ドライアドさんのお茶ポーション

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番外編:霊獣と精霊

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 まったくもって忌々しい。
 我が建てた家、我のテリトリーにいるはずのない異物を前にして、思わず口からため息が漏れる。
 畳なる草の床に、直接置かれた低く大きな机を挟んだその向こうにて、我と向き合う珍客と目が合う。彼奴きゃつはニコリと微笑んでくるが、その笑顔からは精霊独特の、一部の感情が抜けたような不自然さを感じてしまう。

 アースエレメンタル。かつて、われが森の守護者となるまで、この森を守護していた上級精霊。
 100年前のあの日、森を出てから何をしていたかと思えば……今度はあのピットなる小国で、消滅寸前まで身を削っておった愚か者よ。まったく何も変わっておらぬ。

「それで、お話しって何かしら?」

『貴様があれに近づかんよう足止めしただけだ、たわけ』

「あらん、無粋ねぇ? 馬に蹴られて死んじゃうわよ?」

『我が馬なんぞにやられるか。……ユニコーンなら……いや、あり得ぬな』

「やぁねぇ、比喩よひ・ゆ。気になるあの子とお近づきになろうとしたら、既に悪い虫がついててたいへん~って事よ♪」

 訳の分からぬことを。
 大方、奴の魔力が籠ったお茶を飲み続けて、その色に染められたが故に気になるのだろうさ。雛鳥の刷り込みと何ら変わらぬものよ。
 それに、我からしてみれば、順序的に貴様が悪い虫だぞ。

「ね、ねね、それでそれで? あの子とはどこまで行ってるの?」

『……なにがだ』

「とぼけちゃやぁよん? ココナちゃんとの話よぉ」

『……まだピット国までしか行っておらぬぞ』

「そ~ぉうじゃなくて~! そろそろ付き合い長いんでしょ? こう、色んな方向に理性がインザスカイしちゃう感じになるんじゃないの?」

 ちんくしゃの事を言っているのか。
 ……さては、我と奴の関係を説いているのか?
 まったくもって度し難い。妖精と霊獣との間に何が生まれるというのか。

『我と奴は、貴様が言っているような関係ではないぞ。番など、ここ250年出来ておらぬ』

「あらん、本当に何もないの? デノンちゃんから、絶対そういう関係だから手を出すなって言われてたんだけど……」

 あのチビ王、今度会ったらシバキ倒す。
 勘違いも大概にしてほしいものだ。奴はオベロンから寄越された森の管理者。それ以上も以下もない。
 ……確かに、規格外な奴だという点では慌ててしまう時があるがな。
 ピット国で魅せた、草花に魔力を与え、神木を作り出したあの光景を思い出す。清んだ色をした魔力のシャボンに囲まれた奴の姿は、思わず見とれてしまうくらいには絵になっていた。

 ……しかし、だからといってあれに欲情などする筈もない。
 これまで何度か、寝ている時に奴が突撃してきた事があったが、鬼気迫るものがあって怖かったくらいだぞ。思わず全力で魔力を込めた一撃を見舞った事があるくらいだ。外したが。

『あれは確かに、よく出来た奴だ。魔力操作の覚えも早いし、茶に対して精通している。この家も奴のデザインだ』

「すごく居心地いいわよね~」

『構造を見出したのは我だがな。ちんくしゃは見た目しか決めておらぬ故。……しかし、それまでだ。たとえ飯がうまくとも、たとえ好かれていようとも、種族の壁というものがある』

「んぅ、ストイックな考えねぇ」

『妖精には妖精の番が必要という事だ』

 そこまで言って、なんだか妙に胸糞悪い気分になっていた事に気が付く。
 やはりこの精霊が近くにいるとストレスなのだろうか。後で禿ができていないか確認せねばなるまい。

「……だったら、やっぱり私、ココナちゃん狙っちゃうわね♪」

『まて、どうしてそうなる? 我の言ったことを理解しておらんのか阿呆』

「え~? だって、精霊も妖精も広義で考えたら一緒よぅ? 自然の繁栄と調和を重んじる、魔力的な生物。ね?」

 ぬぐ……いや、しかし……。むぅ。
 いいのか? 確かにこやつはあれを泣かせるような事はせんだろうが……むむむ。

『……だ、ダメだ。貴様にはもう根付いた国があるだろう。ちんくしゃは森の管理人だ』

「行き来できるようになったし、森の管理も手伝っちゃうわ」

『今の貴様に二足の草鞋は履けぬ』

「ココナちゃんのお茶を飲み続けてればすぐできるようになるわ」

『……だ……』

「だ?」

『駄目なものは駄目だ! まだあれを嫁に出す気はない!』

「……ふふ♪」

 そこまで言って、ようやく奴にからかわれたと知った。
 思わず爪で薙ぎ払いたくなるが、ちんくしゃのつくる料理の匂いが鼻孔をくすぐった事でその激情も薄れてしまう。
 ……やはりこやつは好かぬ。森にいたころからこの様に飄々としておった。

「今の感情、ちゃんと受け入れたほうが良いと思うわよ? 私も、何でもないと思ってたら怒られちゃったから」

『……ふん』

 お節介焼きめ。
 奴の言葉を胸にしまいつつ、しばしの無言。
 笑顔を崩さぬ奴の真意を測りかねないまま、時が流れる。

「……ところで、もう気付いてると思うけど」

 もう少しで出来上がるのだろう。厨房からの香りが強くなってきた所で、奴が口を開く。

「封印、もうすぐ解けちゃうわよ?」

『……わかっておる』

「今度は抑え込めるのかしら? 手立てはある?」

『……ちんくしゃには魔力の操作を覚え込ませている。ピット国のあれを見る限り、及第点だ』

「そう。今度は、ちゃんと守ってね」

「……グルゥ」

 どう返事を返すか、一瞬迷ってしまった。

「おまたせしました二人とも! ご飯お持ちしましたよ~!」

 結局この話は、飯が来たことでうやむやになる。
 だが、我の胸中には、まるで魚の小骨のごとく引っ掛かり続けるのであった。
 ……まったくもって忌々しい。
 
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