いと言われる飲み方です。
どっかの番組では、甘くないココアみたいな味だって言われてましたねぇ……ココア、飲んでみたいですねぇ。
おっと、今はコーヒーです。現在の飲み方がそれしかないというのならばそれに従いましょうとも。しかし、もしこの種茶がコーヒーであるならば、ドリップなども試してみたいものですねぇ。
「元々は俺達ヒュリンの土地で、一部の村が食用にいていた実なんですけどね。眠気が覚めるってんで、飲み物に出来ないかと考察されたのがこの種茶なんですよ」
「さ、さっそく飲ませていただいても……?」
「良いですよ、専用の器具を持ってきましたので。台所をお借りしても?」
「ご案内しますよ、グラハム殿」
トルココーヒーを作るには、専用の小さな鍋が使われていたそうですね。グラハムさんがもっているのもそれに近いです。
つまり、グラハムさんには鍛冶師の伝手もある……少々構造は難しいですが、フィルボの職人さん達と協力すれば、コーヒーミルも作れそうですね……。
台所へ向かうグラハムさんとノーデさんを見送りながら、私は一人思案に暮れます。
『……それだけ回る頭を、もう少し他に向けてくれまいか……』
ゴンさんの念話は、私の頭からすうっと抜けてしまうのでありました。
◆ ◆ ◆
広大な、日本式の屋敷。最初に広大と言った通り、部屋が多くて迷いそうになることもあります。
そんな屋敷を余す事無く、一つの香りが支配していました。
この香りを表現するなら……そう、まさにビター。けして甘くはない、しかし嗅いだ者の精神を落ち着かせる、大人の余裕を体現した香り。
心和から継承したのは、知識や思い出のみ。体験を得られていない私にとって、それは初めての香りでした。
これがコーヒーなのかは、確信が持てません。しかし、見た目や飲み方が酷似していました。ならばあの飲み物は、私にとってのコーヒーとなる事でしょう。
思い出が塗り替えられる少しの恐怖と、それ以上に輝かしい期待と興奮。
もはやソワソワしすぎて空中きりもみ回転を始めた私を、ゴンさんが叩き落とします。サエナさんの視線が痛くて仕方ありません。
そして……いいよいよ、その時がやってきました。
「さぁ、できましたよ」
ノーデさんとグラハムさんが、お盆に人数分のカップを乗せてやってきます。
1つ明らかに大きいのはゴンさんのですね。
「どうぞ、管理者様。これが種茶です」
「ありがとうございます」
うん……黒い。
記憶にあるコーヒーそのものです。
目の前にあると認識した瞬間、その香りは私の芯まで浸透し、体内を満たしていきます。
あぁ……これがコーヒーの香り……。
『ふむ、ちんくしゃが言うには、正確に茶とは言えんらしいが……この香りは良いな。思考をより鋭利にする手助けをしてくれそうな、深淵の香りだ』
ゴンさんも、やはりこの独特な香りを楽しんでいるご様子。なによりもまず香りを楽しむゴンさんにとっても、コーヒーは相性がよさそうに感じます。
「……いただきます」
万感の思いを込めて、一口。
「っ」
あぁ……あぁ、苦い。
それでいて、酸味がある。この銘柄は、酸味が強めなのですね。
私の中を、黒濁とした液体が浸透していくと同時に、苦みと酸味の中に紛れ込んでいた伏兵、風味が一気に広がっていきます。
すごい、これが……コーヒー。
まだドリップしていない状況で、この強烈な味わいとは恐れ入ります。この豆は化けますよ……すごく、良い!
「はぁ……美味しい」
『むぅ、なんという味わいだ! それでいて、鼻を通る風味はより濃厚になっておる……今まで飲んだどの茶にも該当せん独自性だ』
「ん~、ココナ様。私には少し、苦いかもしれません……薬草の苦みや渋みは慣れてるのですが、この飲み物の苦みは独特すぎますっ」
えぇ、えぇ。まさに好き好きのわかれる味ですね。
「では、砂糖を入れてみると良いかもしれません。コーヒーは砂糖やミルクを入れて飲むとマイルドになるのですよ。……トルココーヒーの場合は、最初にミルクで煮立たせないとダメでしたねぇたしか。ドリップすれば後入れとかも楽なのですが……」
「管理者様、ドリップとは? 他に飲み方があるのですか!?」
おっと、これは食いついてくれました?
んふふ、流石は商人さんですね。しかし……
「まぁまぁ、今はこのコーヒーを堪能しましょう……ね?」
私はグラハムさんに微笑みかけ、カップを傾けます。
その味は、まさに深淵……だからこそなのかもしれませんが、いろいろ混ざって、この時の私は気付かなかったのです。
自身が、とある禁を侵していたことに。
そしてその結果が、あんなことになるなんて……!
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